OG's Family Chronicle & Diary 
Formula H,AlfaRomeo Spider veloce,991GT3,996Cab,RangeRover
 



day5 はチャングーのAMETIS Villaから

待望のウブドのMandapa A Ritz-Carton Reserveへの移動日!!



 

 

 

まずはチャングーの新興カフェで朝ご飯。
バリっぽくない洗練されたブレックファーストに安心したり、
ちょっとガッカリしたり、古くからのバリ島マニアは複雑な心境でありました。

 

久々のウブド、しかもMandapaともなれば、心も浮かれるというものであります。
Agus君のドライブは、相も変わらず究極のチンタラ・ドライブでありましたが、
気分爽快なのでありました。 

 

 
マンダパのロビーに到着するなり、
ビックリのパノラマビュー!
山は見えるは、ジャングルは見えるは、
眼下にはホテルの庭の一部とはいえライスパディも。

頂上のレセプションから一番下に見えるVillaまではカートで移動。
滞在中、一度だけトライしてみましたが、
on footでは無理だとの結論に至りました。

 



 

 

 

 

 

 

航空券はAmexに比べて4倍もマイルが貯まり、しかも永久不滅ポイントのダイナースのおかげで、
ガルーダのビジネスクラスがタダに!

ホテルの手配では、ダイナースよりも圧倒的に優位に立つAmexのおかげで、
アユン川沿いのVillaにアップグレード!
まっことに、カード会社様様なのであります。
Villaのダイナミックさは圧倒的でありまして、
Four Seasonsを定宿にしていましたので、
米資本系のデコラティブな内装も、ある程度慣れているつもりでしたが、
リビング棟、寝室棟、おおきなプライベート・プール、その総てに圧倒されたのでありました。

 

 

晩御飯はRitzのメインダイニング。
アユン川に吊るされた鳥かごの中で、、という趣向です。
 

 

 

例によって例のごとく、ディナーは21時からいただきました。
ウブドの高原の空気感、アユン川の水が流れる優雅な響き、
雰囲気は最上級でありました。 
鳥籠の中でいただいたのは、けっして鳥の餌ではありません。(笑)
塩気が極端に苦手な私には、ちょっと塩分強めではありましたが、
すばらしく繊細なフレンチでありました。 



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【ガッカリしたこと、ホッとしたこと】

4日目は、AMETIS VILLAが薦めるプライベート・ツアーをチョイス。
ジャティルイのライステラスと聞いて、行ったことがあるような無いような、、
初期のバリ旅行では、かなり欲張りにというか、恐ろしくダイナミックな盛り沢山なツアーを組んだので、
どこへ行ったのか、実は記憶も朧になってました。
初期の頃は、まだ銀塩カメラ時代だし、何と言ってもブログという言葉を、まだ耳にすらしない時代、
慌ててiPadを引っ張りだしたところで確かめようもないわけで、そのまま敢行。

例によって例のごとく、バトラーのAgus君、
ウンコのように運転が遅い、ホントに遅い、、
割り込んだ者勝ちのバリにあって、なんと交差点の合流が出来ない。。停まったまま動けない、、死んだふり??
ふだんなら、けっして叱らないMariさんが叱ったぐらいにダメ。
事前の説明では1.5時間の予定が1時間オーバーで、やっとのことで現着。



あれま、やっぱり、ここ来たことある!! 


 

美しいことは間違いなく美しい。2回めでも、やっぱりイイなと思う。
でも、何だか違う、、だって、人がいるし、クルマがたくさんいるし、
道が綺麗に舗装されてるし。。
 



ここは、間違いなく15年前に来たライステラスの残骸なのでありました。
クルマいっぱい、中国人いっぱい、ロシア人いっぱい、 ついでにカフェもいっぱい。

 

 

昔、ランドローバーに乗ってやってきた時とは
全く別の空気感になっていたのでした。
Agus君のドライブにも我慢の限界が来ていたので
その後のツアーはキャンセル、Villaに這々の体で直帰したのでした。 




Villaに戻って、のんびりした後、チャングービーチまで夕方の散歩。

おっおっ!
これは、かつて、何度かビジターでお世話になったHotel Tugu Baliではあ〜りませんか。
人里離れたライスパディの中に、ひっそりと佇む秘密のホテル。
地元のタクシーですら辿り着けないほど辺境の地にある秘密の匂い一杯のホテルだと思ってましたが、
何と、今、まさに隣接地には高層ホテルが建設中なのでありました。

入り口に立ち尽くして中を覗いているとスタッフが通り掛かりました。
「いやいや、変わったねぇ〜、10年以上前にディナーを2回、
 6年前には5時間スパを楽しんだのさ!」なんて声かけすると
大歓迎してくれて、あっという間にホテルの中へ。

 

 

時まさに夕暮れを迎えようとする絶好のタイミング、
ゲストが自分のお気に入りの場所でディナーが摂れるシステムは変わらぬ様子。
ロビーの怪しげな雰囲気も15年前と何も変わっていませんでした。
残念ながら、オールド・ジャワ・スタイル・アウトドアーキッチンは、
その役目を終えたか、新しいヴィラに建て替えられていましたが、
心鎮まる柔らかな光、特異なインテリアがもたらす安らぎ感が
完全に保持されていたことに安堵を覚えました。




6年前、海辺でオイルマッサージを数時間に渡り堪能したスペースは
ロマンティックディナーの場に変わっていました。燃えるような夕日を眺めて、
一度は、ここに逗留せなばならぬとの思いを新たにしたのでありました。

ここで、Tugu Baliから思わぬ申し出が、、
新しく出来た屋根付きのオープンテラスでディナーはいかが?と。

もちろん、特に予定があるわけでもなし、明日はショバ替えになるので
諸手を挙げて大歓迎、速攻、お願いすることにしたのでした。

 

 



はじめて、TUGUのフレンチをいただきました。
いつも、オールドジャワスタイルかスパ・メニューのヘルシー薬膳系。。
あまり旨いもんは作れないなと、勝手に思い込んでましたが大きな間違いでした。

南半球の冬、乾いた夜風にあたりながら、思い出に残るほど素晴らしいディナーを堪能したのでありました。 



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3日目は早起き!
漁師が海から帰ってくるのをチャングービーチで
迎え撃たなくてはなりません。
是が非でもゲストのためにシーフードをゲットするという使命があります。


バトラーのAgusも張り切っています。
彼が漁師との交渉に失敗すれば、
今日のランチは、、成り立たないのであります。

 

 

 

あっという間にビーチ。
AMETIS VILLAからビーチまでは、実は歩いても10分程度。



 

小さな船の船長さん、
何やら高笑い、さぞかし大漁かと思いきや、
何と、ボウズ。漁獲ゼロ、、なのに高笑い、これだからバリ人は愛せませす。



 

 

仕方がないので、海岸を散歩しながら次の船を待ちます。
バリの少女の屈託のない笑顔が魅力的。



 

次の船が上がってくると、バトラーのAgusが飛んでいきます。
でも、ぼうず。そんな空振りを3回ほど繰り返したでしょうか。
こりゃ、ヤバイなぁと思い始めたところで、 ついに来ました。
ロブスターを採ってきた船が。





値段交渉を重ねて、
やっとこさ、ロブスターをゲット。
小ぶりだけどね。





午後は2時から地元で活躍中のフォトグラファー Shinji氏と6年ぶりのランチ。
 http://www.yoshihisashinji.com/Pages/default.aspx 

 

氏はアマンリゾートのHPを撮ったり
アヤナリゾートの契約フォトグラファーだったりと
ご多忙なのに、わざわざお出で下さったのでありました。
急速に変貌を遂げるバリ島のこと、
大好きなW124のこと、おしゃべりに夢中になっていたら、
あっという間に薄暮時になっていたのでした。 



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街なかのヴィラなので、煩くて寝付けないかなと心配しましたが、
素晴らしいエアコンディショナーのおかげか、
はたまた、バリ島癒やしのアロマのおかげか、

幸い杞憂におわり、久々のdeep sleepを味わいました。

 

私達が訪れる前の週まで、連日の雨で乾季とは思えぬ気候との噂でした。
前日、確認したフォアキャストもmostly cloudy & stormy rain。

でも、起きてみたら例によって例の如く、ドッピーカン!
朝食も部屋ご飯を楽しみました、
だって、メインダイニングより自分たちの部屋の方が遥かに広いという特殊な構造してるから。






今回の旅は何もしないことが目的なので、もちろん予定もゼロ。
でも、せっかくなので?? スミニャック・クロボカンを偵察しに。(ホラっ、ダメだって)

結局、昼から部屋付きのバトラー、Agues君に頼んでバリデリまで送ってもらって、
スミニャック・クロボカンを歩きだけで見回り。

いやぁ、残念、かつて、お気に入りだった店は
ほぼ全て消えていたのでありました。
インド人がやっていたリネン屋が影も形もなくなっていたのが
一番痛かったみたいです、Mariさん的には。
真面目に作られたハンドメイド製品を扱う店に代わって
チープな店が蔓延るのは、旧軽の町と同じ構造ですね。

その代わり、お手軽ランチのクォリティーは
これまた、目を見張るほど良くなったように感じました。
 

 

まず、インテリアが変わりました。
まぁ、インターナショナルになったというか、
バリっぽくなくて、つまらなくなったというか微妙なところではありますが。

 

 

たまたま、目の前に在った店に飛び込んだわけですが
このレベル!! 手で裂いたポークのバーガー。
普通以上に旨い! 清潔感がある! (^^)
バリ腹になる恐怖が、遥か彼方に消え失せたイメージであります。



 

結局、クロボカンまで歩き、
最終的にHiromiさん推薦の店を偶然に見つけて
軽井沢用のクッションカバーなんぞを手に入れホテルに戻ったのでありました。

しっかし、とんでもない渋滞には驚かされました。
6年前、チャングーからスミニャックは15分、
今回は時間帯に関係なく45分を要したのですから。^^;



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2010年のバリ島旅行で、敷地面積3000㎡、5ベッドルームの一戸建てヴィラを借りてしまったら、
何となく、バリ島を制覇しちゃったような気分になって足が遠のいてしまったのでした。

2011年、2012年は、長女の留学先の サンフランシスコ〜 カーメル〜 ビッグサー の旅。
2013年は、偶然にもタイミング、目的地が重なった義弟家族と初めてのホーチミン・シティの旅。
2014年、2015年は、ローマ、フィレンツェ、ベネチア、トスカーナの旅。 

そして、今夏は激変期に突入したバリ島を怖いもの見たさで覗いてみることに。
 

 

 
選んだエアーは、これまた進境著しいガルーダ。
昔は、ウインドウガラスや椅子が他機種からの流用であったり、
Cクラスなのにモニターの90%が使用できなかったり、
食事に至っては、、、大汗ものだったのですが。。
搭乗するなり、ビックリ!
設備も刷新、シートもカーテンも総てが綺麗、
もちろん、モニターも全部付きます!(笑)
日本人アテンダントの美しいこと。。(^^)

ところで、Mariさんは、やはり搭乗するなりインドネシア語で話しかけられます。
フィリピン(アマンプロ)でも、ベトナムでも間違えられないのに
なぜか、インドネシアは十中八九、インドネシ語が飛んできます。


 

キャナッペもシャンの温度も普通にイケてます。

 

 




 

ありゃ、スターターもメインもシャレにならない、いや、ネタにならないほど普通です。
もともと、直通便はGAしかないし、サービス、機内食ともFair、
しかも、ANAmileでタダ券とくれば、もう、他の選択肢はないでしょうね。


 
ウングラライ国際空港は新しいビルになってました。
飛行機から降りても、残念ながらバリの香りはありません。
新しい建築物の無機的なニホイだけ、ちょっと残念ではあります。

入国に際しては、ファストトラック、バゲッジクレイムサービスがあります。
飛行機を降りたら、特急レーンで入国、スーツケースもクレームサービス用の待合室まで届きます。

さてさて、空港から車に乗ったら渋滞にビックリです。
まずは空港から出られません、、
国際線ゲートを避けて、国内線ターミナルから何とか這い出しました。

街もひどい渋滞、6年前ならジンバランからチャングーまで3、40分だったんですが、
なんと70分以上を要しました。



今回の一つ目のヴィラはこちら。
アメティス・ヴィラ・チャングー。

チェックインの時に、あ~着いたな感が溢れるのが
バリ島の宿泊施設の最初のサービスなのであります。

16年前、初めてFour seasons Jimbaranにチェックインした時は
感動のあまり、家族全員で泣きそうになりましたから。(笑)



地元系の街ヴィラの最大のポイントは、その広さ。
アウトドアーのリビングとダイニング、外用のレストルーム、
寝室棟、すべてが新しいバリヴィラらしいセンスでまとめられています。

まずは、in room diningで、軽くウエスタンな食事とBintang beerで
バリに着いたことを実感したのでありました。 



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6月14日
モータースポーツを離れて幾星霜。
何と、この期に及んでフォーミュラ復帰を果たしました。

競技の段取りが見えたのが、たしかGW前だったでしょうか。
国内初となる公道を閉鎖してのヒルクライムレースが現実の物となりました。

公道閉鎖が意味するところ、即ち、ナンバー無しの非登録車両に公道を走る機会が与えられたということ。
これは車好きにとって、あるいはモータースポーツ好きにとって、究極の夢とも言える出来事です。

当然の事ながら、命を賭してでも出場しなければ、一生の後悔に繋がることは明白であります。
早速、しばらく放置していたフォーミュラの現況確認をお願いしました。
ミッションのO/Hを要するかもしれないけど、あとは洗車して軽整備で行けるだろうと高をくくってたんですが
これが大きな勘違い。嗚呼、全くの浦島太郎状態、最後のレースから何と何と9年の時が流れていたのでありました。

 



ブレーキダメ、マフラーダメ、サスペンションダメ、くず鉄一歩手前、、、その老化の様は驚愕ものでありました。
さっそく、まずは見付け出すことが出来た新品ミッションの手配、新品エンジンの製作と、かな~りの大仕事になってしまいました。
7kmの山道を数本、登るだけ、そして何より、梅雨入り後の日程、はたして投資に見合うだけのプレジャーが得られるのだろうか?
さすがに心配になりました。 



 

 

 

 

もちろん、いろいろと紆余曲折は有ったわけですが、1ヶ月という短期間でレストアーは間に合いました。

あとは梅雨のさなかの高峰高原、真夏でさえ、霧、夕立が多いという典型的な山の天気、
口さがない仲間は、「この雨の中、フォーミュラを走らせるなんて、辛いだろうなぁ!」


さてさて、当日朝~、、予定通り、いつも通り、梅雨の合間の奇跡的ドピーカン!! ワッハッハッ 

長いモータリングライフで、何とこの私、レインのレースを経験したことがないんでありますよ。 (^^)v



 
今回もまた、高校1年生からの腐れ縁? モータースポーツ親友のN氏とエントリー。
サポートはいつものEが鈴鹿でレースということで、筑波サーキットのメッカさんにお願いました。
ここだけの話、鬼監督と恐れられるOさんがいらっしゃれなくて、ちょっと気楽だったりました。^^;

 



©Pooky


9年ぶりのフォーミュラ用レーシングスーツ、お腹を引っ込めて強引に着込みました。
ウェストのベルクロについた日の丸が右にズレたのはダサかった。^^;

 



あらら、レーシングスーツをごまかすことが出来ても、マシンは許してくれませんでした。
シートは発泡ウレタンで自分の体型を型取りして作ってます、はい、モチロン9年前の私用、キツイったらありゃしない。
5点式シートベルトのウエストは10センチばかり延長する処置が必要となりました。(・∀・)

 



今回のイベントの素晴らしいところは異種格闘技であること。
フォーミュラー、箱車のレーシング、サイドカー、クラシック、そして何と現役2輪のGPマシン。

 



こちらが、スタート地点の風景。
レーシングカーは最小回転半径がデカイくUターンが出来ないので
各クルマ、クレーンで吊り上げて方向転換していただくという完璧な運営ぶり感銘いたしました。
正直、実用面より、スタードライバーにでもなったような錯覚を味合わせていただけて嬉しかったのでした。

ヒルクライムコースは7キロ強、わたくし共のチームはヒルクライムのレギュに従って溝付ウェットタイヤ、
さらには、スプリント時代のレギュにも従っていて、何とタイトコーナーの登りというのにノンスリップデフもなし、
残念ながら、会心の走りとは行きませんでしたが、他チームのスリックタイヤ、ノンスリ付きに、
遜色ないタイムが出せたことで十分に満足できたのでした。 

 

 

ヒルクライムすれば、当然、スタート地点まではまた降りなければなりません。

 

 

40年近くにおよぶモータリングライフで、このイベントが『最良の一日』であったことは間違いありません。
7km×3本のために投資した額は、到底、白状できませんが、、数千万円のスーパーカーよりも遥かに価値があったと感じました。
走行中、10,000rpmの隼エンジンの咆哮とワインディングロードを軽量フォーミュラで走る恍惚感に感極まって、
ヘルメットの中で、何度も悦楽の叫びをあげていたことを白状しておきましょう。 

もし、来年も参加が許されれば、スリック+ノンスリで1分のタイムアップを果たしてみせましょうぞっ!(笑) 






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大阪から戻った翌週、どうしても憧れを捨てきれぬ
あのLotusに会ってきました。

魅惑のパーツたちがディスプレイされた
ノスタルジックな雰囲気が溢れるクラシックガラージ。
イタ車やドイツ車にはない英国車だけが持つバンカラさとスノッブさが同居する
何となく味わいのある光景に思わずウットリ。
「あぁ、わたしもジェントルマン・レーサーを気取ってみたい・・・」(爆)

 

トニー・トンプソン・チューンなるセミレーシングエラン。
ボディーのチリもかつて見たことがないほどにキッチリ出ています。
セミレーシングらしくセッティングされて車高も雰囲気バッチリです。

 

 

内装もミントコンディション。
ダッシュの割れ、歪みもなく、こんなElan、正直申し上げて初対面でありました。
この時点で、もう、すっかり参りました、私。

 

 



で、早速、赤ナンバーを取り付けて、勇躍、摂氏35℃のカントリーロードに
飛び出してみたわけですが、、、

くぅ~、試乗の機会を与えていいただいて良かった。
正直申し上げて、アクセルレスポンスがトロいです。
轍に足を取られて極端にフロントの落ち着きが悪く、
何の前触れもなく横っ飛びします。
シフト、ストロークは小さいのですが、重くて積極的にシフトする気になれません。
これでは、いくらサーキットでタイムが出たとしても、全然、楽しいはずがありません。

 

 


これだったら、何とかチューンなる冠がない、比較的、素に近いこちらのS1の方が
遥かに自分にマッチしているのでは?と感じたのでありました。
が、しかし、こちらのS1は長らく始動されておらず、
試乗にはそれなりの整備が必要とのことで、
肌で感じる体験は出来ませんでした。

残念ながら、自分にはエランと言うマシンが
マッチしないのだろうと思っていたところ、
実は数日前、半額ほど(具体的には350)のエランが売りに出たのでありました。



早速、試乗に及んだこのマシン、
ショップのオーナー様曰く、全くの“ノーマル”ですよ~、
との事だったのでありますが、、乗ってみてビックリ、
これが、本来の性能が出ているエラン、The Elanだったのであります。

軽く指で捻るだけでコクッコクッと決まるウルトラショートストロークなミッション、
スロットルベダルを数ミリ踏んだだけで弾けるツインカムエンジン!
あぁ~、これが本物のエランだったんだぁ!!
これなら、TC2000、5秒も行けるかも~!!!
このマシンがDHCであったなら、即金購入だったでありましょう。

さてさて、本題は好奇と憧憬でありました。
この2つの心情は、いまだ経験せぬ相手対象について
抱くものであることは言わずもがなの事であります 。

エランに対する好奇心と憧憬の念は数十年前から持っておりますが、
それはエランを所有したり深く関わったことがないからで、
言い方を変えれば、エランを所有すれば自然に消え行く心情なのであります。

Elanを好奇と憧憬の念が消えた後も、
末永く愛していけるのかを考えなくてはなりません。

カミソリのような操縦性とライトウェイト、
突き詰めれば、フォーミュラー隼に敵うはずもありません。
ある程度安楽にスポーツカーを操りたいのなら、
8Cで十分でありましょう。

隼と8C、全く異なる対象ではありますが
この中庸を極めねばならないとおもっているのであります。 



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365GTC/四にヒドイ失望感を味合わされた後、
新たなる夢を求めて、今度は一路大阪へ向かいました。
初めてお会いする在阪のロメオ・マエストロ Carlo Cici氏、
実は今から30年以上前に尼崎の路上で接近遭遇していたことが判明しております。

それは、1980年春にロメオスパイダーで敢行した
九州一周下道ドライブの復路での出来事だったと思われます。
まだ若き高校生であったCaro Cici氏は、尼崎の街を走り抜ける、
私の黄色い2000スパイダーを目撃した(かもしれない)そうなのであります。

当時輸入されたレモンイエローのスパイダーは伊藤忠調べでわずか3台。
現代のエンツォなどとは比べにならぬほどの希少車ゆえ、
まず、間違いないだろうという結論にいたっています。 

 

氏のファクトリー。
ノルド系ロメオの宝箱。
見れば、何と関東圏のクルマも2台ほど整備で入庫しておりました。
 

 

組み上げられたエンジン。
久々に見たノルド系ロメオのツインカム、何と美しいことでしょう。
磨き具合の頃合いもピッタリ、素晴らしい光景でありました。
 

 

 

さて、今回の訪問はコチラの試乗が目的であります。
 GTamオーバーフェンダー付きのヤンチャなモディファイが
スノッブなオリジナル至上主義へのアンチテーゼぽくって、
「俺、こんな改造しちゃったぜ!」みたいなところが最大の魅力であります。

東大阪の幹線道路をドライブさせていただいた結果、、
 大昔の思い出は往々にして美化されていることが多くて、
時が流れてあらためて会ってみたらガッカリということが多いのものです。
しかし、この娘の輝きは今もまったく変わっていなかったのでありました。

そして、自分がクルマに求めているものは何なのかが朧気ながら見えてきたのでありました。
それは端的に申し上げれば「ドライブに没頭できること」であります。
ワイドフェンダー&ワイドホイールでスポイルされた直進性のせいでステアリング操作にも気を抜けませんし、
何より、つまるところスティックシフトを操作するということが思った以上に大切の要素になっていたのでした。
8Cは以前にも記した通り、楽しい車ではありますが操縦に没頭するには至らず、
極端な言い方をすれば他の考え事をしながらでも操縦できるのであります。 

 

 

 

そして、結局のところ一番刺さった一台は、在り来りな結語になってしまうのですが
学生時代に3年間9万キロを共にした、このマッキナと言う事になるのでありました。 

 

 

 

クゥ~、、、、
涙が出そうなほどありましたよ、あまりの愛しさに。
ファクリー仕様で5700rpmのレッドレヴが、Carlo Cici様の
鼻のアブラで、何と7000rpm!!

何と、素晴らしいことでありましょうや!!



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まぁ、それほど大袈裟なものでないことは理解しているつもりですが、
そのたかがクルマのために命を削って仕事をするほどなのに、
最近なかなか思うような恍惚のドライビングを味合わせてくれる対象に出会えません。

そんなおり、1960年代のクラシックFに会いに行ってみました。

土曜日の昼下がり、東京を離れた神奈川県某市のショップなのに、
何と、顔見知りの方が偶然にもいらっしゃっているじゃありませんか。
まさに同病相哀れむ、、同じ穴の貉、、言い方はいろいろあれど、
要は齢50をはるかに越えた、いいおっさん二人がRoman求めて彷徨っているわけであります。

 

 

その方が乗ってこられたP、もちろんReplicaではありません。
恐れ多くも、356AにVWエンジンをフルチューンして載せちゃってます。(笑)
フルオリジナルはもちろん価値あることでありましょうし、
正統派であることは重々承知しておりますが、こういうことやっちゃうTさま、
愛すべきCar Guyなのであります。

 

 


で、肝心のフェラーリ365GTC/四、
結論から申し上げれば、私にとって、あくまでも私にとってでありますが、
箸にも棒にもかからない代物だったのでありました。
Dinoとは全く比較にならないほど恐ろしく低いシャシの剛性感、
あまりにトロいステアリング&ブレーキ。

もともと、十分に想像できたことではありました。
大昔に、365GTB/四、いわゆるデイトナを操縦させていただいた時にも
エンジンの歌声は素晴らしくとも、操縦感覚はいすゞエルフか
三菱キャンターと言った印象だったのでありました。

今回の印象も、残念ながらそれを大きく上回るはずもなく、
これは操縦で恍惚感を得るクルマではないなとの結論に達したのでありました。 



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小学校3年まで通っていたインターナショナルスクールの同級生に
モロッコ人のカバツガシと言う親友がいる。




 



今はモロッコに帰っているが、彼の国でも花粉症があるそうだ。
皮肉にもモロッコの国花がその原因だ。 


 

 

 

 

しかし、カバツガシ曰く、その国花は食用にもなるそうでタジン鍋で

料理する際に出る煙を吸っている人間には花粉症はゼロ、あるいは完治するとのこと。 

我が家は恥ずかしながら、非常に珍しいのだが家族全員が何と桜の花粉アレルギーで

花見などもっての外と言う状態だ。

そこで、今年はタジン鍋に桜餅を入れて焼いてみた。
 

当然、アホみたいにタジン鍋の蓋から出る湯気を先を争うように鼻を付けてみた。

 

ア~ら、不思議!!今年は家族全員、花見に行ってもクシャミ一つ出ないじゃありませんか。

 

そう、サクラ花粉症が完治!!これはスギ花粉症にも応用出来ます!
これは、ノーベル賞ものかも!! 



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