馬場あき子旅の歌48 【アルプスの兎】『太鼓の空間』(2008年刊)175頁
参加者:N・I、井上久美子、崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:渡部 慧子
司会とまとめ:鹿取 未放
348 風疾(はや)きビルの谷間を行くときをアルプスの兎低く啼く声
(レポート)(2012年2月)
「風疾きビルの谷間」とはビル風のはやいことを言い、鋭く長い音は、人の情念を呼び起こしたり、たとえられたりした。そういう類を抜けた掲出歌。4、5句の「アルプスの兎低く啼く声」とは、ビル風でありながら地球を大きく吹ききたった風のようで「啼く声」は風の落とし物のように思ってしまう。北海道に氷河期を生き残ったナキウサギが生棲しているので、アルプスのナキウサギを想定してのフレーズであろう。それによって一首を支えている。(慧子)
(意見)(2012年2月)
★もがり笛からの発想か、鳴かないものを聞いたというところが面白い。(N・I)
★レポーターの言う北海道のナキウサギからアルプスの兎を連想したというのはおかしい。一連の
題が「アルプスの兎」なのだから、アルプスに兎がいないことはないはず。(藤本)
★Wikipediaで兎を引くと「声帯を持たないため滅多に鳴く事はないが、代わりに非言語コミュニ
ケーションを用いる。」と出ているので、ナキウサギなど特別な種類を除いて鳴かないのだろう。
ここは帰国して都会の殺伐としたビルの谷間を歩いている時、そのビル風をアルプスの兎が鳴い
ているようだと感じたのだろう。歴史について、人間について様々な苦を見てきたとは言え、風
景自体は夢のように美しかったスイスの旅、ここでは都会に戻ってきた現実の苦い感慨だろう。
(鹿取)