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ローマ帝国

2017-07-17 | 生物暗記法

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■ポイント ローマ帝国の前半の政治形態は、共和政の伝統が残る元首政であった。
 元首政 の成立 前1世紀末~3世紀末
・前27年 a オクタウィアヌス 、b 元老院  からc アウグストゥス の称号を与えられる。。
 = 尊厳者を意味する尊称。実質的には初代のdb ローマ皇帝 であり、e ローマ帝国 が成立。
・特色 共和政の制度のもとで、皇帝はf 市民の中の第一人者(プリンケプス) とされた。
    実際には最高司令官・執政官・護民官を兼任して全権力を握り、独裁政治を行った。
 = このようなローマ帝国の政治体制を、g 元首政(ブリンキパートゥス)  という。

補足:

 ローマ皇帝は形式的には元老院で選出されたが、実質的には、カエサル家ともいうべき、カエサルとその養子オクタウィアヌスの血筋の者が継承した。第2代のティベリウスは初代の養子であったが、近衛軍司令官セイアヌスの専横があり、一時政治が混乱した。次のガイウスも初代の孫娘を妃としていた。あだ名がカリグラ、悪政で知られる。次のクラウディウスはガイウスの伯父で、ブリタニア(現在のイギリス)を属州とした。その後妻アグリッパの連れ子がネロで、次の皇帝となり、悪政とキリスト教徒迫害で有名。つまりこの段階はローマ皇帝と言ってもその権威は安定していなかった。
 ローマ帝国が安定したのは1世紀末のウェスパシアヌス帝のころで、ユダヤ戦争で勝利してパレスチナを制圧した。この皇帝の時、ローマのコロシアムを建設が開始された。有名なヴェスヴィオス火山の噴火でポンペイが埋没したのは79年のことである。
 ローマの平和  紀元1~2世紀末
・ローマ帝国が安定し、その支配のもとで、地中海世界の平和と繁栄が続いた。 = a  ”パックス=ロマーナ” 
・b 五賢帝 の時代 96 ~180年 次の五人の皇帝の時代が最盛期とされる。
 c ネルウァ  →  d トラヤヌス :ローマの領土最大になる。 →  e ハドリアヌス 
 → f アントニヌス=ピウス  →  g マルクス=アウレリウス=アントニヌス (哲人皇帝)
・ローマ風の都市建設  ロンドンパリウィーンなど。 → 道路や水道が帝国全域に広がる。
 市民権拡大 
・a 属州 の拡大 ローマは属州の都市の上層市民に市民権を与えて、統治に協力させたが、
 重税に苦しむ下層市民も市民権を要求するようになった。
・212年 b カラカラ帝 、帝国領内の全自由民にローマ市民権を与える。
 意義 c 都市国家から始まったローマが、地中海世界全体を支配する世界帝国となった。 
・d 季節風貿易  ローマの支配下で、ギリシア人が、地中海交易圏とインド洋交易にも進出。
  → インド、東南アジア、中国と交易し、香辛料や絹がもたらされた。(後出)

Text p.45

◎学習のポイント 作業 ローマ帝国の最大版図を確認しよう。

ローマ帝国の最大領土

 カンネーの戦い   b ザマの戦い   c アクティウムの戦い   d トイトブルクの戦い 

説明:

dの「トイトブルクの戦い」とは、紀元9年、アウグストゥス帝の時、ローマ軍がゲルマン人に敗れた戦い。現在のドイツ北西部に当たり、ローマ帝国はここまで進出したが、ここで初めてゲルマン人に敗れ、これ以上は進めなかった。ローマ軍はウァールスという将軍に率いられていたが、治世中唯一の敗北を喫したアウグストゥスは「ウァールスよ、世の軍団を返せ!」と嘆いたという。

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用語リストへオ.3世紀の危機
■ポイント 3世紀にローマ帝国は財政難・経済の行き詰まり・異民族の侵入などで動揺が始まった。
 軍人皇帝時代  235~284年
・属州の軍団が、独自に皇帝を擁立。50年間に26人の皇帝が入れ替わる。
 背景 北方からの a ゲルマン人 、東方からのb ササン朝 などの侵入が激しくなる。
  → 財政難にもかかわらず兵士の給与を上げることを約束した軍人が推薦されて皇帝となる。
 260年 c ウァレリアヌス帝 、ササン朝のd シャープール1世 と戦い敗れる。
B ローマ社会の変化 3~4世紀
・内乱と異民族の侵入 → 軍事力の増強 → 帝国の財政圧迫 → a 都市への重税 
  → 富裕者は都市を離れ、田園で大所領経営を行う → 都市から流出した下層民を小作人とする。
・征服戦争の終わり → b 奴隷 の供給がとまる → 解放奴隷から小作人となるものが増える。
・従来の奴隷制によるc ラティフンディア に代わり、小作人=d コロヌス に土地を耕作させて
 地代を取るe 小作制(コロナトゥス制) が一般化する。

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用語リストへカ.西ローマ帝国の滅亡
■ポイント 3世紀末、ローマ帝国の政治形態は元首政から皇帝による専制君主政へと移行した。
 ディオクレティアヌス帝  284年即位 軍人皇帝時代の混乱を収拾。
・a 四帝分治制(テトラルキア)  帝国を東西に分け、それぞれに正帝と副帝を置いて分治する。

Text p.46

・兵員の増員、徴税法の改革などで、危機を回避。 → 共和政の形態が失われる。
 b 専制君主政 (ドミナトゥス)  皇帝を神として崇拝させ、専制支配する政治体制。
 コンスタンティヌス帝  306年即位 ~337年
・313年 a キリスト教を公認 (後出)
・b コロヌスの移動を禁止  税収の確保のため。身分・職業を固定。= 市民の自由が奪われる。
・330年 都をc ビザンティウム  に建設し、d コンスタンティノープル と改称。
 意味:e 官僚制を土台とした階層社会となり、ポリス以来の市民の自由と平等の理念は失われた。 
 東西分裂 
・375年 a ゲルマン人の大移動  帝国内部への侵入開始。
・395年 b テオドシウス帝  ローマ帝国を東西に分割して2子に分け与える。
  c 東口ーマ帝国 :都d コンスタンティノープル  一時、地中海世界を回復する。
   → 都を中心に経済が発展。e ビザンツ帝国 と言われるようになり、1453年まで存続。
  f 西ローマ帝国  都ローマ → ゲルマン民族の侵入を受ける。

Text p.47

  → 476年に、ゲルマン人傭兵隊長 g オドアケル によって滅ぼされる。

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用語リストへキ.キリスト教の成立
■ポイント ユダヤ教の形式化を批判したイエスの教えからキリスト教が生まれた。
 ユダヤ教の形式化 
・a パレスチナ がローマに征服され、b ユダヤ教 指導者層がその支配を受け入れる。
 → 律法の遵守と形式的な儀礼を重視したc パリサイ派 、次第に民衆の支持をなくす。
 イエス の登場 前4年頃、ユダヤ北部の小村ナザレの大工ヨセフと妻マリアの間に生まれる。
 → a 「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ。」  と説き、祭司たちの形式的な信仰を批判。
 → 民衆の中に、彼をb 救世主=ギリシア語でキリスト であると信じる人が増える。
・前30年ごろ 祭司やパリサイ派によって訴えられ、ローマへの反逆の罪で総督ピラトによって処刑される。
 → 弟子は死後の復活を信じ、最初のc キリスト教 教団が生まれる。
 = d イエスの十字架上の死によって人間の原罪があがなわれた  とする信仰。

補足:イエスの教え

 ユダヤ教では、神は恐ろしい裁きの神としてとらえられていたが、イエスは民族や貧富の差をこえた、無差別で平等な愛を人々に及ぼす「愛の神」であると説いた。さらに、神の愛(アガペー)にならい、人々に隣人愛を説いた。『新約聖書』に見るイエスの言葉には、「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして主なるあなたの神を愛せよ」、「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」、「汝の敵を愛し迫害する者のために祈れ」などがよく知られている。また、パリサイ派の人々の「ローマに対する税は納めるべきか」という問に対して、「カエサル(皇帝)のものはカエサルに、神のものは神に」と答えたこともイエスの思想を示す言葉としてよく知られている。
 ローマへの布教  使徒の布教活動によって、小アジアを経て地中海世界に広がる。
・a ペテロ  イエスの復活の証人として、ローマで伝道し、b ローマ教会 の基礎をつくる。
・c パウロ  ローマ市民権をもつギリシア人。神の愛はユダヤ人以外の異邦人にも及ぶと説いた。
  → 小アジア・シリア・ギリシア・ローマに広がり、特に下層市民や女性、奴隷に信仰される。
 意義 d イエスの教えは民族宗教をを越えて、普遍的な世界宗教となった。 
・3世紀ごろまでにe 「新約聖書」 にまとめられ、ギリシア語のf コイネー で書かれた。

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用語リストへク.迫害から国教化へ
■ポイント ローマ帝国に厳しく弾圧されたキリスト教は、4世紀に公認され、国教にまでなった。
 ローマ帝国による迫害 
・a 多神教 信仰であるローマでは、b 一神教 信仰であるキリスト教は受け入れられなかった。
 → 64年 c ネロ帝 は、キリスト教を反社会的な教団として迫害した。

Text p.48

・303年 d ディオクレティヌス帝  皇帝崇拝を強要。それを拒否したキリスト教を大迫害する。
 → ローマでのキリスト教徒はe 力タコンべ に潜んで信仰を守った。
 キリスト教の公認 
・313年 a コンスタンティヌス帝  b ミラノ勅令 を発布し、公認。(前出)
  → 帝国の西半分で公認される。
 理由 ローマ帝国の「3世紀の危機」が続くなか、むしろキリスト教信仰を統一に利用しようとした。
・教義の統一  イエス死後、約300年を経て、教義を巡る論争が起こってきた。
 325年 c ニケーア公会議  コンスタンティヌス帝が招集したキリスト教の宗教会議。
  d アタナシウス派 :神とイエスは同一であると主張した。 → e 正統 の教義とされる。
  f アリウス派  :イエスは人間と説く。 → g 異端 とされ、ゲルマン人に布教される。

補足:正統と異端

 キリスト教の正統と異端の論争、いわゆる“神学論争”は信者以外にはわかりにくいが、簡単に言えば、イエスを人間とみるか、神とみるか、の対立だった。アタナシウスはイエスは人性をもつと共に神と同格の神性ももつとしたが、アリウスは神の本姓は分割できないとして、イエスは「神聖であっても神性はない」、つまり平たく言えば人間であると主張した。ニケーア公会議ではアタナシウス派が正統とされたが、ついで精霊をどう見るかが問題となった。精霊とはイエスの死後、信者の心に宿り信仰を導く働きがあるとされるが、それ自身を神とすれば、キリスト教は多神教になってしまう。そこでアタナシウス派では、イエスは神性と人性の両性を有し、父なる神とその子イエス、そして信者の胸に宿る精霊は、それぞれ別な位格(ペルソナ)をもつが、実体(サブスタンシア)において一体であるという三位一体説を作り上げ、381年のコンスタンティノープル公会議で正統として確認された。それに対して、ネストリウスは神性は分割できないとして反対し、イエスの人性は仮のもので、受肉によって神性のみを持つたと主張したが、エフェソス公会議で異端として退けられた。イエスの両性を否定して神性のみを認める単性説はなお根強かったが、451年のカルケドン公会議で異端とされ、三位一体説の優位が定まった。
 正統教義  の確立 アタナシウス派のa 三位一体説 が理論化される。
 =「父なる神と子(キリスト)と精霊は、三つのペルソナ(面)をもつが一体である」と説く。
・4世紀後半 b ユリアヌス帝  古来の多神教の復活を試みる。背教者と言われる。
 → その死後、キリスト教に復帰。キリスト教の信仰がローマ社会の上層にも浸透する。
 キリスト教の国教化 
・392年 a テオドシウス帝  アタナシウス派キリスト教を国教とし、他の宗教を厳禁した。
  → 教会は国家の保護を受け、信徒を指・導監督する司教・司祭などの聖職者の階層化が進む。
・431年 b エフェソス公会議  c ネストリウス派 が異端とされる。
  → キリストの神性と人性を分離する考え。ササン朝を経て唐代の中国に伝わりd 景教 と言われる。

補足:キリスト教の広がり

 ネストリウス派キリスト教はローマ領内で布教できなくなり、東方のイランに布教されササン朝で広まった。さらに中央アジアを経て唐代の中国に伝えられて景教と言われるようになり、長安の都には景教寺院がつくられた(唐の文化で学習する)。キリスト教はローマ=カトリックだけでないことに注意しよう。エジプトに伝えられたキリスト教はコプト教会といわれ、イスラーム教に同化せず続いている。他にエチオピア、シリア、アルメニアなどにも独自のキリスト教が存在している。

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Text p.49

 

用語リストへケ.ローマの生活と文化
■ ローマ文化のまとめ
1.a ギリシア文化の模倣であったが、その知識を実用的文化に応用した。 
2.b ギリシア・ローマの古典文化を地中海全域にひろげ、後のヨーロッパ文明の基礎となった。   
 → ギリシア・ローマの時代は、近代ヨーロッパ人により「a 古典古代 」といわれている。
 例 古代ローマ人の言語であるb ラテン語  は中世ヨーロッパを通じ学術上の公用語であった。
■ 各分野のローマ文化
1.土木・建築技術 … 現在のローマのフォルム(公共広場)を中心とした建築群。
  a 公共浴場 (カラカラ帝建造のものが有名)  b 凱旋門 (コンスタンティヌス帝が有名)
  c コロッセウム  ……ローマ最大の円形競技場  d パンテオン (万神殿)
  e アッピア街道 (前出)などの道路やf 水道橋 (教科書 p.49 写真)
2.都市ローマの繁栄 … 人口100万 下層民はa 「パンと見世物」 を楽しむ(前出)。

Text p.50

3.a ローマ法  都市国家時代のb 市民法 から、帝国全体に適用されるb 万民法 へ。
  = ヘレニズム時代のストア派哲学の影響を受け、普遍的な真理に従うことが重視された。
  → 6世紀後半 東ローマ帝国のd ユスティニアヌス帝 、e 『ローマ法大全』 を編集させる(後出)。
4.暦法 a カエサル がエジプトの太陽暦を導入してb ユリウス暦 を制定。
   → 1582年にローマ教皇が制定したc グレゴリウス暦 で改訂されるまで使用された。
5.文学 ローマの文学をa ラテン文学 という。
 ・b ヴェルギリウス  『アエネイス』(ローマの建国叙事詩) ギリシア文学の影響が強い。
 ・a カエサル  『d ガリア戦記 』 ガリア(現フランス)のゲルマン人社会を伝えている。
 ・e キケロ  共和政末期にギリシア思想をひるめる。作品はラテン文学の名文と言われる。
6.歴史・地理
 ・a リヴィウス  『ローマ史(建国史)』 オクタヴィアヌスの友人。
 ・b タキトゥス  『ゲルマニア』 ローマ時代のゲルマン人に関する記録(後出)。
 ・c ポリビオス   ポエニ戦争に従軍したギリシア人。『歴史』でd 政体循環史観 を説いた。

解説

 ポリビオス(ポリュビオス)はギリシア人の捕虜出身で、ポエニ戦争に従軍した。『歴史』を著し、国家の政体は、君主政→暴君政→貴族政→寡頭政→民主政→衆愚政→君主政と循環すると考えた。それを政体循環史観という。またローマの台頭の理由を、君主政と貴族政と民主政が混合しているところに強さがあると分析した。
 ・e プルタルコス  『対比列伝(英雄伝)』 ギリシア・ローマの英雄を比較。
 ・f ストラボン  『地理誌』 当時知られていた全世界の地誌。
7.哲学・思想 a ストア派 の隆盛 普遍的な理性のあり方を重視する。
 ・b セネカ  (ネロの師)  c エピクテトス (奴隷出身のギリシア人、道徳哲学を説く)。
 ・d マルクス=アウレリウス=アントニヌス帝   五賢帝の一人。『自省録』を著す。

Text p.51

8.自然科学  自然科学者の多くはローマに征服されたギリシア人であった。
 ・a プリニウス  『博物誌』   b プトレマイオス  天動説を体系化。  *ガレノス 解剖学。
9.宗教  ギリシアと同じく多神教を信仰。帝政期に東方からミトラ教マニ教の密儀宗教が伝わる。
 ・キリスト教のa 教父哲学  b エウセビオス  『教会史』
  ・c アウグスティヌス  カルタゴの教父。若い頃、マニ教を信仰(前出)。『告白録』
  → 西ローマ帝国衰退という教会の危機に当たり、d 『神の国』 を著し教会の宗教的権威を確立。
  → これらの教父哲学は、中世のキリスト教神学のもととなった。

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