おにぎり。
しかし,すべてのおにぎりではない。
私はおにぎりが上手ではない。
子ども3人子育てすると,膨大な数のおにぎりを握る。たぶん,すごい数だ。
しかし,一向におにぎり作りは上達しなかった。
おいしくないのだ
おいしかったおにぎり。
その1:大学生のときのワンゲルの春合宿の際にたち寄った,釧路駅前の炉端焼き屋のおにぎり。
メンバーで駅にシュラフで泊まったのだが,夜,空腹で先輩と凍てついた道をつられるようにふらふらと炉端焼きの店に入り,所持金で買えるおにぎり1個ずつ注文した。それが,本当においしかった。あつあつであった。
できればその隣で焼かれていたきんきが食べたかった。その姿が今も瞼に。
その2:以前の向かいの奥さんのおにぎり。
同じ主婦でもまったくレベルの違うおにぎりであった。
絶品であった。
残念ながら引っ越されてしまったので今となってはもう味わえない。
向かいの家のおいしいおにぎりを食べて育った子どもとうちの全くおいしくない簡便性のみのおにぎりを食べざるを得なかったうちの子と。
かわいそうなもんである。
義母のおにぎりは年季の感じられるまったき三角で,まったくの相似形のおにぎりが次々に作り出されていく。
実は,食べたことはない。
食べてもおいしいとかんじるかどうかは微妙だ。
それにしても主婦歴25年以上。なぜ全く上手にならないのだろう。
パソコンのキーボード打つのは上手だよ。