くるちゃん

温泉旅行
時事漫歩
趣味悠々

人生激情923(通夜帰り)

2009-02-28 18:23:58 | Weblog
 葬儀での再会なんて楽しいはずはない。
 でも、親戚が一同に会えるのは、葬儀しかないかもしれない。
 20年ぶりとか、30年ぶりに会うなんてことはそんな時ぐらいなもんだ。
 ふと見せる仕草や横顔で、かっての面影が徐々に思い出される。
 懐かしいのだが、照れが先立ち、話しかけるきっかけがつかめない。
 通夜の席。坊主の読経が悲しみを薄めてくれる。過去が近くに戻ってくる。
 葬儀は誰かが誰かに寄り添う風情。
 酒が入り話題が昔話になると、打ち解けてくる。
 幼年時代を、そして青春時代をこの北の地で過ごした。
 香川から駆けつけて、桜の開花を話題にしてるヤツ。
 兵庫からやってきて、梅の開花を話題にしてるヤツ。
 横浜からやって来て、北海道の素朴さを懐かしむヤツ。
 埼玉からやって来て、雪景色の中に降る白い雪に感激するヤツ。
 故郷は遠くになっても、心安らげるところがある幸せを口々に並べ立てる。
 再会を約束して、今度は楽しいときに会いたいね、なんて言っている。
 こうして会えたのもあいつのおかげと黒枠写真に指を指す。
 こころなしか写真の中で故人が微笑み返す。
 7日法要、49日法要も共に同日終了。帰り車に向かう時また雪が降り出した。

人生激情922(ごりら)

2009-02-27 07:17:27 | Weblog
 60、70を過ぎると人間はどんどん老いてゆく。
 つまりもう若くなることはない。
 体力は弱くなり、脳の回転は鈍くなり、容貌は衰え、
病気は治りにくくなり、当てにされなくなる。
 別にヘマなどしてないのに、勝ち目のない闘いに追い込まれる。

 そうは遠くないある時、ある高校生が言った言葉は世間にショックを与えた。
「30過ぎの女はみんな死んでしまえばいいよ」
 高校生から見た30歳過ぎの女はみんな醜く思えたのだろう。
 醜いという点でいうなら、それは真実かもしれない。
 しかし高校生もすぐ、30歳になるのである。
 そして、60歳、70歳という逃げ場のない年代にやがては入り込むのである。
 その時こそ彼らは、人間のよさ悪さが姿かたちでないことを知るはずなのだ。
 そして、60歳は60歳、70歳は70歳の美しさを見出すはずなのだ。
 人は、年齢相応の容貌をもってこそ自然なのだ。
 ゴリラは醜悪なゴリラの容貌をもってこそゴリラのよさなのだ。

人生激情921(悲しや固定観念)

2009-02-26 07:28:46 | Weblog
 悲しいかな年齢をとると固定観念が強くなる。それは、曲がりなりにも
その歳まで生きてきたという自信からか、それとも、 頭が硬くなるからか、眼や
耳が不自由になるからか、他のあらゆる属性を固定したがる傾向が多くなる。
 大学教授が痴漢行為などしないと思っていると、白昼突然痴漢をやってのける。
 子供が子供を産ませる筈ないと思っていると、12歳男子だってやってみせる。
 そば屋がそばを食べさせるだけの所かと思っていると、ある日、突然麻薬や刃物
を売ったりしてるかもしれない。そのようなことが、世の中の変化なのだ。
自分の肩や腰が落ち、背が曲がるような変化が出始めると同様に、周囲にも変化が
起きているのだ。年寄りが、過去の経験だけを頼りに生きていてはこの世は住み
づらくなる。できるだけ柔軟な観察と、論理立てを繰り返す習慣をつける必要が
あると思う。また、若者や子供との接触もときには必要だと思う。

 とくに歳を取ってからはその性分を変えることはできない。
 昔から、「ばかは死ななきゃ、なおらない」という言葉は、そのことを端的に
言い表したうまい言葉だと思う。自分を変えることが出来ないと同じで、
他人のその考え方や、やり方を変えさせることは難しいと思うべきだ。

 歳を取ってからは、自分がいつも正しいと思わない方がいい。
 自分では気づいていないことだが、判断が狂いだすことが時々あるからだ。
だから、自分の方が間違っているかもしれないと思えるうちは、
まだ柔軟な気持ちをもっていると思えるし、少しは安心できるかもしれない。

人生劇情920(おくりびと)

2009-02-24 07:17:39 | Weblog
 北海道新聞の夕刊を見ていた。映画のアカデミー賞のニュース、
「おくりびと」が外国映画賞になったというめでたいお話。
 死への確かなまなざしが、生の尊さを照らし出す。
 人間らしい死をむかえるために、気楽に死を語り合うべきだ。
 いずれ誰かを誘って観てみたい。

 今は亡き淡谷のり子のビッグショーの再放送。「夜のプラットホーム」を聴く。
   ♪星はまたたき 夜深く
    鳴り渡る 鳴り渡る
    プラットホームの別れのベルよ
    さよなら さよなら~
 どこかでまだ生存中のよう。「さよなら、さようなら」はこの世の無情感。
  あの世はこの世
  この世はあの世

 起きてすぐ外を見た。雪はおさまったようだ。
 華ちゃん、いつも明るいコメントをありがとう。
 

人生激情919(雪に埋もれて)

2009-02-23 07:03:41 | Weblog
 屋根から落ちた大量の雪を掻き出しながら、ふと思う。
 これはまだ健康だから出来るので、身体が動かなくなったらどうしようか。
 金を払えばやって貰えるが、他人に管理してもらって住んでいることに
意味があるのだろうか。雪に埋もれて春を待つのも哀れっぽいし……。
 20日から降り続いている雪はまだ止まない。

 これほどに以前は主婦が仕事に出てなかったはずです。たとえばスーパーのレジ
にしたって、若い娘さんの独壇場でした。今では、そこは主婦の仕事場になって
います。これでは若者の仕事場が減るはずです。でも主婦にしたって、旦那の稼ぎ
だけでは家計が大変なのでしょう。「職場がない」という世の中は深刻です。

 ある講演で「明るく、豊かに、健やかに」これが人間一生のモットーと講釈。
 特に老人がこの精神をなくしたら、もう生きている価値がないという。黙って、
この話を聞いていた老人クラブの面々が「どれもない。それでも俺は生きている」

「性生活事典・いくつになっても男と女」という題の本の宣伝が新聞に載っていた。
 60代、70代、80代それぞれの男と女の性のスタイル、とか何とかーー。
笑わしちゃいけないよ。そんな事、他人様にとやかく言われる筋合いはないんだ!

 人間は辛いとか、悲しいとか、痛いとかというのは何とかなるものなんです。
どうしようもないのが<むなしい>ってことなんです。それは誰にも当てに
されなくなった時なんです。誰の役にも立たなくなった時なんです。それに気付い
たら、絶対今の苦境から逃げ出そうなどという気は起こらないもんだと思うのだ。

 

人生激情918(雲行き)

2009-02-22 06:49:08 | Weblog
 今朝の札幌は穏やか。
 21日は暴風雪。JR運休が275本。空港の欠航も157便。
 羅臼で風速41メートルを記録。とても人間が立っていられる状況ではない。
 雪掻きを計5回。除雪車は夜中に一度来たきりで、回ってこない。
 主要道路に重機を取られてるのだろう。あちこちで立ち往生の車あり。

 冷蔵庫を開けた。納豆とひじきの煮物をとりだす。のりの佃煮もある。
 ハムとネギを刻んで卵でといてフライパンでさーと焼いてOK。
 冷凍飯をチーンして完璧だ。
 夕べは都合により一人生活。たまにはこれもいいもんだ。
 前の晩がカロリー過多の中華料理だったので、質素にまとめる。

 小泉元首相が反対してるとかで、定額給付金の雲行きが怪しくなってきた。
 あまり欲しがってはさもしいと言われそうなので、表向きは控えめに
 待っていたが、いざ、雲行きがあやしいとなれば惜しい気になっている。

 あの人は理解できないとか勝手な人だと言って嘆く人がいますが、
 理解できなくて当たり前なのです。人それぞれだからです。
 理解できないことを認め合うことでうまくいくと思うのです。

 夢が記憶に残るのは珍しい。親しかった人が遠くに行った夜、夢を見た。
 ゴルフの打ち放し場を打ったボールに追われて走り回っている夢でした。

 

人生激情917(暴風雪)

2009-02-21 10:21:35 | Weblog
 夕べは趣味の仲間との夕食会。悪天候だが決行。
 中華料理のおまかせで、呑み放題付き。
 雪は降る降る。札幌は暴風雪の予報。
 街を歩く人は傘を差したり、コートの衿を立てたり。
 身をすくめて、悪天候に耐えて急ぎ足。
 早めに帰ろう、と6時開始が9時には帰宅。

 前が見えないほどに降る雪の中で、交通整理のお巡りさんや、
 工事中の道路での警備員は傘など差してはいない。肩をすぼめて雪を払いながら
誘導しているが、傘を差して仕事をするといいのにと、思うのだが。
 雨の時でも、傘を差したらだめだという決まりは聞いた事がないが、
傘を差した警官の姿を見た事がない。

 中華料理では回転式のテーブルを右に回したり、左に回す人が時々いるが、
右回りが正式なマナーのようだ。ついマナーなど耳にしちゃうと、次には気になる。

 夕べの9時に雪掻きして、今朝の7時に雪掻きして、先ほど10時にまた雪掻き
をした。今冬最高の雪降り、今はちょっと小休止のようで空が明るくなった。

 

人生激情916(々々)

2009-02-20 06:59:52 | Weblog
 パソコンで文章を書いていて、「様々な事柄」とか「美しい花〃」などの
「々」「〃」の字だけを出すのには何と読みを入れればいいか疑問をもった。
「ちょんちょん」と打ち込んでみたがダメ。
また、「々」がカタカナの「ノ」と「マ」を組み合わせたものなので、
「ノマ」でやってみたが出ない。
同様という意味で「どう」とやってみた。出た!「々」「〃」どちらも出た。
「繰り返し」でも出た。いろいろと出た。「ゞ、ヾ、〃、々」大発見。

人生激情915(ひけめ)

2009-02-19 08:43:10 | Weblog
 遅刻を当たり前のようにする人がいる。
 約束を破ることに平気に見える人がいる。
 物忘れしても気に留めていない人が人がいる。
 耳の不自由さとか眼の不自由さの不利を強調する人がいる。
 趣味の陶作や絵作の未熟さを強調卑下する人がいる。
そして「私はいつもダメなのだ」なんて言っては、自分を自分で強調してみせる。
それらの人は、心理的ひけめが心の中にわだかまっているために、そのことでの
至らなさを強調することで、その真理から逃れようとしているのではないか。
 普通の人間は、社会生活を営んでいくうえで、相手や周りに対して弱みを
見せたいとは思わないものだが、自分の心理的な負い目が予想される場合は、
わざと弱みを見せて、つまり不利なことを強調することで、その不利から逃れる
と同時に心のバランスをとろうとしてるのではないか。わからなくはないが、
あまり自分を卑下すると見苦しい。約束事にしろ、技量のなさにしろ、身体の
一部の不自由さにしろ、努力の一端さえ見受けられれば、ありのままの
自分を人は寛容に受け入れてくれるものだと思うべきだ。
 最近そんなことを考えさせられることに出くわして思ったことだ。

人生激情914(領土は遠い)

2009-02-18 07:23:04 | Weblog
 北方領土へのビザなし渡航に関し、
ロシアが日本側の出入国カード提出を求めた問題で、日本側は、
「カード提出は北方領土をロシア領と認めることになるので応じられない」
 と主張、ロシア側は
「実行支配している北方領土にロシアの法律を適用するのは当然」
 と言って譲らない。北方領土に詳しい鈴木宗男議員は、
「今の外務省には、真剣に北方領土に取り組む考えはまったくない」
 と言い切っている。
とすれば、あの外務省の主張は国内向けのジェスチャーに過ぎないということか。

 世界中でこんなジョークが出回ってるというが、本当だろうか。
「日本人はどんなことをしても怒らない。
 中国が日本領海でガス油田採掘調査しても怒らない。
 韓国が竹島を占領しても怒らない。
 北朝鮮がテポドンで脅しても怒らない。
 ロシアが北方領土を占拠しても怒らない。
 だって、アメリカが原爆落としても、今じゃ最高の友好国だよ。
 日本を怒らすのは大変なことなんだよ」