二郎さんの「とびます、とびます」はまさに発想の飛躍を意味してた。
絵でも陶芸でも、まずは人真似から始まる。
真似から始まるが、そのうちにありきたりのものではつまらなくなる。
そこで、人真似からはずれて自分独自のことをやってみたくなる。
一見ムダに見えるものを含んだ面白さとか楽しさを求めたくなる。
人が思いもよらない創造の世界を思索するようになる。
それが楽しくなって、一人であれこれ追いつめて、迷路に入ったり
して、抜け出せない自分がとっても大事に思えたりする。
人生は短いのだから、折角与えられた時間を充分楽しみたいと思う。
自身陶芸や絵を趣味にしているが、いつも「なんじゃこれは?」
という作品ばかり手にしている。ほとんどが失敗作だがこれがまた楽しい。
陶芸はがらくたばかりだし、絵は漫画チックなものばかりだ。
自分のもので言えば、すべてが未完成の作品といっていい。
いつ完成品が出来上がるか分からないが、未完のままもまた楽しい。
誰かが言ってた、「飛躍するところに表現が生まれる」はまったくそうだ。
今も目の前の棚には不思議な淘作品が陳列されてるが、誰かに
見てもらうためのものではない。作者自身の楽しみが置かれている。
かって、芥川龍之介の句に表現の飛躍を教えられた記憶がある。
青蛙お前もペンキ塗りたてか
絵でも陶芸でも、まずは人真似から始まる。
真似から始まるが、そのうちにありきたりのものではつまらなくなる。
そこで、人真似からはずれて自分独自のことをやってみたくなる。
一見ムダに見えるものを含んだ面白さとか楽しさを求めたくなる。
人が思いもよらない創造の世界を思索するようになる。
それが楽しくなって、一人であれこれ追いつめて、迷路に入ったり
して、抜け出せない自分がとっても大事に思えたりする。
人生は短いのだから、折角与えられた時間を充分楽しみたいと思う。
自身陶芸や絵を趣味にしているが、いつも「なんじゃこれは?」
という作品ばかり手にしている。ほとんどが失敗作だがこれがまた楽しい。
陶芸はがらくたばかりだし、絵は漫画チックなものばかりだ。
自分のもので言えば、すべてが未完成の作品といっていい。
いつ完成品が出来上がるか分からないが、未完のままもまた楽しい。
誰かが言ってた、「飛躍するところに表現が生まれる」はまったくそうだ。
今も目の前の棚には不思議な淘作品が陳列されてるが、誰かに
見てもらうためのものではない。作者自身の楽しみが置かれている。
かって、芥川龍之介の句に表現の飛躍を教えられた記憶がある。
青蛙お前もペンキ塗りたてか
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