教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

アイマス2でPを引退すべきか

2010-10-11 00:00:26 | オタネタ全般
9.18事件により、ニコマス界では多くのPが引退を宣言している。
また、公の場で宣言をしないにしろ、一人密かに引退を決意した者も少なくなかろう。
Pというとニコニコ動画においてアイマス関連の動画を投稿する者を指すが、必ずしもPと名乗れる人々のみならず、多くのファンたちの中にも手を引くと考える者も多い。

さて。
果たして我々は「引退すべき」なのだろうか。
はたまた我々は「踏みとどまる勇気を持つべき」なのだろうか。



一般に、人はあるゲームで遊ぶのをやめるとき、多くはそれを「引退」とは表現しない。
ゲームが単なるヒマつぶしではなく、特別な思い入れがあり、そこに自分の人生の一部を賭けていたとき、そこにはじめて「引退」という表現がなされる。

ひところの格ゲーや音ゲー。
昨今のネトゲ。
そしてアイマスやらラブプラス。

それらをプレイする者たちの目には、ただのゲームと片付けるには説明しきらないほどの何かをそこに見ていたではあるまいか。
その何かを捨てる覚悟を決めた決意を称して我々は「引退」と語るのだ。



アイマスではどうか。

多くのPが引退を宣言している。
その理由は男アイドルの登場だったり4名のリストラだったりとまちまちかもしれない。
それがどうしても気に入らなければ引退を宣言せざるを得ないのかもしれない。

しかし!

実はもう1つ解がある。

「はっぴぃ直前」というマンガを御存知だろうか。
現在では作者は有名な人物(克・亜樹氏)だが、マンガそのものはWikipediaにも項目がないマイナー作品である。

現在手元にないのでうる覚えだが、たしか・・・
幼なじみの好意を持ってくれている同級生の女には見向きもせず、突然現れたメインヒロインにベタ惚れしてしまう。
その同級生は突然現れたメインヒロインに惚れるような主人公など、途中からどうでも良くなったのかもしれない。
最後のほうで、メインヒロインと会う前で、恋など知らず、天真爛漫だった、幼少の頃のかつての主人公の姿が今でも好きなだけだったのだという事が明かされる。

一般に、リアルワールドに好きになった人が存在するという束縛を受けている一般人は、ほぼ必ず現在の姿に拘束されてしまう。
かつての姿などリアルワールドには存在しないからだ。

しかし!

二次元に住まう我々だけは、強靭な精神を持ってしてそのような束縛を受けいれない事を許される。
かつての姿だけを愛でて生きることが許される。

アイマスで言えば、我々はアイマス2に移行しないという選択を取ることで、先のはっぴぃ直前のように、かつての自分が心の底から愛したアイマスのヒロインのままの姿をいつまでも愛していくことができるのだ!
リアルワールドに拘束される一般人とは異なり、我々だけは時間の流れを超越して恋を成就させることができる特権を持つ者であることを誇りに思うべきなのだ!!



雪歩ファンを見てみれば良い。

幸いにもというべきか、雪歩はリストラの憂き目には遭ってはいない。
しかし声優が変わった。
さらには
「男の人が大好きです! あっ! 今のはお茶と言い間違いを・・・!」
などと言うような女に変わり果ててしまった。

ひょっとしたら雪歩ファンこそがこの問題について最も深刻な選択を迫られているのかもしれない。

我々はその新たな雪歩に対する強いわだかまりを胸に秘めたまま雪歩ファンでありつづける決意を決めるという選択肢も取りうる。
我々はその新たな雪歩の受け入れを拒否し、痛みをともなう失恋の経験と、生みの親であるバンナムに対する絶望感とを胸に、引退を宣言するという選択肢も取りうる。

しかし!

アイマス2には見向きもしないことで、かつてゆりしーだった雪歩だけを愛して暮らすという選択肢を取ることもまた可能なのだ。



わたし自身はまだ自分の身のふりかたを決めたわけではないのだが、いずれどうするか決める必要に迫られるだろう。