中国外務省の会見や中国のニュースをラヂオプレス(RP)などで日々チェックしていると、時折、奇妙な報道を目にすることがある。中国の新華社が10日に、フィリピンのニュースサイトの報道を引用する形で「(中国が)ミサイル原潜3隻を海南島の基地に派遣」と報じていた。
新華社といえば、当局の窓口でもある中国国営の通信社である。それがわざわざ海外メディア経由で、「最前線の基地に配備するのはこれが初めて」だと強調している。「中国脅威論」の高まりを気にして衝撃を和らげているつもりなのだろう。
孫子の兵法でいえば、虚実篇の「人を致して人に致されず」というところか。人をして脅威論を低下させながら、その実、沿岸国を脅す心理戦である。
『日本の存亡は「孫子」にあり』の著者、前防衛大学校教授の太田文雄氏によると、中国の中央軍事委員会は習近平主席を除く10人がすべて現役上将で、彼らはそらんじることができるほどの「孫子」の体現者だという。ただ、近代実定法のない時代の孫子の弱点は「法の支配」を知らないことであり、それは現代中国の法律戦にも通じよう。
最近の中国は、他国から「法の支配」を突きつけられると異常に反応する。安倍晋三首相とフィリピンのアキノ大統領が首脳会談で「国際法の順守」を強調すると、中国外務省の秦剛報道官は「法治を持ち出してあれこれ言い、中国を脅し、中国を中傷し、耳目を惑わそうと企(たくら)んでいる」と反発した。
スプラトリー(中国名・南沙)諸島などの領有をめぐるフィリピンの提訴を中国が拒否するのも、「合法的権利の行使」だという。島嶼(とうしょ)領有に自信があるなら、国際法廷で堂々と受けて立てばよさそうだが、拒否の合法性を強調して「国際規則の擁護者」をアピールする。
中国のいう法律戦とは、軍の政治工作条例の中で、世論戦、心理戦とともに「敵軍瓦(が)解(かい)工作」のための三戦と規定されているものだ。もっとも国際法は利用するもので、順守するのは国内法である。
5月末から6月初めにかけてシンガポールで開かれたアジア安全保障会議で、中国人民解放軍の王冠中副総参謀長が南シナ海の大半を自国の海とする「九段線」を正当化したが、その正当化の仕方が興味深い。
パラセル(西沙)諸島、スプラトリー諸島は「過去2千年にわたり中国の管轄下にあった」。
安倍首相やヘーゲル米国防長官が強調する「法の支配」に対して、「歴史の支配」というべき抗弁だった。すると、会場の中国代表団員が「あぁ」と頭を抱えたところを参加者に目撃されている。歴史を強調することで、中国が「法の支配」に否定的だととらえられるからだろう、と参加者の一人は語った。
太田氏が挙げる三戦の事例によると、世論戦は「尖閣諸島は日本が日清戦争で盗取した」というプロパガンダであり、心理戦では歴史カードを使って「13億人が怒っている」と日本に負い目を持たせる。そして法律戦では、1992年の領海法で尖閣諸島を含む東シナ海から南シナ海のほぼ全域に中国の主権が及ぶとして、実力行使も辞さない構えをみせる。
もっとも、孫子の兵法をもってすれば、謀攻篇の戦わずして勝つ「不戦屈敵」のはずなのに、いまの習体制はその逆をいく。日本だけでなく南シナ海の沿岸国に力を多用し、自らを孤立に追い込む。孫子はこれを「拙速」といった。いまの中国は孫子の兵法まで逸脱している。