
【大滝詠一さん急死 リンゴのどに詰まらせ】(http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20131231-1238243.html)。
【大滝詠一さん急死 65歳「はっぴいえんど」などで活躍】(http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312310018.html)。
【〈速報〉佐野元春「ひとつの大きな星を失った」】(http://www.asahi.com/and_M/interest/entertainment/NIK201312310096.html?ref=comtop_fbox_d2)。
【大貫 大滝さん死去に「なんてことなの」】(http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20131231-1238255.html)。
【大滝詠一さんが死去 歌手、プロデューサー】(http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013123101001378.html)。
【細野晴臣さん「彼の中のポップスどこへ」 大瀧さん死去】(http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312310152.html)。
新年を迎えようとしているのに・・・・・・。
こんな形で、しかも、年の瀬に、大瀧詠一(大滝詠一)さんが亡くなるなんてあまりにショックです。3月には須藤薫さんも亡くなり、悲しい事ばかり。大滝さんは、最も好きなミュージシャンでした。『A LONG VACATION』なんて何度聞いたかわかりません。最高の名盤です。本当に悲し過ぎます。大瀧さんのご冥福をお祈りします。あぁ・・・・・・それにしても言葉がない・・・・・・。
ブログ主の頭の中は、井上鑑さんアレンジのストリングスが鳴り響いてます。
『●「日本社会を蝕むパワーハラスメント」『週刊金曜日』
(2013年4月5日、938号)』
『●懐かしいな~』
『●『イエロー・サブマリン音頭』とビートルズと大滝詠一』
『●須藤薫さん、亡くなる』
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【http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20131231-1238243.html】
大滝詠一さん急死 リンゴのどに詰まらせ
(81年7月、都内のスタジオで山下達郎(左)と写真に納まる大滝詠一さん(共同))
歌手で音楽プロデューサーの大滝詠一さん(65=本名大滝栄一)が30日午後5時半ごろ、東京都瑞穂町の自宅で倒れ、搬送先の病院で死亡したことが31日、警視庁などへの取材で分かった。
福生署などによると、大滝さんは当時家族と一緒で、家族は「リンゴを食べていてのどに詰まらせた」と話しているという。119番通報で救急搬送する際には既に心肺停止状態だった。
大滝さんのオフィシャルサイトによると、細野晴臣や松本隆らと伝説のバンド「はっぴいえんど」を結成して活躍。1973年に解散後は自身のレーベルを創設し「君は天然色」「恋するカレン」などを発表した。
他の歌手への楽曲提供も多く、代表作に松田聖子の「風立ちぬ」、森進一の「冬のリヴィエラ」、小林旭の「熱き心に」など。
[2013年12月31日13時9分]
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【http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312310018.html】
大滝詠一さん急死 65歳「はっぴいえんど」などで活躍
2013年12月31日13時32分
ミュージシャンで音楽プロデューサーの大滝詠一(おおたき・えいいち)さん=本名・大滝栄一=が30日、死去したことが分かった。65歳だった。
警視庁福生署や所属レコード会社によると、30日午後5時半ごろ、自宅で果物を食べていたところ、急に倒れ、家族が119番通報した。青梅市内の病院に救急搬送されたが、解離性動脈瘤で死亡したという。通夜、葬儀などの日程は未定。
大滝さんは、細野晴臣さんや松本隆さんらとともにロックグループ「はっぴいえんど」で活躍。ソロに転向し、「君は天然色」「幸せな結末」などのヒット曲を出した。
プロデューサーとしても、山下達郎さん、大貫妙子さんのシュガー・ベイブに楽曲を提供するなど活躍。松田聖子さんの「風立ちぬ」、森進一さんの「冬のリヴィエラ」、小林旭さんの「熱き心に」などもヒットした。
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【http://www.asahi.com/and_M/interest/entertainment/NIK201312310096.html?ref=comtop_fbox_d2】
〈速報〉佐野元春「ひとつの大きな星を失った」
2013年12月31日
佐野元春(57)が31日、公式サイトに大滝詠一さんを悼むコメントを掲載した。
「日本の音楽界はひとつの大きな星を失った。でもその星は空に昇って、ちょうど北極星のように僕らを照らす存在となった。大滝さん、ありがとう。ご冥福をお祈りいたします」。
佐野は大滝さんを中心に結成された企画ユニット「ナイアガラ・トライアングル」に参加していた。
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【http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20131231-1238255.html】
大貫 大滝さん死去に「なんてことなの」
歌手大貫妙子(60)が、大滝詠一さんの急死を悲しんだ。31日にツイッターに「大滝さんが亡くなりました…。なんてことなの」と投稿した。09年に大滝さんのトリビュートアルバム「A LONG VACATION from Ladies」で「君は天然色」をカバーしている。
[2013年12月31日14時47分]
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【http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013123101001378.html】
大滝詠一さんが死去 歌手、プロデューサー
2013年12月31日 18時01分
ロックバンド「はっぴいえんど」の元メンバーで、歌手、音楽プロデューサーの大滝詠一(おおたき・えいいち=本名栄一)さんが30日午後、東京都内の自宅で倒れ、搬送先の病院で解離性動脈瘤のため死去した。65歳。岩手県出身。葬儀・告別式は未定。
細野晴臣さん、松本隆さんらと結成したバンド「はっぴいえんど」として1970年にデビュー。73年の解散後は自身のレーベル「ナイアガラ」を創設した。
80年代には、「君は天然色」や「恋するカレン」を収録したアルバム「A LONG VACATION」が大ヒットした。
(共同)
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【http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312310152.html】
細野晴臣さん「彼の中のポップスどこへ」 大瀧さん死去
2013年12月31日20時02分
ミュージシャンでプロデューサーの大瀧詠一の訃報を受け、音楽界から惜しむ声が相次いだ。
◇
〈「はっぴいえんど」のメンバーでミュージシャンの細野晴臣さんの話〉 最初は誤報だと思っていましたが、とてもショックです。大事な音楽家を失ってしまった。残念にもほどがある、という思いです。彼の中に詰まっていたポップスの宝庫はどこに行くんでしょうか。大瀧君はずっとソロアルバムを作っていなかったのが気になり、11月中旬に「皆で手伝うからソロを作ろう」とメッセージを入れたのが最後です。
■佐野元春さん「大きな星を失った」
ミュージシャン佐野元春さんは自身のホームページ上で、「大滝詠一さんが亡くなりました。日本の音楽界はひとつの大きな星を失った。でもその星は空に昇って、ちょうど北極星のように僕らを照らす存在となった。大滝さん、ありがとう。ご冥福をお祈りいたします」とのコメントを発表した。
■山口隆さん「いつも真実とリズムとユーモア」
ロックバンド「サンボマスター」のボーカル、山口隆さんは自身のツイッター上で「大瀧詠一さんは本当に、本当に偉大な音楽家だった。古今洋邦の音楽、その背景文化への膨大な知識とそれを血肉にする強靭(きょうじん)な好奇心と才能。産み出される音楽はいつも真実とリズムとユーモアがあり、にも関わらずその表現の巨腕を少しもひけらかすような素振りもなかった。ご冥福をお祈りします」とコメントした。
■大貫妙子さん「なんてことなの」
「シュガー・ベイブ」の作品を大瀧さんのレーベルから発表するなど、古くから関わりのあるミュージシャンの大貫妙子さんは、ツイッター上で「大瀧さんが亡くなりました・・・。なんてことなの」と述べた。
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【http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312310018.html】
大瀧詠一さん急死 65歳 「幸せな結末」などヒット曲
2013年12月31日19時08分
「幸せな結末」などのヒット曲で知られ、実験精神あふれる曲作りで日本のポピュラー音楽界に大きな足跡を残した、ミュージシャンでプロデューサーの大瀧詠一(おおたき・えいいち)さん=本名・大瀧栄一=が30日、東京都内の病院で亡くなった。65歳だった。
警視庁や所属レコード会社によると、30日夕方、瑞穂町内の自宅で果物を食べていたところ、突然倒れ、家族が119番通報した。病院に搬送されたが、解離性動脈瘤(りゅう)で亡くなったという。通夜、葬儀の日程は未定。
岩手県出身。1970年、細野晴臣さんや松本隆さんらとのロックバンド「はっぴいえんど」でデビュー。ロックを日本語で歌う、当時としては画期的なスタイルが話題を呼んだ。
72年の解散後は、ソロとして活動。当時ミュージシャンとしては珍しかったCMソングの制作に力を入れたほか、74年には自身のレーベル「Niagara」を設立。山下達郎さんや大貫妙子さんらのバンド「シュガー・ベイブ」のプロデュースも手がけた。
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『関ジャム』大滝詠一「君は天然色」は、なぜ天然色なのか。もう色を点けることができないあの子
2021/08/08 20:00
文=寺西ジャジューカ(てらにし・じゃじゅーか)
8月1日放送『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)は、作詞家・松本隆の特集。いつもこの番組は面白いが、特に今回は“当たり回”の予感がする。
それにしてもここ最近、松本の姿をよく見る。7月15日放送『NHK MUSIC SPECIAL』(NHK)では松本とKinKi Kidsが対談していた。さらに、この回の放送当日、同時間帯に『The Covers』(NHK BSプレミアム)も「大滝詠一&松本隆ヒットセレクション」を行い、そちらには松本本人が出演していた。7月14日には作詞活動50周年を記念する松本のトリビュートアルバムが発売されたばかりである。
今回は、プロからの質問に松本が答えるという形で番組は進んでいった。スタジオに登場したのは、武部聡志、いしわたり淳治、川崎鷹也の3人だ。はっぴいえんどでドラムスと作詞を担当した松本と、SUPERCARでギターと作詞を担当したいしわたり。奇しくも、2人はバンド内での役割が似ている。
「赤いスイートピー」の歌詞を松本隆が超具体的に解説
番組は松本の偉大な功績を振り返った。彼が作詞した曲はなんと2千曲以上! これらを全て手掛けてたなんて、ちょっと嘘みたいだ。しかも、活動期間は50年に手が届くほど長い。みんなの青春のどこかに必ず松本隆はいる。
まずは、日本歌謡史に燦然と輝く大名曲「赤いスイートピー」について。実は同曲がリリースされた当時、赤のスイートピーは存在せず、曲のヒットを機に品種改良によって誕生したそうだ。色の描写を多用する松本らしいエピソードである。
加えて、松本には具体的な数字の描写も多い。例を挙げると、「知りあった日から半年過ぎてもあなたって手も握らない」という歌詞だ。なんて、最高の表現なのか? 期待する女の子が相手のじれったさに怒るのではなく、だけど縮まらない関係性を進めてほしいと願っている。そのニュアンスを強調するのは「半年」というワードだ。これが1年だと脈無しに思えるかもしれない。半年というのがいい。
「当時、女子高生は乱れていてダメだみたいにメディアから叩かれていて、でも僕はほとんどの女子高生は昔と変わらずまじめな子が多いんじゃないかと思ってた。そういう思いで時代と逆行した『半年過ぎても手も握らない』純粋な女の子を書いてみたら大ヒットしたから、やっぱり僕の考えは正しかったんじゃないかな」(松本)
慧眼だと思う。一部が目立ち騒ぎ立てられるが、若者の大部分を占めるのはいつの時代もまじめな子である。そして、「春色の汽車」というフレーズについて。春色って、何色なのか?
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「春色は子どもの頃に記憶しているオレンジと緑の湘南電車で、それが海に続いているっていうイメージ。僕は江ノ電の鎌倉高校前から鎌倉駅の商店街を抜けて海が急に見えてくる景色が好きでした。その線路の脇に、もし赤いスイートピーが咲いていたら可愛いんじゃないかな、と想像して歌の舞台にしました」(松本)
ここまで説明してくれちゃうなんて凄い。「赤いスイートピー」の歌詞を松本隆本人が超具体的に解説している。はっきり言って、筆者は全然違う景色を想像していた。もっと地方の、それこそ高原で菜の花が咲き誇る田舎の風景を頭に描いていたのだ。湘南電車だったのか! 続いて、「煙草の匂いのシャツ」という歌詞について。
「70年代から80年代にかけて煙草を吸っている人が多くて、それでも煙草の匂いが染みついたシャツっていうのはそんなに良い匂いではないはずだよね。どっちかというと嫌な匂い。好きだった男性の象徴的な匂いが煙草の匂いだった、でも自分が一番嫌いな匂いも許せるような感じ、それが恋なんじゃないかな」(松本)
20年くらい前まで、煙草の匂いをさせる男は一般的だった。事実、宇多田ヒカルが99年にリリースした「First Love」には「最後のキスはタバコのflavorがした」という一節がある。宇多田がこの歌詞を書いたのは16歳の頃だ。
「君は天然色」が天然色の理由
川崎は、自身もカバーした大滝詠一「君は天然色」の歌詞について松本に質問した。彼がぶつけたのは「サビのフレーズがなぜ1~3番まで同じ?」という疑問だ。
「想い出はモノクローム 色を点けてくれ
もう一度そばに来て はなやいで
美しのColor Girl」
1~3番まで、この3行のサビを1文字も変えず3度繰り返す構成が気になるらしい。川崎はこの曲をカバーする際、それぞれ違うニュアンスで歌唱するという。1番の「そばに来て」は少しかっこつけて嘆き、2番では手を伸ばして強く訴えるように、そして3番では心の底から叫ぶ。この問いに松本は「変える必要がなかったんじゃない? あまり意味はないです」と回答した。
1~3番まで、ニュアンスを変える必要はない。これは松本が亡くなった妹さんを思って書いた歌詞である。幼少の頃から心臓が弱く、ずっと面倒を見ていた妹さんが80年に心臓発作で倒れた。そして、彼女は26歳で息を引き取った。松本はショックを受け、好きだったはずの渋谷の街が白黒に見えたという。
「想い出はモノクローム」
「色を点けてくれ」
「もう一度そばに来て」
「美しのColor Girl」
もう色を点けることのできない妹を想って書いた詞だ。1~3番までフレーズが同じなのは、言葉に込めた気持ちが強かったから。
妹さんが亡くなったショックから松本はなかなか立ち直れなかった。同曲を収録する『A LONG VACATION』は、大滝の誕生日の1980年7月28日にリリースされる予定だった。勝負の1枚だったのだ。松本は「君は天然色」の歌詞を書き上げるまで3カ月かかった。大滝はずっとそれを待ち続け、予定より8カ月遅れの1981年3月21日にアルバムはリリースされる。2020年5月31日「神戸新聞」のインタビューで松本は語っている。
「そのときのことを書き残すことは、妹のためにも大事だと思った。つくりものじゃなく、正直に。僕にしかできないことだから」
“詞先”が日本独自のポップスを生む
いしわたりが松本にぶつけたのは、日本の音楽界全体に関する質問だった。
「詞先が激減する今の日本の音楽に思うことは?」
いしわたり曰く「日々の仕事のうち9割5分くらいは曲が先にある」そうだし、基本は曲先というのが多くの人の共通認識だ。“詞先アーティスト”としては槇原敬之とaikoが有名だが、この2人は珍しいタイプ。2015年6月13日放送『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(TBSラジオ)にゲスト出演した秋元康は「99%メロディーを先に選ぶ」と明かしていた。さて、松本の思いは?
「人類の歴史的観点から考えると、まず思いがあって、思いに続く言葉があって、それにメロディーを乗せてきた。そうやってポップスが生まれる歴史へと繋がってきた。日本では、外国の真似をしてサウンド重視。まずかっこいいサウンドを真似して、そこに合うメロディーをつけて、それから詞をつけてっていう逆の手順を踏んでいる。だから日本独自のものにならない」(松本)
詞先を考える上で、重要な要素となるのがタイアップだ。松本が作詞し、筒美京平が作曲した桑名正博「セクシャルバイオレットNo.1」は資生堂のCMソングとして最初からタイアップが決まっていた。資生堂が、まさに「セクシャルバイオレットNo.1」をタイトルに指定してきたのだ。先に詞のテーマが与えられ、そこから曲が出来上がっていくという工程。そういえば、この日の『関ジャム』に登場した曲はタイアップものが多くを占めていた。
松本の回答を受け、武部は感動する。
「日本の曲がビルボードのチャートで上がったり、それこそグラミー賞を獲ったりっていう未来を考えたら、やっぱり日本独自のポップスを作っていかないといけないと思うんですよね。そこを隆さんは憂いているなあって」(武部)
ビルボードを制した坂本九「上を向いて歩こう」(英題「SUKIYAKI」)を意識しての武部の発言だろう。思えば、はっぴいえんどは日本独自のロックを作ろうと奮闘したバンドだった。
充実の回だった。正直、2週に分けても良いテーマだったと思う。ただ、一方で「こんなにポンポン正解を出されて良かったのか?」という思いがないわけではない。特に、「赤いスイートピー」の「春色の汽車」のくだり。聴き手のせっかくの自由なイメージを制限してしまうと、音楽の力は半減する。リスナーそれぞれの解釈が否定されるのは野暮だ。リリースしたら、作品はもう受け手のものなのだから。2020年11月21日放送『まつもtoなかい ~マッチングな夜~』(フジテレビ系)に出演した甲本ヒロトの「若い世代は歌詞を聴きすぎ」という発言が、頭から妙に離れない。歌詞の答え合わせは是か非か、そこはいつも判断に迷う。
(文=寺西ジャジューカ)