黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

「黒猫とのの帰還 第五 エピローグ」

2013年02月14日 09時04分57秒 | ファンタジー
第五 エピローグ

 熊祭が行われた日の夜明け前、大男が集落の手前で遭遇した出来事の詳細は、次のようなものだった。
 大男は、山林の前方で猟師が待ち伏せしていることも、すぐ傍に熊がいることも知らずに歩いていた。猟師たちは、男の足音を聞き、すぐさまライフル銃のねらいを定めた。彼らのひとりは、闇の中に動く物体を見つけた瞬間、躊躇することなく、というより恐怖のあまり、ライフル銃を発射した。大男は、すぐ耳元でドカンと暗闇をつん裂く轟音を聞いた。と同時に、猛スピードで飛んできた大きな岩みたいなものによって、はじき飛ばされ、そのまま意識を失った。
 猟師たちは、大きな影が倒れた場所に銃をかざしながら近づくと、まさしく巨大な熊が絶命していた。ところが数メートル離れたところに、熊の返り血で全身真っ赤に染まった小柄な熊のような男を発見したのだ。猟師たちは動揺を抑えることができなかった。
 事の真相はよくわからない。大男が猟師のライフル銃の射程距離に達したとき、そこで静かにしていた熊が、突然大男の進行方向に割って入った。熊は猟師たちが近くにいることに気がつかなかったのだろうか。熊の臭覚の鋭さからして、わからなかったとは考えにくいが、風向きによってはあり得ないことではない。そのとき、熊が警戒してその場にじっとしていたなら、いや、たとえ動いたとしても大男の方が熊より一歩でも早く猟師の視界に到達していたなら、撃ち殺されたのは大男のはずだった。銃弾を受けた熊に追突されて吹っ飛んだ衝撃で、虫の息だった大男は、集落に運ばれてしばらくして息をふき返した。
 なんの根拠もないのだが、熊は、大男と猟師との鉢合わせをあらかじめ予感して、ちょうどその場にやってきたのではなかったか。その熊の行動によって、大男の命が救われたような気がしてならない。それにしても、猟師たちがあの場所まで出張って来なかったら、昔なじみの大男と熊はひそかに再会を喜び合えたと思うと残念だ。
 とのとヴァロンたちがあの集落で見た熊祭りは、そのようなてん末を経て巨大な熊が仕留められたため、急きょ行われた。大男も、きわめてまれにしか行われない熊祭りがあることを知り、不本意だったが祭りに参加することにした。そこで、熊祭の前に処分されそうになっていたヴァロンを見つけ、村人たちに頼み込んで引き取ったのだ。こうしてヴァロンの命が救われた。
 憎しみと怒りの感情に支配されたとのが、龍の剣を持って襲ったあの集落はどうなったのか。白い雪をいただいた龍高岳連峰のずっと手前の窪地に位置する集落は、突然の嵐に見舞われ、土石流や火の手が発生し、大半の家屋が流されたり、埋もれたり、焼け落ちたりして大きな被害を受けた。集落の住人たちは土石流などの襲来前に指定された避難場所の方に迅速に待避したので、数人の怪我人を出しただけで済んだ。この災害の原因については、海から押し寄せ、龍高岳連峰に衝突した大型の低気圧が、まさに集落をねらったように、集中的に大雨を降らせ、雷をいくつも落としたためだった。不思議なことに、猛烈な低気圧はなんの予兆もなく発生し、この集落を襲ってすぐ消滅したという。落ち着きを取り戻した人々の多くは、嵐が来たとき、鋭く長い剣のような稲光が何度となく集落を突き刺し、集落の真上を真っ黒な雲が行ったり来たりした様子を思い出し、恐怖感をなかなか忘れることができなかった。
 最後まで集落に取り残された子どもと母親が見た光景も、実に奇妙なものだった。土石流が間近に迫ってきたとき、母親は逃げ場を見失い、恐怖のために地面に倒れ込んだ。すると背中にくくりつけられた子が、襲いかかってくる土石流を目の前にして、突然笑い声を立てたのだ。その瞬間、二人は、地面から吹き上がる猛烈な風にあおられて、鍋底のような集落から裏山の森林まで一気に飛ばされた。一瞬のことだったので、母親は周囲を見るような余裕はまったくなく、樹木の大きなしっかりした枝に引っかかって、我に返った。母子とも怪我ひとつなかった。
 とのは、いったいどこへ行ったのだろうか。大男とヴァロンは、数ヶ月かけて、龍高岳連峰全域をくまなく探したのだが、とのを見つけることはできなかった。その地域の住人たちからも、とのに関する情報はまったく届かなかった。大男は山奥の自分の家で、とのを何年も待ち続けた。ヴァロンは、とのが広大な龍高岳連峰のどこかにいると思うと、頭の中に山脈の姿を描くことができなくなった。暁彦と奈月に、とのといっしょにかけ巡った冒険の話を一度だけした後、自分の家に閉じこもりがちになった。(黒猫とのの帰還 了)




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