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帯とけの土佐日記
土佐日記 二月十日・十一日(障ることありて)
十日。さし障る事があって上らない。
十一日。雨が少しばかり降って止んだ。かくて(こうして…水嵩少し増して)、上ってゆくときに、ひむがしのかたにやまのよこほれるを(東の方に山が横たわっているのを…嬪が肢の方に山ばが横になっているお)見て、「やはたのみや(八幡の宮…八果ての身や)」という。これを聞いて喜んで、ひとびとおがみたてまつる(人々拝み奉る…女たちおが身立てまつる)。
山崎の橋が見える。嬉しいこと限りなし。ここで、相応寺の辺りで、しばらく船を停めて、何かと定めておくことがある。
この寺の岸の辺に、やなぎ(柳)が多くある。或る人、この柳の影が、川の底に映っているのを見て詠んだ歌、
さざれなみよするあやをばあおやぎの かげのいとしておるかとぞみる
(細れ波の寄せる綾模様をば、青柳が影の糸で織っているのかと思える……さざれ汝身、心に寄せる喜びの色模様をば、吾おやぎが陰の細枝で折り成すのかと見る)。
言の戯れと言の心
「ひむがしの方…東の方…嬪が肢の方」「やまのよこほれる…山が横になっている…やまばがまどろんでいる…やまばが横になっている」「やはたのみや…八幡の宮…石清水八幡宮…八果たの身や…多く果てた男の身や」「み…身…見…まぐあい」「ひとびと…人々…女たち」「おがみたてまつる…拝み奉る…男神たてまつる…男が身立てまつる」。
「なみ…波…汝身…並み…おとこ」「柳…男木…梅も桜も柳もこきまぜて木の言の心は男」「川…女」「影…陰…かくれたところ」「あや…綾…波紋の綾模様…彩…色模様」「あおやぎ…青柳…青年男子…吾お八気…わがおとこの多情」「おる…織る…折る…挫折する…はてる」「見…覯…まぐあい」。
古今集 春歌上の柳の歌を聞きましょう。
青柳の糸撚りかくる春しもぞ 乱れて花のほころびにける 貫 之
(青柳が細枝の糸に撚りをかける春だからこそ、乱れて花が綻び咲いたことよ……若者が井門に寄りかかる、青春だからこそ、みだれておとこ花がほころぶのだなあ)。
「いと…糸…細枝…井と…女」「い…井…女」「と…門…女」「より…撚り…寄り」「春…季節の春…情の春…青春」「花…木の花…男花…おとこ花」「ける…けり…気付き・詠嘆などの意を表す」。
浅緑糸よりかけて白露を 珠にも貫ける春の柳か 素性法師
(浅緑の糸に撚りをかけて、白露を真珠のようにも貫いた、春の柳だなあ……浅緑の細い身の枝、よれよれになって、白つゆを白玉のようにも貫いた青春の男だなあ)。
「よりかけて…撚り掛けて…より欠けて…よれよれになって」「白露…白つゆ…おとこ白つゆ」「か…感動・詠嘆などの意を表す」。
これらの歌でも、柳が同じ意味に戯れていることを知れば、柳の「言の心」を男だと心得ることが出来る。貫之のいう「言の心」は、この文脈に於いて通用していた言の意味である。心得ると、藤原公任のいう「心におかしきところ」が聞こえる。
伝授 清原のおうな
聞書 かき人知らず(2015・11月、改定しました)
原文は青谿書屋本を底本とする新日本古典文学体系 土佐日記による。