帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの小町集 90 よの中を厭ひてあまの

2014-03-31 00:15:17 | 古典

    



                帯とけの小町集


 

小町の歌は、清げな姿をしているけれども、紀貫之のいう、歌のさま(歌の表現様式)を知り、言の心(字義以外に孕む意味)を心得て聞けば、悩める美女のエロス(生の本能・性愛)が、「心におかしきところ」として、今の人々の心にも直に伝わるでしょう。


 

 小町集 90


 見し人のなくなりしころ、

(見知った人が亡くなった頃……見た男がなくなったころ)・詠んだ、

 よの中を厭ひてあまの住む方は うきめのみこそみえわたりけり

 (世の中をきらって、海人が住む方は、浮き海草だけが、見え広がっていたなあ・帰りたくない……夜の仲をきらって、尼の澄む方は、憂きめだけが、見え続くことよ・そうなりたくない)

 

言の戯れと言の心

詞書「見し…見知った…夫婦になった…ちぎり交わした…まぐあった」「なくなりし…亡くなった…居なくなった…無くなった」。

歌「よ…世…世間…俗世…夜」「あま…海人…海女…尼」「すむ…住む…澄む…心澄む」「方…方向(故郷の方)…人に対する敬称」「うき…浮き…根を絶えた…憂き…つらい」「め…体験・遭遇…海草…女…おんな」「見…目で見ること…思うこと…まぐあい」「わたる…つづく…広がる」「けり…過去・回想…詠嘆」。

 

 

『群書類従』和歌部、小町集を底本とした。歌の漢字表記と仮名表記は、適宜換えたところがあり同じではない。

 

 

以下は、歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。

 

古今集真名序には「彼の時、澆漓(軽薄な)歌に変わり、人々は奢淫(おごって・淫らな)歌を貴び、浮詞は雲と興り、艶流れ泉と湧く、歌の実皆落ち、その華独り栄える」とある。彼の時は、小野小町等が歌を詠んだ時代のことである。

 

紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。

歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に聞く。公任は清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で、詩歌の達人である。

優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。

 

貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。

藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道ににも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。

歌の「心におかしきところ」に顕れるのは、煩悩であり、歌に詠まれたそれは、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であるという。

 

清少納言の言語観は『枕草子』(3)にある。「同じ言なれども、聞き耳異なるもの、法師の言葉、男の言葉、女の言葉」。同じ言葉でも、聞く耳によって異る『意味に』聞こえるもの、それが我々の言葉であるという。

 

上のような平安時代の言語観と歌論を無視して、江戸時代以来、国学と国文学によって、歌集や歌物語の歌の注釈と、「清げな姿」のみから憶測する解釈が行われてきたけれども、それらは根本的に平安時代の解釈と違っている。

 

 


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帯とけの小町集 89 ながらへば人の心も

2014-03-29 00:08:44 | 古典

     

 

 

                帯とけの小町集

 

 

小町の歌は、清げな姿をしているけれども、紀貫之のいう、歌のさま(歌の表現様式)を知り、言の心(字義以外に孕む意味)を心得て聞けば、悩める美女のエロス(生の本能・性愛)が、「心におかしきところ」として、今の人々の心にも直に伝わるでしょう。

 

 

小町集 89


 見し人のなくなりしころ、

(見知った人が亡くなった頃……見た男がなくなったころ)・詠んだ、

 ながらへば人の心もみるべきに 露の命ぞかなしかりける

 (命長らえれば、あの人の、容姿も・心も見られるのに、露のような命、悲しいことよ・どうしてなくのったの……長くつづくならば、男の、身も・心も、見られるのに、白つゆの命、愛おしいことよ・あっけなくて)。

 

言の戯れと言の心

詞書「見し…見知った…夫婦になった…ちぎり交わした…まぐあった」「なくなりし…亡くなった…居なくなった…無くなった」。

歌「見る…思う…見定める…見極める」「見…覯…媾…まぐあい」「べきに…だろうに…できるのに」「露…はかなく消えるもの…つゆ…おとこ白つゆ」「の…比喩を表す…性質・状態を表す」「かなしかりけり…悲しいことよ…愛しいことよ」「かり…(かなしく)あり…狩…猟…めとり…まぐあい」「けり…気付き・詠嘆を表す」。

 

清げな意味に包まれて、見捨てた人へのうらみ言が心におかしく表されてある。それは、上のような奇妙な言の戯れを認めなければ聞こえない。即ち「見…媾…まぐあい」「露…つゆ…汁…液…おとこ白つゆ」「かなし…悲し…哀し…愛し」と戯れていると心得れば聞こえる。

現代の古語辞典では「かなし」に「愛し」という意味があることは、記されてあるが、上の歌の解釈では「愛し」という意味候補は先ず削除されるだろう。「見」や「つゆ」の奇妙な意味は、古今伝授として秘伝となって埋もれてしまったのである。


 

『群書類従』和歌部、小町集を底本とした。歌の漢字表記と仮名表記は、適宜換えたところがあり同じではない。


 

以下は、歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。

 

古今集真名序には「彼の時、澆漓(軽薄な)歌に変わり、人々は奢淫(おごって・淫らな)歌を貴び、浮詞は雲と興り、艶流れ泉と湧く、歌の実皆落ち、その華独り栄える」とある。彼の時は、小野小町等が歌を詠んだ時代のことである。

 

紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。

歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に聞く。公任は清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で、詩歌の達人である。

優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。

 

貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。

藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道ににも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。

歌の「心におかしきところ」に顕れるのは、煩悩であり、歌に詠まれたそれは、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であるという。

 

清少納言の言語観は『枕草子』(3)にある。「同じ言なれども、聞き耳異なるもの、法師の言葉、男の言葉、女の言葉」。同じ言葉でも、聞く耳によって異る『意味に』聞こえるもの、それが我々の言葉であるという。

 

上のような平安時代の言語観と歌論を無視して、江戸時代以来、国学と国文学によって、歌集や歌物語の歌の注釈と、「清げな姿」のみから憶測する解釈が行われてきたけれども、それらは根本的に間違っている。

和歌は、言葉が常に複数の意味を孕んでいることを踏まえ、それを逆手にとって、複数の意味を表現していたのである。古今伝授として秘伝となって、それらが埋もれた後、学問的解明は歌の言葉の唯一正しい意味を求めるという逆方向に進むので、解釈は平安時代の人々が享受した意味とは程遠いものとなる。

 

 


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帯とけの小町集 88 我身こそあらぬかとのみ

2014-03-28 00:22:16 | 古典

    



                帯とけの小町集


 

小町の歌は、清げな姿をしているけれども、紀貫之のいう、歌のさま(歌の表現様式)を知り、言の心(字義以外に孕む意味)を心得て聞けば、悩める美女のエロス(生の本能・性愛)が、「心におかしきところ」として、今の人々の心にも直に伝わるでしょう。


 

 小町集 88


 見し人のなくなりしころ、

(見知った人が亡くなった頃……見た男がなくなったころ)・詠んだ、

 我身こそあらぬかとのみたどらるれ とふべき人に忘られしより

 (わが身が、この世に・無いのかとばかり、思い迷ってしまう、訪うべき人に忘れられてから……わが身がよ、無なのかとばかり、惑い探ってしまうわ、訪うべき人に見捨てられてから)。

 

言の戯れと言の心

詞書「見し…見知った…夫婦になった…ちぎり交わした…まぐあった」「なくなりし…亡くなった…居なくなった…無くなった」。

歌「こそ…強調する意を表す…よ…様…呼びかけの意を表す…そこ…其処」「あらぬ…有らぬ…無い…在らぬ…生存してない…存在感がない」「たどらるれ…思い迷われる…辿られる…家系・先祖を辿ってしまう…(他の女達に比して身分の低さなど)顧みてしまう…探り求めてしまう」「るれ…るる…自発…自然にそうする意を表す」「とふ…訪れる…問う…相談する」「人…あの人…恋しい人」「わすられし…忘れられた…失踪された・出家された…見捨てられた」「られ…らる…受身の意を表す」。

 


 歌の清げな姿は、恋しい人が訪れなくなった比較的身分低き女の心情。

歌の心におかしきところは、独り寝の女の、性愛(エロス)にかかわるありさま。

これらから心深いところが感じられ、清げな姿と心におかしきところの品が良ければ、藤原公任の言う「優れた歌」となるのでしょう。

 

この歌は、『新古今和歌集』恋歌五に、題しらず、小野小町としてある。恋歌五にあるのは恋の最終段階の歌。

 


 『群書類従』和歌部、小町集を底本とした。歌の漢字表記と仮名表記は、適宜換えたところがあり同じではない。


 

以下は、歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。

 

古今集真名序には「彼の時、澆漓(軽薄な)歌に変わり、人々は奢淫(おごって・淫らな)歌を貴び、浮詞は雲と興り、艶流れ泉と湧く、歌の実皆落ち、その華独り栄える」とある。彼の時は、小野小町等が歌を詠んだ時代のことである。

 

紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。

歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に聞く。公任は清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で、詩歌の達人である。

優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。

 

貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。

藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道ににも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。

歌の「心におかしきところ」に顕れるのは、煩悩であり、歌に詠まれたそれは、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であるという。

 

清少納言の言語観は『枕草子』(3)にある。「同じ言なれども、聞き耳異なるもの、法師の言葉、男の言葉、女の言葉」。同じ言葉でも、聞く耳によって異る『意味に』聞こえるもの、それが我々の言葉であるという。

 

上のような平安時代の言語観と歌論を無視して、江戸時代以来、国学と国文学によって、歌集や歌物語の歌の注釈と、「清げな姿」のみから憶測する解釈が行われてきたけれども、それらは根本的に間違っている。

和歌は、言葉が常に複数の意味を孕んでいることを踏まえ、それを逆手にとって、複数の意味を表現していたのである。古今伝授として秘伝となって、それらが埋もれた後、学問的解明は、歌の言葉の唯一正しい意味を求めるという逆の方向に進むので、解釈は平安時代の人々が享受した意味とは程遠いものとなる。


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帯とけの小町集 87 世中にいづらわが身の

2014-03-27 00:14:49 | 古典

     



                帯とけの小町集


 

小町の歌は、清げな姿をしているけれども、紀貫之のいう、歌のさま(歌の表現様式)を知り、言の心(字義以外に孕む意味)を心得て聞けば、悩める美女のエロス(生の本能・性愛)が、「心におかしきところ」として、今の人々の心にも直に伝わるでしょう。


 

 小町集 87


 見し人のなくなりしころ、

(見知った人が亡くなったころ……見た男がなくなったころ)・詠んだ、

 世中にいづらわが身のありてなし 哀れとやいはむあなうとやいはむ

(世の中に、どこかに、わが身が有って、身の置き場・無し、哀れと言おうか、あゝ辛いと言おうか……夜中に、出づる、わが身の中に・有って無し、哀れと言うか、あな、つらいと言おうか)。


  言の戯れと言の心

「世中…世間…男女の仲…夜中」「いづら…何ら…どこか…出づら…出ている…(俗世を)出てしまっている…(ものを)出てしまっている」「ら…状態を表す…り…完了を表す」「あな…あら…ああ…感嘆詞…穴…女」「う…憂…つらい…いやだ」。


 

歌の「清げな姿」に、或る親王に、出家され見捨てられた女たちの中で、身の置き場の無くなった小町の心情が表されてある。

添えられてあるのは、なくなった人へのうらみ言でしょう。それは、心におかしく表現されてある。和歌にはもとよりあるエロチシズムである。近世の国学以来、国文学の学問的解釈は、それを消してしまったのである。

 

この歌は、『古今和歌集』雑歌下に、題しらず、よみ人しらずとしてある。ついでながら、この歌の隣に並べられてあるよみ人しらずの歌を、一首聞きましょう。

 世の中は夢かうつゝかうつゝとも 夢とも知らずありてなければ

 (世の中は、夢か現実か、現とも夢とも知らない、有っても常に無となる・無常なので……夜の仲は、夢か現か、憂筒とも無とも知らない、わが身に・有ったものが無くなったので)。

 

 言の戯れと言の心

「世の中…男女の仲…夜の中」「ゆめ…夢…む…無…なし」「うつつ…現実…憂筒…いやな中空…むなしいおとこ」「筒…おとこ」「ありてなし…有って(常に)無となる…無常である」。


 題しらずなので、どのような情況で詠まれた歌かわからないけれども、歌の清げな姿は無常観。それに包んで、女の男への憤懣が心におかしく表現されてある。

当然のことながら、小町の歌と同じ表現方法で、同じ文脈にある。


 

『群書類従』和歌部、小町集を底本とした。歌の漢字表記と仮名表記は、適宜換えたところがあり同じではない。

 


 以下は、歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。

 

古今集真名序には「彼の時、澆漓(軽薄な)歌に変わり、人々は奢淫(おごって・淫らな)歌を貴び、浮詞は雲と興り、艶流れ泉と湧く、歌の実皆落ち、その華独り栄える」とある。彼の時は、小野小町等が歌を詠んだ時代のことである。

 

紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。

歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に聞く。公任は清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で、詩歌の達人である。

優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。

 

貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。

藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道ににも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。

歌の「心におかしきところ」に顕れるのは、煩悩であり、歌に詠まれたそれは、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であるという。

 

清少納言の言語観は『枕草子』(3)にある。「同じ言なれども、聞き耳異なるもの、法師の言葉、男の言葉、女の言葉」。同じ言葉でも、聞く耳によって異る『意味に』聞こえるもの、それが我々の言葉であるという。

 

上のような平安時代の言語観と歌論を無視して、江戸時代以来、国学と国文学によって、歌集や歌物語の歌の注釈と、「清げな姿」のみから憶測する解釈が行われてきたけれども、それらは根本的に間違っている。


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帯とけの小町集 86 みし人もしられざりけり

2014-03-26 00:01:22 | 古典

    



                帯とけの小町集


 

小町の歌は、清げな姿をしているけれども、紀貫之のいう、歌のさま(歌の表現様式)を知り、言の心(字義以外に孕む意味)を心得て聞けば、悩める美女のエロス(生の本能・性愛)が、「心におかしきところ」として、今の人々の心にも直に伝わるでしょう。


 

 小町集 86


 見し人のなくなりしころ、

(見知った人が亡くなったころ……見た男がなくなったころ)・詠んだ、

 みし人もしられざりけり泡沫の うき身はいさやもの忘れして

(見知った人も、誰だったか・知らないことよ、泡沫のような、憂き女の身には、さあだれかしら・何となく忘れてしまったので……見た男のことも、数も・知れないことよ、うたかたのような浮かれ女の身は、さあね、悲しさも恋しさも・忘れてしまったので)。

 

言の戯れと言の心

詞書「見し…見知った…夫婦になった…ちぎり交わした…まぐあった」「なくなりし…亡くなった…居なくなった…無くなった」。

歌「見…覯…媾…まぐあい」「しられざりけり…知られざりけり…(あの人の名も)知らないことよ…(あの人は)行方不明しらないことよ…(あの人の魂の)在り処知れないことよ」「けり…詠嘆」「うき身…憂き身…浮き身」「いさや…さあねえ…さあどうだか」「ものわすれ…忘却…悲しみや恋しさを忘れること」「て…原因理由を表す…してしまったので」。


 

小町はとぼけて、あの人のことは知らないという。むしろ逆に、なくなった人を忘れられない小町の心情が伝わる歌。


 

『群書類従』和歌部、小町集を底本とした。歌の漢字表記と仮名表記は、適宜換えたところがあり同じではない。


 

以下は、歌を恋しいほどのものとして聞くための参考に記す。

 

古今集真名序には「彼の時、澆漓(軽薄な)歌に変わり、人々は奢淫(おごって・淫らな)歌を貴び、浮詞は雲と興り、艶流れ泉と湧く、歌の実皆落ち、その華独り栄える」とある。彼の時は、小野小町等が歌を詠んだ時代のことである。

 

紀貫之は古今集仮名序の結びに、「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、古今の歌が恋しくなるだろうと述べた。

歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に聞く。公任は清少納言、紫式部、和泉式部、藤原道長らと同じ時代を生きた人で、詩歌の達人である。

優れた歌の定義を、『新撰髄脳』に次のようにまとめている。「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることを前提にした定義である。

 

貫之と公任の歌論を援用して、歌を紐解いて行けば、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、言いかえれば、エロス(性愛・生の本能)である。もう一つ言いかえれば、「煩悩」である。

藤原俊成は、『古来風躰抄』に次のように述べた。歌の言葉は「浮言綺語の戯れには似たれども、言の深き旨も顕れ、これを縁として仏の道ににも通はさんため、かつは煩悩即ち菩提なるが故に、―略― 今、歌の深き道を申すも、空・仮・中の三諦に似たるによりて、通はして記し申すなり」。

歌の「心におかしきところ」に顕れるのは、煩悩であり、歌に詠まれたそれは、即ち菩提(煩悩を断ち真理を知って得られる境地)であるという。

 

清少納言の言語観は『枕草子』(3)にある。「同じ言なれども、聞き耳異なるもの、法師の言葉、男の言葉、女の言葉」。同じ言葉でも、聞く耳によって異る『意味に』聞こえるもの、それが我々の言葉であるという。

 

上のような平安時代の言語観と歌論を無視して、江戸時代以来、国学と国文学によって、歌集や歌物語の歌の注釈と、「清げな姿」のみから憶測する解釈が行われてきたけれども、それらは根本的に間違っている。


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