private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

昨日、今日、未来23

2024-03-16 16:20:20 | 連続小説

「さっき食べたおやじさんの料理、美味しかったでしょ?」
 今更ながらにカズさんがそんなことを訊いてくる。カズさんはお年寄りになったが話し口調は若い時のままだ。
「うん、とっても。あんなにおいしいお米や、野菜や、魚を食べたのははじめて。味付けがうすくてちょうどよかった。かめばかむほどおいしさが増していった」
 伝えたい言葉はもっとあった。おやじさんの料理にもっとたくさんの賞賛をしたかった。
「そうよね、わたしもスミレと同じように美味しくいただけた」
 それなのにスミレには、それ以上の言葉が出てこなかった。貧困な語彙が妬ましかった。それでカズさんに訊いた「カズさんも、昔はあんな食事をしていたの?」と。
 やはりカズさんは困った顔をした。その度にカズさんはスミレに何かを伝えようとして、それがうまく伝わらないもどかしさを感じているようにみえる。
「スミレ、あのね、どんな食べ物だって、惑星の大地からおすそ分けしてもらっているの、、 」
 カズさんの言い回しがスミレには難しかった。惑星とはスミレたちが住んでいる地球のことを言っているはずだ。それなのに明言を避けているような言い方をする。
「 、、でもそれって無尽蔵に作れる訳じゃないの。スミレだってカラダを使えばお腹が減るし、アタマを使うだけでも栄養を補給しなきゃいけない。大地だって同じよ。食物を排出するために栄養原が失われていく。それは何も食べ物だけじゃない。この惑星で使っても減らないものなど何もないのよ」
 スミレは以前に友達の家で見た、もしもの世界の本を思い出した。もしも雨が降らなくなったら、もしも氷河期が来たら、もしも空気がなくなったら。それらは子供の恐怖心を煽るに十分な内容だった。
 その中には食料がなくなり、人々が餓死していく内容もあり、オドロオドロしいイラストとともに掲載されていて、そんな世界になったらどうしようかと、今でも心配になることがある。
「そうね。そうやって心配はするんだけど、目の前には食べきれないほどの食べ物が溢れていて、実感するのは難しいよね。だけどね、その食べきれずに捨てている食べ物が、どのようにして作られているか考えてみるといい。食物を作り出して、痩せてしまった土地に大量の人工肥料を投入して、無理やり育てた食物を食べている。魚も豚も牛も鶏も、餌としてそれを食べているから、その肉を食べるのも同じこと。自然に作られる食べ物では、すでにこの惑星の住人たちに充分な食糧を賄うことができないの」
 何かが増えれば、何かが減る、それが宇宙の摂理だ。ゼロ以上にも、以下にもならない。減ってしまったモノが、自然に増えることはない。そこには別の何かを犠牲にして増やしているカラクリがある。
「スミレの時代に食べ物が満たされているのは、この惑星に借金をして、大地の再生能力を前借りしているに過ぎない」
 何だかその言葉をよく耳にする。お金も借金して、未来の子供たちに押し付けようとしているとか、希少資源も争うように開拓され、枯渇すれば万人に行き届かなくなる。
 すべて大地から搾取した物なのに、そこにたまたま国があったということで、自国の利益にしている。そして大地の都合は考慮されないまま、利権のやり取りは紙面のうえでなされ、利便を共用するという名の下に、より高値で取引される者の手に落ちる。
 人々が余計なことを考えないように、緩やかに制御されている。今が良ければこの先がどうであろうと、気にならないように仕向けられている。
 圧政であれば反発も起きやすい。それが緩慢に統制されていれば、いつの間にかそのようになっており、それも民意総意であったと言い訳がたつ。ゆでガエルの理論だ。それとも先のことを心配するほどの余裕がないのか。
 人が食べることが優先されれば、その他の生物にも多くの影響が及ぼされる。何も絶滅危惧種の増加は乱獲だけが理由ではないのだから。人が増えた分だけ動物や昆虫や植物は減っていくのだ。
「でもおかしいよね。そうならないために、偉い人たちが会議して、じぞくかのうな世界にしようって決めて、みんなで努力してるんでしょ」
「一部の権力者が自分の利権が持続可能になるようにしてるだけでしょ。どんなにあがいたって、食べるものが届かなくなるのは、スミレのような一般市民からなんだから」
「そんな、そんなんなら、わたしたちはどうすればいいの。セージカは国民のために頑張ってるんじゃなくて、自分達だけが得することだけ考えてるの?」
「国民のためと言う定義は、あやふやでどうにでも取れるからね」カズさんはハナで笑ったような言いかたをする。
「権力者と、その利権者達は自分達が安定的に生活できることが、ひいては国民の安定につがると確信していれば、それはもはや真実となる。国民は何も産み出さない、権力者が提供する生産に依存するしか生きる路は無いのだから」
 スミレの期待は霧散した。どうりでしがみついてでも政治家を続ける人が多いわけだ。
「それはどうにもならないの?」不満だった。
「どうにかするのは、ひとりひとりの行動だろ。権力者に働きかけることではない。誰もが自分事ではないと関心を持たず、誰かがやってくれるとたかをくって、そうしてるうちにハナの効く者たちに良いところを奪われてきた結果なの。ソイツらにしてみれば、こんなやり方があるのに、みすみす見逃している者たちを、その位置に甘んじているおめでたい奴らだと蔑んでも、かわいそうにと同情することはないのよ」
 カズさんの言うことは正しいのだろう。もっと世の中は優しいひとが多く、弱い人を助けてくれるひともいると信じていたい。そうでないことも多々あったがそこに目を向けていないだけだ。
 クラスメイトたちは学級委員なんて面倒なことを、誰も率先して引き受けようとはしなかった。ほっとけば我こそはとリーダーシップを発揮する子か、目立ちたがり屋な子がやってくれる。選挙になったとしても、どちらが当選しようが構わないので、盛り上がっているのはふたりだけとタカをくくっていた。
 そうして自分達で放棄しておきながら、何か事が起きれば学級委員の言うことを優先しなければならないし、先生もお前たちが選んだのだろと、その方向で舵を取ることに苦痛を伴いはじめる。先生もその方が管理しやすいため、それは生徒が自ら作り出した先生の傀儡政権の様なものになった。
 面倒事を避けるために権利を放置したことで、かえって面倒や増え、束縛されることのなる。そうすると、みんながやりたいようなアニメっぽい演劇や、流行の歌での合唱はことごとく却下され、先生好みのありきたりな日本昔話の出し物や、押し付けられた文部省推薦曲を歌う羽目になった。そこには意見交換のうえでみんなで作り上げられた、多くの想いが詰まったものではない。
 今までに何度も目にしてきた、今まで通りの出し物を、今までと同じように行なう。過去をなぞっているに過ぎない不毛な時間。そんな時を過ごしてはじめて、自分達の判断の安易さに気づく。
 今の社会がそれと同じ状況だとすれば、時を経てばまた同じことを繰り返しているだけなのだ。子供の頃から学んでいても、いくつになっても変わらないのは、むしろ同じことと認識していないし、枠組みが大きいだけに、関わることにますます躊躇してしまっている。
 その結果が後戻りできないところまで来てしまい。権力者のしたり顔と、学級委員を思い通りに扱う先生の顔が重なってくる。
「いつかやろうは、永遠にしないのと同じこと。何かをはじめるには多くの労力が必要で、どうしてもその一歩が踏み出し辛い。それなのに自分がやらない言い訳を探す労力の消費は厭わない」
「それは、、 」スミレには思い当たる節が一杯あった。
 部屋の片付けをしなかったこと、頼まれていたお風呂掃除をしなかったこと、デパートの催しに友達に誘われたけど、興味がなかったが話を合わせるために、行くといっておきながら、適当な言い訳をして最終的に断ったこと。みんなめんどくさくて、やりたくなかったのが先に立った。
 そしてその代わりにしたといえば、部屋でゴロゴロとマンガを読んだぐらいで、気づけばあっという間に時間が過ぎただけだ。自分ながらに言われたことはやるべきだったし、守るつもりのない約束ならしなければよかったと反省した。少なくともムダな時間を過ごしたという後悔はなかったはずだ。
 約束を反故して過ごしても落ち着かず、単に消費されるだけの時間になってしまったのだから。
「一事が万事、成功の元は細部に宿る。おろそかにして良いことなど何もないの。そうして楽な方へ流されて行って、気づいたときには、自分の首を絞めている。そりゃねスミレぐらいの子どもに、完璧を求めるのは酷だとは思うよ。私だってこれまでどれほどできてきたかわからないし。年寄りの経験を赤ん坊にそのまま引き継ぐことができれば、世の中はもっとマシになるんだろうが。神がそうしなかったのは、古びた経験が新しい挑戦への足枷にもなるからかな。恐れを知らない若者が、時に思いきって、これまでタブーとされてきた新しいことに挑戦して、未来を切り開いてきた。予定調和と、日和見では、そんな勇気を削ぐことにもなる。バランスがとれているんでしょうね」
 カズさんは、一般論を言いながら、スミレに奮起を促している。何故に自分がスミレの前に現れて、多くの事を伝えようとしてるのか。赤ん坊に引き継ぐことはできなくても、未来ある子どもに託すことはできる。
 古くはそれを祖父や、祖母が担ってきた。学校では先生が直接的ではなくとも、想いを込めてきた。画一的な教育が推奨され、老人は排除され、個性よりも同じ考えをもつことが最善とする教育のもとで、権力者に都合の良い被支配階級を大量生産してきた結果が、今の世界だった。