ごんつまのあかるく・たのしく♪

単調な毎日のなか・・・
嬉しかったこと、楽しかったことなど・・・

南紀へ・・・➅熊野三山の別宮的存在「世界遺産・鬪雞神社」

2023-06-30 15:53:19 | 旅行

きょうも蒸し暑くて 雨が降ったり止んだり~の一日になりそう~ 

 

それでは・・・南紀旅日記!最終章を・・・

「田辺城水門跡」から10分で到着! 世界遺産「鬪雞神社」

「一の鳥居」

左に「大福院」

「二の鳥居」

パソコンで「とうけいじんじゃ」と入れると「闘鶏神社」と出ますが・・・

闘鶏神社の「鶏」の字は正式には雞。「闘」も正式には鬪。鬪雞神社が正式な表記になります。と・・・「み熊野ねっと」に!(お借りしました)

闘鶏神社は、別名『権現さん』とよく呼ばれています。

熊野山所権現(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三社の神様)が分霊されているのです。

鬪雞神社」は、田辺宮、新熊野、権現さんと称されたように、熊野三山から全ての祭神が勧請された、いわば熊野の田辺別宮のような位置づけの神社で

京から淀川をくだり難波の渡辺津へ。ここから熊野詣が始まり、紀伊山地の入口「藤白神社」を経由して海岸線の紀伊道を南へ南へと下る。

そして辿り着くここ田辺が、中辺路と大辺路の分岐点。まさに熊野三山への入口となる場所でした。

「手水舎」

「拝殿」御祈祷中なので横から

この日は大安でしたから、私たちが参拝中に二組のお宮参りがありました。

次の御祈祷が始まる前!隙を狙って

熊野三山の別宮的存在

社伝によると允恭天皇8年(419年)に創建。
白河天皇の時代(1073~1087)に熊野三所権現を勧請し、熊野参詣の折には鬪雞神社に参拝して心願成就を祈願したと言います。
また、鬪雞神社に祈願して三山参詣に替えたという伝承もあり、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の別宮的存在として熊野信仰の一翼を担っていました。
社殿は熊野本宮大社が川の増水で流失する以前と同じ配置をしており、熊野信仰の歴史をいまに伝える貴重な場所です。(田辺観光協会より)

左から、上御殿、中御殿、下御殿、八百萬殿。

「上御殿」

 

拝殿横から

拝殿の奥が「本殿」

  祭神名
西御殿 速玉之男命・事解之男神
本殿 伊邪那美命
上御殿 伊邪那岐命・天照皇大神・宇賀御魂命
中御殿 瓊々杵尊命・鵜草葺不合命・火々出見尊・天之忍穂耳命
下御殿 火産霊命・弥都波能売命・稚産霊命・埴山比売命
八百萬殿 手力男命・八百万神

(み熊野ねっとよりお借りしました)

 

 

「弁慶社」

鬪雞神社の名は平家物語壇ノ浦合戦の鶏合せの故事に由来します。
源氏と平氏の双方より熊野水軍の援軍を要請された武蔵坊弁慶の父であると伝えられる熊野別当・湛増(たんぞう)が、どちらに味方をするかの神意を確認するため、神社本殿の前で赤を平氏、白を源氏に見立てた紅白7羽の鶏を闘わせました。すると、ことごとく白(源氏)の鶏が勝利したため、源氏に加勢することを決め、熊野水軍200隻を出陣させました。熊野水軍の加勢が合戦の勝敗に結びついたともいわれます。
境内の一角にはその様子を再現した湛増と弁慶像があり、社務所には源義経が奉納したといわれている笛(銘白竜)、弁慶産湯の釜、湛増が使ったとされている鉄烏帽子や鉄扇等の宝物が展示されています。(田辺観光協会より)

武蔵坊弁慶のゆかりの地でもあります

 

「神木」樹齢1,200年の大楠

延命長寿・無病息災の信仰があり、又、楠の葉を歯痛の患部につけ念ずると平癒するという、歯病治癒の信仰がある。

「藤巖神社」

田辺の基礎を作り、安藤公が梅の栽培を奨励したことが当地の梅栽培発展のきっかけとなりました。

紀州の梅の栽培の経緯がわかります

 

「神馬」

世界遺産の「鬪雞神社」素晴らしいものでまたまた古を感じて・・・

その上、熊野三山お参りしたのと同じご利益があると!

ここまでは割と計画通りに運んだのですが・・・

湯浅まで戻って、昼食に立ち寄る予定で検索していたお店が見つからない!(閉店したようで) 

仕方なく走りながら見つけたお店で海鮮丼を・・・新鮮なお魚で美味しかったのですが・・・

そして・・・和歌山県の北、大阪よりのお寺に立ち寄りたいと希望していたのですが、ナビをいれると距離があり

立ち寄っていると渋滞の時間帯になると!いうことで却下

またということで・・・早めの帰宅になりましたが・・・満足した南紀の旅でした~


南紀へ・・・⑤紀州藩の支城・田辺城の貴重な遺構「田辺城水門跡」

2023-06-29 15:12:55 | 旅行

きょうも蒸し暑く 只今31℃まで上がっています~が下り坂の予報~

梅雨本番になってきました~

 

それでは・・・南紀小旅行二日目は・・・ホテルから10分ほどの所にある「田辺城水門跡」へ・・・

「会津川」沿いに行くと

「錦水公園」の

小さな神社の横から

下へ下りる石段があって

わくわく!しながら下りて行きます~

田辺城水門跡(たなべじょうすいもんあと)

田辺城は錦水城(きんすいじょう)ともいわれ、浅野氏が会津川河口左岸に湊城を築いたあとに、元和5年(1619年)安藤直次が田辺藩主になってから築城した平城で内堀と外堀が掘られていました。明治初年に廃城となり城郭は解体され、その後、堀も埋められました。今では、会津川に面した水門跡がわずかに昔の面影を残しています。また、町割りは外敵の侵入を遅らせるため全てT字路で交わるように計画されました。(田辺観光協会より)

埋門型の水門

先に「会津川」

石垣が苔むして・・・

左にも階段が・・・

あとで判ったのですが、上に上がると「錦水公園」でした。

駐車場が見つからないので、私一人(小心者)恐る恐るで・・・

上がってみようかな?と思いましたが無理をしては

ここは・・・

熊野水軍が利用したのかな?と・・・帰ってから調べてみました

紀州藩の支城・田辺城の貴重な遺構

元和元年(1615年)の元和の一国一城令で廃城となり、その後は陣屋が築かれたため、藩政時代に城として機能したのは10年弱のこと。
城門は東向き、裏門は、本丸南の二の丸側に、そして水門が会津川側に配されていました。
田辺城水門跡は、錦水神社を目印にアプローチし、錦水神社脇に水門に降りる階段があります。

市街化が進み、田辺城跡周辺には駐車場がないため、車で訪れる場合には田辺市営扇ヶ浜海岸駐車場の利用を。
扇ヶ浜には「熊野水軍出陣之地」の石碑がありますが、これは平安時代末期、源平合戦の屋島の戦いで、平家とも関係が深かった21代熊野別当・湛増(たんぞう)が、源氏に味方し、紀伊田辺から出陣した熊野水軍が戦の趨勢(すうせい)を決着させたことを記念して昭和47年に建立された碑。

田辺城水門は、熊野水軍の末裔が利用した門だったのかもしれません。(ニッポン旅マガジンよりお借りしました)

入って来た石段から戻ります~

 

上がって、振り返って・・・

「すいもんばし」

道路に出て橋の上から 

 

「錦水公園」へ・・・

錦水神社の横に石段が!

下からこの階段を上がれば真っすぐ上がれたのです~

「錦水神社」

ここは穴場のようです

誰にも出会うことなく見て周れました

この後、世界遺産の「闘鶏神社」へ・・・つづきます~


南紀へ・・・④「白浜町・千畳敷と三段壁」夕食は”旬彩プラン”

2023-06-28 10:56:08 | お弁当

きょうも蒸し暑く 雲が広がった空~

 

それでは・・・南紀旅日記のつづきを・・・

「とれとれ市場」で昼食後(写真は撮ってなくて・・・ 金曜日でしたが大勢で混み合ってました)白浜へ・・・

 

千枚の畳を敷ける広さがある「千畳敷」

千畳敷

その名のとおり広い岩畳を思わせる大岩盤。
瀬戸崎の先端から太平洋に向けて突きだしたスロープ状になった白く柔らかい岩は第3紀層の砂岩からなる大岩盤で、打ち寄せる荒波に浸食され壮大な景観を創っています。(和歌山県公式観光サイトより)

気持ちの良い風が~ふわ~~と!

若い人たちが多いです

左(南)側

右(北)側

大海原を眺めて清々しい~

ちょっと休憩後・・・

(みかんジュースみかんそのままの味で美味しかった~です

 

休憩後は、少し南へ移動「三段壁」へ・・・

「洞窟」へのエレベーター乗り場

ン十年前に見学しているので今回は立ち寄らず!

三段壁

千畳敷の南海岸にそそり立つ高さ50mの断崖。
その昔、漁師たちが通りゆく船や魚の群れを見張った場所「見壇」に由来するといわれるこの大岩壁は、南北2kmにわたって展開され、岩肌に打ち寄せる黒潮が激しくぶつかり合うダイナミックな光景には、自然の迫力を感じずにいられません。(和歌山県公式観光サイトより)

自然が作った断崖!

素晴らしい景観です~

駐車場まで戻る庭園で

右が「白良浜」

何度も来ている懐かしい~白良浜です

かれこれ・・・25年前まではよく来ていました、、、

すっかり変わっていて・・・

ここでも思い出話がつきません~が・・・そろそろ~ホテルへ・・・  

窓から見える海

全室オーシャンビュー!に惹かれて決めたホテル

そして赤ちゃん大歓迎!ウエルカムベビーなので小さい子どもさん連れのご家族も多くて和やかな雰囲気~

温泉も「天然温泉 (天神温泉田辺元湯)」肌がすべすべ~しっとりと!

 

そして・・・夕食

若い人には物足りなさそうですが・・・私たちには丁度いい~量の夕食

「鱧小田蒸し」食べかけなので、端っこを

デザートも完食!お腹一杯~

 

「天神崎」の夕日が見たかったのですがちょうど夕食時間帯だったので行かれずじまいで・・・部屋から

とてもキレイ~

もうすこし・・・つづきます~


南紀へ・・・③救馬渓観音(すくまだにかんのん)で「瀧王神社」

2023-06-27 16:35:10 | 旅行

きょうは30℃まで上がって ムッとした風で湿度が高くて 我慢できずにエアコンをON

 

「あじさい曼荼羅園」で展望台はスルーしたものの、かなり歩いてきましたが・・・

中門まで戻り本堂へ上がる時に気になっていた「瀧王神社」へ立ち寄ります。

「中門」を出て

1300年前の飛鳥時代、修験道の開祖「役の行者」によって救馬渓観音は開山されました。その修験場として開かれたのが瀧王神社です。

馬頭の滝と呼ばれる滝があり、瀧王神社のご神体となっています。

岩肌には虫喰状の穴があいています。また、紀伊半島の土台である傾むいた古い地層の上に大きなれきを含んだ新しい地層がおおいかぶさっている様子も観察することができる地質学的にも貴重な場所です。(和歌山観光案内より)

 

下へ・・・

身が引き締まる思いで・・・

虫喰い状の穴がみえます。

役の行者によって開かれた修験行場で、瀧王・祇園・八幡をお祀りし、別名「お瀧大権現」とよばれています。

1300年の歴史を感じる、霊山の清水を集め瀧なすたたずまいで、南紀熊野ジオパークのジオサイトに指定されています。

手を合わせ

神聖な修験行場

千年もの間、人々がそれぞれの苦しみを克服せんがために神仏を信じ敬虔な祈りをささげ続けてきた聖地。なのです、、、

スッキリとした気持ちで戻ります~

やはり・・・立ち寄ってよかった~ 

いくつもの階段を上がって・・・下りた「救馬渓」ですが、疲れは感じなくて・・・

初めに予定していた「白浜」へ出発

お昼ご飯は「とれとれ市場」へ・・・

つづきます~


南紀へ・・・②「救馬渓観音(すくまだにかんのん)」あじさい曼荼羅園」

2023-06-26 15:39:19 | 旅行

朝からパラついていた雨でしたが・・・今は本降りに!

 

それでは・・・昨日のつづきです、、、

和歌山の紫陽花(あじさい)園「あじさい曼荼羅園」見頃・開花情報、アクセスを紹介

「あじさい曼荼羅園」へ・・・

2000坪 120種 10000株のあじさい園

「いざないの辻」青色が濃くて・・・

写真スポットがあります。

新緑に映えてステキ~です

下の方にも!

こちらも、写真スポット!

大人気のお地蔵さま!

「あずまやの辻」 右へ上がると「海が見える 360度 大パノラマ展望台」ですが・・・行かずに・・・

左側へ下りて行きます~

青色系や紫色が多いようで・・・

ピンク色ありました~

あじさいに囲まれて・・・

展望台にはここからも!

急斜面

転ばないように!

上を見上げて・・・

振り返って・・・

赤色に出会いました~

「さわの辻」

小橋から奥に入って・・・

「ハンゲショウ」ほとんど白!

池に「スイレン」

「さわの辻」へ戻ります!

帰りは登り坂!

「徳得不動明王」

「見返りの辻地蔵」

藤棚の下を上がります~

風鈴~

振り返り~見下ろして・・・

イベントもあるようでステージが!

 「入園口」前にでました~

広いあじさい園で、アップダウンで疲れましたが・・・「龍王神社」に!つづきます~