ディアッカは議員の家に生まれた。
仕事人間の父。
自分とそっくりの容姿で、遊びに習い事に夢中な母。
家族の団欒をした記憶はない。
そのくせディアッカがアカデミーに入りたいと言った時だけ親の顔をして反対した。
その身勝手さに嫌気が差した。
いまさら。
心配なんて。
いまさら。
勝手を許さないなんて。
あんたたちに言う権利ないだろう。
それが別れの台詞だった。
だだ広い客室。
その部屋につけられた浴室でシャワーを済ませると、ベッドの上には寝着が用意されていた。
ホテルのような家。
ディアッカは広い家が嫌いだ。
家族の気配が感じられない家が苦手だ。
だから本当は、イザークの部屋も苦手だ。
あのむやみやたらに広い部屋は、一たびイザークが部屋に籠れば気配が感じられない。
「落ちつかね・・・」
呟いてベッドに寝転べば、反響する声。
子供の頃、熱を出したときのことを思い出した。
一人息子が熱を出しているというのに、旅行に出かけた母。
仕事を理由に外泊した父が、女と会っていたことをディアッカは知っている。
ディアッカの趣味で改装させた和室で、布団を敷き、ただ高い天井を眺めていた。
あのときの感情をなんと言おう。
黒いどろどろした感情が湧きあがってきたことを、ディアッカは鮮明に思い出した。
あの頃からだ。
いつか家と縁を切ろうと思ったのは。
ぎゅっと目を閉じると、そのタイミングを見計らったようにドアがノックされた。
相手なんか、すぐにわかる。
「入れよ」
言えば、イザークが無言のまま入ってくる。
上体を起こして大きなベッドの半分を譲ってやれば、イザークはそのまま潜り込んできた。
「おまえ疲れすぎるとすぐ寝付けなくなるもんなぁ」
「うるさい」
「朝メイドちゃんとかが入ってきたらなんて言うのよ?」
「俺のやることに口を出すやつはおらん」
そう言って、イザークは背中を丸めて眠りにつく。
姿勢悪くなんぞ と肩まで毛布をかけてやれば。
安心しきった寝息が返ってきた。
それだけで、ディアッカは救われた気持ちになった。
この自分とは対極のプラチナが、いつもすべてを浄化してくれる。
白い肌に銀の髪。
自分とは正反対のそれは、ディアッカの憧れだった。
「あら、寝付けなくて?」
寝着のまま寝酒を求めて屋敷内を彷徨えば、応接間にまだエザリアがいた。
「おやすみになられないと、お肌に悪いですよ」
せっかくの綺麗な肌が。
そう言えば、エザリアは笑って夜勤のメイドに通信でなにか言いつけて。
「座って」
ディアッカに席を薦めた。
こんな格好で失礼します とディアッカがエザリアの正面に座ると、メイドが冷やされたワインとグラスを運んできた。
「もっと強いもののほうがいいかしら」
「いえ、十分です」
エザリアにグラスを薦められて恐縮しながら受ければ、白いワインが注がれる。
白はイザークの色。
一口飲めば、それはディアッカ好みの辛口だった。
「普段、イザークはどんな様子?」
ワインに口をつけながら、エザリアは切り出す。
「アカデミーに入ってから、あの子、変わったのよ」
イイコだったイザーク。
親の期待に答え、すべてをそつなくこなし、いい成績を取って。
幼年学校を卒業して選んだ道は、趣味の民俗学ではなく法律関係だった。
親の跡を、継ぐつもりで。
「それまで法律、経済、政治にかじりついていた子が、いきなりアカデミーに入って、人の殺し方を学んで」
そんな道を選んだ理由は、なんだったのか。
「そのまま政治の道に進んでも、世界の平和は望めたのに」
ああ、と、ディアッカは思う。
この親はイザークのことをなにもわかっちゃいない。
「あいつは、正義感と責任感の塊です」
辛いワインを口の中で転がして飲み下せば、喉がちりりと痛んだ。
「下の人間が命かけて戦ってるのに、自分は机の前で作戦練ったり命令したりっていうのができないんです」
白を着た後も、前線に立って。
部下を死なせまいと。
戦争をその手で終わらせようと。
「おまけにこらえ性がない。社交性もない。不器用この上ない人間です」
不器用だから。
「見てみぬふりができない。なにかせずにはいられないんです」
自分の命をかけても。
守りたいものがあるのだと。
「俺も何度も助けてもらいました」
「イザークが、貴方を・・・?」
「想像できませんか?」
できるはずはない。
エザリアは政治家だ。前線の状況など、モニター越しにしかしらない。
「戦中、何度か死に掛けまして。MSは大破して動かない。諦めの悪い俺はもがいていて、そのうちロックされて」
撃ち落とされる。殺される寸前だった。
「あいつが助けてくれて、そのまま、大嫌いだったAAに俺を担ぎこんで、医療班に俺を押し付けて」
補給を受けて、そのまままた前線に飛び出していった。
あのときのもどかしさを、ディアッカは忘れていない。
「俺はザフトを、あいつを裏切っていたのに。それでも助けてくれた。・・・命の恩人です」
壊れたバスターを、治療を受けながら眺めた。
イザークの背を守れないもどかしさ。
己の弱さを呪った。
「その後も、復帰だのなんだので揉めたときも助けてくれて・・・今の俺があります」
あの時誓った。
こいつを守ろうと。
「イザークの幸せは俺の幸せです。だから、イザークをめいっぱい幸せにするまで死なないと、誓いました」
その背を守る力を。
その傍らに立つ権利を。
ずっと望んでいるのだ。
喉から手が出るほど。
「・・・ディーは、イザークがすき?」
「ええ。好きですよ」
「それは、愛?」
「どす黒くて独占欲にまみれた汚い愛ですけどね」
そんなものはあのプラチナを汚すだけだと、わかってはいるけれど。
プラチナはちょっとやそっとじゃ傷つかないことも知っている。
女よりわがままだけど、強く、そして気高いものだと。
「イザークは、物欲がない子だったわ」
手元に光るグラスを眺めて、エザリアは笑う。
「いいえ、ほんとうは欲しいの。欲しくて欲しくて仕方ないのに、欲しいと言えない。わがままだと思い込んでいるのよ」
「悪い癖です。プライドばかり高い」
「そうね。そう育ててしまったのは私よ」
金も権利も立場も。なにもかもをイザークが欲しがる前に与えてしまった。
だからイザークは言えなかったのだ。
ほんとうに欲しいものを。
「あの子が、ほんとうに何かをほしがったら」
グラスに残ったわずかなワインを飲み干して。
「私は喜んで与えるわ。それがなにであっても」
「違法であっても、ですか」
「ええ」
「では欲しましょう」
会話に、凛とした声が割り込んだ。
「寝てたんじゃなかったのかよ・・・」
「うるさい。寒かったんだ」
つうか気配消す癖やめろ。
ぐちぐちと説教を垂れるディアッカを無視して、イザークはディアッカの隣に座り、その手からワインの残ったグラスを奪い取った。
「白、苦手だろ」
「かまわん」
ぐい と飲み干して。
その辛さに咳き込む。
ほらみろ と背中を摩ってやると、イザークが姿勢を正した。
「欲しいものがあります」
母を真っ直ぐに見据える。
「なにかしら」
言ってみて?
エザリアの表情には、緊張が走っていた。
「こいつを」
グラスをテーブルに置いて、その手でイザークはディアッカの手を取った。
「縁談関係はすべて断ってください。俺はこいつと共に生きます」
「イザー・・・」
「いちいち守らなければならないお嬢様など、邪魔なだけですから」
守らなくてもいいものが欲しい。
こいつは、命根性汚くて、どんな手段を使っても生き抜いて帰ってくるやつだと。
そう、知ってしまったから。
「・・・世の中が認めないわ」
「許可などいりません。そんなものは欲しくない」
言い切って、イザークは先ほどから握りこんだままだったもう片方の手をディアッカに向けた。
「手を出せ」
「?」
言われるままに空いた手を出せば。
押し付けられたのはカードと鍵。
イザークのマンションの、オートロックと部屋の鍵だ。
「失くすなよ。複製が難しいものなんだ」
「・・・本気?」
「欲しかったんだろう」
やる。
ぞんざいに言って、イザークはディアッカをじっと見つめて。
「見返りに、俺にもくれ」
「俺、なんも持ってないけど」
「権利を」
捕まれた手が、力の込めすぎで痛い。
「おまえと生きる権利を」
ディアッカは呼吸を忘れた。
権利?
そんなもの。
とっくに。
「・・・俺の命拾ったのおまえじゃん」
あの戦いの中で。
死に掛けた自分を拾ったのはイザークだ。
「拾った命は、一生面倒見なきゃいけねぇんだよ」
おまえ犬とか猫とか拾ったことねぇだろ。
俺もないけどさ。
「そういうわけで。俺はこいつと生きます」
帰るぞ。
言い捨てて、イザークはディアッカの手を引いて部屋を出る。
着替えなければいけない。二人とも寝着のままだ。
「着替えて車のとこで」
返事もなく、イザークは部屋に入っていく。
あれは無視ではない。
照れている?
「・・・結局俺が嫁か・・・」
宣戦布告をするつもりが、あっさり独占宣言されてしまった。
みっともね。
「男としての沽券はどーなるんだよ。ったく」
握ったままだったふたつの鍵を財布と携帯の傍に置くと、妙に実感が湧いてきて。
照れくさい。
着替えて邪魔くさい前髪を軽くかき上げて、財布、携帯、そして貰ったばかりの鍵を持って。
「お邪魔しました!」
叫んで屋敷を出た。
あれだけ派手に出迎えられて、見送りは一切なし。
エザリアが止めたのがすぐにわかった。
「おまち」
「遅い」
車のボンネットに腰掛けて待っていたイザークが、イライラとしている。
待たされたことへの苛立ちと、先ほどの豪快な告白に対する照れ。そしてなにより
「寝てていいぞ。着いたら起こすから」
睡眠不足なイザークは不機嫌になるのだ。
助手席のドアを開けてやれば、イザークは無言で乗り込んでシートベルトを締め、そのまま眠りに着く。
「後ろのが横になれるけど?」
「ここでいい」
自分も運転席に乗り込んでベルトを締め、エンジンをかける。
イザークの車は、エンジン音が静かだ。
「真夜中のドライブね。明日は昼まで寝るか」
「もう今日だ」
時計を見れば、日付はとっくに変わっていた。
『帰宅』したのは深夜2時。
本格的に眠り始めているイザークを無理やり着替えさせてベッドに寝かせる。
その寝顔に安心して、ディアッカはリビングに戻った。
広すぎる部屋。
ここが今日から自分の家だと言われても、まだ実感はない。
ああ、マンション、引き払わなきゃな。
軍に住居の変更書類も出さないと。
知り合い関係にも知らせないと。
そう考えているうちに。
ディアッカはリビングのソファで眠り込んでしまった。
ガツン!!
「いで!!」
後頭部を勢いよく殴りつけられて目が覚めた。
「ここでなにをしている、貴様」
「あ、おはよ。つうか今何時?」
「午前10時だ! なぜこんなところで寝ている!!」
律儀に答えながらも、イザークはなぜか怒っている。
なにか悪いことしたっけ?
昨日はイザークがお疲れだったからオイタはしなかったんだけど?
「あー・・・イザークがあんまり気持ちよさそうに寝てるから、俺は邪魔かと・・・」
「ここはもう貴様の家だと言っただろう。ここには寝室は一部屋しかない!」
6LDKを誇って寝室ひとつ。客室なし。空き部屋(そのうち書庫になる予定)あり だ。
「ベッドで寝ればいいだろう!」
「あ、一緒に寝たかった?」
ガツン!!
「あだー!!?」
今度は容赦なしだった。
「朝飯にしろ」
「へーい」
やっぱり俺が嫁だ。
そう思いながら着替えて、顔を洗って。
キッチンで朝食の準備をすれば、イザークは寝着のまま、顔も洗わずテレビのニュースを見始めた。
「イザーク。顔くらい洗えって」
「うるさい」
これじゃ反抗期の息子を持つ母親だ。
「ごはんですよー」
簡単に作った朝食でも、イザークは文句なく食べる。
「同居するにあたって、決め事をしようと思う」
「あー。大事だな。そっちの条件なによ」
「煙草をやめろ」
うっ と、ディアッカは息を詰まらせた。
今まで隠れて吸っていて、イザークの部屋では吸ったことがなかったのに。
どこから情報が・・・!!
「ヤニが壁紙だの本だのについて取れん。煙も嫌いだ。臭い。やめろ」
「あの・・・煙草は中毒性があっていきなりやめるとキツいんですけど・・・」
「三ヶ月やる。その間にやめろ。部屋の中では一切吸うな」
「ホタル族ですか・・・」
「貴様の条件は」
轢きたて豆で淹れたコーヒーを飲みながら、イザークが訊く。
ディアッカはしばらく考え
「気配消すのなし」
と結論を出した。
「家の中で誰かの気配しないの、俺だめなのよ。だから気配とか足音消すのなしな」
「・・・努力する」
ただでさえ広いのだ。同居人が気配を消してしまえば、一人暮らし同然。
広いところに一人いるのが苦手なディアッカにそれは拷問だ。
「そうだ。明日から三日、うちには出入りするな」
「・・・は?」
「一部屋改築する。その間帰ってくるな。マンションはまだ引き払ってないだろう」
そりゃ昨日の今日ですから、引越しの手続きとかもまだですけど。
「改築?」
「和室を造る」
「・・・ハイ?」
何故に和室?
「前に言っていただろう。プラントのマンションはどこも洋室ばかりで畳がなく落ち着かないと」
「ああ、言ったな」
「貴様に言われてうちも靴を脱いで入る習慣を作ったが、和の文化は合理性が高い。それに和室は貴様の趣味に合うだろう」
たしかに洋室フローリングで日本舞踊はない。
「畳にフローリングシートを張るのはすぐできるが、フローリングを畳には難しい」
通気性なんかの問題ありますからね。
つうか床の高さ変わりますからね。
「なので明日から業者を入れる。その間帰ってくるな」
「おまえメシどーすんだよ」
「外で食えばいい」
ああそうですか。
イザークなりの考えがあって、しかもそれはどうやら自分へのやさしさらしいので、ディアッカは反論をやめた。
「ほんじゃ、その間引越しの準備するわ」
「上の角部屋を改装する。あの部屋に入る分だけしか持ってくるなよ」
日当たりがよすぎて書庫には向かないと放置されていた部屋だ。
「・・・駐車場契約しといてくれると助かる」
「あの趣味の悪い車を持ってくるのか」
「あと単車も」
「バイクなぞ駐輪場に停めておけ!!」
「あ! 馬鹿! 雨とか天敵だし盗難の可能性大じゃねぇか!!」
「じゃあ部屋に押し込め!」
「乗るときリビング通過するぞ! 後始末どーすんだ!」
「貴様がやればいいだろう!」
「っだー!!」
話にならん!!
でもここで負けたら車とバイクを手放すどころか同居の話までパアだ。
「ここの家主はおまえなわけ。おまえがやってくれなきゃ俺は車なし、バイクなしな駄目男なわけ」
「車に乗りたきゃエレカにでも乗ってろ」
「かっこつかねぇ」
「格好をつけてナンパに出るか。いい度胸だ」
「なんでそう屈折してんだおまえは・・・」
しませんよ。
ナンパも浮気もしませんよ。できませんよ。
「頼む。代わりに前食いたいつってた鯨食わせてやる」
ぴくり とイザークが反応した。
「前言ってただろ? 鯨食ったことねぇって。食わせてやる。どーよ?」
ぶっちゃけて言う。
イザークを黙らせるには、ここだけの話、胃袋話なのだ。
別にイザークが大食らいとかってわけではない。美食家ではあるけれど。
単に「食べたことがないもの」に惹かれ、「古きよき文化」オタクなのである。
佃煮を教えたのもディアッカだ。
おせち料理を作って見せたのもディアッカだ。
夏に浴衣を仕立てて着せてやったのもディアッカだ。
イザークのなかではすでにディアッカは「日本文化辞典」状態なのだ。
ぬか漬けだけは臭くて食べられないらしいが。
「言っとくけど味気ない。つうか淡白。マグロの赤身の方が味は強い」
揚げ物にしたりすれば話は別だが、まずは刺身になるだろう。
「どーする?」
地球のほとんどの地域で捕鯨禁止令が出ている昨今、鯨は高級品でめったにお目にかかれない。
それにイザークは前々から興味を示していたのだ。
「煙草はー・・・三ヶ月待ってくれ。車と単車だけは! どーか!!」
ついでに湯葉もつける!!
パン! と両手を合わせて拝み倒す。
情けないが愛車のためだ。
「・・・わかった。手配しておく」
「ヤッター!!」
勝利かどうかは怪しいところだが。
「ただし俺の書斎と書庫には今までどおり入るな」
「わかってます」
あの本だらけの部屋に踏み込もうとは思わない。
一度ドアが開いているのを隙間からこっそり覗いて、引いた。
カオスだ。
入っただけで頭痛がすること間違いなしだ。
「だが俺は貴様の部屋には入るぞ」
「なぜ」
「家主だからだ」
きたねー!!
いやいや。もう何も言うまい。同居権ゲットしただけで十分じゃないか。
「冬には炬燵を買おう」
「こたつ?」
「フローリングに炬燵は熱放出の具合でどうかと思っていたんだが、畳なら問題ない。炬燵に入りたい」
出たよ。この民族文化オタクが。
そのうち火鉢買いたいとか言い出すんじゃなかろうか。
「炬燵ね。ほんじゃ、その上にはみかんだな」
「それでアイスを食うのが普通だと聞いた」
「誰の入れ知恵だ」
「アスランだ」
あの馬鹿。
大方幼馴染と昔やった思い出話でもしたんだろう。
「それ、子供のやることだから。普通はみかんに緑茶だから」
「あと夏には風鈴だ」
「風流なことで」
「金属とガラス製があるらしい」
「あるな。金属のほうが高い音がして、ガラスはいつでも聞ける音だぞ」
「どこで聞ける」
「グラスに氷入れて、常温の水とか入れてみろ。氷が溶けてグラスの淵に当たったとき音がするだろ。あんな感じ」
「聞いたのか?」
「実家にある」
俺がガキのころ買った。
そう言ったら、イザークは急に真面目な顔をした。いや、こいつはいつでも真面目な顔だが。
「貴様の両親に話は・・・」
「いい。しなくていい。俺は家出息子だから」
「そういうわけにはいかん」
「嫁にもらいますって? 冗談!」
「嫁なのか?」
「あ?」
「貴様が嫁でいいのか」
そうか。
イザークは勝手に納得している。
待て待て。
あれ? こいつ・・・
「もしかして、イザークが嫁のつもりだった?」
言ってみれば、イザークの顔が一気に真っ赤になった。
「黙れ!!」
「おー、真っ赤! 今日はトマト食おうな」
「うるさい!!」
エザリアさんは、こんな風に赤くなって照れながら怒鳴るイザークなんか知らないだろう。
すこしいい気分で、今日こそ夕飯はパスタにしようと。パスタはトマトソースで決まりだと。
ディアッカは笑いながら思った。
イザークの気が済むのなら、久しぶりに実家に連絡を入れよう。
一生の人ができましたと。
孫はできません。つくづく親不孝ですいません と。
ファンディスクのDの扱いに涙しつつ、後編です・・・。
仕事人間の父。
自分とそっくりの容姿で、遊びに習い事に夢中な母。
家族の団欒をした記憶はない。
そのくせディアッカがアカデミーに入りたいと言った時だけ親の顔をして反対した。
その身勝手さに嫌気が差した。
いまさら。
心配なんて。
いまさら。
勝手を許さないなんて。
あんたたちに言う権利ないだろう。
それが別れの台詞だった。
だだ広い客室。
その部屋につけられた浴室でシャワーを済ませると、ベッドの上には寝着が用意されていた。
ホテルのような家。
ディアッカは広い家が嫌いだ。
家族の気配が感じられない家が苦手だ。
だから本当は、イザークの部屋も苦手だ。
あのむやみやたらに広い部屋は、一たびイザークが部屋に籠れば気配が感じられない。
「落ちつかね・・・」
呟いてベッドに寝転べば、反響する声。
子供の頃、熱を出したときのことを思い出した。
一人息子が熱を出しているというのに、旅行に出かけた母。
仕事を理由に外泊した父が、女と会っていたことをディアッカは知っている。
ディアッカの趣味で改装させた和室で、布団を敷き、ただ高い天井を眺めていた。
あのときの感情をなんと言おう。
黒いどろどろした感情が湧きあがってきたことを、ディアッカは鮮明に思い出した。
あの頃からだ。
いつか家と縁を切ろうと思ったのは。
ぎゅっと目を閉じると、そのタイミングを見計らったようにドアがノックされた。
相手なんか、すぐにわかる。
「入れよ」
言えば、イザークが無言のまま入ってくる。
上体を起こして大きなベッドの半分を譲ってやれば、イザークはそのまま潜り込んできた。
「おまえ疲れすぎるとすぐ寝付けなくなるもんなぁ」
「うるさい」
「朝メイドちゃんとかが入ってきたらなんて言うのよ?」
「俺のやることに口を出すやつはおらん」
そう言って、イザークは背中を丸めて眠りにつく。
姿勢悪くなんぞ と肩まで毛布をかけてやれば。
安心しきった寝息が返ってきた。
それだけで、ディアッカは救われた気持ちになった。
この自分とは対極のプラチナが、いつもすべてを浄化してくれる。
白い肌に銀の髪。
自分とは正反対のそれは、ディアッカの憧れだった。
「あら、寝付けなくて?」
寝着のまま寝酒を求めて屋敷内を彷徨えば、応接間にまだエザリアがいた。
「おやすみになられないと、お肌に悪いですよ」
せっかくの綺麗な肌が。
そう言えば、エザリアは笑って夜勤のメイドに通信でなにか言いつけて。
「座って」
ディアッカに席を薦めた。
こんな格好で失礼します とディアッカがエザリアの正面に座ると、メイドが冷やされたワインとグラスを運んできた。
「もっと強いもののほうがいいかしら」
「いえ、十分です」
エザリアにグラスを薦められて恐縮しながら受ければ、白いワインが注がれる。
白はイザークの色。
一口飲めば、それはディアッカ好みの辛口だった。
「普段、イザークはどんな様子?」
ワインに口をつけながら、エザリアは切り出す。
「アカデミーに入ってから、あの子、変わったのよ」
イイコだったイザーク。
親の期待に答え、すべてをそつなくこなし、いい成績を取って。
幼年学校を卒業して選んだ道は、趣味の民俗学ではなく法律関係だった。
親の跡を、継ぐつもりで。
「それまで法律、経済、政治にかじりついていた子が、いきなりアカデミーに入って、人の殺し方を学んで」
そんな道を選んだ理由は、なんだったのか。
「そのまま政治の道に進んでも、世界の平和は望めたのに」
ああ、と、ディアッカは思う。
この親はイザークのことをなにもわかっちゃいない。
「あいつは、正義感と責任感の塊です」
辛いワインを口の中で転がして飲み下せば、喉がちりりと痛んだ。
「下の人間が命かけて戦ってるのに、自分は机の前で作戦練ったり命令したりっていうのができないんです」
白を着た後も、前線に立って。
部下を死なせまいと。
戦争をその手で終わらせようと。
「おまけにこらえ性がない。社交性もない。不器用この上ない人間です」
不器用だから。
「見てみぬふりができない。なにかせずにはいられないんです」
自分の命をかけても。
守りたいものがあるのだと。
「俺も何度も助けてもらいました」
「イザークが、貴方を・・・?」
「想像できませんか?」
できるはずはない。
エザリアは政治家だ。前線の状況など、モニター越しにしかしらない。
「戦中、何度か死に掛けまして。MSは大破して動かない。諦めの悪い俺はもがいていて、そのうちロックされて」
撃ち落とされる。殺される寸前だった。
「あいつが助けてくれて、そのまま、大嫌いだったAAに俺を担ぎこんで、医療班に俺を押し付けて」
補給を受けて、そのまままた前線に飛び出していった。
あのときのもどかしさを、ディアッカは忘れていない。
「俺はザフトを、あいつを裏切っていたのに。それでも助けてくれた。・・・命の恩人です」
壊れたバスターを、治療を受けながら眺めた。
イザークの背を守れないもどかしさ。
己の弱さを呪った。
「その後も、復帰だのなんだので揉めたときも助けてくれて・・・今の俺があります」
あの時誓った。
こいつを守ろうと。
「イザークの幸せは俺の幸せです。だから、イザークをめいっぱい幸せにするまで死なないと、誓いました」
その背を守る力を。
その傍らに立つ権利を。
ずっと望んでいるのだ。
喉から手が出るほど。
「・・・ディーは、イザークがすき?」
「ええ。好きですよ」
「それは、愛?」
「どす黒くて独占欲にまみれた汚い愛ですけどね」
そんなものはあのプラチナを汚すだけだと、わかってはいるけれど。
プラチナはちょっとやそっとじゃ傷つかないことも知っている。
女よりわがままだけど、強く、そして気高いものだと。
「イザークは、物欲がない子だったわ」
手元に光るグラスを眺めて、エザリアは笑う。
「いいえ、ほんとうは欲しいの。欲しくて欲しくて仕方ないのに、欲しいと言えない。わがままだと思い込んでいるのよ」
「悪い癖です。プライドばかり高い」
「そうね。そう育ててしまったのは私よ」
金も権利も立場も。なにもかもをイザークが欲しがる前に与えてしまった。
だからイザークは言えなかったのだ。
ほんとうに欲しいものを。
「あの子が、ほんとうに何かをほしがったら」
グラスに残ったわずかなワインを飲み干して。
「私は喜んで与えるわ。それがなにであっても」
「違法であっても、ですか」
「ええ」
「では欲しましょう」
会話に、凛とした声が割り込んだ。
「寝てたんじゃなかったのかよ・・・」
「うるさい。寒かったんだ」
つうか気配消す癖やめろ。
ぐちぐちと説教を垂れるディアッカを無視して、イザークはディアッカの隣に座り、その手からワインの残ったグラスを奪い取った。
「白、苦手だろ」
「かまわん」
ぐい と飲み干して。
その辛さに咳き込む。
ほらみろ と背中を摩ってやると、イザークが姿勢を正した。
「欲しいものがあります」
母を真っ直ぐに見据える。
「なにかしら」
言ってみて?
エザリアの表情には、緊張が走っていた。
「こいつを」
グラスをテーブルに置いて、その手でイザークはディアッカの手を取った。
「縁談関係はすべて断ってください。俺はこいつと共に生きます」
「イザー・・・」
「いちいち守らなければならないお嬢様など、邪魔なだけですから」
守らなくてもいいものが欲しい。
こいつは、命根性汚くて、どんな手段を使っても生き抜いて帰ってくるやつだと。
そう、知ってしまったから。
「・・・世の中が認めないわ」
「許可などいりません。そんなものは欲しくない」
言い切って、イザークは先ほどから握りこんだままだったもう片方の手をディアッカに向けた。
「手を出せ」
「?」
言われるままに空いた手を出せば。
押し付けられたのはカードと鍵。
イザークのマンションの、オートロックと部屋の鍵だ。
「失くすなよ。複製が難しいものなんだ」
「・・・本気?」
「欲しかったんだろう」
やる。
ぞんざいに言って、イザークはディアッカをじっと見つめて。
「見返りに、俺にもくれ」
「俺、なんも持ってないけど」
「権利を」
捕まれた手が、力の込めすぎで痛い。
「おまえと生きる権利を」
ディアッカは呼吸を忘れた。
権利?
そんなもの。
とっくに。
「・・・俺の命拾ったのおまえじゃん」
あの戦いの中で。
死に掛けた自分を拾ったのはイザークだ。
「拾った命は、一生面倒見なきゃいけねぇんだよ」
おまえ犬とか猫とか拾ったことねぇだろ。
俺もないけどさ。
「そういうわけで。俺はこいつと生きます」
帰るぞ。
言い捨てて、イザークはディアッカの手を引いて部屋を出る。
着替えなければいけない。二人とも寝着のままだ。
「着替えて車のとこで」
返事もなく、イザークは部屋に入っていく。
あれは無視ではない。
照れている?
「・・・結局俺が嫁か・・・」
宣戦布告をするつもりが、あっさり独占宣言されてしまった。
みっともね。
「男としての沽券はどーなるんだよ。ったく」
握ったままだったふたつの鍵を財布と携帯の傍に置くと、妙に実感が湧いてきて。
照れくさい。
着替えて邪魔くさい前髪を軽くかき上げて、財布、携帯、そして貰ったばかりの鍵を持って。
「お邪魔しました!」
叫んで屋敷を出た。
あれだけ派手に出迎えられて、見送りは一切なし。
エザリアが止めたのがすぐにわかった。
「おまち」
「遅い」
車のボンネットに腰掛けて待っていたイザークが、イライラとしている。
待たされたことへの苛立ちと、先ほどの豪快な告白に対する照れ。そしてなにより
「寝てていいぞ。着いたら起こすから」
睡眠不足なイザークは不機嫌になるのだ。
助手席のドアを開けてやれば、イザークは無言で乗り込んでシートベルトを締め、そのまま眠りに着く。
「後ろのが横になれるけど?」
「ここでいい」
自分も運転席に乗り込んでベルトを締め、エンジンをかける。
イザークの車は、エンジン音が静かだ。
「真夜中のドライブね。明日は昼まで寝るか」
「もう今日だ」
時計を見れば、日付はとっくに変わっていた。
『帰宅』したのは深夜2時。
本格的に眠り始めているイザークを無理やり着替えさせてベッドに寝かせる。
その寝顔に安心して、ディアッカはリビングに戻った。
広すぎる部屋。
ここが今日から自分の家だと言われても、まだ実感はない。
ああ、マンション、引き払わなきゃな。
軍に住居の変更書類も出さないと。
知り合い関係にも知らせないと。
そう考えているうちに。
ディアッカはリビングのソファで眠り込んでしまった。
ガツン!!
「いで!!」
後頭部を勢いよく殴りつけられて目が覚めた。
「ここでなにをしている、貴様」
「あ、おはよ。つうか今何時?」
「午前10時だ! なぜこんなところで寝ている!!」
律儀に答えながらも、イザークはなぜか怒っている。
なにか悪いことしたっけ?
昨日はイザークがお疲れだったからオイタはしなかったんだけど?
「あー・・・イザークがあんまり気持ちよさそうに寝てるから、俺は邪魔かと・・・」
「ここはもう貴様の家だと言っただろう。ここには寝室は一部屋しかない!」
6LDKを誇って寝室ひとつ。客室なし。空き部屋(そのうち書庫になる予定)あり だ。
「ベッドで寝ればいいだろう!」
「あ、一緒に寝たかった?」
ガツン!!
「あだー!!?」
今度は容赦なしだった。
「朝飯にしろ」
「へーい」
やっぱり俺が嫁だ。
そう思いながら着替えて、顔を洗って。
キッチンで朝食の準備をすれば、イザークは寝着のまま、顔も洗わずテレビのニュースを見始めた。
「イザーク。顔くらい洗えって」
「うるさい」
これじゃ反抗期の息子を持つ母親だ。
「ごはんですよー」
簡単に作った朝食でも、イザークは文句なく食べる。
「同居するにあたって、決め事をしようと思う」
「あー。大事だな。そっちの条件なによ」
「煙草をやめろ」
うっ と、ディアッカは息を詰まらせた。
今まで隠れて吸っていて、イザークの部屋では吸ったことがなかったのに。
どこから情報が・・・!!
「ヤニが壁紙だの本だのについて取れん。煙も嫌いだ。臭い。やめろ」
「あの・・・煙草は中毒性があっていきなりやめるとキツいんですけど・・・」
「三ヶ月やる。その間にやめろ。部屋の中では一切吸うな」
「ホタル族ですか・・・」
「貴様の条件は」
轢きたて豆で淹れたコーヒーを飲みながら、イザークが訊く。
ディアッカはしばらく考え
「気配消すのなし」
と結論を出した。
「家の中で誰かの気配しないの、俺だめなのよ。だから気配とか足音消すのなしな」
「・・・努力する」
ただでさえ広いのだ。同居人が気配を消してしまえば、一人暮らし同然。
広いところに一人いるのが苦手なディアッカにそれは拷問だ。
「そうだ。明日から三日、うちには出入りするな」
「・・・は?」
「一部屋改築する。その間帰ってくるな。マンションはまだ引き払ってないだろう」
そりゃ昨日の今日ですから、引越しの手続きとかもまだですけど。
「改築?」
「和室を造る」
「・・・ハイ?」
何故に和室?
「前に言っていただろう。プラントのマンションはどこも洋室ばかりで畳がなく落ち着かないと」
「ああ、言ったな」
「貴様に言われてうちも靴を脱いで入る習慣を作ったが、和の文化は合理性が高い。それに和室は貴様の趣味に合うだろう」
たしかに洋室フローリングで日本舞踊はない。
「畳にフローリングシートを張るのはすぐできるが、フローリングを畳には難しい」
通気性なんかの問題ありますからね。
つうか床の高さ変わりますからね。
「なので明日から業者を入れる。その間帰ってくるな」
「おまえメシどーすんだよ」
「外で食えばいい」
ああそうですか。
イザークなりの考えがあって、しかもそれはどうやら自分へのやさしさらしいので、ディアッカは反論をやめた。
「ほんじゃ、その間引越しの準備するわ」
「上の角部屋を改装する。あの部屋に入る分だけしか持ってくるなよ」
日当たりがよすぎて書庫には向かないと放置されていた部屋だ。
「・・・駐車場契約しといてくれると助かる」
「あの趣味の悪い車を持ってくるのか」
「あと単車も」
「バイクなぞ駐輪場に停めておけ!!」
「あ! 馬鹿! 雨とか天敵だし盗難の可能性大じゃねぇか!!」
「じゃあ部屋に押し込め!」
「乗るときリビング通過するぞ! 後始末どーすんだ!」
「貴様がやればいいだろう!」
「っだー!!」
話にならん!!
でもここで負けたら車とバイクを手放すどころか同居の話までパアだ。
「ここの家主はおまえなわけ。おまえがやってくれなきゃ俺は車なし、バイクなしな駄目男なわけ」
「車に乗りたきゃエレカにでも乗ってろ」
「かっこつかねぇ」
「格好をつけてナンパに出るか。いい度胸だ」
「なんでそう屈折してんだおまえは・・・」
しませんよ。
ナンパも浮気もしませんよ。できませんよ。
「頼む。代わりに前食いたいつってた鯨食わせてやる」
ぴくり とイザークが反応した。
「前言ってただろ? 鯨食ったことねぇって。食わせてやる。どーよ?」
ぶっちゃけて言う。
イザークを黙らせるには、ここだけの話、胃袋話なのだ。
別にイザークが大食らいとかってわけではない。美食家ではあるけれど。
単に「食べたことがないもの」に惹かれ、「古きよき文化」オタクなのである。
佃煮を教えたのもディアッカだ。
おせち料理を作って見せたのもディアッカだ。
夏に浴衣を仕立てて着せてやったのもディアッカだ。
イザークのなかではすでにディアッカは「日本文化辞典」状態なのだ。
ぬか漬けだけは臭くて食べられないらしいが。
「言っとくけど味気ない。つうか淡白。マグロの赤身の方が味は強い」
揚げ物にしたりすれば話は別だが、まずは刺身になるだろう。
「どーする?」
地球のほとんどの地域で捕鯨禁止令が出ている昨今、鯨は高級品でめったにお目にかかれない。
それにイザークは前々から興味を示していたのだ。
「煙草はー・・・三ヶ月待ってくれ。車と単車だけは! どーか!!」
ついでに湯葉もつける!!
パン! と両手を合わせて拝み倒す。
情けないが愛車のためだ。
「・・・わかった。手配しておく」
「ヤッター!!」
勝利かどうかは怪しいところだが。
「ただし俺の書斎と書庫には今までどおり入るな」
「わかってます」
あの本だらけの部屋に踏み込もうとは思わない。
一度ドアが開いているのを隙間からこっそり覗いて、引いた。
カオスだ。
入っただけで頭痛がすること間違いなしだ。
「だが俺は貴様の部屋には入るぞ」
「なぜ」
「家主だからだ」
きたねー!!
いやいや。もう何も言うまい。同居権ゲットしただけで十分じゃないか。
「冬には炬燵を買おう」
「こたつ?」
「フローリングに炬燵は熱放出の具合でどうかと思っていたんだが、畳なら問題ない。炬燵に入りたい」
出たよ。この民族文化オタクが。
そのうち火鉢買いたいとか言い出すんじゃなかろうか。
「炬燵ね。ほんじゃ、その上にはみかんだな」
「それでアイスを食うのが普通だと聞いた」
「誰の入れ知恵だ」
「アスランだ」
あの馬鹿。
大方幼馴染と昔やった思い出話でもしたんだろう。
「それ、子供のやることだから。普通はみかんに緑茶だから」
「あと夏には風鈴だ」
「風流なことで」
「金属とガラス製があるらしい」
「あるな。金属のほうが高い音がして、ガラスはいつでも聞ける音だぞ」
「どこで聞ける」
「グラスに氷入れて、常温の水とか入れてみろ。氷が溶けてグラスの淵に当たったとき音がするだろ。あんな感じ」
「聞いたのか?」
「実家にある」
俺がガキのころ買った。
そう言ったら、イザークは急に真面目な顔をした。いや、こいつはいつでも真面目な顔だが。
「貴様の両親に話は・・・」
「いい。しなくていい。俺は家出息子だから」
「そういうわけにはいかん」
「嫁にもらいますって? 冗談!」
「嫁なのか?」
「あ?」
「貴様が嫁でいいのか」
そうか。
イザークは勝手に納得している。
待て待て。
あれ? こいつ・・・
「もしかして、イザークが嫁のつもりだった?」
言ってみれば、イザークの顔が一気に真っ赤になった。
「黙れ!!」
「おー、真っ赤! 今日はトマト食おうな」
「うるさい!!」
エザリアさんは、こんな風に赤くなって照れながら怒鳴るイザークなんか知らないだろう。
すこしいい気分で、今日こそ夕飯はパスタにしようと。パスタはトマトソースで決まりだと。
ディアッカは笑いながら思った。
イザークの気が済むのなら、久しぶりに実家に連絡を入れよう。
一生の人ができましたと。
孫はできません。つくづく親不孝ですいません と。
ファンディスクのDの扱いに涙しつつ、後編です・・・。