俺はイザークが昔っから好きで、幼稚園も義務教育も高校も、ついでに大学までイザークを追っかけて同じところに通って。
いつかこの想いは報われるんだと信じていたら、大学4年の最後に思いっきりフラれた。
大学の入学式で出会ったアスラン・ザラというそれはもう見目麗しい最低野郎に、あろうことかイザークが落ちた。いや、堕ちた。
4年の中盤までは仲のいいような悪いような、所謂悪友という関係を築いていたんだけど、
なにをどうしたのかいつの間にかイザークとアスランは付き合うようになっていた。
その事実を俺は受け入れることができなくて、勢いに任せてイザークに告白した。
結果惨敗。
告白した瞬間のイザークの驚いた顔に一瞬場外ホームランを期待しなかったかと訊かれれば答えは否だ。
だけど。
『おれは、あいつじゃなきゃ嫌なんだ』
恥らうこともなく、目を逸らすこともなく、イザークはそう言ってアスランのところに行ってしまった。
それから二人には会っていない。
就職試験や卒論や、ほかの友人との卒業パーティーに参加していたら、あっという間に時間は過ぎていた。
卒業式は三日前。
その雑踏の中でイザークを見つけた。
大学院に進むのだと関係が崩れる前に訊いていたから、進路なんて知っている。
たぶん、大好きな民俗学をさらに勉強するつもりなんだろう。
声はかけなかった。
隣にアスランがいたから、声をかけるなんて無粋なマネはできなかった。俺はそこまでイイヤツにはなりきれない。
そうして、今日。
時間ができたなら呑みに行こう と友人に誘われて、自宅から二駅先の街。
今、アスランとイザークが共に暮らす街だ。
せつねー なんて言葉を口元で転がしたら、後ろから声をかけられた。
「ディアッカ?」
振り向かなくてもわかる。
元、恋敵。
「・・・よぉ」
振り向いて口元だけ笑ってやる。
「久しぶりだな」
「今帰りか?」
「ああ、塾講師のバイト、今日で最後だったんだ」
生徒に掴まってこんな時間だ とアスランはバツが悪そうに笑う。
とりあえず道の端に寄って、駅の壁に背中を預けた。背中から冷えていく。
「あいつさ、元気?」
気になることも、こいつに訊けることもあいつに関すること以外にない。
「・・・元気だよ。食べてるし、よく眠ってる」
イザークは集中すると食事も睡眠も忘れる癖がある。
何度「直せ」と言っても聞かなかったけど、アスランはそこを上手くコントロールしているらしい。
「あいつのことさぁ、ちゃんと愛してやってる?」
アスランの表情が凍る。
「イザークからモーションかけたじゃん? おまえがいい気になってんじゃないかって、俺は気が気じゃないわけよ」
しばらく表情を消したままだったアスランが、くすりと笑った。
「それは大丈夫。俺も、ベタ惚れだから」
「・・・そりゃよかった」
消えそうな声で、俺は呟く。
「寂しがり屋なくせにいじっぱりだからさ、ほんと、大事にしてやってくれな」
「わかってるよ」
「たかだか4年の付き合いのオマエと、18年の付き合いの俺とじゃ知ってることが段違いなんだよ」
ちょっとだけ牽制。
付き合いの長さを自慢するくらいいいだろう。
と、思ったら
「長さはかなわないけど、密度じゃ圧勝できるな」
なんてあっさり打ちのめされた。
がんばれ、俺。
アスラン・ザラという男は、高校じゃそれはモテる男だったらしい。
学年首位、運動神経抜群、眉目秀麗、才色兼備、生徒会長、エトセトラエトセトラ。
とにかくモテて、告白なんて三日に一度の勢いで、校内どころか校外の女にもついでに一部の男にも人気があって。
本人は涼しい顔をして、女をとっかえひっかえ。
時にはクラスメイトの告白を受け、、翌日には年上の女の車で校門に乗りつける なんてことまでやっていたらしい。
とにかく最低野郎だ。
それがどうだ。
大学の入学式の出会いから、アスランは女遊びをやめた。
相変わらずモテて、告白されることはしょっちゅうだったが(そのたびにイザークの機嫌は地を這う勢いで急降下していて)、
なんの気まぐれかそのすべてを断ってきていた。
そしてあの日だ。
『ああ、そうだ』
なにかを思い出したようにアスランが切り出した。
『俺とイザーク、一緒に暮らすことにしたから、引越しの手伝い頼むよ』
耳を疑った。
両親に貰った聴力は、きちんとアスランの言葉を捉えてくれた。
『付き合うことにしたんだ、俺たち』
場所は校内一人の多い学食の一角。
人目も憚らず、アスランは笑って言ってのけた。
イザークは顔を赤くして、ふてくされた顔をして黙ったままだった。
場所を変えて事の真相を聞けば、アスランはあっさり答えた。
『イザークから告白されて、俺も好きだったから付き合うことにした。で、俺は近々家を出るつもりだったから、一緒に住もうかって話になって』
アスランの家は学校から電車を三つ乗り継いだ先にある。
どうして今の時期に引越しなのかと訊けば、父の紹介で就職が決まっていて、そこが学校の近くなのだと答えてくれた。
『イザークは院に進むだろ? イザークの実家もちょっと遠いし、今の時期を逃したら忙しくてそれどころじゃなくなるだろうから』
最低野郎は、デリカシーもなければ空気を読む能力もなかった。
そうして俺はイザークに告白して、あっさりフラれた。
気まずくて引越しの手伝いもできなかった。
「ああ、そうだ。引越しのとき、悪かったな」
思い出して謝ると、アスランは「いいよ」とだけ答えた。
イザークからすべてを聞いたらしい。
ついでだ、全部気になってることを訊いてしまえ。
「おまえさぁ、なんでイザークなわけ?」
「は?」
アスランの眉間に皺が寄る。イイオトコは何をしてもイイオトコだ。
「おまえ、女も男も選り取りみどりつかみ取りじゃん。ついでにあのカワイイ幼馴染はいいのかよ?」
俺の言い方がツボに入ったらしく(ちょっと狙った)、アスランはプっと噴出した。
「キラは彼女がいるよ」
知ってる。お嬢様大学ミス、ラクス・クライン。
「なんでイザーク?」
もう一度訊くと、アスランは目を細めて空を仰いだ。視線を追うと、キレイな月が浮かんでいる。
「なんで・・・なんでかな」
「あ?」
「キレイだって思ったんだ、最初は」
アスランは月を仰いだまま、呟く。
「目つきがキツくて性格もキツくて言葉もキツくてついでにわがままで」
知ってる。
「でも、なんだろうな」
ふっと、アスランが目を伏せる。
「時々、泣きそうな顔をするんだ」
それも知ってる。
「泣かせたくないのにな」
泣かせてるのはおまえだよ。
イザークが泣きそうな顔をするときは、きまってアスランが女といるときだ。
ゼミの仲間だったり、告白する女だったり、それはまちまちだったけど、アスランが女といるときイザークは決まって泣きそうな顔をしていた。
「笑って欲しくて」
アスランの口元が笑う。
「気付いたら、好きだったな」
心底幸せそうな顔だった。
俺の胸のあたりがツキンと痛んだとき、アスランのジャケットから静かな音がした。
「悪い」
ジャケットの内ポケットを探って、アスランが携帯を取り出す。
相手なんて訊かなくてもわかってる。
「もしもし? 今? 駅。うん? メーカーはいつものでいいの?・・・わかった」
通話を切って、時計を見る。
「悪い、帰らなきゃ」
「お姫様お冠? それとも寂しいって?」
皮肉を込めて訊くと、アスランは笑った。
「コーヒーがないって。大至急買ってこいだってさ」
「あらら。そりゃ一大事」
早く帰ってやりな と肩を突き放すように叩くと、アスランは「じゃぁな」と踵を返した。
「あのさあ、伝言いいか?」
背中に投げかけると、アスランが振り向く。
「アスランに飽きたら、いつでも俺んとこに来いって言っといて」
言うと、アスランは真剣な顔をして
「わかった。その言葉はちゃんと記憶から抹消してやるよ」
と言って本当に駆け足で帰って行った。
最後の強がりはやっぱり通じなかった。
洒落の通じない男はモテねぇぞ と言いかけて、やめた。あいつがアレ以上モテたら、イザークはますます泣き顔になってしまう。
「あーあ、俺ってさみしー」
盛大な独り言を呟くと、今度は俺の携帯が派手な音を鳴らした。
「あいよー? いま駅ー。すぐ行くわー」
電話の向こうはすでに盛り上がっている。
「一番かわいい子には手ぇ出すなよ。俺がもらうから」
なんだよそれー! と笑い声が帰ってくる。
通話を切って携帯をジーンズの尻ポケットに押し込んで、足を前に出した。
今日の合コンでは「かわいそうキャラ」でいって慰めてもらおう。
なんて、心の痛みをごまかしながら。
「日頃の行い。」で突発で上げたものをサルベージ。
電話に出たとき「あいよー」って言うのは当時の私の癖でした。