風呂に入りたいと言うので、仕方なく着替えも貸してやった。汚い格好でベッドを使われてはたまらない。
自分のベッドを他人に使われるのは好きではないが、仕方ない。
「女の子、ここに連れてきたことないでしょ」
「どうして」
寝室に案内してやると、不意にキラが笑った。
「色っぽい気配ないもん」
「そういうことを知ってるみたいなもの言いだな」
「知ってるよ」
「子供のくせに」
「未成年でもできるもん」
言われてみればそうだ。
「人見知りでヒキコモリなんだろ?」
「だから、一瞬のお付き合い」
「つまみ食いか。感心しないな」
「つまみ食われた方」
「・・・なに?」
ごそり とキラはベッドに入って、ひとつ大きな息をついて。
「小遣い稼ぎ。変な趣味の大人って多いもん」
背を丸めながら、キラは軽い口調で続ける。
「アスランもつまみ食ってみる?」
意外と美味しいかもよ?
なんてこと言うんだと思った。
子供のくせに、一人前に誘い方だけは知っている。
嫌な子供だ。
「俺にそんな趣味はない」
「・・・ふーん?」
曖昧に返事して、キラはそのままベッドサイドの棚を漁り出す。
「なるほど、ホテルに連れ込むタイプか」
「勝手に漁るな」
「ゴムないし」
頼むからそれ以上喋らないでくれ。
「ラブホってタイプじゃないね。ビジネスホテルは声筒抜けだし。ってことは金持ちホテルか」
「ここ3年はそういうことはしていない」
黙らせるために口を挟めば、キラは驚いた顔をして
「え? なに? 禁欲生活?」
その顔で? うっそだぁ。
確かにこの顔とフェミニストな性格なおかげで、女に苦労したことはない。
だが、最近は仕事が忙しくて、そういうことが煩わしくなっていたのが事実だ。
「じゃあ溜まってんじゃん。いいよ、抜いてあげる」
「自分でできるので結構」
「自分でやるタイプでもないよね」
ぐっ と、アスランは言葉を飲み込む。
「泊めてくれるお礼。いいじゃん」
「取引は成立しているだろう」
「キミの会社にちょっかい出すのは趣味っていうか、単にプライドの問題だし」
「プライドをかけるなら、一晩くらい安いだろう」
「固いなぁ」
「大人なんだよ」
一時の感情や遊びでそういうことをする時期はとっくに過ぎた。
女ではないのだから「自分を大切に」などと言うことはないが、相手は男。しかも子供。
アスランにそんな趣味はない。
「おまえ相手にそんな気になるか」
ガキ。
言い捨てて、アスランは寝室を後にした。
リビングで持ち帰った仕事をしていたら。
声が聞えた。
話し声ではない。
誰か泣いている?
このマンションは単身者用なので、子供はいない。だいいち、隣の声が聞えるような粗末な造りはしていない。
まさか と思い、寝室に向かう。
耳を澄ませば、確かに声はそこから響いていた。
「・・・キラ?」
そっとドアを開けると、キラが眠りながら泣いていた。
声を押し殺して。
「泣き方ひとつ知らないのか、このガキは・・・」
なんとなく、その涙を指で拭ってやる。
すると、眠っているキラの手がそっと伸びて。
アスランの手を捕まえる。
「・・・っ!」
引きかけた手を、キラがぐっと力を込めて引き戻す。
起きているのかと思ったが、そうではない。
そのままアスランの手をきゅっと掴んで、すうすうと穏やかな寝息を立て始めた。
「まったく。本当に子供じゃないか・・・」
誰かの手に安心して眠るなんて。
仕事は、粗方終わった。
風呂には入っていないが、朝入ればいい。
仕方なく、アスランはキラの横に滑り込んで。
子供が泣かないように、そっと抱き込んでやって。
そのまま眠った。
いつもの時間にアスランが目を覚ますと、もうキラの姿はなかった。
畳まれた、貸した着替えと、一枚のメモがリビングのソファにあった。
『あったかかった。ありがとう』
それだけ残して、キラは姿を消した。
それからはいつもの日常。
『FREEDOM』からのクラッキングを受けることもなく、至極平和な日々。
それがふと、寂しくなったことに、アスランが気づいたのは1ヶ月経ってからだった。
「子供を泊めた?」
大学時代の友人との呑み会。
その席で、ふとアスランが零した言葉を、イザークは聞き逃さなかった。
「酔狂なことだな。貴様らしくない」
「俺もそう思う」
キラがクラッカーだということはふせて話せば
「つまみ食えばよかったじゃん」
などど言うのはラスティだ。
「子供だぞ? 男だぞ?」
「顔は?」
「かわいいほうだな」
「ほんじゃ問題なしー」
こういうやつだと知ってはいたが。
「年はいくつだ」
「18と言ってたが、怪しいところだな。年の割りに小さかった」
「小さい?」
「160そこそこだったぞ」
「小さいな」
イザークはふと、真面目な顔になる。
「大人としてな。家なしの子供がどうしてるか、気になるんだ」
「その後見人とやらの家にでも転がり込んでるんじゃないか?」
「いや、後見人とは距離を置きたい様子だったし・・・」
酒の入ったグラスを手元で遊んで、アスランはキラのことを考える。
いまごろ、どうしているか と。
「遅れたー。わりぃ」
「おせーよディアッカ」
遅れて来たディアッカに、イザークはちょうどいい と、ことの次第を話し。
「貴様、知り合いに興信所の人間がいただろう」
「調べろって? 個人情報を興味本位で調べるのはなぁ」
「興信所はそういう商売だろう」
「金は誰が出すんだよ」
「アスランだ」
「おい!」
さくさくと話を進めるイザークとディアッカに、アスランはさすがに慌てた。
あまり他人の事情に踏み込みたくない性格なのだ。
まして、あんなガキ。
「やめてくれ。もう忘れる」
「またまたー。気になってんだろ?」
隣に座ったラスティにちょっかいを出されながら、アスランはがんとして首を横に振る。
「いい。あんなガキのことは忘れる」
「やせ我慢だな」
「違う」
イザークの言葉にも、アスランは首を振る。
こんなのは、違う。
他人に興味をもつなんて、どうかしている。
自分らしくない。
「呑んで忘れる」
そう言って、アスランは普段呑まない強めの酒を注文した。
忘れることはできなかった。
記録された『FREEDOM』からのハッキング情報から所在を調べようとしたが、巧妙にブロックされていて叶わなかった。
もう、会うこともないだろう。
そう思ったときだった。
ピッ と、アスランの端末が音を上げた。
モニタに、警告が出る。
『FREEDOM』からのクラッキングを受けて以来取り付けた、対ハッキングシステムの作動を知らせるものだ。
すぐに社内コールが鳴り出す。
「いま行く」
電話を受けて一言だけで済ませ、システム管理室に向かう。
「どうだ」
すでにシステムエンジニアによる対策は始まっていたが、室内は混乱していた。
「クラッキングではありません。ただのハッキングです」
「十分犯罪だ。IPは」
「わかりません。ただ・・・」
「ただ?」
「ヤツの手口に、似ていて・・・」
ヤツ という表現だけで、ピンときた。
「代わる」
エンジニアをどかせ、端末を操作して、逆ハッキングを仕掛ける。
手口が変わり、プログラマーが代わったことに気づいたのか。
すぐに侵入が許された。
すかさず、メッセージを送る。
『どこでなにしてる』
そう問えば、相手はしばらくの沈黙の後。
『サミシイ』
それだけ言って、消える。
「なんだそれは・・・!」
ガンッ! と、アスランはキィボードを殴りつけた。
人の問いに答えず、ただそんな一言だけを残すなんて。
どうしろと言うのだ。
「逆探知!」
「詳しくはわかりません。ですが、この近くです」
「なに?」
「たぶん、ネットカフェかと」
流行のネットカフェ難民か。
「世話が焼ける・・・!!」
これだから子供は嫌なんだ。
「都内ネットカフェ全店に問い合わせろ!」
「全店、ですか?」
数え切れないほどのネットカフェが集中する都市だとは、わかっている。
「身長160センチ前後、茶髪の紫の目の子供だ!」
「知ってるんですか!?」
「いいから調べろ!」
こんな風に部下に命令するのは初めてだ。
だけど腹の虫が納まらない。
見つけ出して、その頬を殴ってやらなければ。
「俺の思考をかき乱しやがって・・・!!」
部下が慌てて問い合わせを始める中、アスランも自分の足を使うことにした。
つかまえて、叱り飛ばしてやる。
あんなガキ。
そんなわけで、今回のキラさまは「誘い受け」でございまする・・・。
おおおお。なんだこの敗北感・・・。
自分のベッドを他人に使われるのは好きではないが、仕方ない。
「女の子、ここに連れてきたことないでしょ」
「どうして」
寝室に案内してやると、不意にキラが笑った。
「色っぽい気配ないもん」
「そういうことを知ってるみたいなもの言いだな」
「知ってるよ」
「子供のくせに」
「未成年でもできるもん」
言われてみればそうだ。
「人見知りでヒキコモリなんだろ?」
「だから、一瞬のお付き合い」
「つまみ食いか。感心しないな」
「つまみ食われた方」
「・・・なに?」
ごそり とキラはベッドに入って、ひとつ大きな息をついて。
「小遣い稼ぎ。変な趣味の大人って多いもん」
背を丸めながら、キラは軽い口調で続ける。
「アスランもつまみ食ってみる?」
意外と美味しいかもよ?
なんてこと言うんだと思った。
子供のくせに、一人前に誘い方だけは知っている。
嫌な子供だ。
「俺にそんな趣味はない」
「・・・ふーん?」
曖昧に返事して、キラはそのままベッドサイドの棚を漁り出す。
「なるほど、ホテルに連れ込むタイプか」
「勝手に漁るな」
「ゴムないし」
頼むからそれ以上喋らないでくれ。
「ラブホってタイプじゃないね。ビジネスホテルは声筒抜けだし。ってことは金持ちホテルか」
「ここ3年はそういうことはしていない」
黙らせるために口を挟めば、キラは驚いた顔をして
「え? なに? 禁欲生活?」
その顔で? うっそだぁ。
確かにこの顔とフェミニストな性格なおかげで、女に苦労したことはない。
だが、最近は仕事が忙しくて、そういうことが煩わしくなっていたのが事実だ。
「じゃあ溜まってんじゃん。いいよ、抜いてあげる」
「自分でできるので結構」
「自分でやるタイプでもないよね」
ぐっ と、アスランは言葉を飲み込む。
「泊めてくれるお礼。いいじゃん」
「取引は成立しているだろう」
「キミの会社にちょっかい出すのは趣味っていうか、単にプライドの問題だし」
「プライドをかけるなら、一晩くらい安いだろう」
「固いなぁ」
「大人なんだよ」
一時の感情や遊びでそういうことをする時期はとっくに過ぎた。
女ではないのだから「自分を大切に」などと言うことはないが、相手は男。しかも子供。
アスランにそんな趣味はない。
「おまえ相手にそんな気になるか」
ガキ。
言い捨てて、アスランは寝室を後にした。
リビングで持ち帰った仕事をしていたら。
声が聞えた。
話し声ではない。
誰か泣いている?
このマンションは単身者用なので、子供はいない。だいいち、隣の声が聞えるような粗末な造りはしていない。
まさか と思い、寝室に向かう。
耳を澄ませば、確かに声はそこから響いていた。
「・・・キラ?」
そっとドアを開けると、キラが眠りながら泣いていた。
声を押し殺して。
「泣き方ひとつ知らないのか、このガキは・・・」
なんとなく、その涙を指で拭ってやる。
すると、眠っているキラの手がそっと伸びて。
アスランの手を捕まえる。
「・・・っ!」
引きかけた手を、キラがぐっと力を込めて引き戻す。
起きているのかと思ったが、そうではない。
そのままアスランの手をきゅっと掴んで、すうすうと穏やかな寝息を立て始めた。
「まったく。本当に子供じゃないか・・・」
誰かの手に安心して眠るなんて。
仕事は、粗方終わった。
風呂には入っていないが、朝入ればいい。
仕方なく、アスランはキラの横に滑り込んで。
子供が泣かないように、そっと抱き込んでやって。
そのまま眠った。
いつもの時間にアスランが目を覚ますと、もうキラの姿はなかった。
畳まれた、貸した着替えと、一枚のメモがリビングのソファにあった。
『あったかかった。ありがとう』
それだけ残して、キラは姿を消した。
それからはいつもの日常。
『FREEDOM』からのクラッキングを受けることもなく、至極平和な日々。
それがふと、寂しくなったことに、アスランが気づいたのは1ヶ月経ってからだった。
「子供を泊めた?」
大学時代の友人との呑み会。
その席で、ふとアスランが零した言葉を、イザークは聞き逃さなかった。
「酔狂なことだな。貴様らしくない」
「俺もそう思う」
キラがクラッカーだということはふせて話せば
「つまみ食えばよかったじゃん」
などど言うのはラスティだ。
「子供だぞ? 男だぞ?」
「顔は?」
「かわいいほうだな」
「ほんじゃ問題なしー」
こういうやつだと知ってはいたが。
「年はいくつだ」
「18と言ってたが、怪しいところだな。年の割りに小さかった」
「小さい?」
「160そこそこだったぞ」
「小さいな」
イザークはふと、真面目な顔になる。
「大人としてな。家なしの子供がどうしてるか、気になるんだ」
「その後見人とやらの家にでも転がり込んでるんじゃないか?」
「いや、後見人とは距離を置きたい様子だったし・・・」
酒の入ったグラスを手元で遊んで、アスランはキラのことを考える。
いまごろ、どうしているか と。
「遅れたー。わりぃ」
「おせーよディアッカ」
遅れて来たディアッカに、イザークはちょうどいい と、ことの次第を話し。
「貴様、知り合いに興信所の人間がいただろう」
「調べろって? 個人情報を興味本位で調べるのはなぁ」
「興信所はそういう商売だろう」
「金は誰が出すんだよ」
「アスランだ」
「おい!」
さくさくと話を進めるイザークとディアッカに、アスランはさすがに慌てた。
あまり他人の事情に踏み込みたくない性格なのだ。
まして、あんなガキ。
「やめてくれ。もう忘れる」
「またまたー。気になってんだろ?」
隣に座ったラスティにちょっかいを出されながら、アスランはがんとして首を横に振る。
「いい。あんなガキのことは忘れる」
「やせ我慢だな」
「違う」
イザークの言葉にも、アスランは首を振る。
こんなのは、違う。
他人に興味をもつなんて、どうかしている。
自分らしくない。
「呑んで忘れる」
そう言って、アスランは普段呑まない強めの酒を注文した。
忘れることはできなかった。
記録された『FREEDOM』からのハッキング情報から所在を調べようとしたが、巧妙にブロックされていて叶わなかった。
もう、会うこともないだろう。
そう思ったときだった。
ピッ と、アスランの端末が音を上げた。
モニタに、警告が出る。
『FREEDOM』からのクラッキングを受けて以来取り付けた、対ハッキングシステムの作動を知らせるものだ。
すぐに社内コールが鳴り出す。
「いま行く」
電話を受けて一言だけで済ませ、システム管理室に向かう。
「どうだ」
すでにシステムエンジニアによる対策は始まっていたが、室内は混乱していた。
「クラッキングではありません。ただのハッキングです」
「十分犯罪だ。IPは」
「わかりません。ただ・・・」
「ただ?」
「ヤツの手口に、似ていて・・・」
ヤツ という表現だけで、ピンときた。
「代わる」
エンジニアをどかせ、端末を操作して、逆ハッキングを仕掛ける。
手口が変わり、プログラマーが代わったことに気づいたのか。
すぐに侵入が許された。
すかさず、メッセージを送る。
『どこでなにしてる』
そう問えば、相手はしばらくの沈黙の後。
『サミシイ』
それだけ言って、消える。
「なんだそれは・・・!」
ガンッ! と、アスランはキィボードを殴りつけた。
人の問いに答えず、ただそんな一言だけを残すなんて。
どうしろと言うのだ。
「逆探知!」
「詳しくはわかりません。ですが、この近くです」
「なに?」
「たぶん、ネットカフェかと」
流行のネットカフェ難民か。
「世話が焼ける・・・!!」
これだから子供は嫌なんだ。
「都内ネットカフェ全店に問い合わせろ!」
「全店、ですか?」
数え切れないほどのネットカフェが集中する都市だとは、わかっている。
「身長160センチ前後、茶髪の紫の目の子供だ!」
「知ってるんですか!?」
「いいから調べろ!」
こんな風に部下に命令するのは初めてだ。
だけど腹の虫が納まらない。
見つけ出して、その頬を殴ってやらなければ。
「俺の思考をかき乱しやがって・・・!!」
部下が慌てて問い合わせを始める中、アスランも自分の足を使うことにした。
つかまえて、叱り飛ばしてやる。
あんなガキ。
そんなわけで、今回のキラさまは「誘い受け」でございまする・・・。
おおおお。なんだこの敗北感・・・。