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「明治の奇跡」が再び未来を拓く。

2016年07月31日 | 日本・国士
平成28年7月31日(日)

 明治天皇は、
 嘉永五年(一八五二年)十一月三日にお生まれになり、
 明治四十五年(一九一二年)七月三十日に崩御された。

 その崩御されてから百四年を経た七月三十日の午後二時より、
 明治天皇の御創建による靖国神社で、
 「明治という奇跡」(皿木喜久著、展転社)の出版を祝い
 「明治の日」の制定を目指す集会が開かれた。
 主催者を代表して「明治の日」制定を目指す会会長の
 塚本三郎元民社党委員長が挨拶し、 
 私が乾杯の音頭をとった。
 私は、乾杯に先立って次の通り挨拶させていただいた。

 万葉集の第一巻冒頭の歌は、
 「泊瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)に
 天の下しらしめしし天皇(すめらみこと)の御世(みよ)」
 に詠まれたと記されている。
 「明治の奇跡」とは、
 初めて圧倒的な欧米列強の影響を受けながらも、
 日本人が万葉時代の日本人と同様に、
 「天の下しらしめしし天皇の御世」に生きる国民であるという伝統
 即ち国体を確保したことである。
 この明治のお陰で、
 現在の我々も万葉時代と同じ
 「天の下しらしめしし天皇の御世」に生きている。
 もし、明治がこの国体を確保し得なかったら、
 我が国は、日清日露の国難を克服することはできず、
 今ここにいる我々は、日本人として生まれていない。
 そして、この明治を甦らせ明治の精神と理想を以て
 国を再び興そうと国民に宣言されたのが、
 昭和二十一年一月一日に、「新日本建設の詔書」を発せられた
 昭和天皇である。
 我が国の戦前と戦後に断絶はなく、明治から昭和そして現在は連続している。
 従って、
 昭和天皇のお誕生日である「昭和の日」とともに
 明治天皇のお誕生日である「明治の日」が、祝い続けられねばならない。
 最後に、
 皿木さんの「明治という奇跡」という著書の素晴らしいところは、
 外国で伊藤博文が外国人から憲法のあり方を学んでいたころに、
 国内で井上毅が、如何に真剣に「古事記」などの我が国の古典に取り組み、
 我が国の歴史に脈々と流れている国のあり方即ち国体を研究したうえで、
 大日本帝国憲法を起草したのかに重点をおいていることである。
 それ故、今日の「明治という奇跡」の出版を一番喜んでいるのは、
 在天の井上毅であろう。
 さて、皿木喜久さんと私は、
 学生時代に大文字山の麓にある同じ寮に住んでいた。
 左翼が猖獗を極めていたあの頃の京都大学文学部から
 「明治という奇跡」を書く者が出たことは「皿木喜久の奇跡」である。

 以上が私の話したことであったが、
 著者の皿木喜久さんが、昨日挨拶で強調していたことは、
 「大日本帝国憲法」は過去のものではないということであり、
 「大日本帝国憲法」に現れている世界に誇るべき日本の叡智と伝統である。
  本書にも次のように書かれている(81ページ)。
 「欧米列強に対抗するために
 その文化、制度を取り入れるのは止むを得なかった当時の状況で、
 憲法の中に色濃く日本の伝統を残すことができたのは、奇跡的とも言えた」




西村眞悟の時事通信より。



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