真昼の月

創作?現実? ちょっとHな虚実不明のお話です。
女の子の本音・・・覗いてみませんか?

Heaven's Gate

2006-05-23 02:29:15 | オリジナル小説
”桜井沙織”・・・名前だけが記号のように木霊し、塾長と桜井氏の会話にもただ機械的に相槌を打つ。
きっと僕は、さぞかしボーッとした、頼りない講師に見えた事だろう。
かろうじて、彼女を凝視せず、視線を成績表に集中する事が、僕にできる精一杯の偽装工作だったのだ。

結局その日は挨拶だけと言う事で、桜井氏とそのご令嬢(なんだか自分で言いながら笑ってしまうが)は、塾を後にした。
「ふぅ、政治家ってヤツは相手するのも気を使うよ、君ぃ。」
うんざりと言った風情で、妙に親しげに僕に同意を求めてくる塾長に、
「は、はぁ、そうですね。。。 桜井さん、政治家なんですか。」と返す。
「なんだ、君は公務員のご子息なのに、桜井氏も知らんのかね。 桜井範和と言えば、次期大臣の呼び声も高い民自党の大物じゃないかね。 昨年先ほどの沙織さんのお母上と結婚されて、資金面でも万全となった事だし、今一番勢いのある議員じゃないか。少しはニュースも見たまえ。」
僕は正直バカでは無いと思うが、あまり政治や経済に明るい方では無い。ましてやゴシップなら尚更だ。
「沙織さん、桜井さんの実の娘さんじゃないんですか?」
「ん? あぁ、そうなんだよ。沙織さんの母上は、あの西崎グループ会長のお嬢さんでね、一度は会長の部下と結婚して沙織さんが産まれたわけだが、ご主人を亡くされて、で、桜井氏と再婚となったわけだ。」
「はぁ、そうなんですか。」

相変わらず茫洋とした返事しか返せない僕を残し、塾長は妙に忙しげな顔で立ち去ってしまった。
どうやらこの塾にとって、桜井沙織が入塾するというのは大事らしい。
それだけ桜井氏と西崎グループの力が大きいという事か。
それも当然だ。桜井氏を知らない僕でも、西崎グループぐらいは良く知っている。
知っているといよりも、当初は単なる工業機械のメーカーだった西崎工業だが、巨大コングロマリットと化している現在の西崎グループは、日用品からIT、株、海外支援事業、人材育成から、当初からの工業製品まで、ありとあらゆるジャンルに手を伸ばし、ことごとく成功を遂げている、日本、いや、世界でも有数の大企業なのだ。嫌でも覚えてしまう名だ。

それにしても・・・そんな家の出身の母親と、政治家の父親を持つ深窓の令嬢が、本当に彼女なのか?
急に自信が無くなってきた。

だって、僕が知ってる彼女は、そんな手の届かない「違う世界」の人では無くて、ちゃんと体温があり、手を延ばせばそこにちゃんと存在する人間だったのだ。
もしかしたら他人の空似? にしては似すぎている。。
態度や服装は全く違ったけれど、どこかで僕は思っていた。
”僕が彼女を見間違えるはずが無い”と。。。