今日も晴れてる大阪市内
気温も高めで お日様タップリ 散歩行きたい
ちびまゆこさん こた母さん コメントありがとうございます
ちびまゆこさん そうなんですよね 名前はいかついんやけど神社の空気感たっぷりで落ち着いた所です ニャンコ人を怖がってなかったのでチュール持ってきたら良かった~って思ってました(*´▽`*) ひとつひとつに
歴史があるっていいですよね 勉強になりました ホントイヤなニュースばっか・・・お参りでも「戦争を止めて下さい」って祈ってました
こた母さん そうなんですよ 由緒ある神社さんなんです 梅のお礼を言いたい?律儀な(≧◇≦) きっと喜んではると思います 「闘鶏」は昔は良く会った「行事」らしいです 熊野水軍は歴史のTVで良くでて来ますよね
1200年 想像もつかんよね なんか感慨深いです
何の進展も無いうえに 原発の心配もでて来ましたね
もしも 放射能がもれたら どうなるか
被害がどれほどのものになるか 考えただけでも恐ろしい・・・・
頭のオカシイ主導者がいると 簡単に世の中がこんな事になってしまうとは・・・・
「平和」は無くなってしまうんかなぁ
闘鶏神社
当社はこの地の産土の神として、古来より長きにわたり人々から崇敬されてきました。
神功皇后が三韓を征しての帰途、この有田広村にも行幸されたというご縁があり、欽明きんめい天皇(6世紀中頃在位)の御代に、河内国誉田こんだ八幡宮より勧請されたと言い伝えられています。
『紀伊続風土記』によれば、室町時代初期(応永年間)、梅本覚言うめもとかくごんという土豪が現在地に遷宮したとの記録がありますが、定かではありません。
天正年間には豊臣氏の紀州征伐により一部焼失しましたが、江戸時代には紀州徳川家の手厚い保護を受け、次第に興隆していきます。
御祭神は
本殿
應神おうじん天皇(誉田別命ほんだわけのみこと)
神功じんぐう皇后(気長足姫命おきながたらしひめのみこと)
仲哀ちゅうあい天皇(足仲津彦命たらしなかつひこのみこと)
若宮社
仁徳にんとく天皇(大鷦鷯命おおさざきのみこと)
高良社
武内宿祢たけのうちのすくね
天神社
菅原道真すがわらのみちざね となっています
又 安政元年(1854)の津波の際、濱口梧陵が稲むらに火を放ち、村人たちを一時避難させた、高台にある神社です。6世紀、欽明天皇の時代に河内国誉田八幡宮から勧請されたと伝承。室町時代に造営された檜皮葺き三間社流造の本殿をはじめ、6棟の国指定重要文化財を有しています。現在も津波避難場所に指定されていて、平成25年(2013)には津波避難施設が設けられました。毎年11月5日、「世界津波の日」に広川町で開催されている「津浪祭」の式典後には、広八幡神社への避難訓練も行われています。
地域に根付いた神社さんですね
ヘタな写真なので 申し訳ないですが 「ザ・神社」な感じです
こちらの神主さんにも 色々ご説明をして頂きました
また 巫女さんは娘さんで 御朱印を書かれたりしています
アットホームな感じで 終始 ニコニコお話されてて和みました
こちらも広く 摂社もありますので しっかり参拝するのなら 1時間以上はかかるかな と思います
お守りとかお札も沢山あって選ぶのは悩むかな と
ちなみに こちらには 初めて参拝させて頂きました
いい神社さんです
道路沿いには スイセンが道なりに咲いていました 和みます
気温も高めで お日様タップリ 散歩行きたい
ちびまゆこさん こた母さん コメントありがとうございます
ちびまゆこさん そうなんですよね 名前はいかついんやけど神社の空気感たっぷりで落ち着いた所です ニャンコ人を怖がってなかったのでチュール持ってきたら良かった~って思ってました(*´▽`*) ひとつひとつに
歴史があるっていいですよね 勉強になりました ホントイヤなニュースばっか・・・お参りでも「戦争を止めて下さい」って祈ってました
こた母さん そうなんですよ 由緒ある神社さんなんです 梅のお礼を言いたい?律儀な(≧◇≦) きっと喜んではると思います 「闘鶏」は昔は良く会った「行事」らしいです 熊野水軍は歴史のTVで良くでて来ますよね
1200年 想像もつかんよね なんか感慨深いです
何の進展も無いうえに 原発の心配もでて来ましたね
もしも 放射能がもれたら どうなるか
被害がどれほどのものになるか 考えただけでも恐ろしい・・・・
頭のオカシイ主導者がいると 簡単に世の中がこんな事になってしまうとは・・・・
「平和」は無くなってしまうんかなぁ
闘鶏神社
当社はこの地の産土の神として、古来より長きにわたり人々から崇敬されてきました。
神功皇后が三韓を征しての帰途、この有田広村にも行幸されたというご縁があり、欽明きんめい天皇(6世紀中頃在位)の御代に、河内国誉田こんだ八幡宮より勧請されたと言い伝えられています。
『紀伊続風土記』によれば、室町時代初期(応永年間)、梅本覚言うめもとかくごんという土豪が現在地に遷宮したとの記録がありますが、定かではありません。
天正年間には豊臣氏の紀州征伐により一部焼失しましたが、江戸時代には紀州徳川家の手厚い保護を受け、次第に興隆していきます。
御祭神は
本殿
應神おうじん天皇(誉田別命ほんだわけのみこと)
神功じんぐう皇后(気長足姫命おきながたらしひめのみこと)
仲哀ちゅうあい天皇(足仲津彦命たらしなかつひこのみこと)
若宮社
仁徳にんとく天皇(大鷦鷯命おおさざきのみこと)
高良社
武内宿祢たけのうちのすくね
天神社
菅原道真すがわらのみちざね となっています
又 安政元年(1854)の津波の際、濱口梧陵が稲むらに火を放ち、村人たちを一時避難させた、高台にある神社です。6世紀、欽明天皇の時代に河内国誉田八幡宮から勧請されたと伝承。室町時代に造営された檜皮葺き三間社流造の本殿をはじめ、6棟の国指定重要文化財を有しています。現在も津波避難場所に指定されていて、平成25年(2013)には津波避難施設が設けられました。毎年11月5日、「世界津波の日」に広川町で開催されている「津浪祭」の式典後には、広八幡神社への避難訓練も行われています。
地域に根付いた神社さんですね
ヘタな写真なので 申し訳ないですが 「ザ・神社」な感じです
こちらの神主さんにも 色々ご説明をして頂きました
また 巫女さんは娘さんで 御朱印を書かれたりしています
アットホームな感じで 終始 ニコニコお話されてて和みました
こちらも広く 摂社もありますので しっかり参拝するのなら 1時間以上はかかるかな と思います
お守りとかお札も沢山あって選ぶのは悩むかな と
ちなみに こちらには 初めて参拝させて頂きました
いい神社さんです
道路沿いには スイセンが道なりに咲いていました 和みます
安政元年の津波の時は、避難場所に!
こういう神社が地元にあると、安心ね。
神社の朱色って、凄く好きなの。
落ち着く色だわ。
娘さんが巫女さんってのも、アットホームで
いいね♪
日本水仙も綺麗♪
プーチンも酷いけど、軍もいいなりで、
民間人を攻撃するのは、どうかと思う。
誰も、疑問に思わないのかな~。
反旗を翻せ!
ご家族でしっかり守っている地域密着型の
神社なんですね~
「ザ・神社」って感じが鮮やかな朱色から
伝わってきます♪
初詣とかは地元の方でにぎわいそうですね!
母さんの書いてくれたおまつりされている
神様の中で聞いたことがあるのが仁徳天皇と
菅原道真だけなので、自分の博識のなさを
反省しました(^^;)
連日テレビからはいやな映像ばかり流れて
くるので、母さんの神社の写真がなごみます~
ありがとうございます(^^)