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極私的日々忘備録ーみたものきいたものよんだもの

大岡昇平「幼年」「少年」

2005-08-01 00:15:08 | Books
タイトルの通り大岡昇平の幼年期から少年期にかけての回想録である。特徴的なのは自らの成長を描くにあたって、彼が住んでいた渋谷の街の風景やその変遷の描写に重きをおき、その風景の中におかれた、自分を含めた同級生や家族といった人々の姿を浮かび上がらせようとしている点だ。そういう意味では、一人称であるが三人称的なまなざしがある。描かれている時期はちょうど大正年間にあたり、幼少期は現在の東横線渋谷駅脇の渋谷川沿い、小学校の途中から現在の宇田川町交番そば、そして小学校高学年以降は松濤の鍋島公園そば、と現在の渋谷のど真ん中で過ごしてきただけあって、渋谷の街の変遷がきわめてミクロにいきいきと明晰な文体で描かれており、それだけでも地域資料としてきわめて高い価値があろう。また、同時代の文学として描かれる漱石や芥川作品といった読書体験の記述は、それらの作品がリアルタイムではどう受け止められていたのかがわかり興味深い。関東大震災や大杉栄殺害事件の記述も然り。そして、宇田川や渋谷川、神泉松濤の小川といった、渋谷を流れていた清冽な水や郊外の風景の描写が幾度となく詳細に出てくるのも印象的だ。(そもそもこれ目当てで読んだのだが)
そんな「幼年」「少年」だが、現在残念なことに絶版となっている。この間も田山花袋の名エッセイ「東京の三十年」を読もうとしたら絶版だった。なんだかなあ。。。