と、よく思う。こんなありふれた本名なんかじゃなくて。
ありふれてるだけならまだしも、似たような名前で
高名な方が何人もいらっしゃる。
そしてよく、名前だけで間違えられる。
あるお宅にお呼ばれしたとき、初対面の別の方もいらしてた。
私より10歳くらい年配の女性だった。
いかにも、「私は何でも知ってるのよ」という、上から目線の人だった。
「あなたの書く詩は、けっこう官能的なんだけどあっさりしてるわね。
女々しくなくていいと、あたしは思うわよ」
初対面の挨拶もそこそこにそう言われた。
詩? 詩なんか私、どこかに書いた?
で、ふと気づいた。
「もしかして、作詞家の山口洋子さんのことをおっしゃってるのでしょうか?」
「あら、違うの? あの方がみえるんだとばかり思ってたわ」
なんだ、つまらない、という顔で、その女性はそれっきり
そっぽを向いた。私も、相手の機嫌をとって話しかける気もなく、
なんとなくいやな空気だけが残った。
先日は、横浜の某商店街ツアーに参加した。
ツアーが終わり、町内のコミュニティーセンターで
商店主さんの講話を聞かせていただく段になった。
と、そのツアーの世話役と、ゲストに呼ばれた商店主が、
私の方を見て何やらこそこそ話している。
講話が終わると、商店主は昂揚した面持ちで私のそばへ
やってきた。
「いやあ、さっき教えもらったんですが、高名な作家の方に、
うちの町にいらしていただいて光栄です」
いや、私、さほど高名では……と戸惑いつつも、一応、作家
なもんだから、
「いえ、こちらこそ、このツアーは毎回、楽しませていただいております」
と応じた。すると相手が続けて、
「前に読ませていただいたんですよ、『大地の子』とか」
「すみません、私は違います。それは山崎豊子さんという大作家です」
「え? あれ、違うんですか? あらら、そう聞かされたもんだから」
口の中でごにょごにょと言い訳しながら、その人は離れていった。
この人にでたらめを教えたツアーの世話役さんとは、前にも
「まちおこし」のことで呼ばれて話をしたことがある。
思うに、その時は、「作家」ということで女の人が来たなあ、
という認識しかなかったのだろう。
この日、再度、私の顔を見て、「そういえばそんな名前の有名な
作家がいたなあ」と思い出し、ゲストの商店主に囁いたのだ。
高名な山崎豊子さんかと思われることはつどつどあり、そのたびに
相手が、がっかりする顔を見せられた。
これがいやだ。
だって、私は何も悪いことをしてない。たまたま名前が似てただけだ。
向こうが勝手に間違えただけじゃないか、と思いはしても、
相手の顔から「あの凄い小説を書いた人と口をきいてる」という
高揚感が、みるみる消えていく様を、こっちは見せられる。
自分が相手をがっかりさせたと知るのは、ほんとうに辛いものだ。
私は決して有名人の名をかたったりしてないのに、そうしたかのような
罪悪感を、その瞬間、抱かされる。
落ち込み、やがて怒りが湧いてくる。何も罪のない私が、
なんでこんな罪悪感を持たされなきゃいけないの?
商店街ツアーの時は、怒りがじわじわと湧いてきた時、
ちょうどその商店主が近くを通りかかったので、
「申しわけありませんねえ、高名な作家の方じゃなくて」
と、嫌みを言ってやった。
そしたら、相手が、顔の前でぱたぱたと手を振って言った。
「いえいえ、いいんですよ、気にしないでください」
気にするべきだったの? 申し訳ないと思うべきだったの?
よけい傷ついた。言わなきゃよかった……。
そして昨夜は、ある方に、自家製のお総菜をいろいろ並べた
カウンターの小料理屋へ連れて行っていただいた。
あとから40歳くらいの、常連らしき男女が入って来て
カウンターに座った。
私はこの店に前も来たことがあり、女将さんも覚えてて
くださったので、横浜の昔話など聞きながら楽しく呑んでいた。
そしてトイレに行くために中座した。
戻ってくると、私の連れが、あとから来た男女を指して言った。
「いまね、この方達に、あなたのことを話したんです。
そしたら、よくご存知でしたよ!」
ああ、余計なことを……と、いやな予感にかられながらも、
「ありがとうございます」と愛想笑いを返した。
すると女性の方が言った。
「知ってますよ、だって私、映画も観たもん。サンダカン八番ナントカ……」
「ああ……、申しわけありません。私は山崎朋子さんじゃないんです」
「え? そうだと思ったのに! あら、じゃあ、知らないわ、あたし」
楽しかった一日が、これでだいなしになった。
他にも同性同名、字が一字違うだけ、という作家が複数おられる。
まったく分野が違うのに、講演の時など、著書を並べてくださったのは
いいが、別人が混ざっていることもあった。
その方達も、いやな思いをさなってないといいが……。
最近、姓名判断を研究しているという人と知り合った。
その方は私の名前を観て、力強くおっしゃった。
「あなた、これは最高の名前ですよ。人生、順風満帆。
破竹の勢いで進める名前です!」
過去を振り返っても、現在を見ても、未来を想像しても、
それは完全に外れてると思う。
姓名判断は画数で観るようだが、名前と同じで、類似の画数と間違えて
おられるのだろう。
浜辺で貝殻拾いしていたいなあ、一日中……。
