おざわようこの後遺症と伴走する日々のつぶやき-多剤併用大量処方された向精神薬の山から再生しつつあるひとの視座から-

大学時代の難治性うつ病診断から這い上がり、減薬に取り組み、元気になろうとしつつあるひと(硝子の??30代)のつぶやきです

修士論文+α備忘録3 -DSMと薬物中心療法への疑問-

2023-08-07 06:56:38 | 日記
精神医療の現場において世界共通の基準を導入することが合理的とされる風潮があるが、本当にそうであろうか。
確かに人間本性の同一性という観点からは合理的であろう。
しかし、私は、人間とは「とき」と「ところ」に依っても規定されると考えるので、世界共通の基準を導入することに疑問を感じる。
日本の精神医療の現場においては、米国の診断基準であるDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 精神障害の診断と統計マニュアル)を導入し、いまだに薬物療法が中心と言わざるを得ない状況である。
断薬や減薬の方法を確立していないのだから、と、私は体験から、しみじみと思う。
その薬物も、同じく米国の製薬会社アップジョンが1982年に開発、承認を受けたトリアゾラム、1856年にイギリスで開発され、スイスのガイギーが改良・製品化した三環系抗うつ薬、イギリスのグラクソ・スミスクラインで開発されたSSRI(1991年にイギリスでセロキサット、1992年に米国ではパキシルの商品名で市場に出た。)と欧米発のものが多くを占める。
日本では、2000年あたりから、パキシルのマーケティングのために軽症のうつ病を説明する「心の風邪」という言葉が用いられた、が、これはいわゆる肺病(≒肺結核)を極度に怖れる日本人の歴史的に培われた価値観とそれに基づく心理を利用している、と私は、考える。
つまり、「風邪もこじらせれば肺病になる」と暗に直に心理的に脅すような実に巧みなマーケティングであると、私は、感じていた、し、いる。
厚生労働省による心療内科の標榜の話など診断&薬物療法バブルに到るまでにはさまざまな要因があるが、ここでは省こう。

修論を出した時期とかなりの減薬(≒断薬や減薬)の時期が被る。それからは、後遺症と闘いながら色々とやっている。その初めの修論から5年以上が経過した。これからも修士論文+α備忘録というかたちも日記として描いていきたい。
ここまで読んでくださりありがとうございます。今日も頑張りすぎず、頑張りたいです。では、また、次回。