【原発についてのリアルな思い出】
その一。
大学生のとき、有名な反原発ジャーナリスト・広瀬隆さんの講演を聞いた。
そのとき広瀬さんは、会場にいた原子力工学科の学生に聞いた。
「原発がそんなに安全だと言うなら、
新宿に原発を作ったらどうですか?
それができないというのは、
地方の人間を差別しているんですよ」と。
学生は、最後まで差別を否定していたが……。
このとき私は、疑問に思っていたことを質問した。
「原発をなくしたら、電力が不足するのでは?」
「そんなことはありません。みなさんは、
政府からそのように思い込まされているんですよ」
そのときのやり取りが、ずっと私の中に留まって
現在に至っている。
その二。
やはり大学生のとき、友人と原発について議論になった。
彼は純粋な人で、のちに市民運動にも関わるようになった。
その彼が言った。
「市民が団結して反対すれば、原発は止められる!」と。
私は言った。
「原発は『儲かる』仕組みになっている。その構造が変わらない限り、
おそらく止まることはないだろう」と。
彼は、「そんなことはない!」と
感情的に強く反論した。
私はさらに言った。
「考えたくはないが、もし止まるとしたら、
事故が起きて大惨事になったときかもしれない」と。
そのような私に、ますます彼は感情をあらわにし、
理想主義的な姿勢を崩さなかった。
そんな彼も、2年前にガンで亡くなった。
彼が今回の惨事を知ったら、
どんな気持ちになっただろうか……。
その三。
10年くらいまえ、ある人の付き添いで、
刈羽原発の近くのホテルに泊まった。
その人には盲導犬がいて、
ホテルはそれを理由に、
ホテル内のレストランで食事を拒否した。
「この人は、東京電力の招きで刈羽原発の人たちに
講演に来たのだ」とホテル側に伝えた。
あっという間に、
「どうぞレストランにいらしてください」
となった。
東電の影響力はすごいと実感した。
その一。
大学生のとき、有名な反原発ジャーナリスト・広瀬隆さんの講演を聞いた。
そのとき広瀬さんは、会場にいた原子力工学科の学生に聞いた。
「原発がそんなに安全だと言うなら、
新宿に原発を作ったらどうですか?
それができないというのは、
地方の人間を差別しているんですよ」と。
学生は、最後まで差別を否定していたが……。
このとき私は、疑問に思っていたことを質問した。
「原発をなくしたら、電力が不足するのでは?」
「そんなことはありません。みなさんは、
政府からそのように思い込まされているんですよ」
そのときのやり取りが、ずっと私の中に留まって
現在に至っている。
その二。
やはり大学生のとき、友人と原発について議論になった。
彼は純粋な人で、のちに市民運動にも関わるようになった。
その彼が言った。
「市民が団結して反対すれば、原発は止められる!」と。
私は言った。
「原発は『儲かる』仕組みになっている。その構造が変わらない限り、
おそらく止まることはないだろう」と。
彼は、「そんなことはない!」と
感情的に強く反論した。
私はさらに言った。
「考えたくはないが、もし止まるとしたら、
事故が起きて大惨事になったときかもしれない」と。
そのような私に、ますます彼は感情をあらわにし、
理想主義的な姿勢を崩さなかった。
そんな彼も、2年前にガンで亡くなった。
彼が今回の惨事を知ったら、
どんな気持ちになっただろうか……。
その三。
10年くらいまえ、ある人の付き添いで、
刈羽原発の近くのホテルに泊まった。
その人には盲導犬がいて、
ホテルはそれを理由に、
ホテル内のレストランで食事を拒否した。
「この人は、東京電力の招きで刈羽原発の人たちに
講演に来たのだ」とホテル側に伝えた。
あっという間に、
「どうぞレストランにいらしてください」
となった。
東電の影響力はすごいと実感した。