悪常 のお、賭時。海は歴史を見つめていたであろうか?
賭時 ハァ、その様に存じますが……。
悪常 屁異家の連中が、何やら叫んでおるのお。
賭時 リメンバー屋島と口々に叫んでおるようでございます。
悪常 ハハハ。今回の屋島の奇襲が余程悔しかったのであろう。その上に、与一の手柄で大恥をかかされて、恥の上塗りじゃ。地団太を踏んでいるのであろう。所詮、負け犬の遠吠えよ。
賭時 我が連合艦隊の実力を、壇ノ浦の決戦で思い知らせてやりましょうぞ。短期決戦あるのみ。屁異家一族も周防灘の海の藻屑と消え果ることでございましょう。
悪常 しかし、戦を始めるのは難しいが、終わらせるのはもっと難しいのお(腕を組み格好をつけて)。
賭時 御大将、それは連合艦隊司令長官、山本五十六の台詞でございますが……。
悪常 おお、そうか。ちょっとオリジナリティがなかったのお。戦争映画の見すぎかのお。しかし、日本の映画界も「二百三高地」の「連合艦隊」のと、軍国主義発揚に協力しすぎじゃのお。あれを反戦映画という頓珍漢もおるが……そのうち、この元屁異合戦も映画になって、軍国主義発揚に利用されるやも知れん。
賭時 御大将の言葉は歴史に残るのでございますから、一語一語注意して喋ってもらいませんと……。
悪常 そうじゃな……歴史に名を残すというのは、しんどいことじゃのお。わしも与一のように百姓でもして、静とひっそりと楽しい家庭を持ちたいと思うこともあるのよ。
賭時 御大将が、そのようなマイホーム主義のサラリーマンのようなことを申されては、我が軍の士気に影響致しますぞ。
悪常 しかし、戦に勝てば勝ったで、鎌倉の兄に疎まれる。わしはどうすればよいのじゃ。このような戦は、政治が悪いからか。時代が悪かったと諦めねばならぬのか……まあ、そんな感傷も振り捨てて、ただ戦に勝ち抜くしか、わしが生き抜く道がないのはわかっておるが……。
賭時 それが軍人の定めと存じますが……。
悪常 しかし、そのような潔さ、諦めの良さを美徳と考えるのが、我が民族の欠点ではないのかのお。自分の生活を大切にすることをマイホーム主義と一律に否定するのは誤っているのではないのか。任務や仕事にひたすら忠実であることを求める国家や企業が、自己を大切にしよう、自分の生活を大切にしようという考えをマイホーム主義と否定的に呼ばせているのではないだろうか……わしも、兄上のように政治家としての才を持って生まれたかったのお。
賭時 そのように気の弱いことを申されますな。
悪常 しかし、いくら軍人が頑張ったとて、最後に民を掌握するのは政治家ではないか。
賭時 そうでございませんと、シビリアンコントロールが保てませんからでございます。
悪常 ホー! シビリアンコントロールか。そちにしては、なかなか洒落た言葉を知っておるではないか。わしは、兄上にコントロールされるだけの存在でしかないのか。結局、兄上がええとこ取りをされるのじゃ。
賭時 シビリアンコントロールが崩れてしまいますと、ファシズムになってしまいます。
悪常 やはり、お前は兄上の家来じゃのお。ファシズムでも何でもよい。わしは、天下をこの手に握ってみたい。
賭時 そのようなことを申されては、鎌倉殿が……。
悪常 その方が、兄上に告げ口いたすのか。
賭時 いえ、滅相もございません。ただ、あまり不穏当なことは口になさらぬ方が……。
悪常 思ったことを口にして、何が悪いのじゃ。今は言論の自由、民主主義の世の中ではないか。
賭時 それは、あくまで建前でございますから。
悪常 建前、建前。ああ、嫌じゃのお(嘆息するように)。本音で生きる生き方がしたいわ。
賭時 そのような御大将の気性が、政治家には不向きなのではございませんか?
悪常 そうじゃのお。わしもそれはわかっておる。政治家は建前だけの人間じゃからのお……この戦が終われば、大陸へ渡って馬賊の首領にでもなって、思い切り大草原を駆け回るか。それも一興じゃのお……(思いついたように)賭時、名誉とは何であろう?
賭時 名誉でございますか?
悪常 与一は、今日の手柄を名誉と感じているのかのお……。
賭時 それは、そう思いますが……。
悪常 何かに勝つとは、どういうことかのお……。
賭時 さて、私めのようにギャンブル好きの者にとっては、ただ勝つという快感が堪りませんが。
悪常 果たして、与一もそうであろうか?……弓を射る瞬間に、己が元氏の栄誉を代表しているという気負いがあったのであろうか……酒を飲みながら、あのようなことを、いとも簡単にやってのける人間とは、どういう人間であろう……。
賭時 やはり、手柄を立てたい、名誉を得たいという気持ちがあったろうと存じますが……ただまあ、与一の場合は名人としか言いようがございませんが……。
悪常 扇の的を射落とすことが、それほど大事なことかのお…。
賭時 それは、そういう状況で、そうすることが最善のことであれば…。
悪常 そもそも、元屁異の合戦は、それほど大切なことかのお…。
賭時 (驚いて)御大将、何を申されます!
悪常 屁異家の天下が、元氏の天下に変ったとして、それにどんな意味があるというのじゃ…。
賭時 御大将…(絶句)。
悪常 この戦が無ければ、この瀬戸内の海賊や漁師たちは、平和な生活を坦々と送っていたであろうとおもうのじゃ。
賭時 そのようなことを、いちいち気にしておりましたら、戦などできませぬ。もともと民とは無知蒙昧な者どもの群にすぎません。天下を動かすのは、英雄であり、限られたエリートでございますぞ。
悪常 しかし、古臭い英雄史観、鼻持ちならぬエリート主義じゃのお。
賭時 そう言われましても、御大将もエリートの一人ではございませんか。
悪常 そんなことは分かっておるわ…お主もマルクス主義ぐらいは、一応学習しておけ。そうでないと、まったく保守的な軍国主義者になってしまうぞ。今の人民支配は、もっとスマートに狡猾にやらねばならぬのじゃ…わしは、軍事の才に長けておるために、今このように屁異家追討の大将をしておる。しかし、何故わしが、静との平和な生活を望んではならんのじゃ。何故、歴史に名を残さねばならんのじゃ。
賭時 歴史に名を残すことこそ、名誉と存じますが。
悪常 この戦で死に逝く者たちは、何のために死んでいくのであろう…歴史に名も残さずに…わしは、元氏の子に生まれなかった方が良かったのではないかと思ったりするのじゃ。
賭時 しかし、我が元氏こそが選ばれた民ではございませんか…?
悪常 それも、古臭い選民思想じゃのお。ヒットラーのユダヤ民族虐殺も、我が天皇制の大東亜共栄圏・八紘一宇も、そのような驕りからきておるのじゃよ。
賭時 しかし、御大将は、一体何をお考えでございますか…? 先ほどから、ああでもない、こうでもないと…この賭時めには、御大将のお考えが、とんと合点がまいりませんが…。
悪常 わしはの、今、強いられてこのような立場におるが、本心はインターナショナルと非戦の思想が大切だと思うておる。屁異家とも戦など止めて平和に共存していけば良いと思うておるおるのじゃ。わしらは、所詮、名も無き民には勝てん。例え歴史に名が残ろうとじゃ…(歌いだす)アー、インターナショナル我らがもの~♪
賭時 御大将は危険思想の持ち主でございますか?
悪常 しかし、お前は根っからのアナクロじゃのお。
賭時 穴が黒いのでございますか?
悪常 阿呆! アナクロニズム、時代錯誤と申しておるのじゃ。
賭時 御大将も、いろんな時代の話をあっちへ飛び、こっちへ飛び、かなりの時代錯誤と存じますが…。
悪常 それは、歴史の大きな流れへの見通しを持っておるかどうかの違いじゃ。
賭時 して、その見通しをお持ちでございますか?
亜常 持っているからこそ、元氏の総大将という、おのが身の虚しさを感じるのよ。元氏の勝利とて、歴史の流れの中では、うたかたの夢にしか過ぎん。鎌倉殿には、そのようなことが、わかっておられぬのじゃ。権力の亡者よ。
賭時 石原慎太郎でございますか?
悪常 まあ、似たような者よ。
賭時 御大将は、いつそのような知識や理論を身に付けられたのでございますか?
悪常 鞍馬の山で修行時代、天狗に教えられての。平泉で滞在中に独学で学習したのよ。
賭時 御大将のお考えは、ご自分の身を滅ぼしてしまいかねない危険があるような気がしてなりませぬ。
悪常 自分の思想に逆らうことは容易ではない、また、自分の思想を貫き通すことは、それにも増して容易なことではないがの。自己の思想に忠実に生き抜くことが、敢えて申せば名誉なことと言えるののではないかのお…海が歴史をみつめているのはない。民が歴史を見つめておるのじゃ。名も無き民こそが、歴史を動かしておるのじゃ。
賭時 そのようにお考えあそばされては、無常感しか感じられぬと存じますが…。
悪常 そうよ。だからこそ、平家物語の諸行無常の思想が生まれて来るのじゃ。
賭時 いえ、御大将ご自身のことでございます。
悪常 同じことよ…祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり(朗々と)…つまりは、弁証法よ。
賭時 何やら御大将と喋っておりますと、歴史の事実をことごとく無視してしまっているようで、空恐ろしい気がいたしてまいりました。
悪常 歴史の事実などは、表面に現れたことに過ぎぬ。歴史の底を流れる地下水を見つめることこそ肝心なのじゃ。何年に何があったかを暗記しておったとて、そのようなものは、屁の突っ張りにもならんわ…だから、今の学校の歴史教育は間違っておるのよ。
賭時 それでは、私どもは一体どのようにいたせばよろしいのでございましょう…。
悪常 それは、己の頭で考えるしかない…価値観の多様化とか申して、のんびり浮かれておれば、歴史が手酷いしっぺ返しをすることになろうぞ。それだけは確かじゃ(じっと考えている)。
間。
賭時 少しお疲れのご様子でございます。明朝は早うございます故、そろそろ陣屋の方へ戻られましては…。
悪常 おお、そうじゃのお…それでは、静の夢でも見ながら眠るといたすか…では、まいろうぞ。
悪常と賭時、下手へ歩み去って行く。
侍たちも下手に去る。
上手より白髪の年老いた天狗が登場。
暗転。天狗にスポットライト。
天狗 今、軍国主義の妖怪が、この国に跋扈しつつある。憲法9条改定の攻防戦は近づけり…悪常殿は、今一歩の地点まで来ておられる…(客席に向かい)平和と自由を謳歌される皆様方よ。我らは目に見えぬ鎖に繋がれておるぞ…(両目をギョロリと剥いて)カッ!と、両の眼(まなこ)を見開いて、己が社会と存在を凝視されよ…(両目を閉じて)いや、それより眼を閉じ、耳を澄ませて地下を流れる水の音を聴かれよ…犬のような嗅覚で時代の臭いを嗅ぎわけられよ…五官のすべてで世の中を受け止められよ…その時、大きな歴史の流れの中の、この一瞬が、大きな音を立てて動き出すであろう…いやいや、年寄りの冷や水じゃった…わしも、次の時代を見届けてから、あの世へ逝きたいのう…もう今では、わしのおる場所も無くなってしもうた…それでは、皆の衆、またどこかでお会いしましょうぞ。わしが、その時まで生きておればの…。
天狗、ゆっくり上手に去って行く。
~幕~
賭時 ハァ、その様に存じますが……。
悪常 屁異家の連中が、何やら叫んでおるのお。
賭時 リメンバー屋島と口々に叫んでおるようでございます。
悪常 ハハハ。今回の屋島の奇襲が余程悔しかったのであろう。その上に、与一の手柄で大恥をかかされて、恥の上塗りじゃ。地団太を踏んでいるのであろう。所詮、負け犬の遠吠えよ。
賭時 我が連合艦隊の実力を、壇ノ浦の決戦で思い知らせてやりましょうぞ。短期決戦あるのみ。屁異家一族も周防灘の海の藻屑と消え果ることでございましょう。
悪常 しかし、戦を始めるのは難しいが、終わらせるのはもっと難しいのお(腕を組み格好をつけて)。
賭時 御大将、それは連合艦隊司令長官、山本五十六の台詞でございますが……。
悪常 おお、そうか。ちょっとオリジナリティがなかったのお。戦争映画の見すぎかのお。しかし、日本の映画界も「二百三高地」の「連合艦隊」のと、軍国主義発揚に協力しすぎじゃのお。あれを反戦映画という頓珍漢もおるが……そのうち、この元屁異合戦も映画になって、軍国主義発揚に利用されるやも知れん。
賭時 御大将の言葉は歴史に残るのでございますから、一語一語注意して喋ってもらいませんと……。
悪常 そうじゃな……歴史に名を残すというのは、しんどいことじゃのお。わしも与一のように百姓でもして、静とひっそりと楽しい家庭を持ちたいと思うこともあるのよ。
賭時 御大将が、そのようなマイホーム主義のサラリーマンのようなことを申されては、我が軍の士気に影響致しますぞ。
悪常 しかし、戦に勝てば勝ったで、鎌倉の兄に疎まれる。わしはどうすればよいのじゃ。このような戦は、政治が悪いからか。時代が悪かったと諦めねばならぬのか……まあ、そんな感傷も振り捨てて、ただ戦に勝ち抜くしか、わしが生き抜く道がないのはわかっておるが……。
賭時 それが軍人の定めと存じますが……。
悪常 しかし、そのような潔さ、諦めの良さを美徳と考えるのが、我が民族の欠点ではないのかのお。自分の生活を大切にすることをマイホーム主義と一律に否定するのは誤っているのではないのか。任務や仕事にひたすら忠実であることを求める国家や企業が、自己を大切にしよう、自分の生活を大切にしようという考えをマイホーム主義と否定的に呼ばせているのではないだろうか……わしも、兄上のように政治家としての才を持って生まれたかったのお。
賭時 そのように気の弱いことを申されますな。
悪常 しかし、いくら軍人が頑張ったとて、最後に民を掌握するのは政治家ではないか。
賭時 そうでございませんと、シビリアンコントロールが保てませんからでございます。
悪常 ホー! シビリアンコントロールか。そちにしては、なかなか洒落た言葉を知っておるではないか。わしは、兄上にコントロールされるだけの存在でしかないのか。結局、兄上がええとこ取りをされるのじゃ。
賭時 シビリアンコントロールが崩れてしまいますと、ファシズムになってしまいます。
悪常 やはり、お前は兄上の家来じゃのお。ファシズムでも何でもよい。わしは、天下をこの手に握ってみたい。
賭時 そのようなことを申されては、鎌倉殿が……。
悪常 その方が、兄上に告げ口いたすのか。
賭時 いえ、滅相もございません。ただ、あまり不穏当なことは口になさらぬ方が……。
悪常 思ったことを口にして、何が悪いのじゃ。今は言論の自由、民主主義の世の中ではないか。
賭時 それは、あくまで建前でございますから。
悪常 建前、建前。ああ、嫌じゃのお(嘆息するように)。本音で生きる生き方がしたいわ。
賭時 そのような御大将の気性が、政治家には不向きなのではございませんか?
悪常 そうじゃのお。わしもそれはわかっておる。政治家は建前だけの人間じゃからのお……この戦が終われば、大陸へ渡って馬賊の首領にでもなって、思い切り大草原を駆け回るか。それも一興じゃのお……(思いついたように)賭時、名誉とは何であろう?
賭時 名誉でございますか?
悪常 与一は、今日の手柄を名誉と感じているのかのお……。
賭時 それは、そう思いますが……。
悪常 何かに勝つとは、どういうことかのお……。
賭時 さて、私めのようにギャンブル好きの者にとっては、ただ勝つという快感が堪りませんが。
悪常 果たして、与一もそうであろうか?……弓を射る瞬間に、己が元氏の栄誉を代表しているという気負いがあったのであろうか……酒を飲みながら、あのようなことを、いとも簡単にやってのける人間とは、どういう人間であろう……。
賭時 やはり、手柄を立てたい、名誉を得たいという気持ちがあったろうと存じますが……ただまあ、与一の場合は名人としか言いようがございませんが……。
悪常 扇の的を射落とすことが、それほど大事なことかのお…。
賭時 それは、そういう状況で、そうすることが最善のことであれば…。
悪常 そもそも、元屁異の合戦は、それほど大切なことかのお…。
賭時 (驚いて)御大将、何を申されます!
悪常 屁異家の天下が、元氏の天下に変ったとして、それにどんな意味があるというのじゃ…。
賭時 御大将…(絶句)。
悪常 この戦が無ければ、この瀬戸内の海賊や漁師たちは、平和な生活を坦々と送っていたであろうとおもうのじゃ。
賭時 そのようなことを、いちいち気にしておりましたら、戦などできませぬ。もともと民とは無知蒙昧な者どもの群にすぎません。天下を動かすのは、英雄であり、限られたエリートでございますぞ。
悪常 しかし、古臭い英雄史観、鼻持ちならぬエリート主義じゃのお。
賭時 そう言われましても、御大将もエリートの一人ではございませんか。
悪常 そんなことは分かっておるわ…お主もマルクス主義ぐらいは、一応学習しておけ。そうでないと、まったく保守的な軍国主義者になってしまうぞ。今の人民支配は、もっとスマートに狡猾にやらねばならぬのじゃ…わしは、軍事の才に長けておるために、今このように屁異家追討の大将をしておる。しかし、何故わしが、静との平和な生活を望んではならんのじゃ。何故、歴史に名を残さねばならんのじゃ。
賭時 歴史に名を残すことこそ、名誉と存じますが。
悪常 この戦で死に逝く者たちは、何のために死んでいくのであろう…歴史に名も残さずに…わしは、元氏の子に生まれなかった方が良かったのではないかと思ったりするのじゃ。
賭時 しかし、我が元氏こそが選ばれた民ではございませんか…?
悪常 それも、古臭い選民思想じゃのお。ヒットラーのユダヤ民族虐殺も、我が天皇制の大東亜共栄圏・八紘一宇も、そのような驕りからきておるのじゃよ。
賭時 しかし、御大将は、一体何をお考えでございますか…? 先ほどから、ああでもない、こうでもないと…この賭時めには、御大将のお考えが、とんと合点がまいりませんが…。
悪常 わしはの、今、強いられてこのような立場におるが、本心はインターナショナルと非戦の思想が大切だと思うておる。屁異家とも戦など止めて平和に共存していけば良いと思うておるおるのじゃ。わしらは、所詮、名も無き民には勝てん。例え歴史に名が残ろうとじゃ…(歌いだす)アー、インターナショナル我らがもの~♪
賭時 御大将は危険思想の持ち主でございますか?
悪常 しかし、お前は根っからのアナクロじゃのお。
賭時 穴が黒いのでございますか?
悪常 阿呆! アナクロニズム、時代錯誤と申しておるのじゃ。
賭時 御大将も、いろんな時代の話をあっちへ飛び、こっちへ飛び、かなりの時代錯誤と存じますが…。
悪常 それは、歴史の大きな流れへの見通しを持っておるかどうかの違いじゃ。
賭時 して、その見通しをお持ちでございますか?
亜常 持っているからこそ、元氏の総大将という、おのが身の虚しさを感じるのよ。元氏の勝利とて、歴史の流れの中では、うたかたの夢にしか過ぎん。鎌倉殿には、そのようなことが、わかっておられぬのじゃ。権力の亡者よ。
賭時 石原慎太郎でございますか?
悪常 まあ、似たような者よ。
賭時 御大将は、いつそのような知識や理論を身に付けられたのでございますか?
悪常 鞍馬の山で修行時代、天狗に教えられての。平泉で滞在中に独学で学習したのよ。
賭時 御大将のお考えは、ご自分の身を滅ぼしてしまいかねない危険があるような気がしてなりませぬ。
悪常 自分の思想に逆らうことは容易ではない、また、自分の思想を貫き通すことは、それにも増して容易なことではないがの。自己の思想に忠実に生き抜くことが、敢えて申せば名誉なことと言えるののではないかのお…海が歴史をみつめているのはない。民が歴史を見つめておるのじゃ。名も無き民こそが、歴史を動かしておるのじゃ。
賭時 そのようにお考えあそばされては、無常感しか感じられぬと存じますが…。
悪常 そうよ。だからこそ、平家物語の諸行無常の思想が生まれて来るのじゃ。
賭時 いえ、御大将ご自身のことでございます。
悪常 同じことよ…祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり(朗々と)…つまりは、弁証法よ。
賭時 何やら御大将と喋っておりますと、歴史の事実をことごとく無視してしまっているようで、空恐ろしい気がいたしてまいりました。
悪常 歴史の事実などは、表面に現れたことに過ぎぬ。歴史の底を流れる地下水を見つめることこそ肝心なのじゃ。何年に何があったかを暗記しておったとて、そのようなものは、屁の突っ張りにもならんわ…だから、今の学校の歴史教育は間違っておるのよ。
賭時 それでは、私どもは一体どのようにいたせばよろしいのでございましょう…。
悪常 それは、己の頭で考えるしかない…価値観の多様化とか申して、のんびり浮かれておれば、歴史が手酷いしっぺ返しをすることになろうぞ。それだけは確かじゃ(じっと考えている)。
間。
賭時 少しお疲れのご様子でございます。明朝は早うございます故、そろそろ陣屋の方へ戻られましては…。
悪常 おお、そうじゃのお…それでは、静の夢でも見ながら眠るといたすか…では、まいろうぞ。
悪常と賭時、下手へ歩み去って行く。
侍たちも下手に去る。
上手より白髪の年老いた天狗が登場。
暗転。天狗にスポットライト。
天狗 今、軍国主義の妖怪が、この国に跋扈しつつある。憲法9条改定の攻防戦は近づけり…悪常殿は、今一歩の地点まで来ておられる…(客席に向かい)平和と自由を謳歌される皆様方よ。我らは目に見えぬ鎖に繋がれておるぞ…(両目をギョロリと剥いて)カッ!と、両の眼(まなこ)を見開いて、己が社会と存在を凝視されよ…(両目を閉じて)いや、それより眼を閉じ、耳を澄ませて地下を流れる水の音を聴かれよ…犬のような嗅覚で時代の臭いを嗅ぎわけられよ…五官のすべてで世の中を受け止められよ…その時、大きな歴史の流れの中の、この一瞬が、大きな音を立てて動き出すであろう…いやいや、年寄りの冷や水じゃった…わしも、次の時代を見届けてから、あの世へ逝きたいのう…もう今では、わしのおる場所も無くなってしもうた…それでは、皆の衆、またどこかでお会いしましょうぞ。わしが、その時まで生きておればの…。
天狗、ゆっくり上手に去って行く。
~幕~