ミッドナイトヴァージン Production Note

WEBノベル『ミッドナイトヴァージン』の本条靖竹のブログです。

アイドルマスター如月千早SS小説「私は生きている」(後その2)

2008年05月16日 22時54分53秒 | SS小説
(その1からの続きです)


 バックバンドの前に現れた千早の姿に、ファン達はざわめいた。

「あれ、千早ちゃん……痩せた……よね?」

 どよめく観衆。バッシング渦中の千早の心中を察して目を潤ませるファンもいた。
 確かに痩せている。
 でも、ずっとそばで見ている俺にはわかる。最悪期に比べて、ずいぶん顔色がいい。
 心身ともに充実している。お前ら、うちの千早を見て驚くなよ。

 客に背中を見せて、千早はバックのみんなに軽く礼をした。
 高橋、矢野、渡辺、細野。皆海外公演の経験も豊富な凄腕ミュージシャンたちだ。
 千早は、熟練のメンバーたちに目配せだけで意志疎通をした。

(私のわがままにつきあってくださって、ありがとう、みんな)
(いいよ、今夜はあんたに合わせてやるからさ、思いっきりやんなよ)
(うん、じゃあ、いくね)

 そして、観客へのMCの一言もなく。
 千早の左手のカウントを合図として、ドラムとギターが、スピーカーから音の奔流を送り出す!

『!!』

 すごい声量!
 音が圧力となって、客席がびりびりと痺れているようだった。
 1曲目。『目が逢う瞬間(とき)』
 千早の狂おしいまでの、これまで封じられていた『歌いたい』という欲求が露わになった。
 その迫真の凄みは、お祭りムードだった観客達を怯ませた。

「すご……! なんか……千早ちゃん、怖いよ!」
「CDと、今までのステージと全然違う?」

 その怖いくらい研ぎ澄まされた迫力に、アリーナ席のファンクラブ連中でさえコールをやめて息を呑んだ。
 2曲目、カバー曲『Inside of mind』。
 最も激しい曲。圧倒的な舞いと叫ぶような歌声。全存在をかけた熱さ。

 歌いたくって、仕方がないの!
 だってだってだって! 私は、歌うために生まれてきたんだから!

 その一糸乱れぬ舞いは、会場を駆けめぐる音の奔流を制御しているかのごとく。
 悲鳴のようなギターと、心臓の鼓動音のようなベースが、透き通る圧倒的な歌声に有機的に結合していく。
 熟練の演奏者も、観客の熱狂も、そこにいる全ての人々の感情も、ただ千早が一手に支配していた。
 神をも畏れぬ、ステージの傲慢なる支配者。それが『氷の歌姫』如月千早の正体だった。

 3曲目、『蒼い鳥』。怖いくらいの、暗黒への恐怖と絶望の深さ。
 そこに笑顔はなかった。
 ただ、祈りにも似た、音楽への対峙のみがあった。
 ワイドショーが言っているように、愛想は確かに決定的に欠けているかもしれない。テレビ向きじゃないかもしれない。
 でも、ただただ真摯に歌に対峙するというその一点に於いて、千早は本物だった。

 4曲目、『鳥の歌』。ただただ千早は、さらなる高みを目指しているだけだ。
 自由と孤独を両翼として、天翔る鳥のように。
 少しずつ、表情に楽しそうな片鱗が見えてきていた。それは、かすかな希望だ――。
 君にだけは、歌を嫌いになってほしくない。
 ずっと、君の歌を聴いていたい。
 俺は仕事上の立場を超えて、ただそう祈っていた。

 そしてラスト。
 千早は沸き立つ場内の喧噪を制して、はじめてMCをした。

「皆さんご存じの通り、これから歌う曲は、坂本さんに最後にいただいた曲です」
「私にとって彼は……、憧れであり、音楽に仕える者たちの先輩であり……崇高な存在でした」
「でも、もう逢うことはできない……歌は、何かを伝えることができるのでしょうか?」

 ゆっくりと紡ぎ出される千早の言葉は、誰をも無口にさせた。

「ずっと考えていたけれど、私にも、まだ答えは見つかっていません……」

 下を向いて、つらそうな顔をした。今にも倒れそうな表情に、女の子のファンが『千早、がんばって!』と声をかけた。そして踏みとどまり、マイクに最後の言葉を吹き込んだ。

「私は、この歌に全てをかけます。届いてほしい、私のうたが」

『sing alive』

 メロディアスな前奏が流れ、何百と練習で繰り返された最高のタイミングで声を重ねていく。千早の集中は今、臨界点に達しようとしていた。


 まだ!
 まだだ!
 まだ足りない!
 もっと高みへ。もっと鳥のように。

 千早の一糸乱れぬ舞いは、天に届こうとする歌声は、そこにいる全員を震わせた。
 伊織はゴクリと息を呑んだ。
 雪歩ははらはらし、今この瞬間を全て瞳に収めようとしていた。
 春香は両目からとめどなく涙を零していた。
 美希は……。彼女の背中を見つめ、

「すごい……」

 とだけ、呟いた。

 まだ……まだだ!
 リズムと一体になって。
 歌詞を体現して。
 もっと!
 雑音なんか吹き飛ばして。
 哀しい思い出も、寂しさも、欲も迷いも、自意識さえない、真っ白な世界へ……!

 もう何も考えなくても、同じように舞い、歌うことができる。自動的に身体を動かし、喉を鳴らすことができた。
 その時、何百回と飽くなき反復練習によって染みついた舞いが、自身の存在と一体化した歌声が、そして熟練のミュージシャンたちの呼吸を合わせた演奏が、観衆達の熱狂が、千早の寂しくも孤高の魂が、奇跡的な化学反応を起こした。俺には、そう思えた。


 それは、まるで静止した時の中で――
 なんにも聞こえなくなって。雑念も気負いも何もない、真っ白な瞬間だった――

 あ。
 なにも、聞こえなくなった。
 真っ白で何も見えない。
 死ぬって、こういう感じなのかな?

 でも……。
 違う。何かが、聞こえる。
 体中を、血がめぐってる音だけが、する。

 そうね。バカだな、わたし。
 今、生きてるんだ。

 そうか。
 私にとって、生きることが歌うこと。息を吸って、ご飯を食べて、眠ることと同じ。
 最初から『生きるように歌って』いたんだ。だから、坂本さんは、この曲を私にくれたんだ。

 生きている私を、一生懸命歌っている私を見てくれるだけで、きっと喜んでくれる。
 今はそう思える。

 sing alive.
 私は、生きている――


 千早が気がつくと、会場がわっと沸きたっていて、目を見開いて驚いてしまった。

(あ、あれ? 終わってる?)

 後ろを振り向いてきょろきょろすると、いつの間にか演奏は終わっていた。バックのみんなは汗だらけで、満足げな笑みをこぼしていた。
 観客席では、女の子のファンが顔を覆って泣きじゃくっていて、顔を見知ったファンクラブのみんなは天井を向いて号泣していた。
 遠くのほうからも、讃える拍手が聞こえていた。
 自分がどんなパフォーマンスをしたのか、まったく具体的な記憶がなかった。

 よくわからないまま、客席に戸惑ったような笑顔で手をふって、舞台袖に戻ると、千早はバランスを崩して力尽きた。
 俺は慌てて崩れ落ちる千早の細い身体を支え、ゆっくりと楽屋に連れて行く。

 春香たちが、バックバンドの皆が、スタッフのみなが囲む中、千早はへたりこんだままだった。
 客席からはアンコールを望む声がしていた。俺は春香に目で合図をした。
 伊織が仕方ないなぁ、という顔でステージに向かっていき、他のみんなも追従していってくれた。

 ステージに春香達が現れると会場が沸く。しかし、それはお目当ての歌姫の姿ではない。

「みんな、ゴメン! うちの千早、力出し切っちゃってもう寝ちゃってます~」

 春香が両手を合わせて『ごめんなさい』すると、どっと笑いが起きて、大きな拍手や口笛が追随した。
 惜しむ声はあったが、誰もが納得し、新たな伝説の目撃者になったことに興奮していた。
 皆一言ずつ挨拶していく中で、最後の美希の一言が印象に残っている。

「……今日の千早さんを見ていて、ミキ、思ったの」
「ミキは、なんとなくこの世界に入って、ずっとこのまま、みんなと楽しくやっていればいいって思ってた」
「でも、千早さんはすでに自分よりも……ずっと上の世界にいるってことがわかって」
「どこがどう上かうまく言えないんだけど、自分もそれを目指したくなったの」

 意外な言葉だった。あのいつもマイペースな美希が……。

「よく才能あるって言われて、そのおかげでここまできて、でも自分がそれより上に行けないのは、才能が違うせい、と諦める事はできなくて」
「いろんなイミで、なんかやる気が出ちゃったの!」


 千早の身体を揺さぶって起こし、シャワーで汗を流させ、関係者出入り口に出ると、わっ、と『出待ち』のファンたちの歓声が上がった。
 彼らは千早の弱々しい足取りを見て、ささやかに手を振られるだけで満足していた。
 その中に、葬儀で会った坂本さんの奥さんと娘さんの姿があった。

「チケット送ってくれてありがとう。千早さんの歌、とても素敵だった。この子、すっかりファンになっちゃって」
「千早お姉ちゃんスゴイスゴイ!」

 少女は興奮して、ほっぺを赤くしていた。

「私もアイドルになりたい!」

 千早は少しはっとして、そしてにっこりと笑った。
 そして屈んで、少女の手を取って握手し、名前を聞いた。少女はまなみと名乗った。
 千早は心底嬉しそうだった。彼女のこんな顔を見るのは何週間ぶりだろう。


 自宅へと送る車を、俺は途中で路肩に止めた。
 しばしの沈黙があった。

「プロデューサー?」

 俺は、本当は聞きたくもない事を、聞いた。もしそうなら、ここで思いとどまらせないといけないと感じたからだった。

「…………まだ、歌いたいと思えるか?」
「え?」
「お前はどう考えようと、お、俺は!」

 俺が声を荒げようとすると、それを制止するように、千早の頭が左肩に寄りかかってきた。
 そっと寄りそいながら、シャワー上がりの濡れた髪が頬に当たって。

「知っているでしょう? 私、歌には欲深いんです」
「…………」
「まだまだ歌い足りないなって、思い知りました。まだまだ未熟ですから、私」
「そ、そうか……!」
「私がアイドルじゃなくなっても、……おばあちゃんになっても、歌っていたいの。今はそう思える」

 目頭が熱くなった。
 千早がそう思ってくれるだけで、俺は……!
 彼女は肩に頭をすり寄せて甘えてきた。もう俺は顔全体まで熱いよ。

「…………ありがとう、ございました。最後まで、わがままを許してくれて。味方でいてくれて」
「俺は千早を一流にするって言ったからな。一流になるためのわがままだったら、俺は許すよ。最後まで味方になるよ。あ、でも美希や伊織みたいな、怠けるためのわがままは許さないからな」

 千早は俺の顔を見つめて、にこにこしていた。すっかり人が変わったみたいだ。

「ま、まぁ、お前が怠けたことなんて、一度もないけどさ……」
「帰り道、まなみちゃんの事、考えていたんです」
「あぁ、坂本さんの娘さん……かわいかったよな」
「ああ、これがそうなのか、と思いました。坂本さんが私に遺したものが、まなみちゃんに、みんなに届いた」
「千早……」
「今は、それでじゅうぶんだと思えるから……。あ、プロデューサーのお弁当は、また食べたいです。食欲も、ちょっとでてきたし……」
「それは、何よりだ……おいしかった?」
「……正直、あまり。はじめは味が濃くてむせちゃった」

 彼女はくすくすっ、と笑った。努力するよ、と俺は苦笑いした。

「’でも、ちゃんとわかりました……プロデューサーの思いやりが。ちゃんとわたしの好み、栄養も考えていて……」
「そ、そんなに見つめるなよ……ついに俺に惚れたか?」

 照れ隠しに冗談を言ってみた。そしたら、千早は頬を赤らめていて……。

「……私のこと、お持ち帰っちゃいますか?」

 え!?

「ふふっ、冗談です。私に冗談なんて、似合いませんよね」

 ……まったくだ、心臓に悪い。

「……でも、ちょっとつかれたから。もったいない気もしますけれど、今は、これだけで」

 頬に、柔らかい何かが触れた。
 慌てて振り向くと、もう彼女は目を閉じていて。

 歌姫はしばしの眠りについた――。
 また、新たなステージに向けて。


 天国の坂本さんへ。

 ようやく、あなたにさようならを言えます。素晴らしい曲をありがとう。

 最後の日に、あなたに出会えた喜びを、神様の贈り物に感謝を。

 私のうた、あなたに届きましたよね? きっと……。

[終]
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SSにしては長くなってしまいました。1万字の文字数制限をオーバーしてしまい、二つに分けることに……。でも書いていて楽しかったです。
文章だけど、皆思い思いの「音」を感じてくれたらいいな、と。
ブログ小説ってはやんないかな? ケータイ小説みたいに。


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3 コメント

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遅ればせながら感想を… (root)
2008-05-20 19:25:30
本編に加えてもいいくらい素敵な、千早「らしい」エピソードですね。
靖竹さんの千早への愛がヒシヒシと伝わってきます。

素晴らしい作品をどうもありがとうございました。
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Unknown (靖竹)
2008-05-25 00:13:30
ありがとうございます!

SS系はもっとたまったら、
いずれ独立したページにまとめたいですね。
返信する
Unknown (Unknown)
2010-03-25 23:49:52
なにこれ?
ノンストップ♪チキンスキン!!

超  G  J   です!!!!!
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