山崎元の「会社と社会の歩き方」

獨協大学経済学部特任教授の山崎元です。このブログは私が担当する「会社と社会の歩き方」の資料と補足を提供します。

【6月10日】「内部告発」について考えてみて下さい

2010-06-09 16:50:25 | 講義資料
 以下は、「ダイヤモンド・オンライン」に向けて私(山崎元)が書いた原稿だ。会社の中で社内のルールに基づいた内部告発を行い、その結果、不適切に扱われている社員の問題を取り上げている。(http://diamond.jp/articles/-/1497)
 皆さんが、この社員の立場だったら、どうするだろうか?考えてみて欲しい。

<先ず、会社の不正行為を知った時点で>
① 内部告発はしない
② この社員と同じような内部告発をする
③ 別の方法で内部告発を行う

<会社に不当に扱われた時点で>
① 会社とは争わない
② この社員と同様に会社と法的に争う
③ 別の手段を採る

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(タイトル)
オリンパスのケースに見る内部告発者の悲惨な現状

(本文)
 経済、政治に大きなニュースはあるのだが、今回は、別の問題を取り上げる。2月27日の各紙で報道された、内部告発の問題だ。

一番詳しく報じていた読売新聞(27日朝刊)の記事に基づいて内容をざっと伝えると、東証1部上場の精密機器メーカー「オリンパス」の男性社員が、社内のコンプライアンス通報窓口に上司に関する告発をした結果、配置転換などの制裁を受けたとして、近く東京弁護士会に人権救済を申し立てるという。

告発の内容は、浜田正晴さん(48歳。申し立てを行っているとして既に実名報道されている)が大手鉄鋼メーカー向けに精密検査システムの販売を担当していた2007年4月、取引先から機密情報を知る社員を引き抜こうとする社内の動きを知った。浜田さんは不正競争防止法違反(営業秘密の侵害)の可能性があると判断し、当初は上司に懸念を伝えたが、聞き入れられなかったため、この件を、同年6月にオリンパス社内に設置されている「コンプライアンスヘルプライン室」に通報したという。

 記事によると、オリンパスは、浜田さんの告発を受けて、相手側の取引先に謝罪したという。謝ったということは、浜田さんが告発した内容そのものについては「不正競争防止法違反」の可能性があると判断し、悪いことだと認めたということだろう。

 しかし、告発した浜田さんのその後のが、何ともやり切れない。読売新聞の記事によると、オリンパスのコンプライアンス窓口の責任者は、浜田さんとのメールを、不正の当該部署の上司と人事部にも送信した(先ずは、ここがまずい)。約2か月後、浜田さんは、なんとその上司の管轄する別セクションに異動を言い渡された。配属先は畑違いの技術系の職場で、現在まで約1年半、部署外の人間と許可なく連絡を取ることを禁じられ、資料整理しか仕事が与えられない状況に置かれているという。人事評価も、長期病欠者並の低評価だという。

浜田さんは昨年2月、オリンパスと上司に対し異動の取り消しなどを求め東京地裁に提訴し、係争中だ。窓口の責任者が「機密保持の約束を守らずに、メールを配信してしまいました」と浜田さんに謝罪するメールも証拠として提出されたというが、オリンパス広報IR室は「本人の了解を得て上司などにメールした。異動は本人の適性を考えたもので、評価は通報への報復ではない」とコメントしている。

 常識的に判断するかぎり、コンプライアンス窓口に通報する社員が、相手に対して自分が通報者だと通知することを了解するとは考えにくい。これは、オリンパスの説明のほうに無理があるのではないか。

 2006年4月に施行された「公益通報者保護法」に関する内閣府の運用指針には、通報者の秘密保持の徹底のほか、仮に通報者が特定されるようなことがあっても、通報者が解雇されたり、不当な扱いを受けたりすることがないようにと明記されている。また、読売新聞によると、オリンパスの社内規則でも、通報者が特定される情報開示を窓口担当者に禁じているという。記事を読む限り、オリンパスは、内閣府の運用指針も自社の社内規則も尊重していない。

 オリンパスにとって、この内部告発は会社の利益になったと考えられる。取引先から機密情報を知る社員を本当に引き抜き、後々明るみに出たら、不正競争防止法違反になって、もっと大きな問題となったかもしれない。そう思ったからこそ、オリンパスは“引き抜き”を止めたのだろうし、後々問題化すると困るから相手側に謝罪したのだろう(ところで、本筋には関係ないが、この「引き抜かれなかった社員」のその後も気になる)。それなのに、浜田さんに対するこの扱いは釈然としない

 このオリンパスのケースに限らず、企業社会の現実として、内部告発者が不当に扱われることは十分にあり得る話だ。たとえば、ある上司をセクハラで訴えたら、その上司が会社で重宝されている人だったために、訴えたほうが最終的には会社にいられなくなるように追い込まれたといった、とんでもない話を聞いたこともある。

 読者への率直な忠告としては、まず会社のコンプライアンス窓口やいわゆる目安箱的制度を簡単に信用してはいけない、と申し上げておこう。

 問題を起こしている当事者や責任者が、会社の中で有力者だった場合、通報窓口が裏切る可能性を覚悟しておくべきだ(いかにいけないことだとしても、現実に起こりうる)。その際に、どうするかも考えてから告発を行うべきだ。

 徹底的に不正を止めるつもりなら、メディアに告発するなど、次の手段も検討しておきたい。ただ、そこまでやる場合には、自分の職業人生をどうするかも考えておく必要がある。転職などの「退路」を準備しなければならない場合もあるだろう。

 会社のコンプライアンス窓口に自ら名乗り出る以外の告発の手段も検討しておこう。コンプライアンスの窓口なり社長室なりに対して匿名で、あるいは外部者を装って告発をして、様子を見る手もある。また、一般論として、そういう不正のケースがあるということを、マスコミに書かせる選択肢もある。上手く行くと、問題の人物や組織が悪事を止めるように促すことができる。

 そもそもコンプライアンス窓口のレポートラインに問題があるケースもある。理想論を言うと、コンプライアンス部署は、オペレーションのラインとは別のラインで株主に対して直結しているべきで、社長に対しても牽制が聞くようでなければならない。しかし、実際には、社長であったり、管理担当の役員であったり、オペレーションラインの実質的な影響下にあるケースが少なくない。

 また、告発を行う場合には、どのような告発内容を伝えたのか、その時に相手が何を言ったのか、記録をきちんと取っておくことが重要だ。オリンパスのケースでは、メールの転送については本人の了承を得たと会社側が言っているが、事実が凝れと異なる場合、そうした言い訳をさせないためにも、絶対に社内に漏らさないと確認した上で、どういうやり取りがあったのか記録をしておきたい。付け加えると、告発内容そのものに関しても、いつ何があったのか記録を持っていることが大事だ(ノートや日記、手帳へのメモでもいい)。最終的に何か争いになったときには、自分を守るために記録が役立つことがあるし、また、きちんと記録しておけば、相手に対して、適度なプレッシャーをかけることにもなる。


(中見出し)
内部告発者のための
制度的整備が必要

 それにしても、今回のオリンパスのケースを見ると、内部通報者の立場があまりに可哀そうだ。告発をして、告発が正しいものとして扱われ、かつ告発された側が眼を覚まして、目的が達成されたとしても、何ら本人のメリットにはならない。

 もちろん個人的なメリットのために告発を行うのではいけないが、告発者の側が、自分で悪いことをしたわけでもないのに、自分が告発したことを誰かに知られるのではないかと、びくびくしながら、毎日を過ごさなければならないのでは割りに合わない。不正に手を染めずに済んだとか、不正を見過ごさずに済んだという社会人としての正しい満足感はあろうが、少なくともサラリーマンとしては、リスクとデメリットばかりが目に付く。

 せいぜいうまくいっても何もなしで、何かまずいことがあると逆恨みされ、人事上不利益となる。むろん、内部告発者を解雇してはいけない、不当に扱ってはいけないことは前述のとおり公益通報者保護法で明記されているから、企業側と争い裁判で勝って不当な人事を撤回させることは可能だろう。だが、そこまですると、会社での“居づらさ”は増すだろうし、事実上居られなくなることもあるだろう。

 制度にも問題があるのではないだろうか。内部告発の扱いに関して不正が明らかになった場合の企業への罰則規定は最低限必要だ。また、企業が内部告発者を不当に扱ったことによって、内部告発者に不利益があった場合、その不利益と精神的苦痛を十分に補うだけの補償がなされるように規定を整備すべきだ(仮に判例が出来てもそれだけでは不十分であり、明文化された規定があることが望ましい)。

 ここ数年間いろいろな企業不祥事が出てくるようになったが、不祥事は急に増えたのではなく、昔からあったのだろう。それが多数表面化し出したのは、内部告発が多少なりとも機能するようになったからだろうし、これ自体は世の中にとって良いことだ。

 率直に言って、申し立てを行う立場にまで追い込まれたオリンパスの浜田さんの、今後のサラリーマン人生は大変だろうと思う。筆者は、原稿で応援することぐらいしかできないが、会社のためにも社会のためにもなる正しいことをしたのだと胸を張って、負けずに頑張ってほしい。

  以上

【6月10日】日常的な情報の収集と整理

2010-06-09 16:24:18 | 講義資料
 以下の文章は、私が『Business Media誠』に向けて書いた原稿だ。
(http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0901/08/news003_2.html)

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●整理下手な経済評論家のものぐさな情報管理法

 昨年の出版界の大きなトレンドの一つは「勉強法」だった。著者でいうと、何といっても勝間和代さんだ。茂木健一郎さんの脳の本もよく売れていたが、こちらにも需要の底流には効率のいい勉強をしたいというニーズがあったと思う。実際には、勉強法を変えただけで、人間が急に利口になることは稀だろうが、ノウハウ本の著者を恨んではいけない。この種の本は、本を読んでいる間に、「この方法でもっと効率が上がるにちがいない!」という精神的高揚感があれば、商品として十分ではないか。
 さて、筆者は、勉強法にはあまり大きな期待を持っていないのだが、効率が良くて実用的な情報の管理法には興味を持っている。正確にいうと、過去から現在まで大いに興味を持ち続けている。それは、筆者自身が情報の管理が上手くなかったということだ。
 筆者は、証券会社の社員、小さな自分の会社の社長、それに経済評論家を兼ねているので、情報管理法にはニーズがある。日々の情報収集の他に、文章を一つ書くにも、データが必要な場合が多々あるし、記事の出典を確認しなければならない場合も多い。
 そんな中、昨年手に取ったノウハウ本の中では、「情報は一冊のノートにまとめなさい」(奥野宣之著、ナナ・コーポレート・コミュニケーション)がなかなか実用的だった。この本は、どこにでも大体100円で売っているようなA6のノートに情報をまとめる方法を説明している。詳しくは原本にあたってほしいが、一冊の小さなノートに何でもメモして、記事のスクラップなどもできるだけ集約して、このノートを何時でも持ち歩こう、ということが書いてある。最後の2ページをテープで貼ってポケット状の袋を作り、この中に名刺やスケジュール(表)などを入れておくといった、細かなテクニックも紹介されている。ローコストな方法でもあり、筆者も、試してみたくなった。
 奥野氏の本については、既に多くのレビューが書かれているので、以下、整理下手な経済評論家である筆者の、現時点での情報管理法を報告してみよう。100円ノートが大いに役立っているのだ。
 筆者が使っている100円ノートは現在三冊目だが、基本的に、メモは、これにボールペン(三菱のジェットスリームの三色で太字のものが圧倒的に書きやすい)で何でも書くことにしている。電話の相手、用件のメモのこともあれば、経済指標の数値を書き込むこともある。携帯で自分にメールする方法もあるが、この種の情報のメモは手書きの方が早い。
 経済ニュースは、日付が分かれば、要点をネットで検索することができるので、詳しい記事を保存しておく必要はまずない。「08年12月22日 トヨタ、今期営業赤字1500億円に下方修正 !」くらいのことが書いてあれば、あとは必要に応じて内容を調べることが出来る。「いつ」と「何」だけ痕跡が残っていれば十分だ。
 新聞は仕事の必要上6紙購読しているが、新しいニュースのチェックは、グーグルのリーダーを使うことが多い。ロイター、日経ネット、朝日ネット、WSJ(これだけ有料)など数個のニュースサイトを登録している。
 切り抜きやコピーを100円ノートに貼ることがあるのは、要人の発言など、文のニュアンスが重要な情報の場合だ。たとえば、昨年、原油価格が夏にピークを打って急落したが、FRBのバーナンキ議長は4月の時点(2日の議会証言)で商品市況が将来下落する見通しであることを明言していた。こういう発言は、スクラップのしがいがある。
 ただし、発言がネットに載っている場合は、その記事をグーグルのGMailの自分宛のアドレスに送ることにしている。記事であることを示す「データ記事:」といったキーワードをタイトルに付けておくと、後から検索でまとめて取り出しやすい。
 1ページを超えるような記事や論文はスクラップして小型ノートに貼るのは大変なので、スキャン(プリンタ・FAX兼用の複合機を使っている)するかデジカメで写すかして、画像をGMailに送っている。最近のデジカメの解像度があれば、少々雑に写しても文字は読める。自分が原稿を書き送る場合にもGMailにコピーを落とすので、自分の原稿と資料に関しては、PCを使える場所なら(セキュリティーが厳しい場合は別だが)どこででも利用することができる。
 携帯の場合、重い画像ファイルを見ることはできないが、それでもデータの掲載された記事をGMailで検索して取り出し、確認することができる。
 尚、本や文章の構成を考えるなど、物事を「考える」には、A4の紙に落書きしながらが好都合だ。A4のレポート用紙はあちこちに置いているが、紙を2、3枚つまんで、折りたたんでポケットに入れて出掛けることもある。あるいは、短い記事や論文をA4の紙にプリントして、その裏面を使うこともある。取材を受ける時などで、図解が必要な場合にも役立つ。この種のメモで捨てがたいものもスキャンしてGMailに送る。
 100円ノートの最終ページにテープを貼って作った袋には、名刺が2枚と、月曜日の日本経済新聞に載っている景気指標の一覧表(二週分)とYahoo!カレンダーの自分のスケジュールのプリントアウトを折りたたんで入れてある。テレビのコメントのような場合に、数字を確認するのに景気指標の一覧表は便利だし、定点観測的に見るにも良い。普通の解説で必要な程度の数値は、ほとんど網羅されている。
 スケジュール管理(これも苦手だ)は、現在、能率手帳とYahoo!カレンダー(複数の関係者が閲覧・書き込みが出来て便利だ)の併用だ。今のところ、手帳が主で(「元帳」的な役割だ)、Yahoo!カレンダーが従の関係だが、そろそろ長年使った紙の手帳を卒業できるかも知れないと感じている。
 気がついてみると、私の仕事の場合、ほとんどこれで用が足りている。
 あとは、情報のインプット、アウトプットの技術を磨かなければならないわけだから、やっぱり、これから「勉強法」を勉強すべきなのか。
 もっとも「情報整理」にはあまり根を詰めないことにしている。基本的に、必要なことはその都度調べるといいし、知っている範囲で考えられることを書けばいい。
 筆者の携帯の待ち受け画面は長年アインシュタインの写真なのだが、それは、彼の「わしは調べりゃわかることは、覚えないことにしている」という言葉が好きで、彼の顔を見ると和むからだ。(注;博士は、講演中に簡単な計算に詰まって、聴衆から簡単な公式を教えて貰った時にこう答えたという)
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【6月10日】新聞との付き合い方を考える」

2010-06-09 16:13:44 | 講義資料
 今回は、ビジネスパーソンの日々の情報収集について考えてみよう。
 以下の文章は、昨年の11月に私(山崎元)がブログに書いた記事だ。

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 筆者は、「週刊現代」で「新聞の通信簿」という新聞6紙の記事を較べ読みする連載を担当していた。魚住昭氏、佐藤優氏、青木理氏と私の4人でリレー連載していたものだが、現在発売中の「週刊現代」(11月14日号)をもって、筆者の担当回は最終回となる。最近編集長が交代したこともあって、連載の見直しをするようだ。「週刊現代」は、記事に読み応えが増えて、グルメ情報とオヤジ読者向けのグラビアが充実してきている。雑誌としては面白くなっているので、今後に期待したい。

 連載最終回の原稿は、連載担当期間中最大の事件であった金融危機を取り上げた「リーマンショック一周年」の記事の採点と、過去通算40回分の採点の発表を一緒にしたものだったが、過去の採点表を載せるスペースがなかったので、ここでご紹介する。

 連載メンバー4人の中で筆者は、いわば「経済部」であり、主に経済記事を取り上げて評価したが、過去に取り上げたテーマを一覧して眺めてみると懐かしい。

 あくまでも経済記事が中心で、それも全紙を均等に深く読んだのは連載担当の場合だけなのだが、個人的な印象としては、点差は大きくないが、「読売新聞」の取材がしっかりしているように思った。民主党のマニフェストや公的年金の損失額を手に入れるのが明らかに他紙よりも早かったし、経済記事の見せ方も気が利いていた(ただし、社説は切れ味が今一つだと思う)。他紙に対する評価は、「週刊現代」をご一読いただきたい。

 この連載を止めると、自宅購読に6紙は多すぎる(片付けだけでもかなり大変だ)。連載を始める前までは、自宅で「日本経済新聞」と「朝日新聞」を読んでいた。これからどうするかというと、もともと自宅で読んでいた2紙に「読売」を加えた3紙を読むことにした。仕事上「日経」は必要だとして、ここのところ「朝日」が頼りない印象だし、「朝日」とは別の意見を持ちやすい新聞をもう一紙読む方がいいと考えたので「読売」を加える(佐藤優さんによると、霞ヶ関の人々が気にしている新聞は圧倒的に「朝日」らしい。現段階で「朝日」は止めにくい)。

 私の場合は、「新聞の通信簿」が終了しても、その他の原稿書きなどを考えると、新聞を3紙購読しても十分にペイするが、仮に、私が近年就職したビジネスパーソンだとすると、新聞は自宅で購読しなくてもいいような気がする。

 ロイター、朝日、日経、時事通信くらいに2、3の海外メディアを加えてニュース・リーダーに登録しておいて、毎日チェックするとニュースに「遅れる」ということは先ずないし、いつどんなニュースがあったかが分かれば(つまりニュースを検索すれば)、事柄の詳しい内容を知りたい場合に十分な手掛かりとなる。自宅で紙の新聞を購読することは必ずしも必要ではない。アメリカなどで見られるように、紙ベースの新聞を中心とするメディアの経営は今後苦しいに違いない。

 今しばらくは(長くても数年の「しばらく」だろうが)、新聞社が記事の内容に責任を持っていて、記者も新聞社も名誉と法的なリスクを負って記事を発表していることで、新聞の記事に一定の権威がある。しかし、今後、書き手が実名のニュースが発表されるようになると、ネットの記事でも(たとえば一ジャーナリストのブログでも)、書き手にとってのいわば「賭け金」は変わらない意味を持つので、記事は同様の信憑性を持つようになるだろう。そうなると、紙の新聞そものには特別な権威や価値が残るわけではない。現在は過渡期だろう。

 複数の新聞社が現在のJALと似た経営問題を抱え、新聞記者OBの年金を削減できないかといった議論をするようになる時代が遠からず訪れるようになるのではないだろうか。ただし、この場合、新聞社は構造不況業種になるが、個々の記者の中にはジャーナリスト個人として大きな経済的価値を持つようになる人が現れるのではないか。経済価値が、新聞紙や新聞社ではなく、個々のジャーナリストなりニュース記事なりに対して発生するようになるなら、それはいいことだろう。

 そうした場合に、たとえば、ジャーナリスト個人が広告スポンサーの影響を受けずに客観的な記事を書くことが出来るかが問題になる。もちろん、記事の質に関する評価情報にもニーズもあるにちがいない。何らかの形で「ジャーナリストの通信簿」的な第三者による評価が行われることになるかもしれない。
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 以下が、『週刊現代』に掲載された連載最終回の記事の原稿だ。

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 私の担当回はこれで最後だ。約3年間経済記事を中心に6紙を評価してきたが、最も大きな出来事は何といっても、昨年9月15日のリーマンショックで一気に加速した世界金融危機だった。リーマンショック一周年の時期に、各紙は特集記事を用意したが、これを読みながら、過去の評価と合わせた各紙の経済記事に対する総評を記す。
 本文中の点数は今回も含めた私の担当全40回の平均点(端数切捨)だ。今週の点は別欄を参照されたい。
 経済専門紙『日経』は記事の量が多いが、中でも注目度の高い朝刊1面左側の特集で「危機再発の芽消えず」(9月15日)と伝えた。ウォール街に十分教訓が浸透していないことと、米国の住宅だけではなく商業用不動産の不良債権問題を指摘した記事の納得性は高い。
 金融危機は「大規模だがごく普通」のバブルの形成とその崩壊(バブルだから必然的に崩壊する)だった。その原動力は単に人間一般の欲だけではなく、他人のお金でリスクを取り高額の成功報酬を貪る金融のビジネスモデルにあるが、この原因はほとんど手つかずに残った。同様の問題が遠からず起きるにちがいない。
 総合点で『日経』は66点と経済記事では他紙をはっきり凌駕した。さすがだ。しかし、偽装請負問題でキヤノンを批判できなかったような根性の無さや、一般記事で時に一歩遅れて「日を経た」記事を書く弱点がある。ビジネスパーソンは他紙と併読したい。
 『読売』の指摘する「懲りないウォール街」(9月14日朝刊)、原油・金価格の再騰に見る「マネーの再膨張」(9月15日社説)の懸念はもっともだ。各紙を読み比べると『読売』の取材力は充実していた。民主党のマニフェストも公的年金の損失額も他紙よりも早く抜いて書いていた。総合61点。
 『朝日』(9月15日)が指摘するように実体経済面で日本の傷は深く、「需要もとに戻らぬ」が現実だ。「中央銀に『やりすぎ』批判」(9月14日朝刊)といった視点も大切。過去三年、『朝日』は60点だ。偽装請負の報道はスポンサーを怖れず面目躍如だったが、ここのところ取材力が落ちている(明確に読売に劣る)。
 『毎日』は一周年の15日の朝刊トップで「強欲が復活ウォール街」と大見出しを打ったが、「変わらぬ『無責任』の土壌」と題した前日の社説と共に、最重要のポイントを突いた。過去を含む総合評価は60点。記事の分量は読・朝とはっきり差があり戦力不足が見える。日米政府に分け隔て無く説教する社説など、取材力不足をオピニオンで補う産経的路線にやや傾く。
 オピニオンといえば『産経』だが、総合的に経済記事は手薄だった。49点。主なニュースが外国で起こる時に夕刊無しは痛い。リーマンショック1周年の特集は充実しており、日本のデフレの指摘(11日)も重要。
 『東京』の経済記事は分量は多くないが、的確な理解が好印象。64点。今回はシリーズとして読み応えあり。
 読者のご愛読に深謝。
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