多文化共生のすすめ

Toward a Multicultural Japan

ブラジル大統領の訪日

2005年05月30日 | Weblog
5月26日から28日にかけて、ブラジルのルーラ大統領が来日した。日本のメディアにはあまり取り上げられなかったが、26日に開かれた小泉首相との首脳会談では、国連安保理改革や資源エネルギー分野の経済協力の推進について協議が行われると同時に、27万人を超える在日ブラジル人の教育や社会保障の問題について、「在日ブラジル人コミュニティに関する共同プログラム」の実施が合意された。ルラ大統領は、28日には名古屋を訪問し、全国のブラジル学校校長など、在日ブラジル人コミュニティとの対話も行い、在日ブラジル人の生活環境改善への努力を約束したという。

1990年の入管法改定以降、日系人を中心とするブラジル人労働者が東海地方を中心に急増し、教育、医療、就労など様々な課題が生じており、現在、日本の外国人労働者問題の焦点となっている。2002年5月に浜松市を中心にブラジル人労働者の多い自治体が結成した「外国人集住都市会議」は、浜松宣言(2002年)、14都市共同アピール(2003年)、豊田宣言(2004年)と毎年、日本政府へ外国人労働者受け入れの体制づくりを求める提言を発表している。外務省も、2001年2月以来、毎年、ブラジル人労働者の受け入れをテーマとするシンポジウムを開催してきた。そのほか、日本経団連も2004年に「外国人受け入れ問題に関する提言」を発表しており、ブラジル人労働者受け入れに関する提言は出尽くした感があり、あとは政治的決断を待つばかりの状況にあった。

今回の両国政府の合意は、そうした方向に踏み出す最初の一歩とみてよいだろう。2008年は、日本人のブラジル移住100周年の年であり、「日本ブラジル交流年」である。これから、2008年にかけて、在日ブラジル人コミュニティの存在に大きな注目が集まることが予想される。この数年が在日ブラジル人の生活環境改善の最大のチャンスといえる。そうした動きを、在日外国人全体の受け入れ体制整備につなげていくことが重要であろう。

多文化共生社会の「実現」か「形成」か?

2005年05月23日 | Weblog
自治体国際化協会発行の月刊誌『自治体国際化フォーラム』2005年5月号に拙稿「2005年は多文化共生元年?」が掲載された。総務省が2005年度の重点施策に多文化共生を掲げたこと、今年になって、自治体が多文化共生の指針やプランを策定したり、多文化共生担当部署を設置していることに触れ、多文化共生が社会的に認知される年となる可能性があることを、期待をこめて指摘した。

ところで、川崎市の「多文化共生社会推進指針」(2005年3月)では、「多文化共生社会の実現」を基本目標に掲げている。愛知県他東海3県1市の「多文化共生社会づくり推進共同宣言」も「・・・できる地域社会(多文化共生社会)の実現」をめざすと謳っている。自治体ばかりでなく、市民団体も「多文化共生社会の実現」を目標に掲げているところが多い。

「多文化共生社会の実現」というと、多文化共生社会というある定まったゴールの存在が前提となるだろう。実際に、よく多文化共生社会というのはどんな社会なのかと聞かれることも多い。しかし、私はそのような静的な社会のゴールを描くことはあまり意味がないと考えている。むしろ、人権尊重や社会参加、国際協調といった理念のもと、多文化共生の社会づくりをめざしていく過程そのものが大事だろう。

また、私は「多文化共生社会基本法」や「多文化共生推進条例」の制定を提案しているが、そのような法整備さえできればそれでよしと考えているわけではもちろんなく、その制定の過程こそが重要であると考えている。

従って、「多文化共生社会の実現」ではなく、「多文化共生社会の形成」を用いることを提案したい。

ASEMと人の国際移動

2005年05月16日 | Weblog
アジア欧州会合(Asia-Europe Meeting, ASEM)の第7回外相会合が、5月6、7日、京都市で開かれた。ASEMはアジアとヨーロッパの関係を強化することを目的に、1996年に始まった。アジア側参加国はASEAN10カ国と日中韓をあわせた13カ国で、欧州側はEU25カ国と欧州委員会である。今回の外相会合では、多国間主義と国連の役割の強化、持続可能な開発、文化的多様性について議論がなされた。

ASEMは人の国際移動にも関心が強く、2002年以来、移民管理局長級会合を3回開いている。また、ASEMは両地域の様々な交流を促進するために、1997年にアジア欧州財団(ASEF)をシンガポールに設立しているが、同財団主催の人の国際移動をテーマにした国際会議が2004年9月に中国の蘇州で開かれている。

会議の正式名称は The Sixth ASEM Informal Seminar on Human Rights で、人の国際移動と人権(International Migrations and Human Rights)をテーマに、フランス、スウェーデン、中国および欧州委員会の後援によって開かれた。会議は、アジアと欧州における人の国際移動全般に関するワーキンググループと、人身売買に関するワーキンググループに分かれた。会議の議事録はまもなく財団HPに掲載される予定である。

同会議には、ASEM参加国から政府関係者、NGO・労働組合関係者、研究者の三者が招待されたが、日本から参加したのは筆者一人であった(シンガポールから日本人研究者がもう1名参加した)。1名しか参加がなかったのは日本だけで、大半の国が3人参加し、どの国も少なくとも政府関係者(外務省または労働省)の参加があった。事務局によると、日本政府(おそらく外務省)に参加を打診したが、参加を見送ったという。おそらく財団への最大の出資国であろう日本政府の不参加に、人の国際移動への関心の低さ、そして国際社会における日本の存在感のなさをあらためて感じた。

英国総選挙

2005年05月09日 | Weblog
5月5日に英国で総選挙が行われ、与党の労働党が3期連続となる勝利を収めた。英国では、ここ5年ほど移民問題が注目されているが、今回の総選挙では最も大きな争点の一つになり、BBCのHP上でも主要な争点として取り上げられている。

BBCの記事(Analysis)によれば、移民は農場、建設現場、ホテル、病院、パブなどで低賃金労働に就いているが、911テロ事件や去年のマドリッドの電車爆破事件以来、移民に対する警戒心が大きくなっているという。英国では1996年から2002年まで難民申請者が激増し、大きな社会問題となったが、この2年は減少している。2004年に受け入れた難民申請者の数は3万4000人で、先進国全体の受入数の8.5%にあたる。英国が受け入れた移民全体の15%を占める。

世論調査では常に移民受け入れに大きな関心が示されている。特に住宅、学校、犯罪問題への関心が高い。

野党第一党の保守党は、政府の移民受け入れ政策、特に難民受け入れ制度が破綻していると厳しく批判し、難民条約から脱退することを公約した。 "Are you thinking what we're thinking?" が選挙スローガンだった。保守党は難民と経済移民の受け入れ定数を定めることも公約した。また、移民を雇用する者に保証金を義務付けることも提案した。

一方、労働党も移民受け入れに厳しい立場を強調し、"Your country's borders protected" というスローガンを掲げた。英国政府は、ビザを申請する外国人への指紋押捺の実施や、難民申請者への電子タグの装着も計画しているという。

なお、英国の外国生まれの居住者は500万人である。2003年に永住権を取得した者のうち、ほぼ半数は結婚など英国人との家族関係にある者である。20%は専門職などの労働者で、15%は難民などである。

日本も5年度には、自民党と民主党が移民政策を争点に総選挙を戦うようになっているだろうか。

日本21世紀ビジョン

2005年05月02日 | Weblog
2005年4月19日に日本政府の経済財政諮問会議が「日本21世紀ビジョン」を発表した。これは同会議の専門調査会(香西泰会長)が作成した報告書で、調査会では、経済財政展望、競争力、生活・地域、グローバル化の4つのワーキンググループ(WG)を組織し、昨年9月から審議を重ねてきた。

報告書「新しい躍動の時代-深まるつながり・ひろがる機会」は、2030年の日本のビジョンを示し、「そこに示された今後のわが国の経済と政策に関する理念と方向性は、我が国の政策運営の中長期的指針となる」ものである。小泉首相は、本報告書を「ポスト小泉の改革のバイブル」と言ったという。

多文化共生にかかわる課題は、主にグローバル化WGで審議された。グローバル化WGの報告書「壁のない、存在感のある日本へ」の第3部「より良いシナリオに到るためにとるべき戦略」の第3章「グローバル化を踏まえた国内問題の解決」の中に、「外国人労働者」が挙げられている。

専門調査会の報告書では、「世界中の人が訪れたい、働きたい、住みたいと思い、年齢・性別・国籍などによって差別されることのない『壁のない国』となる」「日本に居住する外国人が現在に比べ大幅に増加することが見込まれる。互いの文化や価値観を尊重しつつ、職場や地域において共通のルールやシステムの下で日本人と外国人が共生している」(11~12頁)ことを描いている。

また、「開かれた文化創造国家」となるための具体的行動として、「外国人労働者の積極的かつ秩序ある受け入れを行う」(22頁)ことを提唱している。具体的には、「入国・就労の資格となる技能を大幅に拡大する」「入管制度と就労管理を一体化する」「外国人労働者を雇用条件において差別しない」「医療保障や子どもの教育機会を確保する」ことを挙げている。

上記の個別の提案自体に異論はなく、外国人労働者の受け入れを日本政府の公式ビジョンの中に位置づけたことの意義は決して小さくないと思われるが、2030年という中長期的指針としてはきわめて物足りない内容である。外国人を受け入れる時の基本理念の提示がないし、差別の問題を雇用条件に限定するのでは不十分である。また、定住する外国人にとって、安定した法的地位や国籍取得は最も基本的な関心事であるが、そのことへの言及もない。

労働者受け入れという視点はあっても、日本社会の構成員としての受け入れという視点が弱いといえる。要するに、このビジョンには移民政策(社会統合政策)が欠けている。2030年になって、まだ日本人と外国人という二分法的発想にたっていては、ビジョンが描くように世界中の人が住みたいと思う日本にはなっていないだろう。

ちなみに、小渕恵三前首相の私的諮問機関「21世紀日本の構想懇談会」の報告書「日本のフロンティアは日本の中にある-自立と協治で築く新世紀」(2000年1月)は、「移民政策へ踏み出す」ことを提起した。