『目覚めたのは病院だった、まだ生きていた。 必要とも思えない命、これを売ろうと新聞広告に出したところ......。
危険な目にあううちに、ふいに恐怖の念におそわれた。 死 にたくないー。
三島の考える命とは? 解説 種村季弘』文庫本背表紙より
自殺に失敗した27歳の“羽仁男(はにお)”は、コピーライターとして勤務する広告代理店を辞め、『三流新聞の求職欄に、次のような広告を出した。 「命売ります。お好きな目的にお使い下さい。当方、二十七歳男子。秘密は一切守り、決して迷惑おかけしません」 そしてアパートの住所をつけておき、自室のドアには、 「ライフ・フォア・セイル 山田羽仁男」 と洒落たレタリングをした紙を貼った。』
自殺の理由をしいてあげると、
『・・新聞を拾い上げ、さっきから読んでいたページをテーブルに置 いて、拾ったページへ目をとおした。すると読もうとする活字がみんなゴキブリになっ てしまう。読もうとすると、その活字が、いやにテラテラした赤黒い背中を見せて逃げ てしまう。』エクリチュール(書かれたもの)は、一つの場所に留まらず、色んなところに流れ出し、解釈、誤解という相対的なものである。生業とする“文章”は絶対的なものではない。『ああ、世の中はこんな仕組みになってるんだ』と気づく。『わかったら、むしょうに死にたくなってしまったのである。』
命を買う“男”と“女”、モテまくる“羽仁男”、謎の秘密結社、吸血鬼、淫乱女などワンダーランドな世界のハードボイルド小説
当時の日本は、1964年の“東京オリンピック”が終り、高度成長期の高揚感と虚無感が入り混じり、政治的には安保闘争と東西冷戦の緊張は続いていた
当時の映画は、この頃の時代の空気を反映している
三島由紀夫は、自衛隊に体験入隊し、その後の「楯の会」の中心となる早稲田の学生、森田必勝と出会う
『奔馬』の連載開始、『葉隠入門』『文化防衛論』を発表し、「楯の会」を結成する。
そして、1970年11月25日日の三島事件に至る。
自殺に失敗した“羽仁男”は、三島由紀夫の当時の揺れ動く心境を反映しているのだろう、“羽仁男”の命を買う、学生服の少年“薫”は「森田必勝」なのではないか。
死を恐れない“羽仁男”は、後半では捨てたはずの生を渇望する。
ドイツ文学者・評論家の種村季弘は、文庫本の解説 三島由紀夫の全能と無能の最後を、
『ここには主人公羽仁男のそれよりは、小説家三島由紀夫その人の生身の魂の告白が、あからさまに吐露されているように思えてならないのである。』と結んでいる。
自殺に失敗した“羽仁男”の命を買う“男”と“女”、モテまくる“羽仁男”、謎の秘密結社、吸血鬼、ニンフォマニアなどワンダーランドな世界のハードボイルド小説は、村上春樹の小説を思わせる。村上春樹は三島由紀夫の『命売ります』に影響を受けたのでは?
★★★★☆
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