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打楽器は楽しい!オモロイ!ホンマやで。

打楽器奏者山本毅が、打楽器について、音楽について、その他いろいろ順不同で語ります。

コンサートのお知らせ

2007年10月09日 22時03分06秒 | よもやま話
コンサートのお知らせ

京都市立芸術大学打楽器専攻生による
PERCUSSION ENSEMBLE CONCERT

11月20日(火)
開場:午後6時 開演:午後6時30分
京都市立芸術大学講堂
入場無料
プログラム:
D.パリエフ/ブルガリアからの風景
武満 徹/雨の樹
A.ジョリヴェ/フルートと打楽器のための協奏的組曲
櫻井 明子/signal transduction(委嘱初演)
朴 東旭/コントラスト

ぼくの勤める大学の学生たちによるコンサート、
学生たち、ずいぶん頑張って準備している。

京都周辺にお住まいの方、たまたまこの辺に来てる人、
そうでなくても、どなたでも、
ぜひぜひ、ご来場を!

このところ

2007年07月01日 23時07分53秒 | よもやま話
全然更新できていない。
「月二回の更新を目指しますぅ」などと豪語していたが・・・・。

   

なんせ、まとまった時間がとれないままに日が過ぎていく。

ところで、
もうすぐわが勤務校、京都市立芸術大学音楽学部の定期演奏会だ。
来週の日曜日7月8日の午後二時、京都コンサートホールで。

曲目はベートーベンの交響曲第7番、ラフマニノフピアノ協奏曲第2番他。

学生たちの演奏能力はプロの水準までガラス一枚の差まで来ている。
(んまあその一枚がけっこう厚いガラス板、それも超強化防弾ガラスというのもまぎれもない事実なのだが・・・・)
かなりの聴きものとなるはず・・・・(と期待している)なので、
京都周辺にお住まいの皆様、ぜひご来聴を!

いくらか忘れたけど、入場料もかなり安いはず。確か1200円くらいだったと。
かなり楽しめる演奏会だと思います。

あ、更新のことですが、
次の記事を書くためのアイデアを募集します。というか、
今までの記事を読んでくださった皆さん、いろいろ質問とかテーマのリクエストとか、ぜひお願いします。

ではでは、できるだけ早い時期に次の記事を書きたいと思います。

  



クラッシュ!

2007年05月19日 21時25分58秒 | よもやま話
クラッシュ!

2007年4月16日

パソコンがクラッシュした。

2002年の7月に造ったパソコン、ここ5年近く、まったく故障なしに働いてくれていたが、突然壊れてしまった。
もう、うんともすんともいわない。
おそらくは電源の寿命がつきたみたいだ。

4月10日の夜10時くらいの出来事だ。

とりあえず1998年に購入して今は使っていない時代物のノートパソコンを引っぱり出して来た。
これで、必要最小限のメールのやりとり、原稿書きはできる。とはいえ、ちょっと使ってると、原因不明のフリーズを繰り返すノート君、使いにくいことこのうえない。

しかし、これで11日の夜、長文の原稿を書いたぞ!
(・・・・・ようやるわ、仕事中毒か?)

で、さてどうしよう・・・・としばし思案。

こういう場合、損害は三種類ある。
経済的損失、時間的損失、情報損失だ。

この中で致命的なのが情報損失。

今回、ちょっとぞっとしたのは、パソコンが落ちてそのまま息を引き取ったのがデーターのバックアップ作業中だったことだ。
ひょっとしたら、パソコンの中のデーターとバックアップデーターが同時に壊れたかもしれないのだ。

こんなこともあるもんだと驚いた。バックアップ中に落ちるなんて・・・・。

しかし、もともと度が過ぎるほどの慎重派のぼく、実は外付けハードディスクに領域を二箇所確保して、バックアップファイルを二つとっていたので、この点は心配なかった。

あとで調べたら、4月10日朝のバックアップデーターが外付けハードディスクに無傷で残っていた。

ホッとしたよ。

あとは経済損失と時間損失だ。

経済損失を最小に抑えるとしたら、自分で修理する必要がある。

しかし、そうなると時間的損失は計り知れない。
この忙しい時にパソコンの修理で丸一日つぶれたらどうしようもない。

故障の原因はある程度察しがついていたが、それが正しいかどうかはパーツを交換してみないとわからない。まずは電源を交換してみて、それでだめなら、CPUファンを交換、それでもだめならハードディスクかマザーボードだ。

そんなことをやっていたら一日ではすまないだろうし、万が一ウインドウズの入れ直しなんてことになったら、時間がいくらあっても足りない。

それで、結局パソコンを新しく購入することにした。

まあ、夏休みにでも時間をとって趣味で修理してみようかな・・・・。

まず、ネットでいつも利用する店「ドスパラ」と「サイコム」にどんな在庫があるか調べ、方針を決める。

まず、OSはウインドウズXPにした。

これから一台目のパソコンを購入する人にはVistaを薦めるが、ぼくの場合は一刻も早く仕事を再開することを最優先しなければならない。

だから、使い慣れたXPにした。これなら、最小限の時間で仕事を再開できる。

XPにする利点は他にもある。
パソコンに要求される性能がVistaに較べそれほど高くないので、安い機種でもいいというわけだ。

で、ドスパラとサイコムのサイトで調べたら、今はドスパラの方が安い機種を持っていた。

5万2千円で必要な性能がすべて満たされる。
3年保障をつけても5万5千円足らずだ。

安いが性能は十分。もちろん新品だよ。

ドスパラのいいところは値段が安いことと、使用パーツが明確なことだ。

ウインドウズがついて5万4千円はものすごく安いが、
パーツはちゃんとしている。

マザーボードはAsus、チップセットはインテル、ハードディスクは日立=IBMと、ちゃんとしたパーツを使っている。これなら安心だ。
一流メーカーといわれるところでも、これだけ質の高いパーツを使っているところはそれほどないはずだ。
ただ、DVDスーパーマルチドライブはLGで、これはちょっと非力だが、まあ・・・・使える。(本音を言えばプレクスターを使ってほしかったが・・・・・)

ということで、一流メーカー製のパーツをしっかり使って計5万2千円。いい時代になったものだ。

ハードディスクは80ギガもある。メモリーは512メガ、XPを使うには十分だ。

これがVistaだとそうはいかない。最低でも1ギガは必要だし、できれば2ギガ欲しい。そうなるとあっと驚くなんとやら・・・・・高くつく。

ところで、いわゆる一般的なメーカー品の場合、安い製品で十分な性能のものは意外に少ない。
ほとんど、メモリーとかハードディスク、DVDドライブなどを増設したりアップグレードしなくてはならない。そしてその値段が信じがたく高い。

チラシで6万円とあっても、実際に使い勝手がよいようにカスタマイズして購入するなら、けっこうな値段になってしまう。

これって、やっぱ、ちょっとあまり良心的とはいえない商売じゃないのかなあ?

ま、いいや・・・・。

一夜明けて12日朝、まずドスパラに電話して、在庫を確認。「明日、とりに行くので」と、とり置きを頼み、出勤。この日は夜まで仕事。

で、もう一夜明けて13日、先に入っていた用事を済ませて、昼にドスパラ到着、3年保証をつけてもらって、計5万4千円ほど支払い、新パソコンを引き取ってきた。

すでに電話で取り置きを頼んでいたので、買い物には5分もかからない。

でもって、その日は午後は新パソコンの設定に費やし、まずはウイルス対策をし、データーを戻してとりあえず再びメールのやり取りとネット検索ができるところまで持っていった。

次の日は朝からワードとか、表計算ソフトなど、ソフトを入れていき、夕方にはほぼ仕事がまあまあできるほどに回復した。

ただ、この時点で、アドレス帳のバックアップをしばらく忘れていたことに気づいた。
最後にバックアップしたのが、昨年の11月、それ以降に入れたアドレスデータは結局紛失だ。

これは、ちょっとがっかりした。まあ仕方がない。

ま、というわけで、二日かけてパソコン関係の再整備をほぼ完了した。
その間、練習とかリハーサル、事務的な仕事もこなしながらだから、けっこうがんばった。

かなり大変な作業だったけど、やり終えたときにはちょっとだけ達成感があった。

「yamさん、がんばったね、ご苦労様!」と、自分をねぎらってやりたい気分だった。

しかし、パソコンって機械は、壊れてから新しいのに移行するより、壊れる前に移行するほうが絶対いい。

どうせもっても4-5年の機械だ。
たとえ、機械がもっても5年後のソフトやファイルに対応するには性能の面で非力になるに決まっている。
ある程度使ったら、まだデーターが無事なうちに新機種に引っ越したほうが絶対便利だと思う。
そうすれば、引越しソフトとか使って楽に移行できる。

教訓そのX、

*データーのバックアップはこまめに。、毎回二つのバックアップデーターを造ると良い。

*パソコン買うなら実質のみを追求すべし。特にバンドルソフトの多寡に惑わされてはならない。

*まずは落ち着こう。あわてて動いたら余計な出費と手間をとられる。

*できれば一度は自作して、パソコンの仕組みと原理を知っておくといい。そうすれば、トラブルに有効に対処できる可能性が高い。

けっこうスリリングな楽しい二日間だったぁ・・・・!

しかし、新パソコン、快適!

ただし、IMEだけは、また一から学習してもらわないといけない。
それがちょっとめんどっちいネ・・・。



牧師の仕事

2007年05月19日 21時19分04秒 | よもやま話
牧師の仕事

2006年10月3日

ぼくは打楽器奏者で打楽器教師なんだけど、キリスト教の牧師もやっている。
いや、させていただいてる。

牧師の仕事ってよく知らない人がほとんどだよね。

牧師の仕事っていろいろあるが、
代表的なものだけ言うと、
聖書を朗読することと、
聖書について教えること、
そして、祈ることだ。

まあ、もちろん結婚式とかお葬式をすることもある。ごくまれに。

仕事といっても、お金にはならない。
ぼくが働いている教会では基本的に無給だから・・・・・。

でも、仕事だ。
仕事というより使命だと思ってる。

朝、一日のはじめには必ず聖書を読んで祈る。
家族のために、教会の人たちのために、生徒たちのために、一人一人の名前を挙げて祈る。
そしてもちろん自分のためにも。

大学でも誰かのために祈るときがある。
ただ、公立の学校なので、誰かが祈ってほしいと言ってくれたときだけだ。
昔はこちらから「お祈りしましょうか?」と声をかけていたが、今は頼まれたときだけにしている。

まあ、もちろん頼まれなくても、家では勝手に祈っているが。
特に祈るのはその人の祝福と病気の癒しだ。様々な悩みの解決のために祈ることも多々ある。



音楽家としての仕事と牧師の仕事って、実は関係がすごく深いんだ。

バッハだって音楽家で聖書教師だったし、リストは司祭だった。
マルチンルターは言わずとしれた牧師の中の牧師、しかも、作詞家で作曲家、優れた音楽家だった。
フランクやブルックナーは教会オルガニストだった。

ぼくは、音楽ってのは究極的には祈りではないかと思ってる。

だから、ぼくの中では音楽家であり牧師であるってことが別々のことではない。
一つのことだと思ってる。

あ、どなたか問題とか病気とかをかかえてしんどい人がいますか?
言ってくれたらあなたのために祈りますよ。
コメント欄にでも書き込んでください。

もちろん、祈祷料とかお布施とかは一切必要ないです。
誰かのために祈るって、ぼく自身の喜びだから。

祈ること自体喜びだし、その祈りがかなったときはもっと喜び。
Hallelujah!

God is

セッティングとか

2007年05月19日 21時18分28秒 | よもやま話
セッティングとか

2006年9月25日

一昨日はいずみシンフォニエッタのコンサートだった。
武満徹作品が3曲、それに伊左治直さんの新曲の計4曲を演奏した。

現代曲ばかりのコンサート、演奏も大変だが、セッティングがこれまたえらいことだ。
今回はいつもより楽器の数が少なかったのだが、それでもなかなか気を遣う。

例えば伊左治さんの作品では、ぼくのパートでけでも、
客席に向って一番右にヴァイブマレットとコントラバスの弓を乗せたマレットスタンド、
次にヴァイブラフォン
そしてカズー、スライドホイッスル、ラチェット、パンディエロ、それに電気ひげそりを乗せたマレットスタンド、
二つのカウベル、トライアングル、小ドラを乗せたペダルティンパニ、
スネアドラム、
マレット類を乗せたマレットスタンド、
ライオンロアーを乗せた小物台を並べなくてはならない。
ただ並べるのではなく、さっと次のマレットや楽器をとれるように配置にも気を遣う。
移動のしやすさも考えないといけないし、
ライオンロアーをこする布を水で適度にしめらせ、
コンバスの弓には松ヤニを塗り、
電気カミソリは充電し、
ヴァイブのペダルはネジがゆるんでいないか、モーターはちゃんと回ってるか、回転ノイズは出ていないか、スタンド類のネジは締まっているか?楽譜はちゃんと譜面台の上にあるかどうか?といくつかの点検もしないといけない。

一曲のためにこれだけのことを演奏前にこなさないといけないのだから、ちょっとばかしというかけっこう大変だ。
それにこの日は4曲も出番があったんだから。

もちろん、もう一人の打楽器奏者伊藤すみこ嬢もけっこうな数の楽器を扱っている。

これだけのことを自分たちだけでやっていたのでは、いくら何でも身が持たない。

第一、曲と曲との間は少し休んで緊張をほぐさないと次の曲に向ってテンションを整えていけない。

だから、どうしても助け手が必要だ。
今回のコンサートも教え子であるH嬢とK嬢が忙しい時間を割いて手伝ってくれた。

また、コンサートが終わると聴きに来ていた他の教え子達も片付けのために舞台そでに駆け付けてくれた。

この場を借りてお礼を言います。「本当にありがとう。助かりました。」

(シ_ _)シ

そんなわけで、打楽器を演奏するって自分だけの力ではできない。たいがい誰かの助けが必要だ。

でも、実はそれがすごくいいことなのかもしれない。

人間には助けたり、助けられたりって関係がすごく必要だと思う。
互いに助け合い、支え合い、仕えあうことを通して、すごくたくさんのことを得られる。

音楽ってやっぱり「関係」だと思うんだな。

ぼくも若いころ、いろんな先輩打楽器奏者のお手伝いをした。
みんなすごくいい思い出だし、それによってメチャ勉強させてもらった。

なかでも、ケルン留学中、吉原すみれさんのお手伝いをさせていただいたのは、生涯の財産だ。

あの時はケルンで打楽器フェスティバルがあり、すみれさんのリサイタルがその中の重要な一晩だった。

で、本番の数日前にケルン入りしたすみれさん、その地にぼくという日本人打楽器学生がいるとわかるとすぐに手伝ってちょうだいと声をかけてくれた。
もちろん二つ返事で承諾させてもらった。なかなかそんなチャンスはめぐってこない。

で、本番の日までの数日間、彼女は西部ドイツ放送局のスタジオを一室借り切って、練習を重ねた。
その時、彼女は一柳さんの新曲を演奏することになっていたんだ。その曲が、何と日本を出発する直前に完成したとのことで、あと数日で譜読みをし、完成させないといけない状況だったのだ。

彼女はぼくに「私が練習している間とにかくそこにいてちょうだい。水と言ったら水を、サンドイッチと言ったらサンドイッチを、ソーセージと言ったらソーセージを、すぐに調達してくれたらいい。」「あとはセッティングとかもね・・・・」と指示し、猛然と練習を始めた。

朝一番にスタジオ入りすると脇目もふらず一心不乱にさらい続けるのだ。

で、昼頃になると、「休憩するわ。お弁当買ってきて!」と指示が来る。
すぐにお弁当を調達しに走るのだが、ランチを手にしてスタジオに帰ってくると、彼女はすでにまた練習を再開している。
「そこに置いといてちょうだい」と言われ、また練習を見学しながら待機していると、いつの間にか晩ごはんの時間になる。
すでにランチは完全に冷えて、もはや食欲をそそることのない冷たい物質にと変貌している。
「仕方ないわね。何か晩ごはん買ってきて!」とまた指示が来るので、再度食料調達へと走る。

ディナーボックス片手にスタジオに帰ると、彼女はまたしてもすでに練習を再開している。
せっかくのディナーもいつの間にか冷たい物質へと変貌してしまうわけだ。
結局それもゴミ箱行きだ。

で、9時か10時になると、
「もう限界、帰るわ。宿まで案内お願い!」「あ、帰りに何か食べよう」ってことで立ち食いバーのようなところで軽く食事をし、宿舎へ。

「明日は*時に迎えに来てね」とその日が終わる。

てなことが数日間続いて(毎日同じパターンが続いたんだ)本番を迎えた。

ぼくはセッティングのお手伝いとピアニスト一柳さんの譜めくりをさせていただいた。

コンサートは、すばらしくエキサイティングなできばえだった。

いや、すごくいい体験をさせていただいた。

この経験は今に至るまでぼくの貴重な財産となっている。

また、これには後日談があって、

この時の譜めくり、一柳さんに「すごく弾きやすかった」とおほめいただいた。

で、ぼくがその後札響に入ってしばらくしたころ、突然一柳さんから電話をいただいた。
どうされたのですかと聞くと、
コンサートのために札幌に来ているが、譜めくりの人が不慣れな人で心配なので、替わりにやってくれないかとのことだった。

もちろん喜んで譜めくりを務めさせていただいた。

これもいい思い出だ。

ところで、ぼくがいろんな人のセッティング手伝いをする時、心がけていたことがある。

それは、その日のプログラムの曲を勉強していき、もし自分が演奏するなら楽器をどう並べるかとか、どんなマレットを使うか、もっと言うなれば自分だったらどう演奏するかを事前に研究してから行くと言うことだ。

新作とかで譜面が手に入らないときは、それが自分の師匠とか先輩のコンサートだったら、絶対どこか身近なところでさらってらっしゃるハズだから、その人のいない間にこっそり譜面を盗み見たりコピーしたりして(見つかったらヤバカッタカモ・・・・)できるだけその曲そのものを知ってから行くんだ。

これは、すごく勉強になった。

だから、裏方の仕事って、自分でお金払ってでもしたいと思ってた。

でも、いろんなことがあった。

今大阪の某オケにいるK先輩は大学を出て就職浪人の期間中に、
「リサイタルしたいんだよな。でもお金ないんだ。楽器運びとか、お金かけないで何とかならんかな?山本頼むわ」と殺生なことをおっしゃる。

そのころ京芸の学生だったぼくは考えた末に「しゃあない、何とかしょっか・・・」ってことで、京芸のゴミ運搬用のリヤカーを借りてきた。

で、大学の楽器を無断で持ちだし(今はそんなことしたら即刻退学か停学だろうけど)、リヤカーで京都会館まで数往復して運んだ。まあ、そのころの京芸音楽学部から京都会館まではすぐとなりだったからなんとかなったのだけど・・・・・。

しんどかったけど、なんかそのリサイタル自分が出演したような気分でうれしかったなあ。

終わったぁ・・・・!

2007年05月19日 21時18分04秒 | よもやま話
終わったぁ・・・・!

9月8日のコンサート、無事(?)に終えることができた。
練習は半年間続いたが、いざ本番となるとあっという間にオシマイ・・・・。
ちょっとあっけないなあ。

今回は充実したリハーサルを積み重ねた事もあって、まあ、納得できる結果だった。
もちろん今後に向けての課題はいっぱいあるが、
とにもかくにも、まずは今成し得た事柄を感謝し素直に喜ぶことから次が始まると思うので、
「ヤッタね!」って自分をねぎらうことにしよう。

ご来聴下さった方々、応援してくださった方々、本当にありがとうございました。

さあて、次はどんな風に・・・・・。



ま、しばらくは23日のいずみシンフォニエッタの準備に全力投球だぁ!


いよいよ明日

2007年05月19日 21時17分47秒 | よもやま話
いよいよ今年のアンサンブルフィリアコンサート、明日になった。

3月1日に練習を開始し6ヶ月、充実した日々を過ごせたと思う。
多くの人たちに支えられてがんばることができた。
いつも練習場所を提供し、おいしい食事を作ってくださった**家の方々、
いろんな細かいことも手伝ったり配慮してくれた、京芸打楽器研究室の学生さんたち、
愛する妻と子どもたち、
その他あげていけばきりがないけど・・・・
そして、全てを統べ治めて導いてくださった創造主なる神に、
感謝します。

さあ、明日は全力をつくしてがんばるぞ!(リラックスも忘れずに~)
聴衆の皆さんとともにバッハのすばらしさ、楽しさ、深さを存分に喜び楽しみたいと思います。
そこにいる全ての人々、聴衆の皆さん、裏方の皆さん、そしてぼくたち演奏者に神の祝福が注がれ、満ちあふれるように!
シャローム!

皆さん、どうかご来聴下さい。
弟さん、妹さん、お兄さん、お姉さん、お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、奥様、だんな様、息子さん、お嬢さん、友人、知人、親戚、通りすがりの人・・・・等々をさそって、ぜひぜひ京都府民ホールアルティへお出かけ下さい。

よろしくお願い申し上げま~す!

もし、大阪方面に住んでおられて、京都はどうしても遠いとおっしゃる方々は
吹田で楽しいコンサートあります。同日、同時間です。
このコンサートと重なってしまったのが、チョイ心残りだ。

「パーカッションアンサンブルKAKERA リサイタル」
LIVE with BRASSES Beat up...!!

メイシアター(吹田市文化会館) 小ホール
9月8日(金) 18:30開場  19:00 開演

http://www1.kcn.ne.jp/~sin-ki/takoyaki/concertinfo.htm



結婚式

2007年05月19日 21時11分15秒 | よもやま話
結婚式

2006年8月17日

一昨日、突然結婚式を司式した。
何で司式かというと、ぼくは音楽家であり、教師なんだけど、キリスト教の牧師でもある。

事情があって、どうしてもその日でないと結婚式ができないというカップルだ。
日曜日に依頼があって、火曜日には式をするっていうことで、まあ、電撃結婚式といっていいだろう。

結婚式なしで入籍してしまうことも考えたらしいが、やはりけじめをつけたいとの希望だったので、
家内と二人、エイヤッと強引に都合をつけて引き受けた。

新郎新婦とそのご両親、それに新婦の妹さん、そして私と家内、私たちのむすこと娘たちだけで祝う小さな小さな結婚式だったが、
一切の手順を省略せず、神と人との前で生涯の愛を誓い合ってもらった。

そしたら、もう、本当に感動の結婚式だった。
本人たちも、ご親族たちもただただ涙、涙・・・・。

ヤッパ、結婚式っていいな。
こういうけじめは省略しない方がいい。
結婚って、やっぱり神聖なものだ。

ああ、本当にうれしい経験だった。

 ルヤ! 

ところで、最近はキリスト教式の結婚式がはやりらしいが、気をつけた方がいい。
いわゆるブライダル産業で働く牧師、特に白人牧師の中にはニセ牧師が結構混じっている。

神と人との前での厳粛な誓いの時なのに、司式する人が偽牧師だったなんて、冗談にもならない。

単なる「キリスト教風」の結婚式ではなく、
本当の意味での神と人の前での結婚式を挙げてほしいと老婆心ながら切に願う。

本当の牧師なら、ブライダルカウンセリングで結婚の意味をきちんと聖書から教えた上で司式してくれるはずだ。

結婚は神が定めた祝福の制度だ。
神聖で喜びに満ちたものであり、同時にチャレンジがいっぱいの生涯をかけたプロジェクトだと言える。

これから結婚していく人たち、その結婚に祝福が豊かにありますように!
シャローム!

God is

打楽器奏者になる

2007年05月19日 20時52分46秒 | よもやま話
2006-01-14 00:51:57

私が打楽器奏者になりたいと思い立ち、練習を始めたのは高校一年の11月だ。16才になる少し手前。
ずいぶん遅いスタートだった。

なぜ打楽器を選んだのか?
理由は簡単。資本金がほとんどいらなかったからだ。
もちろん一番資本金がいらないのは声楽だろう。体が楽器なんだから。
でも、当時私は変声期が終わって、それほど年数がたってなかったせいか、ちょっと声を出すとしんどくなって、息も絶え絶えになるのが常だったので「声楽はムリ」と判断した。

打楽器は本当に安く始められる。
当時スティックは1組1000円、練習台は3000円だった。
今でも、安く始められるという状況は変わってないだろう。
だから、気軽に始めていいのではないだろうか。

遅く始めてもダイジョウブ。ぼくの知り合いでは26才で始めてちゃんとプロになった人がいる。

練習時間が少なくてもダイジョウブ。
忙しいビジネスマンのアマチュア打楽器奏者でプロ顔負けの演奏を聴かせてくれる人もちゃんといる。(音大生、プロ奏者、もっと頑張らんかい!)

だからといって、打楽器が易しい楽器だとは言えない。
あれから30年以上たって、「日々精進の甲斐あって、オレは完成だっ!」って事には全然なってない。
やればやるほど奥が深い。
つまりは、おもしろいって事だ。やりがいはある。
一生をかけるに不足はない!(ちょいオーバー・・・・かな?)

これから始めようと思う人、すでに始めてがんばってる人にとって、少しでも役に立つプログにしたいと思ってるが、なんせぐーたらな私だから、どのくらいの頻度でアップできるか見当もつかない。
まあ、気長につきあってほしい。

けっこう役に立つ情報を提供できるはず・・・・?である。
乞うご期待!  ていうか、書き続けられるように応援してくだされ!