気がつくと男が前の席に座っていた。
相席するほど店内は混んではいなかった。
変だとは思ったが気にも留めないでいた。
僕は一瞥すると、またお粥を食べはじめた。
男は向かいのベンチシートの端っこに、
いつでも動き出せそうなかっこうで座っていた。
視線は宙に浮いていたまま僕の肩越しをさまよっていた。
我々の席は丁度どこからも死角になっていた。
僕は座っている場所をずらすと、
置いてあるバックを壁と体で強くはさんだ。
前ポケットの携帯電話に触れ確かめた。
財布の入っている後ろポケットのボタンをゆっくりはめた。
そして、武器になる物は無いかとあたりを見回した。
店内には朝のテレビニュースの広東語が響き渡っている。
やがて男は急にこちらに顔を向け微笑んだ。
内側に返した手のひらには真新しい携帯電話が光っていた。
「××××?」
広東語だった。
僕は要らないと手を振った。
「××××?」
繰り返した。
僕は無視した。
明け方振った雨で道路はまだ濡れていた。
空気はいつもより澄んでいるようだった。
店を出ると白タクのおっさんが視線を合わせ微笑んだ。
それはつい今しがた見た微笑によく似ていた。