午後7時頃,まだ日が高いブライトンに戻り予定通り学校の前まで来ると,イーゴがたった一人重たい面持ちをして僕たちを待ち構えていた。
僕たちが降車するとすぐイーゴが青ざめた顔でぽつりと呟いた。
「明日帰らなきゃならない」
一瞬時間が止まった様な気がした。受け入れがたい現実を突然叩き付けられて,誰もが言葉を失ってしばし呆然とした。
「明日,朝6時,ガトウィック・・・」
イーゴの言葉を遮るようにアジャが自国語で話しかけた。意味はわからなかったが声の調子から動揺と哀しみが滲み出ていた。イレイナも加わって3人がしばらく話し合っているのを円山さんと僕はただ見つめるしかなかった。
イーゴが泣き出したアジャを抱きしめて頭をなで始めると,イレイナが僕たちへ近づきながら大きな深呼吸を1つして,決心した表情で語りかけた。
「明日帰らなきゃならない」
一瞬時間が止まった様な気がした。受け入れがたい現実を突然叩き付けられて,誰もが言葉を失ってしばし呆然とした。
「明日,朝6時,ガトウィック・・・」
イーゴの言葉を遮るようにアジャが自国語で話しかけた。意味はわからなかったが声の調子から動揺と哀しみが滲み出ていた。イレイナも加わって3人がしばらく話し合っているのを円山さんと僕はただ見つめるしかなかった。
イーゴが泣き出したアジャを抱きしめて頭をなで始めると,イレイナが僕たちへ近づきながら大きな深呼吸を1つして,決心した表情で語りかけた。
「パリ,本当に楽しかったわね」
イーゴ達の国の情勢が悪化してイギリスから出る飛行機に制限が加えられ,その週の内に帰国しなければならなくなったのだ。イーゴやイレイナの家族との連絡も取れなくなってしまった。飛行機が数回臨時で運行されるが,イギリス中にイーゴ達と同じような身の上の若者が大勢散らばっているから,混み合う前にと慌てたホストファミリーがチケットを予約してくれたのだという。
円山さんが翌朝ガトウィックまで送り届けることを提案するとイレイナが円山さんに抱きついて静かに泣き始めた。するとアジャが僕の方へ駆け寄ってしがみ付きながらしゃくりあげる様にして号泣した。
イーゴ達の国の情勢が悪化してイギリスから出る飛行機に制限が加えられ,その週の内に帰国しなければならなくなったのだ。イーゴやイレイナの家族との連絡も取れなくなってしまった。飛行機が数回臨時で運行されるが,イギリス中にイーゴ達と同じような身の上の若者が大勢散らばっているから,混み合う前にと慌てたホストファミリーがチケットを予約してくれたのだという。
円山さんが翌朝ガトウィックまで送り届けることを提案するとイレイナが円山さんに抱きついて静かに泣き始めた。するとアジャが僕の方へ駆け寄ってしがみ付きながらしゃくりあげる様にして号泣した。
混乱した僕は状況を整理できないでいた。学校の入り口の階段にイーゴがしゃがみ込んで肩を震わせているのが見えた。
僕はアジャのカールした金色の髪を撫でながら慰めるように優しく囁いた。
「大丈夫だよ。すぐまた会えるからね」
アジャは小刻みに何度か頷きながら泣き続けていた。
「少しの間会えないのが寂しいけど,絶対に会いに行くよ」
「ソーヤン,本当?」
「うん,絶対。君の国に行ってみたい」
「手紙も書くわ」
「勿論」
「約束よ」
「1日に100回書くよ」
僕のくだらない冗談に少しだけ笑ったアジャのことが物凄く愛しくなって,まだ震えている柔らかい体を力強く抱きしめた。アジャも抱き返してくれた。
そのうち僕たちは自然と5人で抱き合って額を合わせたまま「大丈夫」と何度も言い合った。もっとそうしていたかったけれど時間がなかった。
落ち着きを取り戻したイレイナが鞄を持ち上げて声をかけると,アジャもイーゴもそれに呼応して歩き始めた。
円山さんが「送るよ」と言うとイレイナが優しく断った。
「明日迎えに来て。今は歩きたいの」
円山さんと僕は彼らの姿が見えなくなるまでじっと見送った。上り坂の上で3人が腕を高く上げて大きく振ったのを合図に2人で車に戻ってから,僕のフラットに寄って荷物を下ろした後円山さんの自宅まで行って待機する段取りをした。
車が走り出してからの道中は円山さんも僕も黙り込んだままだったが,1つだけ独り言の様に円山さんが呟いた。
「このまま行かせてもいいのかな・・・」
その言葉はあれ以来心に突き刺さったまま未だに僕を苦しめ続けている。
本当は何があっても帰すべきではなかった。今なら分かるけど,それでもあの時はそれが間違った選択だったなんて知る由もなかったんだ。
「このまま行かせてもいいのかな・・・」
その言葉はあれ以来心に突き刺さったまま未だに僕を苦しめ続けている。
本当は何があっても帰すべきではなかった。今なら分かるけど,それでもあの時はそれが間違った選択だったなんて知る由もなかったんだ。