Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

★「ネット小説大賞」にもチャレンジ中★

30.永遠

2020年05月15日 | 日記
「あれからイーゴさんが楽しそうにお話ししてくださって」

イーゴはベッドに着くまでには正気を取り戻して自分のことやアジャや僕の話をパオラに語った。パオラがイーゴの看護に付いてからの数週間,彼はただ生きた屍の様に息をしているだけだったから,彼女は嬉しさというより驚くばかりだったという。1時間ほど独り言の様に楽し気に語りつくしてから,イーゴはそのまま眠りに就いた。眠る直前,イーゴはお守りを手に取って,「これをソーヤンに返さないと」と呟いたらしい。それにアジャの血が染みついていることも,どんな風に亡くなったのかも話そうとしたが声を詰まらせて,そのまま眠った。

「まるで,あなたを待っていたみたい」
「イーゴ・・・」

イーゴはげっそりと衰弱しきっていたが,ベッドに横たわるその表情はとても安らかだった。胸の上で組まれた両手の傍に紫色のお守りと写真が置かれていた。僕はその場に跪いてイーゴの手を両手で包み込んで,その冷たさと硬さに言葉を失った。そのままイーゴの傍らに顔を埋めて泣きじゃくっていたら,突然パオラが僕の背中から覆いかぶさる様にしがみ付いてきて一緒に泣いてくれた。

「あんなに楽しそうな・・・」

パオラはそれ以上何も言えず僕と一緒に数分間泣いていた。氷のようなイーゴの手は僕の体温では温まることはなかったが,パオラの涙と息遣いの熱は僕の背中でじんわりと広がっていった。それから彼女は僕の右側に僕と同じ様に跪いてから背筋をピンと伸ばしてから祈り始めた。僕も彼女の声に合わせて共に祈った。

Our Father in heaven,
hallowed be your name,
your kingdom come,
your will be done,
on earth as in heaven.
Give us today our daily bread.
Forgive us our sins
as we forgive those who sin against us.
Save us from the time of trial
and deliver us from evil.
For the kingdom, the power, and the glory are yours
now and forever. Amen.

その祈りの如く,「神様の国」はこの世に具現化されるのだろうか。それとも,今僕らが見ている世界こそが「神様の国」なんだろうか。イーゴの魂は何処へ行ったのだろうか。先に亡くなったアジャとは再開できたのだろうか。今僕の目の前に横たわる躯がただの「器」だというのなら,「神の息吹」とやらは何処へ戻ると言うのだろうか。そもそも神から与えられた息吹はたった1つなのだから,あらゆる人々の死が想念となって元の1つの塊の様にまとまるのかもしれない。

以前読んだ遠藤周作氏のエッセイに,亡くなった人の思い出こそが我々の心の中での「復活」に他ならないという様なことが書いてあった。ならば,亡くなった人たちの魂は僕たちの心の中で永遠に生き続けるはずだ。

「You’re not really far away, here in my heart」

僕がそう付け足すとパオラが大きく頷いて青い目を潤ませながらニッコリと微笑んだ。僕の涙もいつの間にか止まって,不思議と爽やかな気持ちに変わっているのがわかった。

それからイーゴの遺体をシーツに包んでから担架に載せて2人で埋葬場所まで運んだ。イーゴの足元を前側にして僕が後ろ手に抱えて先導した。パオラに大丈夫か声を掛けようとしたが,彼女がイーゴの顔を愛おしそうに見下ろしている様子を見て何も言わずに進み始めた。長身のイーゴの足は担架からはみ出して僕の腰の辺りに時々ぶつかった。やせ細った体重は,前日に運んだ子供や女性よりも軽く感じた。そのことがとても悲しくなって,僕はまた泣きべそをかき始めた。

生のエネルギーは死と共に何処へ放出されるのか。僕はそのヒントが細胞や宇宙の仕組みに似ているのではないかとずっと信じてきた。つまり同じ軌道を繰り返し繰り返しなぞる様に移動していて,死がゴールであると同時に生のスタートなのではないだろうかと。生まれ来るときのエネルギーこそが僕たち自身が死ぬときに放出されたエネルギー。何処で始まり何処で終わるのかは惑星の軌道と同じく測り知ることはままならない。だとすれば,「神の息吹」は天に帰るのではなくて,産声としてその生を湛えるのだ。そうすれば寿命の長短に不公平はないことになる。なぜならば,その軌道は永遠なのだから。

イーゴの遺体はゲイリーと同じ穴に埋葬することになった。既にあった20体ほどの遺体の一番端にイーゴの遺体は並べられた。僕はイーゴのシーツの中に写真をそっと偲ばせた。

「その写真の裏に書かれた住所・・・」

パオラがはっとした様に話し始めた。

番地までははっきりしないが,少なくとも大まかな住所が今は埋葬地になっている付近であると彼女は説明した。

「そうだったのか・・・」

僕はイーゴに手を合わせてから,晴れ渡った空を見上げて大きく深呼吸した。

僕はきっと,兄思いだったアジャに導かれるようにしてこの場所に辿り着いたに違いない。僕はその時,しっかりと地面を踏みしめて立っていた。埋葬地を後にして数歩進んだ時,僕は少し立ち止まって穴の方を振り返った。パオラにイレイナの事を尋ねたが,アジャ同様に彼女は知るはずもなかった。

僕は寝床だった場所に戻ってノートを取り出した。ジェイ達はまだ眠りの中だった。
そして,アジャに送った数ページの切り痕が残ってるのを暫く見つめてから書き綴った。

アジャ・ナバコビッチ,18歳,金色の巻き髪,身長170㎝ほど,白人,茶色の瞳,イーゴの愛すべき大切な妹,私達の大切な家族。

イーゴ・ナバコビッチ,21歳,金色の短髪,身長190㎝ほど,白人,茶色の瞳,アジャの頼れる優しき兄,私達の大切な家族。

それが僕にとって遺言ノートへの初めての記録となった。それまではジェイに任せていた記録の仕事を,自分でも積極的にやろうと決心した朝だった。


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