Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

★「ネット小説大賞」にもチャレンジ中★

24.八百万の神々

2020年03月06日 | 日記
僕たちの護衛を担当することになっている義勇兵達は数日経っても到着しなかった。中々越境することができず,僕はアジャのことを考えながら少しずつ焦りの気持ちが強くなっていくのを感じていた。,避難している人たちとの交流は順調でやり甲斐は感じていたけど,日々絶えず運ばれてくる支援物資を整理したり配布したりで昼夜休む暇もなく働きづくめだったし,繰り返す単調な作業にマンネリ化も否めなかった。だから1週間程経った頃,数日以内に出発するかもしれないという知らせが入った時には皆一様に元気を取り戻した様な感じがして,不謹慎にも色めき立ったのを覚えている。

僕たちは隣国の東端にある都市を目標にしていた。そこではかつての隣県との間で互いに国境を広げようとする散発的な銃撃戦が生じて安全が確保できなかった。既に現地に入っている他のグループの安否確認も予定よりもかなり遅れていた。

アジャの住所は不幸にも正にその場所にあった。耳に入ってくる情報は色々と交錯していて僕の焦りの気持ちを意地悪に煽った。

アジャが別れ際に空港でくれた小さなポラロイド写真は右胸のポケットに大切にしまってあった。時々防弾ベストの隙間から手を差し込んで取り出しては眺めるのが日課になっていて,それは不安や疲労を癒してくれる一服の薬草の様な役割を果たしてくれていた。少し色褪せた写真には,河の向こう側に架かる大きな橋を背にしながら肩を組んでふざけているイーゴとアジャが写っていた。裏にはアジャの思いの丈が数行綴られていて最後に住所と電話番号が記されていた。手紙は本当に毎日投函していたし,電話番号へも週に数回はかけていたが一度も応答はなかった。

その週の前半には激しい戦闘が数回あって仲間の中からも数人の死傷者を出していた。しかし,週末を迎える頃には情勢が落ち着いてきて,21日の日曜市場も予定される程までになったという。

金曜の朝,いつもの時間に集合すると,急遽赤いベレー帽の兵士2名と共に国境へと向かうことが決まって,僕たちはキャンプの人々が見送ってくれる中慌ただしく出発することになった。「ズボゴム」と手を振りながら別れの言葉を呼び掛けてくれる親子の中には,どこからか拾ってきた重たい鉄製ヘルメットを深く被ってグラグラと倒れそうになりながら敬礼をしてくれる男の子達もいて微笑ましく思った。

「国境」とは言っても,ついこの前までただの県境に過ぎず,せいぜい有刺鉄線とドラム缶などでバリゲードみたいなものが設置されているくらいで,警備している兵士もいるわけじゃないから,いつでも自由に越境できる様な印象だった。出入国の何の確証もなく,僕たちを乗せたトラックは苦しそうなエンジン音を轟かせながら土埃を巻き上げて警護のランドローバーの後をついていった。

「ここからが本番だ」

tやhの音が落ちてしまうフランス語訛りの英語で聞き取りづらかったが,ラファエルがポツリと呟いた。このグループでは唯一彼だけがこのミッションの古参で事情を心得ているから,ガチガチに緊張している他のメンバーとは異なり唯一涼しい顔で夏空を見上げていた。

しばらく森の中を走っていたが,大荷物を屋根に無理矢理載せてロープで縛りつけた乗用車とすれ違うくらいで,特段警戒するような様子は見受けられなかった。森を抜けて静かな田園地帯を2時間ほど進むと道端には僕たちの進行方向とは逆向きに進む車や人々の数が激増した。最初は余り気にも留めなかったが,それは住む場所を追われ逃げ惑う人たちだと気づいて,慌ててトラックの荷台から身を乗り出してアジャの姿を探し始めると,まるでハイキングかイベント会場にでも出掛ける様な普段着のまま,力のない疲れた表情で擦れ違う人達が時折恨めしそうに睨み付けてくる。それでも僕は必死にその中にアジャがいないか確認し続けた。

あれよあれよと車や人々の数が増えてとうとう道を進めなくなり,僕たちの車列は脇道を進むことになった。車体が壊れそうなくらいきしみながら縦横に激しく揺られるトラックの荷台では立っていられるはずもなく,僕は仕方なくアジャを探すのを止めて腰を下ろしてから幌用のバーにしがみ付いた。

「避難してれば帰りにキャンプで会えるはずだ」

僕は自分にそう言い聞かせて,もう1度丘の上の道を後方へ進む人々へ目をやった。それは逆光のこちら側で真っ黒なシルエットになっていて,まるで嵐の後の濁った河の流れの様に不気味に絶え間なく流れて行った。アジャがくれた写真に写っていた河の様子がそれに重なって心臓が不気味に高鳴るのを感じた。息苦しさの中で,僕はラファエルが言った「本番」という言葉の意味を考えていた。

ラファエルは詳しくは説明しなかったし,ガタガタと弾む荷台の上では誰一人として言葉を発する者もいなかった。

ゲイリーが上着の上から胸にかけた十字架をギュウっと握りしめて祈り始めた。
「天にまします我らが父よ・・・」

子供の頃,食事の前に必ず母親が目を瞑って祈っていた姿をふと思い出した。

クリスチャンの母は神主の息子だった父と結婚したが,僕のことはキリスト教の教えを説いて育てた。年末年始に先祖代々守ってきた神社で働く叔父の手伝いに行くことがあって,父に母親との結婚の謎を問いかけると「神様が1人くらい増えても構わないんだよ,日本はね」と笑いながら答えてくれた。