8月30日
提供:NEWSポストセブン
尖閣問題で中国に対し強硬な態度を示そうとする人々は、多くがこう思っているはずだ。「いざというときは米国が守ってくれる」と。だが、果たしてそれは本当なのか。元外務省国際情報局長の孫崎享氏は、「それは従米派の人々の一方的な思い込みでしかない」と指摘する。以下、孫崎氏が語った。
* * *
米国は尖閣問題について、2つのポジションを巧妙に使い分けている。
1つ目は、「尖閣諸島は安保条約の対象になっている」という考え方で、2010年9月に起きた尖閣沖の漁船衝突事件の際も、ヒラリー・クリントン国務長官はこのように述べている。
確かに、日米安保条約第5条には、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する」とあり、尖閣が攻撃された場合、米軍が出動するのは自明なことのように思える。
だが、そうではない。
この条文の「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」という表現に注目してほしい。米国の憲法では、交戦権は議会で承認されなければ行使できない。つまり、日本領土が攻撃されたとしても、米議会の承認が得られない限り、米軍は出動しないのである。
米国のもう一つのポジションは、「領土問題については、日中どちらの立場にも与しない」というものだ。
2005年に日米政府が署名して規定した『日米同盟 未来のための変革と再編』では、「島嶼防衛は日本の責任である」ことが明確化された。尖閣諸島も、もちろんこの対象である。米国は、中国が対台湾向けに沿岸部へ配備した強大な軍事力と、在日米軍だけで相対することを嫌がっている。だからこそ日本に責任を押しつけたのだ。
そうはいっても、実際に尖閣が中国に奪われれば米国も黙っていないのではないか、という考えも甘い。
アーミテージ元国務副長官は、著書『日米同盟vs.中国・北朝鮮』(文春新書)のなかで、「日本が自ら尖閣を守らなければ、我々も尖閣を守ることができなくなるのですよ」といってのけた。
どういうことか。尖閣諸島が中国に実効支配された場合、尖閣諸島は日本の施政下から外れる。すると、尖閣諸島は日米安保条約の対象外になり、米軍の出る幕はなくなるのである。
つまり、米国は尖閣を「安保の対象」といいながら、実際に中国が攻めてきた場合にも、さらに実効支配されたときですら、米軍が出動する義務を負わないよう、巧妙にルール作りをしてきたのである。
1996年には、モンデール駐日大使(当時)がニューヨーク・タイムズ紙で、「米国は(尖閣)諸島の領有問題にいずれの側にもつかない。米軍は(日米安保)条約によって介入を強制されるものではない」と明言した。
多くの日本人は「在日米軍は日本領土を守るために日本にいる」と信じている。モンデールの発言は、その日本人の思い込みと、実際の米国側の認識とのギャップ、つまり不都合な真実を明らかにしてしまった。
いま、尖閣問題で勇ましい発言を繰り広げている親米保守の方々は、こうした米国側の認識を踏まえているのか、私にははなはだ疑問である。
【プロフィール】
まごさき・うける●1943年生まれ。外務省に入省後、駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を経て、2009年まで防衛大学校教授。近著『戦後史の正体 1945-2012』(創元社)が大きな話題を呼んでいる。
※週刊ポスト2012年9月7日号
【関連記事】
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提供:NEWSポストセブン
尖閣問題で中国に対し強硬な態度を示そうとする人々は、多くがこう思っているはずだ。「いざというときは米国が守ってくれる」と。だが、果たしてそれは本当なのか。元外務省国際情報局長の孫崎享氏は、「それは従米派の人々の一方的な思い込みでしかない」と指摘する。以下、孫崎氏が語った。
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米国は尖閣問題について、2つのポジションを巧妙に使い分けている。
1つ目は、「尖閣諸島は安保条約の対象になっている」という考え方で、2010年9月に起きた尖閣沖の漁船衝突事件の際も、ヒラリー・クリントン国務長官はこのように述べている。
確かに、日米安保条約第5条には、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する」とあり、尖閣が攻撃された場合、米軍が出動するのは自明なことのように思える。
だが、そうではない。
この条文の「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」という表現に注目してほしい。米国の憲法では、交戦権は議会で承認されなければ行使できない。つまり、日本領土が攻撃されたとしても、米議会の承認が得られない限り、米軍は出動しないのである。
米国のもう一つのポジションは、「領土問題については、日中どちらの立場にも与しない」というものだ。
2005年に日米政府が署名して規定した『日米同盟 未来のための変革と再編』では、「島嶼防衛は日本の責任である」ことが明確化された。尖閣諸島も、もちろんこの対象である。米国は、中国が対台湾向けに沿岸部へ配備した強大な軍事力と、在日米軍だけで相対することを嫌がっている。だからこそ日本に責任を押しつけたのだ。
そうはいっても、実際に尖閣が中国に奪われれば米国も黙っていないのではないか、という考えも甘い。
アーミテージ元国務副長官は、著書『日米同盟vs.中国・北朝鮮』(文春新書)のなかで、「日本が自ら尖閣を守らなければ、我々も尖閣を守ることができなくなるのですよ」といってのけた。
どういうことか。尖閣諸島が中国に実効支配された場合、尖閣諸島は日本の施政下から外れる。すると、尖閣諸島は日米安保条約の対象外になり、米軍の出る幕はなくなるのである。
つまり、米国は尖閣を「安保の対象」といいながら、実際に中国が攻めてきた場合にも、さらに実効支配されたときですら、米軍が出動する義務を負わないよう、巧妙にルール作りをしてきたのである。
1996年には、モンデール駐日大使(当時)がニューヨーク・タイムズ紙で、「米国は(尖閣)諸島の領有問題にいずれの側にもつかない。米軍は(日米安保)条約によって介入を強制されるものではない」と明言した。
多くの日本人は「在日米軍は日本領土を守るために日本にいる」と信じている。モンデールの発言は、その日本人の思い込みと、実際の米国側の認識とのギャップ、つまり不都合な真実を明らかにしてしまった。
いま、尖閣問題で勇ましい発言を繰り広げている親米保守の方々は、こうした米国側の認識を踏まえているのか、私にははなはだ疑問である。
【プロフィール】
まごさき・うける●1943年生まれ。外務省に入省後、駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を経て、2009年まで防衛大学校教授。近著『戦後史の正体 1945-2012』(創元社)が大きな話題を呼んでいる。
※週刊ポスト2012年9月7日号
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