つい先日、埼玉まで行く用があり、刈り入れ直前の稲穂をしげしげと眺めた。
春に来たときは、田はまだ水を張っただけで、あちこちでミミズが爆ぜ、ホホジロらしき鳥がそれを見つけては忙しくついばんでいた。
風景の変化と稲のこがね色に、しみじみと目を止められるようになったのは、夏に小川紳介の映画をまとめて見たおかげだ。
こっそり一粒だけもらい、かじってみた。当たり前だが、なかはしっかりと米粒になっていて、こころなし甘いようだった。
そんなわけで、ちょっと時間に余裕ができた秋の夜、ブログを早めに更新しておきます。
『モンティ・パイソン ある嘘つきの物語 ~グレアム・チャップマン自伝~』
2012 イギリス
監督 ビル・ジョーンズ、ベン・ティムレット、ジェフ・シンプソン
配給 松竹映像商品部
宣伝 ブラウニー
11月23日(土)より新宿ピカデリーにて2週間限定上映
12月7日(土)よりなんばパークシネマにして2週間限定上映
http://monty-python.jp/
なんだ、公開はまだまだ先なのだった。
まずもって書いておくと、これを見るとモンティ・パイソンのヒストリーが、甘いマスクの中心メンバーだったグレアム・チャップマンの人となりがよく分かる―ということは、まったく無い。ウィキペディアのほうが、ずっと情報の役を果たせる。
アーカイヴ映像もほとんどなしで、アンソロジー的なつくりではない。
結局、えーと、これはなんだったんだ、という気分で試写室を出た。
別にハイブロウなユーモアに大笑いしたわけでもなく、時代を画したナンセンス・コメディの風雲児の詩と真実に感動したわけでもなく。
なのに、ヘンにひっかかっている。おそらくまた見たくなると思う。
基本的には、チャップマンの自伝に沿ったストーリーがベースになっている。
本人が1989年に死去する前に、(なぜか)自伝の朗読を録音していて、その断章を14組のアニメーターが、14通りのアニメーションで表現している。
で、その構成がなかなか曲者で、だからといってイコール、自伝を元にしたドキュメント・アニメーションでもないのだ。
戦時中の飛行機墜落で散乱した死体を見たのが原体験という話。
(「こんなものを見せたら、グレアムに悪い影響を与えてしまう」とママが心配し、「その言葉、アンタの人生の中で数少ない当たりのひとつだぜ」みたいなことを赤ん坊がつぶやく)
学校の夏休みの、両親との延々と続く退屈な会話。
と続いてる間は、自伝ストーリーらしいのだが、そのあとは本当に断章的。
モンティ・パイソンのチームを組んだ時のことは、猿が一匹ずつ集まって、田舎道に停めた車にイタズラする描写で済まされる。その後も、モンティ・パイソンの話になると出てくるのはモンキーたちだ。
同性の恋人が出来て、酒を飲んで、飲んで、幻覚症状を起こして、アメリカに行って、テレビでゲイであることをカミングアウトして、禁酒して、酒を飲んで、結局は異星へと旅立つんだったかなんだかで、至極とりとめなく終わるのだった。
どうやらこの映画は、つくり全体が、モンティ・パイソンの看板番組だった『空飛ぶモンティ・パイソン』(Monty Python's Flying Circus 1969~74)を踏まえているらしい。チャップマンの自伝をベースにしつつ、自伝をネタにして勝手に膨らませた短編アニメーションのコントが続いているのだ、と解釈すると、ずいぶん納得できる。
『空飛ぶモンティ・パイソン』は、アニメーションを一種のジングルにしながら、コントが続く構成だった。今考えても破格なのが、1つ1つのコントにオチを用意せずにアニメでつなげ、見ている人間のきもちをずっと着地させない手法。
この映画も、まさにそうだ。『空飛ぶモンティ・パイソン』風の、“オチないアニメ・コント集”にすることが、チャップマンへの敬意になっている。
『空飛ぶ~』の、テリー・ギリアムによる手描き・切り貼りアニメーションを模したものでは、舞台でギャグが滑ってしまったときのことがしつこく描かれる。
バラバラになった死体を見た赤ん坊の挿話は、カラフルなかわいいタッチ。
僕は、和田誠調のシンプルな絵柄で家族のエピソードを語るアニメが良かった。
モンティ・パイソンについての時のモンキーは、逆に今だと野暮ったいほど、ポリゴン感丸出し。わざわざ初期ピクサーの二番煎じみたいなものにしていて、自虐的なひねりを狙っているとしか思えない。
そういう風に自伝を解体することで、幼少期のトラウマ、アルコール依存症と同性愛、といった要素がストーリーを形作るための因果関係を結ばないのは、この映画の乾いた良さでもある。
グレアム・チャップマンがどんな人物だったのかは、つまるところはよく分からない。その代わり、ある種の普遍性が浮かび上がる。
むかしイギリスにこんな男がいた。なんやかんやがあってくたばった。ただそれだけのことだ。伝説のコメディアンだろうと、キミやボクだろうと、ひとの一生にさして大きな違いはないのさ―。そんな感じ。寸止めのメランコリック。
複数のアニメーター参加のコンセプトにしても、誰もが即座に『ビートルズ/イエロー・サブマリン』を思い出すわけだが。(パイソンズとビートルズの人脈つながりについては、また別の話)
作り手チームはそれこそ、「どうせみんな、ほほうなるほどイエロー・サブマリンのようなものだなって知った風な顔をしやがるんだ。アニメでモンティ・パイソンのヒストリーをやってくれるんだって期待する奴らを、ポカーンとさせてやろうぜ、ヘッヘッヘ」と、サワヤカに邪悪な顔を付き合わせて笑っていた気がする。それぐらいじゃないと、恥ずかしい。もしもうっかり間違えて、心温まる評伝ドキュメンタリーになんかしてしまったら、パイソンズのメンバーに殺されても構わない。そういう、屈折した愛は確かに感じる。
そうは言っても、実のところ、僕はモンティ・パイソンの笑いはよく分からない。
構成作家になりたての頃(90年代)、勉強のために『空飛ぶ~』のビデオ・ソフト(VHS)を2本買って、がんばって何回も見たが、クスリとも笑えなかった。
「手旗信号版『嵐が丘』」は、まあ、見た目もわかりやすいナンセンスなので、見ていてホッとした。崖の上に立つキャサリンが赤旗と白旗を振りながら、「おおー、ヒースクリフ、ヒースクリフ」とやるのだ。これはオチがつかなくても面白い。
なのでずいぶん後で、あるローカル番組の台本で書き込んでみた。マイクを忘れたアナウンサーが、手旗で現地リポートするみたいなスケッチ。現場では採用されなかった。ディレクターに「意味がわからないです」と困った顔で言われて、僕も慌てて「いいです、やらなくて大丈夫です」と答えた。
サブカル愛好人種は誇大自己気味というか、見栄っ張りが多いから、「モンティ・パイソン、最高ですよね」とカンタンに言う人はずいぶん多い。僕よりおもしろいことを言えない人でさえ、パイソンズのキモに通じてる顔を平気でする。それだけモンティ・パイソンのアイコン・イメージは、日本において段違いにカッコいい。
なかには本当に、これぞ最高の笑いだと感じられるセンスの人もいると思うので、無碍には疑わず、僕はたいてい笑顔で聞き流している。
欽ちゃんの番組で笑っているような程度の低い連中に、モンティ・パイソンの狂気がわかってたまるか。
それぐらいな勢いだった景山民夫(今でいうと鈴木おさむやクドカン並みの人気放送作家だった)のプッシュに、昔の僕は、ずいぶんうろたえた。欽ちゃん大好きで、タモリといえばハリウッド・ショー的構成の『今夜は最高!』。ビートたけしさえブレイク当初は柄が悪いと嫌っていたぐらいだから。
そんな景山が、晩年は新興宗教に入信し、別人のようになった。アンタのおかげで高平哲郎が手がける番組を楽しんでいてはダメなのか、自分にはユーモアのセンスがないのか、とずいぶん悩んだのに、そりゃないだろ……とハシゴを外された気分になった。
どうもこれがあって僕の場合、モンティ・パイソンの語りにくさは、景山民夫へのフクザツな感情とセットになってしまっている。
もっとフツーな気持ちで、イギリスにはイギリス特有の笑いがあるんだよなー、ぐらいのおちついた距離感で『空飛ぶ~』を見直してみたい、という気にはなった。それだけでも、ずいぶん、今度のこの映画を見せてもらえてよかった。
実際、日本語版VHS第2巻封入の解説で、監修のピーター・バラカンは、その国のジョークやユーモアを理解するのは時間がかかる、自分も日本の漫才はいつまでたってもただうるさいだけにしか聞こえない、とあっさり肩の力が抜けるようなことを書いてくれている。
「(ぼくが)もし漫才でゲラゲラ笑えるようになれば、生まれそだったロンドンのユーモアがおかしくなくなるような気がする位、やはりどこの国もユーモアは独自のものだと思う」
ナンセンスだとなんでもわからない、ということもないのだ。そうでないと、鴨川つばめが『マカロニほうれん荘』で出てきたとき、一瞬のうちに手塚治虫も水島新司も過去のものになった気がした、あの小学生の時の戦慄と恍惚に、説明がつかない。
ダウンタウンの、オチの安心感をキュウクツがり、いかにルーティンの着地点を外すかの笑いも、この10数年ですっかりおなじみになった。言わんとしていることが肌でわかるから、ダウンタウンは理屈抜きで面白い。モンティ・パイソンと同じぐらいに突き詰めた笑いは、すでに僕だって、ずいぶん松ちゃんに見せてもらっているのだと思う。
ネタバレとならない程度に書くが、『モンティ・パイソン ある嘘つきの物語 ~グレアム・チャップマン自伝~』は、最後の最後になってようやく、ジョン・グリースやエリック・アイドル、テリー・ギリアムらが顔を揃えるアーカイヴ映像になる。
ここでの毒舌ジョークが、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の恒例企画「さよなら山崎邦正」みたいなのが、いい。
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