ワカキコースケのブログ(仮)

読んでくださる方ありがとう

インタビューについて・てさぐりの雑感・の続き

2013-03-25 02:00:12 | 日記


まず今夜、ユーロスペースで『ベルリン・アレクサンダー広場』の1話を見てきた話を。
宣伝している加瀬修一のため、せめて1話だけはと、トンボ返りするつもりで、仕事の途中でピュッと出かけたのだが(下北沢駅の新構内も初体験)、行ってよかった。
こんなに思いっきりルーザーな奴をスクリーンで見るのは久しぶり。うっとりした。怒りと笑いと軽はずみ。思い込みという名の狂詩曲が、観客の理解や納得よりも先に転がり出して序章からもう止まらない、という感じ。全話見れないのは残念……。
トンボ返りしてすぐ仕事に戻るつもりが、加瀬、ポレポレの小原さん、ファスビンダー関連のUSTREAMを手掛けている関口さん(ここでいいのかな?http://www.ustream.tv/channel/fassbinder#/recorded/28628194)と会い、「いやー、なぜか無駄に元気出ますね!」「出ますね!」と話して楽しかった。結局、終電近くの戻りになり、こうして面白かったと書いている。ろくでなしのフランツ、アンタ、罪作りだぜ!

しかしとっても申しわけないことに、大きな声では言えないけれど、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの映画を見るのは初めて。今まで見てなかったのは恥ずかしい、もったいないことした、と思っているので、こらえてつかあさい。

だからこれはあくまで唐突な連想でしかないのだが、1話だけ見て、これから世界観が似てくるのではないかと感じたのは、老舎の小説『駱駝祥子』(らくだのシアンツ・岩波文庫)だった。魯迅の阿Qが「元祖・俺はまだ本気出してないだけ」だとしたら、娼婦の乳首を強引に噛みながら「ああそうだ、俺はこれから真面目に生きよう!」と叫びだすフランツのどうにもならん感じは、清朝末期に誰にも理解されない独自の生活設計を押し通す「病める社会の子」シアンツに、妙に重なるのである。『ベルリン~』の原作小説と『駱駝祥子』の発表時期は近いし。大戦前の不安は、ベルリンと北平(後の北京)を、どちらも同じように揺らしていた。比較文化論からすると噴飯モノかもですが、こういう思いつきのホラを、1話を見ただけで楽しく吹きたくなる作品だった次第。

※27日深夜に追記
上記の関口さんから、22日に行われたトークの、アーカイブ公開を教えてもらいました。ああ、キノハウスの一階でやってたんだ。女性が三者三様にキレイなんで、そこがすごく気になる……。
http://www.ustream.tv/recorded/30209387

 



で、すいません、また『長嶺ヤス子 裸足のフラメンコ』の話題。
もどったら、寄稿したパンフレットを送ってもらっていた。
http://hadashinoflamenco.com/news/?p=65

この映画に関しては、東風・渡辺さんにうまくノセられて、パンフレットで映画評を書き、(前の記事で書いたように)neoneoのサイトで監督インタビューを行った。途中で気付いたが、1本の新作映画について批評を書くのと監督インタビューの両方をやるって、けっこうなパワープレーなのだ。
要するに、映画評のほうで「この映画はこれこれこういう作品である」と自分の解釈を書いたあとに、監督から「そこはそういう意図ではありません」と返されるという、間違えたくないタイプの批評家にはちょっと耐え難いことになる。で、実際そうなった。
でも、なんだかそれこそが面白いという気になって、インタビューの後でもパンフレットの原稿は直さず、ママとした。ママとさせてくれた東風と大宮浩一監督の度量と知性がありがたかった。

これは宣伝の気持ちと別に言うが、映画批評に興味があるという人には、両方読み比べてもらえると、作り手と書き手の相互関係を考える上でのなにがしかのヒントになる、テストケースだと思っている。
少なくともインタビューは、作り手=先生、聞き手=生徒のような「答え合わせ」のつもりでやらないほうがいいのだ。いや、やってもいいのだけど(大学で映画研究などされている方だとまたルールは違うだろう)、現場とつながる場所では、そんなベクトルに向かわないほうがきっとインタラクティブな意味合いが生まれやすくなる。これはまだ、うまく言葉で説明できないけれど、直感でそう感じる。

パンフレットの執筆陣はおそろしく豪華で、自分の名前がまざりこんでいるのを見るのは恐怖なので、具体的紹介はよします。
なまじ近しいので普段は存在を軽んじまくり、メンドくさいのでフェイスブックの友達申請をする気にもなれないneoneo編集主幹・萩野亮にしたって、世間的には立派な新進批評家である。ナメてるのは僕ぐらいのものだ。
パンフレットにはその萩野による公式インタビューが掲載されている。neoneoで僕が聞いたものとを読み比べてもらえると、これもちょっと面白いのではないかと思っている。聞き手=構成者によって、同じ話でもこれだけ読む雰囲気は違ってくる、というところが。
ああ、そういう切り口の質問は僕は浮かばなかった、ハギにやられたなー、となったり。サービス精神ゆたかな大宮監督に、同じエピソードを語らせてしまった自分の力不足がくやしかったり。オレもがんばらなきゃ、とスナオに思った。

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿