水野がシリア粉砕!反町JAPAN、北京五輪最終予選進出☆

コンクリートむき出しのスタンドから、シリア在住邦人の子供たちの「ニッポンがんばれ!」の声援が響く。敵地というのに観衆わずか約3000人、気温も24度と心地よい。ともすれば緊張感を失いそうなムードを、水野が引き締めた。
0-0の前半17分。右サイドでボールを受けた突貫小僧はゴール中央へ切れ込み、利き足とは逆の左足一閃。約25メートルの豪快ミドルで先制弾だ。反町ジャパン7戦目での初ゴールは、最終予選進出への大きな一撃となった。
「試合前からロングシュートを打っていこうという話だった。中に入って思い切り打ったら、うまくいった。きのう言ったけど、点を取りたかったから良かった」と笑顔の水野。勝てば2次予選突破が決まる大一番。引き分けでも香港がマレーシアを下せばB組2位以内が決まったが、勝利だけを求めた。反町監督も「アウエーの環境で難しい試合だったが、2-0の結果は満足しているる。いい立ち上がりが勝因」とご満悦だった。

「2人から、これからはオマエがやらなきゃいけない、といわれた。自分でもやらなきゃと思ってる」。以来、一切の甘えを捨てた。昨年まで一流選手の倍近い15%だった体脂肪率を、今季は8%まで落とした。昨年末から一人暮らしを始めたが「自己管理ができないといわれたくない」と自炊。スナック菓子も炭酸飲料も口にしない。その努力が実り、3月のペルー戦ではA代表に初招集された。
「2次予選突破が決まっただけで、最終予選は何も始まっていない」と反町監督。最終予選のシード権争いへ向け、指揮官が狙うのは全勝だ。
「こんなんじゃ2人には“まだまだ”と怒られるでしょ」と水野。ひと皮むけた男が、日本に4大会連続の五輪切符をもたらしてくれる。
■水野晃樹(みずの・こうき)
1985(昭和60)年9月6日、静岡・清水市(現静岡市清水区)生まれ、21歳。清水商から04年に市原(現千葉)に入団。05年の世界ユース選手権(現U-20W杯)・オランダ大会に出場。3月のペルー戦でA代表デビューを果たす。J今季5試合2得点(18日現在)、同通算62試合6得点。日本A代表通算1試合0得点。1メートル73、62キロ。
ま、前半はOKだったけど後半は疲れたせいなのかそれとも2点取ったからか完全に引いてしまった。アウエーってのもあったと思うけど、もーぅちょい攻めてもいぃ~んぢゃないかなぁ~と…うん…大人のサッカーをするのは、まだ早いんぢゃない☆(笑)。
てか、シリア在住の子供達の声援が一番のMVPだったんぢゃないってかんぢ★(爆)。
全米が背番号「42」でプレー…初の黒人大リーガー・ロビンソンたたえる
ロビンソンが所属したドジャースは、全選手が背番号『42』でパドレス戦に臨んだ。
「人種の壁」を破った史上初の黒人大リーガー、故ジャッキー・ロビンソン(ドジャース)のデビューから60周年を迎え、「ジャッキー・ロビンソン・デー」として、各地で故人の業績をたたえる式典が行われた。試合前にロビンソンの現役時代の映像などが流されたほか、選手らがロビンソンの背番号『42』のユニホームで試合に臨んだ。
「人種の壁」を打ち破った黒人初のメジャーリーガー、ロビンソン。写真は1956年、ブルックリン・ドジャース時代。
全米各球場で、背番号『42』がグラウンドを駆けた。この日は恒例の「ジャッキー・ロビンソン・デー」。史上初の黒人大リーガーの業績をたたえた。
今年はロビンソンのデビューから60周年。04年から制定された記念イベントは、例年より大がかりとなった。パドレス戦が開催されたドジャースの本拠地ドジャースタジアムが主会場となり、米大リーグ機構のセリグ・コミッショナーやロビンソン夫人のレイチェルさんらが出席して式典が行われた。また各球団の主力選手が、全球団で永久欠番となっているロビンソンの背番号『42』のユニホームでプレーした。
この試みは、レッズのケン・グリフィー外野手(37)が米大リーグ機構のセリグ・コミッショナーに提案して実現。ヤンキースのトーリ監督、ジーター、ジャイアンツのボンズらのほか、ドジャースやカージナルスなど計6球団は選手全員が背番号『42』のユニホームでプレーした。
ロビンソンは1947年4月15日、ニューヨークのブルックリン区に本拠を置いていたドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)の内野手でデビュー。その年から新設された新人王の初代受賞者に選出されたほか、49年には最優秀選手賞(MVP)を獲得。現役引退後は黒人の公民権運動にも影響を与え、62年に野球殿堂入り、72年に53歳で死去した。
デビュー50周年の97年に全球団で『42』が永久欠番となったが、当時すでに『42』を付けていたヤンキースの守護神リベラだけは、例外的に現在も『42』でプレーしている。パナマ出身のリベラは「マイノリティー(人種的少数派)として遺産を引き継いでいることを光栄に思う。いまだに付けているのは自分だけで、幸運なことだ」と感慨深げに話した。
★ドジャース・斎藤、42番は「幸せ」
ジャッキー・ロビンソン・デーを白星で飾った。パドレス戦で背番号『42』をつけたドジャースの斎藤隆投手(37)、ロイター=が6点リードの九回に登板。2奪三振無失点に抑えた。「アメリカでしかもドジャースでプレーしているので、この42番は特別です。42番をつけて投げられて幸せだった。偉大さがよくわかりました」と感激していた。
◆3安打のドジャースのラッセル・マーチン捕手(24)
「本当に特別な日だったので、勝ててよかった。(全選手が42番をつけたので)まるで特別なエネルギーをもらったようだった」
今シーズンのドジャースは、調子いいネ☆(笑)
是非19年ぶり7回目のワールドチャンピオンを説に願ってるって感ぢ★(爆)。
チェルシー 前例ない4冠に挑戦☆

タイトル独占に立ちはだかるのがマンチェスター・ユナイテッドだ。FAカップは決勝で対戦。現在首位のプレミアリーグは5月に直接対決があり、欧州CLでも決勝でぶつかる可能性がある。チェルシーのモウリーニョ監督は「すべて勝つこともすべて敗れることもある。わたしに重圧をかけないでほしい」と周囲の期待をけん制した。
この好調ぶりに、不仲が伝えられていたモウリーニョ監督とロシア人富豪のアブラモビッチ・オーナーの関係に回復の兆しが出てきた。2人は15日のFAカップ準決勝ブラックバーン戦後に祝福の抱擁を交わした。
同監督は「ロッカールームの外で彼に『おめでとう』と言うと『君もおめでとう』と言われた」と明かした。16日付の英国紙は「モウリーニョは(オーナーの)お気に入りに戻った」と書き立てた。
そろ②欧州チャンピオンを!!!!!!
正直あまり本調子とは言えない状態だけど悪いなりに勝ってるってゆーのは自力が付いて来た証拠だ!!!
このまま突っ走れぇぇぇ~☆(爆)。
これぞポリバレント!巻をDFテスト | |||
日本代表候補合宿が16日、千葉県内でスタート。初日の練習でイビチャ・オシム監督(65)はFW巻誠一郎(26=千葉)をセンターバックで試した。6対6+フリーマンのミニゲームで、巻の入った組が守備側に回った約15分程度だったが、空中戦に強く、FWながら守備力にも定評がある巻のDF起用は、ただのサプライズに終わらない。逃げ切りのオプションになる可能性もある。 初選出の6人ではない。本当のサプライズは別にあった。雨中での練習。オレンジ色のビブスを着た巻、近藤、佐藤、内田、山岸、中沢のグループが、オシム監督の指示でポジションに散った。 ま、御大のパフォーマンスでしょぉー☆(笑)。 てか、巻くんには、も~ぅ一周り二周り、でっかく羽ばたいて欲しいって感ぢ★(爆)。 |
松坂 イチロー完封!メジャーに刻んだサムライ対決

【ボストン(米マサチューセッツ州)11日(日本時間12日)】勝負に勝って、試合に負けた-。レッドソックス・松坂大輔投手(26)とマリナーズ・イチロー外野手(33)の夢対決が、約7年のときを超えてメジャーで実現した。結果は投ゴロ、中飛、三振、二ゴロの4打数無安打で松坂に軍配。怪物は7回103球を投げて、8安打4奪三振3失点の粘投を見せたが、打線の援護なく本拠地デビューでメジャー初黒星を喫した。
松坂が「聖地」と表現した本拠地、フェンウェイ・パークの夜空に無数のカメラのフラッシュがきらめく。メジャーで初めて実現した夢対決。日米のファン以上に待ちわびていたのは、ほかでもない松坂とイチローの2人だった。
イチロー 「ジーンときた」
松坂 「ずっと待ちこがれた瞬間でした」
マウンドとホームベース。18.44メートルの距離で対峙した2人が濃密な時間と空間に包まれる。スタンドの大観衆が総立ちの中で第1球。松坂があいさつ代わりに選択した初球は、試合開始直前にジェーソン・バリテック捕手(35)と話して決めた78マイル(約126キロ)のカーブだった。
「初球の見逃し方とその後の雰囲気を見て、もしかしたら(イチローは)少し怒っているかもしれない、と感じました」。想定外の球にイチローも「1球目のカーブを見たとき、ちょっと(目が)覚めました」。感慨は吹き飛んだ。
第1、2打席は直球で投ゴロ、中飛に仕留め、五回一死一塁の第3打席はフォークボールで三振。4打席目も二ゴロに打ち取った。フェンウェイ史上、第2次大戦後2位となる3万6630人の観衆は1球に興奮した。
松坂は99年のプロ入団以降、兄貴分としてイチローを慕ってきた。自宅には本人からもらったマ軍のユニホーム、バット、スパイクが大事に飾られていた。メジャー移籍で日本の家を手放し、居をボストンに移したが、それらの“イチローグッズ”を米国に持ち込むことはなかった。
「いつも見るものではないから。日本に倉庫を借りておいてきました」。尊敬する選手も、今は敵。いつまでもあこがれのままではない。そんな夫を一番近くで見ている夫人の倫世さん(31)も、スタンドで手を合わせていた。
周囲も熱狂した。スポーツ専門テレビ局のESPNなど、米国内のテレビ3局が生中継。球場にはレ軍の広報部長が「聞いたことがない…」と絶句した日米360人のメディアが集結。「1億ドルの怪物」Vs「メジャー6年連続200安打の天才」の注目度の高さをうかがわせた。
勝負には勝ったが、試合に負けた怪物は唇をかんだ。次回登板は16日(日本時間17日)のエンゼルス戦(ボストン)。順調にいけば6月27日、今度はシアトルでイチローとの再戦が実現する。「すべて(の球種)を使ってでも抑えてやろう、という気持ちが強いです」。
試合には勝ったが、勝負に敗れた天才は苦笑いした。「(松坂は)いつだって僕を奮い立たせてくれると思うけど、僕がこのざまじゃね」。ともにリベンジを誓う。
00年8月4日の最後の対戦から2441日。7年近い歳月とともに、怪物Vs天才の名勝負は再び動き出した。
松坂イチローに勝ってイチローに負けた
スポーツニッポン
松坂、イチロー完全封じ込めも初黒星
松坂、イチローを抑える 7回3失点で降板
日刊スポーツ
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チェルシーが劇的逆転勝ちで4強☆ |
![]() 欧州CL準々決勝第2戦(10日・英マンチェスターほか=2試合)、マンチェスター・ユナイテッドとチェルシーのイングランド勢が準決勝進出を決めた。チェルシーは敵地でバレンシア(スペイン)に2-1で逆転勝ちし、1勝1分けで2季ぶりにベスト4へ駒を進めた。 劇的な逆転勝利でチェルシーが準決勝へ駒を進めた。前半32分、バレンシアのモリエンテスに先制点を許す苦しい展開。アウエーでの窮地を救ったのは、2人の実力選手のゴールだった。 後半から右サイドバックに入ったエシエンが、7分にドログバへクロス。こぼれ球をシェフチェンコがゴールにたたき込んで同点とした。ウクライナ代表FWの一発で、チームは生き返り、完全に主導権を掌握。そして延長突入かと思われた終了間際、ガーナ代表のエシエンが決勝ゴールを挙げた。 ここ4大会で3度目の4強進出を果たし、モウリーニョ監督は「勝利にふさわしい試合をした」と胸を張った。3年前にポルト(ポルトガル)を優勝に導いた名将が、このままチェルシーを初の頂点に導くか。 よしっっ!!!非常に危険なチームに逆転勝ち☆でも油断は禁物…。次の相手はリヴァプール…。クラウチは、現在キレ②まぢでヤバい位調子がいぃ~感ぢ★(藁)。 気合入れて悲願の欧州チャンピオンへ!!! |
公式戦やっと初勝利☆
まるでブロック崩しのようだ…。
敵将高木監督に、こーう言わしめた。
それ位の完勝だ!!!
熟練の連動と、日々の鍛錬が無くては決して続かない運動量。ジェフが、自らのものとした原点のサッカー。それが久しぶりにフクアリで躍動した。
憑き物が落ちたかのように、この日は終始横浜FCを圧倒。特に、巻のポストを起点にして、中盤の水野・羽生・工藤らが、全く相手の的を絞らせない小気味の良い攻撃を続ける様は爽快そのものだった。
しかし、勝利の裏に、逃した数々のチャンスに見る精度の無さ、相変わらずのサイド偏重の単調な攻撃。ドリブル等出来る水野くんらをもっと生かして個人攻撃を織り交ぜて行けばもっと多彩な攻撃を披露出来ちゃうだろぉ~♪゛
ヾ(o´Д`)ノ″ヵゞωバяё☆
怪物!松坂 衝撃メジャーデビュー!10奪K初勝利☆

【カンザスシティー(米ミズーリ州)5日(日本時間6日)】怪物伝説の幕開けだ!! 米大リーグ、レッドソックスの松坂大輔投手(26)が、ロイヤルズ戦に先発し、公式戦初登板。全米、日本中が注目する中、7回を投げ、ソロ本塁打を浴びたものの、6安打10奪三振の1失点でメジャーデビューを白星で飾った。日本が誇る若きエースが、世界最高峰の舞台で歴史的な一歩を踏み出した。
『1億ドルの男』の看板に偽りはなかった。海を渡った日本の怪物が、メジャーの舞台で、圧巻の白星デビュー。ウイニングボールを受け取った松坂の口元からは、白い歯がこぼれた。
「日本でのプロ初登板と同じ。オープン戦で何試合も投げていたので、初登板という意識は全然、ありませんでした」
午後1時23分。気温2.2度と冷え込む中、デービッド・デヘスス外野手(27)への記念すべき第1球は、ど真ん中への93マイル(150キロ)の真っすぐ。「変化球のサインが出たら、首を振ってでも、絶対に直球を投げようと思っていました」。かねてから予告していた通りの直球で、自らメジャーデビューの号砲を鳴らした。

落札金、年俸総額と合わせ1億ドル(約117億円)の黄金右腕の初登板。球場には日米の報道陣約200人が集結。敵地とあって、約2万3000人の観衆の多数を占めたロイヤルズファンからの容赦ない大ブーイングを浴びながらも、怪物は顔色ひとつ変えない。
調子は尻上がり。四回は3者連続三振。六回にデヘススに初被弾を許したが、アレックス・ゴードン内野手(23)を、MAX154キロの直球で見逃し三振に斬って取った。
「周りの期待はうれしいものであり、ちょっと過剰じゃないかなと思う部分もあった」
すべてが初経験だった春季キャンプ。言葉の壁、慣れない練習法、チームメートの顔と名前が一致しない…戸惑いの日々。特に投球練習を1日約10分間に限定されたことは、大きなストレスとなって松坂を悩ませた。
そんな時に出会った言葉に、迷いが吹っ切れた。中華料理店での夕食後、フォーチュン・クッキーと呼ばれる“おみくじ”入りのクッキーを割ってみた。『今、自分のベストを尽くすことが、必ず次につながる』と英語で記されていた。
「これ、今のオレに合うじゃん」。メジャーでは異例の投げ込みや、居残りの遠投など、怪物流の調整法を取り入れ、急ピッチで調子を上げた。周囲の目や声を気にせず、信じるわが道を真っすぐ突き進んだ。
リトル・リーグの選抜チームで世界大会に出場して『世界』を意識。中学生の時、野茂(当時ドジャース)に刺激され、目標をメジャーに決めた。昨年12月のレ軍入団会見では「ここで投げられると信じてやってきたから、ここにいる」と胸を躍らせた。今その舞台に立ち、そして勝った。
「自分にとっても、ファンにとっても幸先よく勝ったのはよかったと思います」。ウイニングボールはスタンドで見守ってくれた夫人の倫世さん(32)に感謝の意を込めて渡した。衝撃の序章で始まった松坂の“怪物伝説”は、飛躍の第2章へ突入する。
■データBoxプレミアム
先発で初登板した日本人投手は松坂で7人目。また、デビュー戦で白星がついたのは伊良部秀輝、吉井理人、石井一久に次いで4人目(すべて先発登板)。
松坂は日本でのデビュー戦(99年4月7日、日本ハム戦)に勝っているが、日米初登板初勝利は松坂が初めて。日本人のメジャーデビュー戦での10奪三振は石井と並ぶ最多、同7イニングも吉井と並ぶ最長だった。
メジャーデビュー戦2ケタ奪三振は、02年にハラング(アスレチックス)が10奪三振をマークして以来、5年ぶり。また05年にパペルボンがマークした9個のチーム記録を更新した。
★ウイニングボールは倫世夫人にプレゼント
この日の気温は2.2度。風もあり、体感温度は氷点下だったが、寒さ対策はバッチリ。自軍の攻撃が二死になるとベンチ裏の打撃ケージ内で、スタッフとキャッチボールをして肩を温めた。また、何より心強かったのが家族の声援。夫人の倫世さん(32)と1歳4カ月の長女がスタンドから応援。体を気遣って長女は先にホテルへ帰ったが、倫世さんは最後まで観戦。「(ウイニングボールは)カミさんに渡しました。ホッとしていたみたいです」と松坂。忘れられないホットな1日となった。
★次回登板でイチローと対戦!
松坂の次回登板は、11日(日本時間12日)のマリナーズ戦(フェンウェイ・パーク)。本拠地ボストンに初登場する。イチロー外野手(33)との夢の初対戦について「イチローさんが日本からいなくなって、ずっと対戦したいと思い続けていたので、非常に楽しみです」と声を弾ませた。
■松坂大輔HP
初登板を前にした松坂のもとに、母校の横浜高校野球部の小倉清一郎部長から電話があった。「いつもは(午前)4時に起きているけど、3時に起きて試合を見るぞ」と激励されていた。
「ボクも早起きしてイチローさんや、(松井)稼頭央さんの試合を見ていましたよ」と松坂も感慨深げ。今度は自分がテレビの前のファンに、勇気や希望を送り届ける番だ。


