朝早く起きると、最近、つとに感じるのは金木犀の花の香りだ。
緑葉のなかに黄金色のこぼれるような微細な花の片々。甘くて衝撃的で蠱惑的だ、うちのどこにいても感じる。あとどのぐらい咲き続けるのか。市の木として、引っ越ししてきたりすると記念樹として提供される。この木は身近な生活の場では、やはり一番香りが強くてインパクトがあるようだ。
ところで、唐突だが、吉本隆明の詩について触れてみる。
今夏に讀賣新聞の読書欄でインタヴューで吉本さんが語っていたのをおぼえているが、吉本隆明といったら、ご自身が認めているように色んな著作の中でやはり詩がいいようだ。わたしも若い時から読んでいるが、内容が会津八一の和歌、与謝蕪村の俳句好きのわたしからするとごつごつした言葉の連鎖に語感はなし、およそ惚れ込むような文ではない。完璧に理科系人間の発想によるもの、これは、「観念詩」というジャンルか。しかし、わたしを今までの年月まで読む気にさせているということは、きっと、何かあるのだろう。(初見から、40年ほど時間は経過しているのだ。)
ちいさな群への挨拶
あたたかい風とあたたかい家とはたいせつだ
冬の背中からぼくをこごえさせるから
冬の真むかうへでてゆくために
ぼくはちいさな微温をたちきる
おわりのない鎖 そのなかのひとつひとつの貌をわすれる
ぼくが街路へほうりだされたために
地球の脳髄は弛緩してしまう
ぼくの苦しみぬいたことを繁殖させないために
冬は女たちを遠ざける
ぼくは何処までゆこうとも
第四級の風てん病院をでられない
ちいさなやさしい群よ
昨日までかなしかった
昨日までうれしかったひとびとよ
冬はふたつの極からぼくたちを緊めあげる
そうしてまだ生れないぼくたちの子供をけっして生れないようにする
こわれやすい神経をもったぼくの仲間よ
フロストの皮膜のしたで睡れ
そのあいだにぼくは立去ろう
ぼくたちの味方は破れ
戦火が乾いた風にのってやってきそうだから
ちいさなやさしい群よ
苛酷なゆめとやさしいゆめが断ちきれるとき
ぼくは何をしたろう
ぼくの脳髄はおもたく ぼくの肩は疲れているから
記憶という記憶はうっちゃらなくてはいけない
みんなのやさしさといっしょに
ぼくはでてゆく
冬の圧力の真むこうへ
ひとりっきりで耐えられないから
たくさんのひとと手をつなぐというのは嘘だから
ひとりっきりで抗争できないから
たくさんのひとと手をつなぐというのは卑怯だから
ぼくはでてゆく
すべての時刻がむこうがわに加担しても
ぼくたちがしはらったものを
ずっと以前のぶんまでとりかえすために
すでにいらなくなったものにそれを思いしらせるために
ちいさなやさしい群よ
みんなは思い出のひとつひとつだ
ぼくはでてゆく
嫌悪のひとつひとつに出遇うために
ぼくはでてゆく
無数の敵のどまん中へ
ぼくは疲れている
がぼくの瞋りは無尽蔵だ
ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる
ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる
もたれあうことをきらった反抗がたおれる
ぼくがたおれたら同胞はぼくの屍体を
湿った忍従の穴へ埋めるにきまっている
ぼくがたおれたら収奪者は勢いをもりかえす
だから ちいさなやさしい群よ
みんなひとつひとつの貌よ
さようなら
「転位のための十篇」(昭和28)所収
緑葉のなかに黄金色のこぼれるような微細な花の片々。甘くて衝撃的で蠱惑的だ、うちのどこにいても感じる。あとどのぐらい咲き続けるのか。市の木として、引っ越ししてきたりすると記念樹として提供される。この木は身近な生活の場では、やはり一番香りが強くてインパクトがあるようだ。
ところで、唐突だが、吉本隆明の詩について触れてみる。
今夏に讀賣新聞の読書欄でインタヴューで吉本さんが語っていたのをおぼえているが、吉本隆明といったら、ご自身が認めているように色んな著作の中でやはり詩がいいようだ。わたしも若い時から読んでいるが、内容が会津八一の和歌、与謝蕪村の俳句好きのわたしからするとごつごつした言葉の連鎖に語感はなし、およそ惚れ込むような文ではない。完璧に理科系人間の発想によるもの、これは、「観念詩」というジャンルか。しかし、わたしを今までの年月まで読む気にさせているということは、きっと、何かあるのだろう。(初見から、40年ほど時間は経過しているのだ。)
ちいさな群への挨拶
あたたかい風とあたたかい家とはたいせつだ
冬の背中からぼくをこごえさせるから
冬の真むかうへでてゆくために
ぼくはちいさな微温をたちきる
おわりのない鎖 そのなかのひとつひとつの貌をわすれる
ぼくが街路へほうりだされたために
地球の脳髄は弛緩してしまう
ぼくの苦しみぬいたことを繁殖させないために
冬は女たちを遠ざける
ぼくは何処までゆこうとも
第四級の風てん病院をでられない
ちいさなやさしい群よ
昨日までかなしかった
昨日までうれしかったひとびとよ
冬はふたつの極からぼくたちを緊めあげる
そうしてまだ生れないぼくたちの子供をけっして生れないようにする
こわれやすい神経をもったぼくの仲間よ
フロストの皮膜のしたで睡れ
そのあいだにぼくは立去ろう
ぼくたちの味方は破れ
戦火が乾いた風にのってやってきそうだから
ちいさなやさしい群よ
苛酷なゆめとやさしいゆめが断ちきれるとき
ぼくは何をしたろう
ぼくの脳髄はおもたく ぼくの肩は疲れているから
記憶という記憶はうっちゃらなくてはいけない
みんなのやさしさといっしょに
ぼくはでてゆく
冬の圧力の真むこうへ
ひとりっきりで耐えられないから
たくさんのひとと手をつなぐというのは嘘だから
ひとりっきりで抗争できないから
たくさんのひとと手をつなぐというのは卑怯だから
ぼくはでてゆく
すべての時刻がむこうがわに加担しても
ぼくたちがしはらったものを
ずっと以前のぶんまでとりかえすために
すでにいらなくなったものにそれを思いしらせるために
ちいさなやさしい群よ
みんなは思い出のひとつひとつだ
ぼくはでてゆく
嫌悪のひとつひとつに出遇うために
ぼくはでてゆく
無数の敵のどまん中へ
ぼくは疲れている
がぼくの瞋りは無尽蔵だ
ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる
ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる
もたれあうことをきらった反抗がたおれる
ぼくがたおれたら同胞はぼくの屍体を
湿った忍従の穴へ埋めるにきまっている
ぼくがたおれたら収奪者は勢いをもりかえす
だから ちいさなやさしい群よ
みんなひとつひとつの貌よ
さようなら
「転位のための十篇」(昭和28)所収
「ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる
ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる
もたれあうことをきらった反抗がたおれる」
わたしはこの数行に何度か鬱屈した心情に活を入れられたものでした。
どうぞ、何かの縁でもあれば…。今後ともゆく先々の暮らしとお体ををご自愛ください。