BC3000 アボリジナルの祖先が移住
1606 オランダ人航海士ウィレム・ジャンスが発見
ニューギニア島を探検したが,ニューギニアとオーストラリアのヨーク岬半島が陸続きだと誤認
1619 ダーグ・ハートグ1580-1621の訪問
オーストラリア大陸西岸へのインド洋航路を発見して大陸西岸探検の端緒をつくる
西オーストラリア州のダーク・ハートッグ島は、ハルトフに因んで命名されたものである
1616年オランダ東インド会社 に雇われ、エーンドラハト号の指揮をする
1629 バタヴィア号の難破
オランダ領東インドに向かっていた大型帆船バタビア号が、オーストラリア西岸沖で座礁
バタビア号の船長と少人数のチームが小さな船で東インド諸島に向う
一方、座礁したバタビア号のリーダーイエロニムス・コルネリスは反乱
生存者を虐殺、オランダ領東インドから帰ってきた救助船の乗組員たちは、が一味を捕え
コルネリスと6人の共犯者たちは、近くのロング島で絞首刑に処せられた。
1642 タズマン1603-1659の航海
タスマンはオランダ東インド会社の社員、1638年に日本沿岸で金銀の探査
1642年からオーストラリア大陸の周辺を調査し、ニューホランド大陸と名付けた
このとき、大陸の南にも島を発見し、タスマン島と呼ぶ
さらに、タスマン島の東に大きな島を見つけ、タスマン(蘭ゼーラント州出身)新ゼーラント(Nieuw Zeeland)島と名付けた
1688 イギリス人ダンピア1651-1715の訪問
世界周航を3回成し遂げた最初の人物
1770 ジェームズ・クック1728-1779が大陸の東海岸の測量を行い、この地域がイギリス領であることを宣言
1768-08 第1回航海 英プリウス港出航
1769-04 タヒチ島到着
1769-10 ニュージーランド到着
1770-04 オーストラリア到着
1771-06 バタビア(ジャカルタ)経由で英帰国
1772- 第2回航海
1776- 第3回航海
1779-02 ハワイで殺害され焼かれる
1772 フランス人マーリーアン・デュ・フレインMarion du Fresneのヴァンディーメンズランドへの訪問
1785 ラ・ペルーズ調査
1792 ドントラキャストウのヴァンディーメンズランドと本土の南海岸の調査
1801 ボーダンの探検
1788 英国移民船から羊が持ち込まれて、羊大国となった(1930年代には羊毛輸出が62%)
ニューサウスウェールズの流刑植民
流刑人は原住民・アポリジニ人を虐殺
1791 ジョージ・ヴァンクーヴァーによる南海岸の部分的な調査
1795 バスとフリンダーズによる共同航海~1803
1823 流刑植民地扱いはやめて自治を承認
1829 英は大陸全土の領有宣言
1838 牧場労働者が300人の原住民を殺害(1850年代の虐殺が多かったらしい)
1854 この頃から数万人の中国清移民が流入(アヘン戦争後、中国人雇用が承認された)
1901 非白人の移民制限がはじまる :白豪主義加速
1901 王政連邦が成立 初代国王派ヴィクトリア女王
1901 エドワード7世
1910 ジョージ5世
1936 エドワード8世
1936 ジョージ6世
1952 エリザベス2世
2022 チャールズ3世
1915 ガリポリの戦い
オスマン帝国との戦いに際して豪輸送船を護衛したのは日本海軍
1942 ダーウインの戦い
日本は空爆、潜水艦伊142(沈没)攻撃を実施
1951 豪米安保軍事同盟:ANZUS(A+NZ+US)
1955 ベトナム戦争参戦:
1975 南ベトナムから移民 9万人のボートピープル
--------------------------------------------------------------------------移民 共和制
1996 第25代首相 ジョン・ハワード :自由党米ナショナリズム勢力 ✖ 白豪主義
2007 第26代首相 ケビン・ラッド :労働党米グローバリスト勢力 〇 中国とズブズブ
2010 第27代首相 ギラード :労働党中グローバリスト勢力 支持 海兵隊@ダーウイン
2013 第28代首相 トニー・アボット :自由党米グローバリスト勢力 君主制 親日
2015 第29代首相 ターンブル :自由党米グローバリスト勢力 支持 ダーウインを中国にレンタル
2018 第30代首相 スコット・モリソン:自由党米ナショナリズム勢力 〇 君主制 白豪主義 反中国
2022 第31代首相 アルバジーニ :労働党中グローバリスト勢力 〇 支持
【ユダヤ人の歴史】一橋大学大学院経営管理研究科 特任教授著
紀元前17世紀頃
・飢饉によりカナンから逃れ、エジプトのシナイ半島で暮らしていた
・その後、パレスチナ、エジプト、イラク、パレスチナと移り住み、エルサレムを都とした。
・ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいずれも複数の聖地を持つが、共通の聖地はエルサレムである。
・ダビデがユダヤ民族を統一し、首都をエルサレムとして、イスラエル王国の基礎を築いた。
紀元前586年
・バビロニア(現在のイラク)によって、エルサレム神殿が破壊され、エルサレムは陥落した。
・そして、ユダヤ人が捕虜としてバビロニアに連行された(バビロニア捕囚)。
・約50年後に、彼らは解放され、独立を果たした。
紀元前63年
・ローマ帝国の属領となった。
・ユダヤ人が反乱を起こし、二度に亘ってユダヤ戦争が起こった。
・しかし、ローマ軍が制圧し、ユダヤ人はエルサレムの居住を禁止され、ユダヤ人は離散していった。
ユダヤ人排斥を始めたのはローマ教皇
・ヒトラーの行為は、13世紀に、ローマ教皇が行ったことを20世紀に再現したものである。
・欧州では、中世から、ユダヤ人に対する差別が続いてきた。
ユダヤ人差別の理由としては、以下が考えられる。
・キリストを処刑したのはユダヤ人であり、かつパレスチナではキリスト教徒は厳しく弾圧された。
・ユダヤ人が、金融などキリスト教徒が宗教的に従事できない業務についた。その結果、金銭的に裕福になり、妬みの対象となった。
・ユダヤ教の戒律が厳しく、かつ選民思想を持つ。
ローマ帝国初期
・キリスト教は厳しい迫害の対象だった。暴君ネロの迫害は有名である。
392年
・ローマ帝国が、キリスト教を国教とし、それ以外の宗教を禁止した。
それでも、この時期は、キリスト教自体が新興宗教であったため、ユダヤ教が厳しく弾圧されたわけではない。
19世紀
・からユダヤ人の排斥運動が激化した。
帝政ロシアやドイツで、広範囲にユダヤ人に対する集団的迫害(ボクロム)が行われた。
こうした反ユダヤ主義をきっかけに、
19世紀後半以降
・エルサレムにおける国家建設の運動(シオニズム)が起こり、ユダヤ人がパレスチナに移住するようになった。
ユダヤ教の聖地シオン(約束の地)に由来
第二次大戦中
・ヒトラーのユダヤ人絶滅計画が実行され、多くのユダヤ人が虐殺された。
中世、近代、現代を通じて、厳しく迫害される
20世紀
・パレスチナにイスラエルを建国した。これがその後の激しい中東紛争を生んだ。
【ユダヤ人が金融に強い理由】
・1215年第4回ラテラノ公会議
・ローマ教皇の権力の絶頂期にあった中世の欧州
ユダヤ人は職業を厳しく制限された。聖書が利息を得ることを禁じていたため(異教徒からは利息を取ることが可能)
貸金業は、宗教的に厳しい制限を受けた。
キリスト教徒によるキリスト教徒への利息付き金貸しが厳しく禁じられ、キリスト教徒は金融業に従事できなくなった。
同時に、ユダヤ人が全ての公職、ギルドから追放され、職業が厳しく制限された。
このため、ユダヤ人は、大規模な土地の保有を必要とする農業や大規模な設備を必要とする工業に進出することが難しかった。
工業では、ダイヤモンド加工など高付加価値産業に特化することとなった。
・ユダヤ教徒
ユダヤ教徒に対して、利息を取り立てることは禁止されているが、
周囲の多くは異教徒であるキリスト教徒であるため、ユダヤ教徒がキリスト教徒を相手に貸金業を営むことが可能であった。
結果的に、正業につくことができなくなったユダヤ教徒が中心となって貸金業が存続することとなった。
あるいは、貿易商が金融事業を手掛けてマーチャントバンクになる例が多かった。
これが今もなお、ユダヤ系金融資本が大きな影響力を持つ理由である。
・20世紀までの金融資本
ユダヤ系が大きな影響力を持っていた。
米国では、ゴールドマン・サックス、ソロモンブラザーズ、リーマンブラザーズ、ドレクセルバーナム、
英国では、シュローダー、クラインオートベンソン、SGウォーバーグなど
・現在では、
ゴールドマン・サックス
【科学技術に強いユダヤ人】
・1990年代にIT革命
多くのユダヤ人がIT産業で活躍するようになってきた。
歴代ノーベル賞受賞者の22%が、世界の人口の比率0.2%を占めるに過ぎないユダヤ人である。
・著名なユダヤ人受賞者
物理学者----アルベルト・アインシュタイン
・1921:ヘブライ大学設立@エルサレムのための資金調達で米訪問
ノーベル物理学賞受賞
・1922:来日、講演
・1923:独帰国
・1929:世界恐慌
・1930:独郊外に別荘
・1932:独ナチ党が選挙で快勝第一党、米訪問
・1933-1:ヒトラー内閣成立----ユダヤ人への迫害激化
・1933:アインシュタイン米に亡命
・1935:アメリカ永住権獲得
・1940:アメリカ国籍取得
経済学賞----40%がユダヤ人。ポール・サミュエルソン、ミルトン・フリードマン、ポール・クルーグマン
「資本論」で有名なカール・マルクスもユダヤ人
歴代ユダヤ人ノーベル賞受賞者数(出所:JINFO.OR)
受賞者 世界構成比 米国構成比
物理学 55 26% 38%
生理学・医学 56 26% 26%
化学 36 20% 29%
経済学 32 40% 51%
文学 15 13% 33%
平和 9 8% 10%
自然科学合計 147 24% 30%
全体 203 22% 37%
・アシュケナージ系ユダヤ人
世界のユダヤ人の約80%(東欧、ロシア、ドイツ)
ローマ帝国に滅ぼされ、故郷を失ったユダヤ人は欧州を中心に離散した。
600年〜800年前に、欧州系と中東系集団の融合形成
インターマリッジ(他宗教の者との結婚)が少ない
・ディアスポラ系ユダヤ人
元々暮らしていた国家や居住地から離散して暮らす集団を言う。
・セファルディム系ユダヤ人
イタリア、スペインなど南欧、トルコ、そしてアフリカに移ったユダヤ人
世界最高水準のイスラエルの科学技術
・第二次世界大戦前、大陸欧州のユダヤ人の人口は1,000万人強いたが、その3分の2に当たる680万人がホロコーストで殺害された。
そこで、多くは米国とイスラエルに移住した。
・科学技術におけるイスラエルの強み
第一に、国防軍が開発するサイバー技術
イスラエルの人口は約900万人に過ぎず、エジプト(人口約9,800万人)、イラン(約8,100万人)、
サウジアラビア(約3,300万人)といった大国に囲まれている。
このため、兵器を高度化(あるいは無人化)し、軍事技術で圧倒するしか小国イスラエルが生き残ることはできない。
その成果が、無人偵察機や無人爆撃機、自動運転のミサイル、自動運転の戦車などである。
18歳以上の男女は兵役が義務化されている(期間は男子3年間、女子19〜24ヵ月)。
最優秀の人材はサイバー軍に入隊するが、退役後、軍の技術をベースにベンチャー企業を興すことが多い。
また、軍の技術部隊が大学や巨大IT企業と産軍学共同体を形成している。
イスラエルでは国防軍が開発するサイバー技術を活用した最先端IT技術は数多い。
その代表例が、マイクロ・プロセッサ(MPU)、フラッシュ・メモリー、USBメモリー、
サイバーセキュリティ、チャットアプリ(例:LINE)、カプセル型内視鏡などである。
その結果、ほとんどの米国大手IT企業がイスラエルに研究開発センターを設置している。
第二に、米国との絆の太さである。
世界のユダヤ人1,450万人のうち、イスラエル645万人、米国570万人と、合計で全体の84%を占める(2017年)。
ユダヤ人は政治力が強く、米国の政界の要職の多くを占める。
歴代ノーベル賞受賞者のユダヤ人は米国籍が37%と多い。
今や、世界のIT技術開発の中心地は、シリコンバレーとイスラエルである。
スタンフォード大学を核として成長するシリコンバレーでは、アップル、フェイスブック、
インテルなど高度なサイバー技術と独創性の高いビジネスモデルを持つ企業が集積する。
国防軍に由来する技術であるため、イスラエルはB2Bには強いものの一般消費者向けのB2Cには弱い。
その点、シリコンバレー企業はアップル、アルファベットなど、圧倒的にグローバルなB2Cビジネスに強い。
つまり、シリコンバレーとイスラエルは強力な相互補完関係にある。
第三に、ベンチャー投資が活発である。
1992年ソ連崩壊後、優れた技術と高い教育水準を持つユダヤ人がロシアから数多く移住してきた。
そこで、政府はヨズマ・キャピタル(VCファンド)を設立して米国から資金導入し、彼らの仕事を与えた。
ヨズマは10を超えるベビーファンドを組成し、その後、これらは民営化された。
こうして、ベンチャー投資が根付いた。
多くのベンチャー企業は米国企業などに買収されるが、規模の大きい企業は米国に上場する。
米国に上場するイスラエル企業は94社と、日本の13社を大きく上回る(2019年3月末)。