ニューロンくん がんばれ!

筋萎縮性側索硬化症:ALSに罹患した「ドイツ語うさぎ」と、その夫「くまさん」の日記。

症状/ Zustand

2010年04月03日 23時00分29秒 | 症状 MEIN ZUSTAND
土曜に記すべき症状について、3週ぶりだか4週ぶりに事務的に:

全体に進んでいるが、もっとも顕著なのは構音障害と嚥下障害の進み方。
また、家でも電動車椅子を導入。伝い歩きも多少は可能だが、立ち上がりができなくなっているため。

3月05日 あらいぐま先生のところへ定期コントロール 身障手帳の等級変更申請を勧められる。この時点では、嚥下障害は先生の目からは認められていなかった。
3月24日 身障手帳第2種3級(下肢障害)から、1種1級(四肢障害)認可
3月29日 近医から、早めの胃瘻設置を勧められる。
4月02日 介護保険等級変更審査 ケアマネさんの勧めで現在の要介護2から、3か4へ。たぶん要介護4? 「1月におうかがいしたばかりですよね、(それなのに)なにか変化がおありですか?」と市の審査担当者に言われてしまって、普通はそう思うよねー、と納得。


Liebe Freunde

Mein Zustand von heute:

so etwas will ich eigentlich nicht schreiben, da mein Zustand ziemlich schnell schlechter geworden ist.
Nur teile ich Euch mit, dass ich nicht mehr richtig aussprechen kann und
nicht so gut essen kann. Zu Hause und auch draussen fahre ich immer mit dem electronischen Rollstuhl.

ドイツでのALS論文 ALS Forscher Kaub-Wittemer

2010年04月03日 22時50分53秒 | ALS研究 ALS Forschung

カテゴリに「ALS研究」を加えました。このカテゴリの内容はコムズカシイので、どうぞ読み飛ばしてください。そうはいっても読んじゃう人が多いのが、このブログの読者の皆さまですが。



佐々木公一さんからの問い合わせ。「ドイツでのあるALS研究(以下)についてどう思うか」という内容。

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「Kaub-Wittemerらによれば、人工呼吸器装着患者と非装着患者とのQOLにほとんど違いはない。また、「鼻マスク使用のALS患者のほとんどは、気管切開を拒否した」のに対して、 「呼吸器装着患者の81パーセントが再び呼吸器を選択すると答え、80パーセント以上が他の患者にも同じように勧めると答えた」(Kaub-Wittemer et al. 2003: 894, 892)。

この論文は、ケア提供者のQOLも質問しており、逆の結果が出ていると報告されています。

「Kaub-Wittemerらによれば、自分がケアを提供している患者よりも、自分のQOLのほう が低いと感じるケア提供者が3割存在していた。また、ケアを提供する配偶者の75%が 、現在自分がケアしている患者がもう一度選択しなおすことがあったとしても治療選択 を支持すると答えたが、自分自身に人工呼吸治療が必要になった場合に治療を選択する と答えたのは50%だった。」
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佐々木さんが疑問に思ってい上記引用は、以下の日本語論文に取り上げられている

http://www.arsvi.com/2000/0710hy01.htm

http://www.arsvi.com/2010/1002hy.htm


さて、何を佐々木さんに答えたものか、いかにもわたしじしんが勉強不足。


調べたところ、Kaub-Wittemerという研究者(医者)がALSをめぐって多くの論文を書いていること、欧米ではあまり言及されないとされる、呼吸器装着患者のケアをめぐる社会的制度にも言及しているらしいということ、くらいしか突き止めていない。

上記引用部分のうち前者は、「患者のQOLは事前予想に反して、呼吸器装着により、そう落ちない」ということを述べており、後者は「ドイツでは家族介護負担が重そうだ」という予測を抱かせる、ということだ。


Liebe Freunde

Es handelt sich um der ALS Forscher Kaub-Wittemer.
Ein Issue vom Fach. Sorry.

「なまえといのち」 :Whats in a Namen?

2010年04月03日 20時23分24秒 | 読書・翻訳
Wie ich schon vorgesagt habe, fand heute Paul Tournies Lesekreis statt.
"Quel nom lui donnerezvous"(Englisch Ausgabe:Whats in a Namen?)ist das Buch, das wir in diesem Jahr durchlesen moechten. Das Inhalt ist nicht so schwer wie die andere Werke, einfach sehr interessant!

トゥルニエの読書会を持てて幸いだった。

メンバーがレジュメを作ってくれていたので、そこから本日の概要を抜粋(Iさん、勝手にすみません!)。読んでいるのは、『なまえといのち』(1974年)、原著タイトルは"Quel nom lui donnerezvous"。

●概要:

 人間(人格)は、独立と連帯というふたつの性質を有する(独立:多様性を持ちユニークな存在であること。連帯:他者や所属する世界との関係の中でのみ存在すること)。名前は、一人の人を固有なものとして他と区別し、また同時に、他者からその名を通じて呼びかけられるものであり、人間の独立性と連帯性を象徴している。

 さらに、人は幼少時より、名前を呼び掛けられて育ち、自らを一個の人間として認めるようになる。名前は、人間の独立と連帯という性質について、単なる象徴的意味に留まらず、現実的に、独立性と連帯性を育む重要な役割を果たしている。

 こうした名前の命名権は、両親が持ち、子は自らの名前を選ぶことはできない。これは両親への依存性を象徴している。
そして、命名権を含んだ親の権利、出産、命名、名前を通じた呼びかけ(子の養育)は、神の創造行為の共同的意味を持ち、神から両親に委任されたものである。
子の誕生は同時に両親の誕生でもある。

●個人的に印象深かったところ:
「名前を変えることは、個人としての存続を断ち、自分を規定している過去から切り離すこと」

そうそう。
まさしくそう。
夫と妻のファミリーネイムを併記できる制度が欲しい。選択的夫婦別姓制度は過渡期??(←アカデミックな主張ではありません。勝手な独り言)、


「名前は人間としての尊厳を授けるもの」
「出産という自然の過程だけでなく、命名によって、精神的世界上の創造行為となる」

桜 Kirschbluehte

2010年04月03日 19時50分12秒 | うさぎ日記 MEIN TAGESBUCH

Liebe Freunde

01.April heisst bei uns in Japan "Startstag" .
Schulen biginnen das neue Semester, Firmen auch das neue Finanzjahr.
Ueberall empfinden wir etwas frisches Luft.
Ausserdem bluehen hier Kirschbaueme unglaublich schoen.

Ja, heute habe ich die Kirschbluehte so ruhig zugeschaut, tagsueber an der Uni. und in der Mittelnacht in kleinen Park, der fast nebeneinander bei mir zu Hause liegt.


4月1日。
大学のキャンパスは桜やこぶしが咲き競うなか、好天のうちに入学式が行われ、華やいだ雰囲気に包まれていた。日本各地でいっせいに新年度が始まったことだろう。

そんなフレッシュデーに、桜の花を心ゆくまで愛でることがゆるされた。

日中は、キャンパス内のベストスポットに案内していただいて。
中央棟2階、教員食堂の広い窓から、屏風絵のような構図のなかに輪舞する花びらが可憐だった。桜とは、こうも異世界を演出するものか。

そして夕方。

ひとりで仕事机のところでで泣いていたのを、はからずも ひろっくまに見られてしまった。
彼はそのまま仕事に出たのだが、夜遅く戻ってくると、「桜、見に行こうか。明日雨だから、散っちゃうといやだから」と誘ってくれた。先週、咲きかけの一輪を夜灯りのなかで見たくて、連れて行ってくれるように頼んだのだけれど、なあなあで流されていたのもあったからか。

自宅の二軒さきが、桜の老木14本に取り囲まれた小さな公園になっている。

0時過ぎ、しかも強風のなか、車椅子で花見をしているのが不思議で可笑しかった。花を見あげているうちに笑顔のほほに涙が伝わり落ちる。目を転じると、十三夜の月も加わっていた。

満開前の桜は嵐に遭っても散るわけではないが、小枝が折れて散らばっていた。咲き終えた花、ではなくて、つぼみをつけた枝が落ちているのが痛々しくて、何本か拾って家に戻った。

コップにさしておいたら、今朝になって、つぼみが開き始めている。
つぼみのまま折れたとしても、水が与えられれて養生されれば、花の命を全うできるという、このメタファー。(4月2日記)