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画像の方は昔、少女雑誌「マイバースデイ」の付録についていた
もので、その説明によれば、これは「エジプトのファラオ」を象徴する
もので、人気運を高めたい時、自信・勇気を持ちたい時に、
これを10秒間まばたきせずに見つめた後に胸のポケットにしまっておく、
という事でした。
古代エジプトで、後世にこのように「おまじない」として使われる
事は想像も出来なかったのではないでしょうか。
ある人類学者の話では、幾つかの古い王の棺は、全く盗掘されていないにも
関わらずミイラだけが見当たらない事があるとの事です。
掘り返された跡もなく、墓の中の豪華な副葬品も一切失われておらず、
ただ棺の中のミイラだけが見当たらない……。
それを見ると、「ファラオの遺体がこつ然と消え去ってしまった」としか
言いようがないそうです。
色々と神秘的なエジプト文明ですが、80年代に出された雑誌の錬金術に
関する記事の中で、エジプト文明と黄金の関わりについて書かれて
いました。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
1922年、エジプトの王家の谷で発見された第18代王朝時代(紀元前
14世紀)のファラオ、ツタンカーメンの墓は、世界に大きな衝撃を
与えた。
18歳で死んだこの王の名は、歴史的には全く現れていない。
墓の規模も、他の王に比べれば極めて貧弱だった。
ところが奇跡的に盗掘者の目を免れた副葬品は、当時のファラオの
生活の豪華さと、彼らが死後の生に寄せていた並々ならぬ渇望を
ものの見事に明かしてくれたのだった。
特に注目されるのは、金製品の量だろう。
装飾品や器物だけではない。
椅子やベッドなど、日常使われていたとおぼしい家具さえも金の
薄板で覆われている。
そして石棺の中には、二重の金張りの棺が収めてあり、その内側の
純金製の第三の棺の中に王のミイラが眠っていた。
ミイラ自体も頭部から胸にかけての部分に純金製の見事なマスクを
かぶり、手・足の指の一本一本に金のサックがはまっている。
しかしこうした金製品を、ファラオの富と権力の産物と見るのは、
果たして妥当であろうか。
(中略)
太陽は天上に輝く黄金の円盤ともみなされた。
太陽の肉体の一片――地上の黄金は、まさにファラオの霊威を
発現させる呪物として相応しかった。
更に黄金は、不死信仰ともからみ合う。
エジプト人の死生観によれば、死体から飛び去った魂の半分は
再び死体に戻り、永遠に生き続けるはずだった。
ミイラを製作したのはこのためだが、ファラオの棺に使用された
多量の黄金は、この腐食しない金属の防腐効果が期待されて
いた事を伺わせるものである。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
エジプト文明と黄金は切り離せないものですが、こうした多量の
金製品の出土に関して、当時の王族の権威の象徴とする見方も
ある一方、こうした「遺体の防腐効果の期待」という見方もあり、
面白く感じました。
彼らの死生観や神秘主義と黄金が密接に結びついていたのは間違いないと、
個人的に思います。
画像の方は昔、少女雑誌「マイバースデイ」の付録についていた
もので、その説明によれば、これは「エジプトのファラオ」を象徴する
もので、人気運を高めたい時、自信・勇気を持ちたい時に、
これを10秒間まばたきせずに見つめた後に胸のポケットにしまっておく、
という事でした。
古代エジプトで、後世にこのように「おまじない」として使われる
事は想像も出来なかったのではないでしょうか。
ある人類学者の話では、幾つかの古い王の棺は、全く盗掘されていないにも
関わらずミイラだけが見当たらない事があるとの事です。
掘り返された跡もなく、墓の中の豪華な副葬品も一切失われておらず、
ただ棺の中のミイラだけが見当たらない……。
それを見ると、「ファラオの遺体がこつ然と消え去ってしまった」としか
言いようがないそうです。
色々と神秘的なエジプト文明ですが、80年代に出された雑誌の錬金術に
関する記事の中で、エジプト文明と黄金の関わりについて書かれて
いました。
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1922年、エジプトの王家の谷で発見された第18代王朝時代(紀元前
14世紀)のファラオ、ツタンカーメンの墓は、世界に大きな衝撃を
与えた。
18歳で死んだこの王の名は、歴史的には全く現れていない。
墓の規模も、他の王に比べれば極めて貧弱だった。
ところが奇跡的に盗掘者の目を免れた副葬品は、当時のファラオの
生活の豪華さと、彼らが死後の生に寄せていた並々ならぬ渇望を
ものの見事に明かしてくれたのだった。
特に注目されるのは、金製品の量だろう。
装飾品や器物だけではない。
椅子やベッドなど、日常使われていたとおぼしい家具さえも金の
薄板で覆われている。
そして石棺の中には、二重の金張りの棺が収めてあり、その内側の
純金製の第三の棺の中に王のミイラが眠っていた。
ミイラ自体も頭部から胸にかけての部分に純金製の見事なマスクを
かぶり、手・足の指の一本一本に金のサックがはまっている。
しかしこうした金製品を、ファラオの富と権力の産物と見るのは、
果たして妥当であろうか。
(中略)
太陽は天上に輝く黄金の円盤ともみなされた。
太陽の肉体の一片――地上の黄金は、まさにファラオの霊威を
発現させる呪物として相応しかった。
更に黄金は、不死信仰ともからみ合う。
エジプト人の死生観によれば、死体から飛び去った魂の半分は
再び死体に戻り、永遠に生き続けるはずだった。
ミイラを製作したのはこのためだが、ファラオの棺に使用された
多量の黄金は、この腐食しない金属の防腐効果が期待されて
いた事を伺わせるものである。
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エジプト文明と黄金は切り離せないものですが、こうした多量の
金製品の出土に関して、当時の王族の権威の象徴とする見方も
ある一方、こうした「遺体の防腐効果の期待」という見方もあり、
面白く感じました。
彼らの死生観や神秘主義と黄金が密接に結びついていたのは間違いないと、
個人的に思います。