endy's teapot

今朝のSKshow!

大手町にカルガモ

2005年07月29日 | IT
三井物産のカルガモはひところ有名でしたが、

ここは、同じ大手町でもお掘りから遠い、アーバンネット大手町ビル前
カルガモ親子が2m四方くらいの小さな池で水遊び

どこから来たんでしょうか 不思議です。

[勝手にSKshow]報道の自由と 公開の責任

2005年05月26日 | skshow
マスコミ各社 JR脱線「個人情報保護法」で混乱 「プライバシー」重い課題 (産経新聞) - goo ニュース

元記事は、産経抄ではなく、一般の産経新聞の記事で、この記事自身を構造分析しようというものではなく、他のブログ同様に中身の感想。

私自身は大事故に巻き込まれても絶対報道機関に名前を出して欲しくないと今は思っている。
もし、知る権利を振りかざすなら、不慮の事故に巻き込まれた人の「全て」の名前を出すのが
当然で、事故の大きさの大小で決めるのは興味本位にすぎるのではないだろうか。
その後の調査報道の材料として、収集するのはともかく事故の大小で報道されたりされなかったりするのは納得いかない。
年間8000人を超える「喉に物を詰まらせてなくなった人」の名前も生活も決して紹介されることはないし、この一ヶ月ですでにこの事故でなくなった人以上の人数が交通事故で亡くなられている計算になる。この一ヶ月、甚大な自動車事故は何回もあってその報道はされているが、その私生活や収容先の病院まで報道されることはありえないし、単独事故の場合は報道さえない。


病院は、患者が癒される場であり、それにあわないことはしてはいけない。
VIPな患者のときは言わないでしょ。
顧客の秘密を漏らした、居酒屋もボーリング場も同様。


「個人情報は預かり物」って、個人情報保護に関する解説書に書いてあるんだけど、報道の方は意識しているのかな。


勝手にSKshow「語り継がれる悲しみ,歴史への刻み」

2005年03月22日 | skshow
この前北原亞以子作「東京駅物語」という本を読みました.
駅を行き交う人のエピソードがつづられる短編集なんですが,登場人物が
絶妙に複数回出てきて,ちょっとした叙事詩のようになっています.
登場人物がその人生において東京駅を通った瞬間を切り出しているので,
あれっ話の続きはっていう位途中で終わる話しもあるんですが,心に残る作品です.

去る10日はその東京駅周辺が炎上した東京大空襲の日です.
我々の親の世代の記憶なので,次の世代にこういう話が伝わるのか,
そもそも,ちょっと乱暴な言い方をすると広島と長崎と南京とアウシュビッツだけで
大量の被害があったことが記憶され,各都市でおきた空襲の被害は忘れられそうです.

9日夜帰宅してNHKで空襲のドキュメンタリをやってたのをみて思ったんです.
東京の惨禍のことは今東京にいる人は知らない人が多い,でも東京の端っこに生まれた
私だって実はよくしらないし,東京以外の空襲の歴史なんて全然知らないといってもいい.

でも,東京大空襲の話題を聞くと夕方前に都心から家に帰っていていて被害に会わ なかっと
いうの親父の話や,ガラスのうさぎの機銃掃射のエピソードの前日くらいに伊豆に疎 開したと
いうお袋の話を思い出します.おかげさまで,まだ2人とも健在ですが,もうそういう話を
家ではすっかりしなくなりました.親父が集めていた軍艦記事の切り抜きも今はどこにあるの
だろう.

悲しみを憎悪として数千年の世代を超えて伝えようとしている国がある一方で,となりのうち の不幸でさえほんとうに共有するのは難しい.隣のご主人がなくなった事をいったい何日涙出来るだろうか.

実体験が伝聞になり,やがて歴史と呼ばれるように なるときに何が伝わっていくのか.
少年時代からの疑問はいまだ解けません.

今朝の産経抄(3/18)「こんな構造のコラムかいてるからほりえもんにつっこまれるのか.」

2005年03月18日 | skshow
●ひとこと
あえて分析したいコラムがすっかり少なくなって,仕事もちょっとだけ忙しくて
あまりメンテしていないので来たかたには申し訳ないです.

そうは,いっても,ほりえもんやら6カ国協議やら竹島問題やら産経の大好きなテーマにはことかかないこのごろ.是非,大胆かつ強引な「らしい」構造のコラムを期待したい.
今日は久々に書くが,構造的には駄目ですね.最初に「いたいこともあるから」と
だらだらと書き続けていていて,途中にて申し訳のように「専門家」としての市場の人をだしている.
専門からなら,第一パラグラフで提起した「インターネットがテレビや新聞を殺す」をきちんと受け止めて文章を展開すればいいのに,パラグラフ間の関連がうすい.
プロの書く文章は違うんだということがいいたいなら,そういう構造をみせてほしい.

今日の文章は,精根込めて,汗をかきかき書いているというがまるでしない.
こんなくらいの簡単な文章を書いているから本当に殺されちゃうのかなって心配しますよ.





原文はこちら
論理構造タイプ: エッセイ型
出現テクニック:専門家
インプレッション:産経らしさ ○ 構造の魅力 × 読みごたえ ×


1:事例の紹介:「優位性」が鍵.このキーワードを次ぎでちゃんと受けてほしい
2:考察:「個人が自分で情報を受発信できる時代がきて」と考察を述べたのだから
3:考察,:「価値のある情報を得るのは難しかった」なんて書くと,アンテナ低いだけとなってしまう.どのパラグラフもことば足らず.このしたの市場の例なんかいらないから,もっと「一所懸命」文書を作ってほしい.
4:反語:物流における利便性を持ってきても全然意味がないです.ものを買うのではなく,情報をえる手段としての「価値がない」といっているのだから,こういう分野の情報ではインターネットでも優位性はあるんだというなら,反対の立場への理解へつながる.こんな頓珍漢な例をだしてきてどうするのでしょうか.インターネットが万能だなんて,この文章のどこにも出てないし.
5:事例:インターネットもテレビもない人を出す必然がない.新聞記者も共倒れするような事例がどのように優位性のエッジを立たせるのか導けない.
6:主張:自らWebサイトの運営に関わっていたなら,その体験をもっと軸に据えれば筋の通った構造になったものを.
「それを読みやすい形に編集し提供するプロ集団が必要だと。」
これに,日常の直感で異論を唱えるはいないだろう.でも,「この文章の中で,この結論を導くだけの証拠と論理展開がなされているか」

答えは,否である. 巻頭を飾るコラムで「プロの仕事」をみせ続ければ,心配しなくたって新聞は滅びません.
でも,こんなちらかしっぱなしの文章書いているようじゃね.


今朝の産経抄(2/18)「イワツ,ツヅミ,シクネ」

2005年02月21日 | skshow
●ひとこと
テーマは私も好きな日本語の話し.
構造も,音楽でいえば複合2部形式のような,問題提起→一旦考察→新たな視点での考察の膨らまし→主張
というような構造かな.

ツとシかけない人,結構多いかもしれない.「ス」と「ヌ」とか「チ」と「テ」とか
ひらがなや漢字と似た字の微妙な違いは手書きの場合あるのだろうか.
「せ」と「セ」,「ニ(漢字)」と「二」とか「や」と「ヤ」とか,「七」と「ヒ」とか

私はPDA使うまで「や」と「ヤ」の書き順を間違えておぼえてました.

全然関係ないけど,
巻頭コラムを張っている人が損害保険会社の事務員と飲んでいるのってどういうシチュエーションなんでしょうね.ついつい下賤な想像をしてしまったのは私だけ.
ああ,内容には立ち入らないようにしているのですが.

原文はこちら
論理構造タイプ: エッセイ型
出現テクニック:専門家
インプレッション:産経らしさ ◎ 構造の魅力 ◎ 読みごたえ ○



1:事例の紹介:卑近な事例からの紹介.意外と新聞コラムは記事の引用が多く,自身の経験を引用するのは少ない気がします.
2:ロングパラグラフ:一般の人の感想を続ける.
3:考察,:ここで普通は専門家なんだが,データが無いという問題提起
一旦話はここで一区切り.
4:事例紹介,専門家:専門家はこちらで登場.
5:考察:初等教育における,カタカナの扱いについて自ら調査して考察
6:主張:カタカナに対する警鐘


今朝の産経抄(2/17)「我慢我慢」

2005年02月19日 | skshow
●ひとこと
幼いうちは我慢我慢,という話. 単純反復にしなかったのは,事件から我慢というキーワードを引き出していて,最初から我慢といっていないから.
我慢が大事という主張は良いのだが,ひとのコラムを丸写しで「同感」というのは,少々安易ではないかな.

何不自由なく暮らせる境遇に育ったイギリスのアッパークラスの子たちはそれゆえ,人工的に禁欲的なパブリックスクールなんてものを作ったのだろう.

原文はこちら
論理構造タイプ: エッセイ型
出現テクニック:
インプレッション:産経らしさ ○ 構造の魅力 △ 読みごたえ ○




今朝の産経抄(2/15)「これぞ といえばの典型」

2005年02月19日 | skshow
●ひとこと
今週はほりえもんの話題が産経に飛び火したこともあって,産経のコラムの元気の良いこと.
外出が続いていて,連日のフォローができなかったのでちょっと集中的にフォローしたい
まず2/15日は,これぞ「といえば」の見本のようなコラム
大津市役所の人たちはまさに枕でつかわれていて,最終的な矛先はNHK.
両者の間になんの関係もない.
「圧力といえば、」と「といえば」を直接使っているので,これ以上わかりやすいことはない.
古い伝統(といっても高々200年足らず)を軽んじると敏感に反応するのも実に産経らしい.



原文はこちら
論理構造タイプ: 落語枕型
出現テクニック:さげ,落語枕
インプレッション:産経らしさ ◎ 構造の魅力 ◎ 読みごたえ ○



1:報道の紹介:大津市の職員手帳の話,6曜が載っているがいけないということに対する疑問の提示
2:ロングパラグラフ:六曜の解説
3:歴史事例,プチ枕,:戦後の六曜追放の話,失敗した事例の紹介.
4:枕,といえば:しかし,こんなに内容を取り替えちゃうのも珍しいかも
5:主張:NHKの行動に対する批判
6:主張:NHKのとるべき態度の主張


今朝の産経抄(2/13)「大阪の夕陽の彼方の国々」

2005年02月14日 | skshow
原文はこちら
論理構造タイプ: 落語枕型
出現テクニック:さげ,落語枕
インプレッション:産経らしさ ◎ 構造の魅力 ○ 読みごたえ ○

●ひとこと
産経らしい内容,太陽が枕になる分には誰も傷つかないからいいが,
元尼崎市民としては,ここでいう大阪は市内の中心から南なのだろうと想像します.
少なくとも摂津の国では夕日は「六甲山」に沈むんですよ.これがまたきれいなんだ.

そうでない,大阪,和泉の方にしても本当は淡路島に沈むんでしょうね.正味明石海峡の間に
水平線が見える場所ってあるんでしょうか.
湘南から伊豆半島の距離と和泉から淡路島までの距離がなんとなく同じで,湘南からみた
夕日は海に沈むんですが,こちらも真冬でない限り本当は伊豆半島に沈むんですが,やはり
「海に沈む」と記憶されるので,そんなものでしょうか.

閑話休題
大阪の日没といえば,日没する処の話題へという,なかなかおもしろい「といえば」になっている.
そして,日本の腐心をひもといている.
鎖国政策も"古来、日本はこの大陸や半島の国々と如何につき合うかに心を砕いてきた。"のあらわれであれば,まさにその通りなんだが.
といえば,以降は毅然とした態度で望むべきというストーリーに持ち込むために作られたシナリオ.



1:話題の紹介:大阪の夕陽.知っていても「何の小説だったか」という書き出しは,けだるい感じがして猥雑感があり良い.
2:ロングパラグラフ:夕陽のきれいなわけ
3:考察,といえば:夕陽のかなたといえば,大陸の国々
4:歴史への考察:太古の時代の考察
5:考察:ふりかえって現代の考察
6:主張:毅然とした手紙一通で本当に属国をあきらめたのかどうか私にはわからないが,
「毅然とすべき」の材料として聖徳太子を引合にだしている.


今朝の産経抄(2/11)「ひのまるー」

2005年02月14日 | skshow
原文はこちら
論理構造タイプ: 落語枕型
出現テクニック:さげ,落語枕
インプレッション:産経らしさ ◎ 構造の魅力 ○ 読みごたえ ○

●ひとこと
建国記念の日のエッセイ,サッカーことは実はどうでもいいという典型的な枕
とても冷静なコラムとは思えない,文化欄のようなコラムなんでなんともいいようがないのですが,
構造的には,サッカー→スポーツ→日の丸

"自分たちの文化、自分たちのスポーツ、自分とともに生きる人たち。そのシンボルとして、国旗と国歌に思いを託せることの幸福。私は熱く日本をひいきする。きょうは建国記念の日。各地で誇らしげに日の丸が翻るだろう。"
ちょっと詩のような体言止めが目を引く,効果的なんだが素人臭くなるのが,体言止め.

インスタンスとしての「日の丸」「君が代」がいいかどうかと,そもそも決められた「国旗」「国歌」が必要かという議論はいつもごっちゃになっている.
個人的には,ここにあるようなイベントの打ち上げでビール片手にみんなで歌えるような歌が欲しいと思っている.

果たして,観客と同じレベルで日本をひいきするというのよい姿勢かどうかわからないが,産経の「主張」なのでしょう.
スポーツが安易にその興奮状態を発揚に使われることこそ問題なのに,一緒になって騒いでどーするという気もするが,それは構造とは関係ない本人の主張



1:話題の紹介:サッカーの感想
2:考察,プチ枕:"新聞もあったが、笑ってしまった"でなく,
「一部偏向マスコミもあったが,笑止である.」って書いてほしいのはもうノスタルジアな世界か.
3:主張:領土の歴史が正しく教えられていないことへの憂慮
4:筆者の体験:筆者の過去の経験
5:考察:その場にいたときの感想への回想
6:さげ:偶像のとしての国旗国歌の肯定.詩的なリズムでたたみかけるのはおもしろいし,
回想しながら熱くなっているのが伝わってくる気がする.体言止めにはそういう効果があるかも.


今朝の産経抄(2/6)「幻の蛍の光4番が照らすもの」

2005年02月10日 | skshow
原文はこちら
論理構造タイプ: 落語枕型
出現テクニック:専門家
インプレッション:産経らしさ ◎ 構造の魅力 ○ 読みごたえ ○

●ひとこと
北方領土の日を迎えたネタ記事.
蛍の光の解説自身が読み物になっているので,枕と呼ぶにはちょっと量が多いが,
"北の島々の歴史を正確に知っているのか心もとない。もしも国が、ロシアとの関係に配慮してそれを教えることを怠っていたとしたら"というのが今日の主張.
別に蛍の光でなくてもよかったというとやはり枕.

"誰にはばかってか、この部分はカットされ差しさわりのない一、二番だけが歌われている"
をもっと産経らしく強調すればよいのに.惜しい

1:話題の紹介:蛍の光の話し.歌われない3,4番についての紹介
2:ロングパラグラフ:3番の紹介
3:といえば:4番の解説.ここで蛍の光が北方領土問題に入れ代わる
4:考察:"守るべき国土がどこまでかを国民に教えているといえる" はて,そんなことはどこにあるのだろう.
5:主張:今日はなんの日.ここで主題が登場
6:主張:領土の歴史が正しく教えられていないことへの憂慮

今朝の産経抄(2/2)「にせもの」

2005年02月02日 | skshow
原文はこちら
論理構造タイプ: 単純反復型
出現テクニック:専門家
インプレッション:産経らしさ ◎ 構造の魅力 △ 読みごたえ △

●ひとこと
昨日とうって変わって,中身は産経らしいが,読みごたえなしというコラム

"先入観なく事実を検証する目を持ちたい"
ということをいうのであれば,もっと事例を膨らまして,
にせものでふたつ例が欲しい
そうすれば,「といえば」という流れにもっていけるのだが,
これでは最初から意外性もありはしない

"マスコミを巻き込んだニセモノ騒動は世に多い"という書き出しでネタばれである.
単純

1:歴史事例,専門家:にせものの事例
2:報道の紹介,といえば:にせものといえば,南京大虐殺
3:主張,専門家:分析者への賛同.
4:事例:南京大虐殺誤解の歴史
5:主張:"先入観なく事実を検証する目を持ちたい"というコピーは秀逸
6:考察,さげ:また「が」で終わっている.「ふつうなら軌道修正のはずだが」どうしたんだでしょうか.これは倒置にもなっていないので,推測する以外の手段がない.

今朝の産経抄(2/1)「ずるさ」

2005年02月01日 | skshow
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論理構造タイプ: 落語枕型
出現テクニック:用語
インプレッション:産経らしさ ○ 構造の魅力 △ 読みごたえ ◎

●ひとこと
「ずる」ということばをキーワードに,ずるといえばでいろんな話題を歩き回る.
エッセイやコラムとしては手堅い手法.読むほうも結構読みやすい.
如何に,手堅い話題と意外性のある話題を組み合わせるかが読みどころ.

最初に,まじめな山口瞳氏を登場させる.
氏のエッセイを読んだことのあるひとなら,
そのまじめさがわかるというもの.しかし,ちょっと古くなってきてしまったかな.

次はNHK.
最初は局側のずるをかき"だからといって"で視聴者側のずるも,自然な形で指摘.
これは反語というより"返す刀で"という感じで小気味いい.

"受信料の不払いを勧めるつもりはないし、正しいとも思わない"
"まじめに払っている人から見れば、これも「ずる」である"
会社のずるだけではなく,視聴者のずるも指摘している.こういうことを
ちゃんと書いているのは初めて

そして振り込め詐欺
こちらでも,お金をとるずるさ,お金を払えばなんとかなるとというずるさ
の両面を書いている.

それでいて,最後に山口瞳に戻している.


1:歴史事例,専門家:山口瞳氏を通じた戦争中の「ずるさ」でテーマを提示
2:報道の紹介:NHKのずるさ
3:プチさげ:豊富な資金へのenvyとも思える一節がまぎれる.
4:考察,まくら:不払い運動のずるさ
5:主張:振り込め詐欺のずるさ
6:さげ:振り込む側のずるさ.山口瞳に託したさげ.


勝手に産経抄(1/28)「ゆとりのはきちがえ」

2005年01月31日 | skshow
原文はこちら

ちょっと気になるので,もう一度この日のコラムを取り上げますね.かつ,内容にコミットするので表題も変えますね.

>「ゆとり教育」には問題が多いことがようやく認知されるようになってきた。

曖昧な書き出し,根拠をよく専門家に求める産経抄にしては珍しい

>「数学なんて実社会では何の役にも立たない」と、斜に構える人

数学が何に役立つかは詰め込み教育では教えてないし,教えられないですね.
「詰め込み」の反動の「ゆとり」の反動はもう一度「詰め込むのか」とはならないはずなのですが,どうなんでしょうか.

>たしかに、ツルカメ算や連立方程式を駆使する職業というのはあんまりない

そんなことはないですよ.確かに方程式を解くことはないかもしれませんが,
○○算の考えなんていうのは結構使いませんか.
収益をプレイヤーで按分するなんてことはあることなんです.

>論理的な思考が身についてくる

論理的思考は,解くことだけなんかでは身につかないんです.
問題を解きほぐして,誰にでもわかる解法として記述するのと,解を得る過程はちょっと別なんですよね.

小6のときに,文章題を先走って方程式で解くことがはやりました.
「左辺を移項するときは符号を逆にする」
というのはみんな知っているんですが,「なぜ」を説明出来たのは私だけでした.
1+(-1)=0 とか 両辺に同じ数を足しても引いても等しさには変わりはないことを理解出来ないと
単なるテクニックの積み重ねだけになってしまいます.
対して「なぜ」という疑問を持ち,それを解きほぐせなければ,人間電卓なんです.

それは,反復詰め込みと全く違うプロセスが必要です.それを通常の数学のカリキュラムで
教えることがむずかしければ,「ゆとり」の時間を使ってやればいいんです.


もう一つの例ととして高校ででてくる相加相乗平均という公式があります.
この式がどうしてでてきたか,この式の持つ現実社会での意味づけとかは,この式を使う
数学の問題を何題やったところで,感じることはできません.

>中学教諭に「美術の実習は役に立つのか」と聞かれた。うーん…色彩感覚や審美眼が養われる?

格好の矛盾を提起されていて,おもしろいです.
美術は数学と逆で「何も教えていない」んです.「ゆとり教育の弊害」,ちゃんとおしえるべきことまで教えていないということのモデルはむしろ美術と国語にあると思います.どちらも,コミュニケーションの道具としての「技術」は教えず,むしろコミュニケーションの結果としては特異な「芸術品」を対象として取り上げている.
すでに現場でも気付いている先生はいるのではないでしょうかね.

>「ゆとり教育」という言葉は妙に聞こえが良すぎる。

こんな言葉を使ったのは間違いだったかもしれませんね.ボランティアやゲームではなく,普段の授業で教えられないことを教えるのもゆとりなんではないんでしょうか.

>睡眠や食事は最小限、私語などは論外。

ゆとりへの反動でこういうことを支持している人いませんか?
そもそも学力の低下がゆとりのせいなのかどうか,学力を図るのは試験の点数なのか.
ゆとりのせいにしていませんか?

昔,アメリカの学生は大学に入ってから真剣に勉強するって聞いたけど,あればうそだったのかな.最近は奨学金がもらえないと厳しいから,高校の成績も頑張るのかな.

(あとで加筆修正予定)

今朝の産経抄(1/31)「マリーシア」

2005年01月31日 | skshow
原文はこちら
論理構造タイプ: 落語枕型
出現テクニック:といえば
インプレッション:産経らしさ ○ 構造の魅力 △ 読みごたえ △

●ひとこと
中国と北朝鮮のサッカー選手のつばぜり合いなんて,「内輪もめ」のように見えることから
今日の表題にしたけど,
"サッカーに限らず外交でも。" で,手堅く外交へ「といえば」で展開をしている.
分量の比率からすると,このといえばは一パラグラフ遅いと思う.主張の核が第五でかつ
一パラグラフで済んでいるので,実はサッカーの話しも結構したかったのかなってちょっと
思う.しかし,外交をプチさげ,プチ枕にしたら巻頭コラムとしては如何なものか.
できれば,サッカーの話題は一つ少なくしてもう一つ外交で書いてほしかった.
第2パラグラフは第6にマージ可能. 残念


"快勝できる力があると信じている「が」"
この「が」で文末を終える文章がネットでは非常に多い,本人は倒置のつもりなのかと分析しているのだが,倒置されたはずの結論が見つからないことも多い.形式的に見つからないどころか,内容的にもなく,それこそ行間を読まなければいけなくなっている.

今日は
"サッカーの方はいつものフェアプレーで北朝鮮代表に快勝できる力があると信じているが,「DNA鑑定は捏造(ねつぞう)」などと、平気で主張する相手には、それくらいでないとらちが明かない。"
が割と素直に倒置になっている.
倒置して,外交を受ける述語に兼用することによって,かけことば(正しいかなこの用法)になっている.その意味では参考になるのだが,
「が」を抜いて,
「信じている」で終わらせたらいけないのか,文章は素直でそちらのほうが読みやすいと思うのだが,余韻があるとかメリットがあるのだろうか.

しかし,「が」で終わる文章にはいったいどういうメリットがあるのか,少し気になっている.今後少しこだわって分析していきたい.

1:話題の紹介:北朝鮮のサッカーチームの話を紹介
2:報道の紹介:数学をまなぶ効用を例示している.
3:歴史事例:北朝鮮チームの歴史を紹介
4:考察,まくら:北朝鮮チームといえば,日本チーム.日本といえば北朝鮮外交
5:主張:産経らしい主張なんだが,
"経済パイプを遮断してみせるくらいでいいのではないか"はいかにも弱い
"経済パイプを遮断してみせればよい"と言い切ってほしい
6:さげ:もう一度サッカーの話題に戻す,これも定番の手法.


今朝の産経抄(1/28)「ゆとりのはきちがえ」

2005年01月28日 | skshow
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論理構造タイプ: 単純反復型
出現テクニック:専門家
インプレッション:産経らしさ ○ 構造の魅力 △ 読みごたえ △

●ひとこと
この人も「ゆとり」を勘違いしている.いや,わざと勘違いしている.


"極限状態の中で、生きることを自発的に考えさせる。"
考えさせる時間を作って考えることをさせるのが
ゆとり教育の目的なんで,その点では禅寺がやっていることも同じ.

ゆとり教育の反対に位置するのは
カリキュラムにしたがって,淡々と行なわれる教育を指すので,
例示として不適切.
禅寺が「ゆとりでない」教育をするのであれば,
・お経を意味も考えずに暗記する
・毎日ひたすら,掃除を自己目的として行なう
ことによって修行ができるのであれば確かにそう.
でも,生きることを自発的に考えさせているのであれば 目的は一緒ではないか.

中途半端な例示はかえって主張をおかしくしてしまう典型.

でも,この「ゆとり教育」って,勘違いしている人が多いよね.


1:話題の紹介:ゆとり教育の問題点について,最近の状況を鳥瞰.話題の提起
2:筆者の考察:数学をまなぶ効用を例示している.
3:反語:美術はどうかという例.なんでここに出したのか.パラグラフが活かされていない
4:考察:「ゆとり」という言葉への疑問
5:考察:"。「ゆとり」と「教育」の合体も無理があり" 用語にこだわっているだけなのかという
ことになってしまい,果たしてこの考察を主張を助けているのかどうか疑問.
6:事例紹介:最後に事例を持ってくるのは,全体の主張をソフトにしてしまう.功罪あり