endy's teapot

今朝のSKshow!

今朝の産経抄(10/19)「大阪」(よいコラムです)

2005年10月19日 | skshow
元記事はここ

・追悼記事風の事例紹介で始まる今朝のコラム、「」と()で目を引く、長文だと()は読むスピードを止めてしまうのでNGだが、”関一(せき・はじめ)。”は目立たせる効果となっている。
毒も強引さもないのですが、とてもよくまとまっているコラムだと思います。
事例がおだやかにはじまり、事例の解説が「」と専門家によって引き立ってくる。
そのあと大阪のお金の豊かさの事例紹介をしたあとで、お金の無駄遣いを争点とする選挙の話を出している。しかも、祖父と孫というつながりで、当時の世相を親子の違いに照らしている。

最後のパラグラフで
”薫染(くんせん)”とまた産経らしい難語を使い、
”大阪、いや日本の政治にそこまで”と 日本の政治に さげ をいれている。

ここしばらくにない、傑作コラムだと思います。

もっと毒がほしいと思うのは、石井タンに毒されている。らでしょうか。

今朝の産経抄(10/11)「牛文化」

2005年10月11日 | skshow
元記事はここ

最近の豚丼の味向上と、健康面を考えて牛丼から豚丼にスイッチした私ではあるが、それでも牛という筆者の気持ちはわからないでもない。

で、勝手に産経抄としては、牛丼と豚丼の違いをいってもしょうがなく、
筆者が的確に結論に向かっているのか、ただのエッセイかを見てみたい。

末尾の
「豚丼もいいが、すき焼き同様、牛にしか出せぬ味がある。」これが、何かの比喩になっているのではと、文を眺めるのだが、本当にただのグルメエッセイにしかなっていないようである。ただのエッセイなら、新聞の一面を飾る必要はありませんね。

実体験から、説き起こす書き方で、関西と関東を比較しつつ、牛の存在を際立たせていく書き方はよいのでは。得意の「」はないのかって、思いつつ、関西人と旧肉の事例が積み重なっていく。
しかし、これらが、5、6パラグラフでうまく活かされていない気がする。単に「牛といえば解禁が近づいてくる」ということにしか使われていないんですね。「関西」はまるで使われていない。しかも、最終パラグラフも
「前向きにことを進めてもよい気がするがどうか。」とまるでひねりがない。
できれば、関西人の特性と解禁をなにか絡められると、前半の事例がしかけとして生きてくるんではないかな。
たとえば、
「ただ再開するのではてく関西人の舌をうならせるような牛食文化が花開くことを期待する、関西で花開けばなおよい」
なんてよりもっとひねりをきかせたいんですが...

「食にうるさい関西人の舌を再びうならせるには、再開だけでひとモウけというわけにはいかないだろう」という駄洒落は、読者欄にまかせて......

見出しは著作物ではないけど、取引の対象になるということは言っているのでは

2005年10月10日 | skshow
ノートPCのパッドの動作が変で、直接書いた原稿が2回も飛んだから、今度はメモ帳で下書しました。
mio-miguleさんへトラックバック
> 「多大の労力・費用をかけた取材、編集などの活動があるから有用な情報となる」と指摘。見出しも、「報道機関としての活動が結実したもので、法的保護に値する利益となりうる」

なるほどね。でも、なりうるってことは全てが対象ではないってことなのかな?
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取引の価値を認めた人が他にいるので、一般のものと同じように取引してしましょうということでは、

特に著作物だから、ということではないと言っているわけですよね。

著作権での法的保護ではなくて、私有物の保護ですね。

見出しにも、多大な労力をかけて作ったかも知れないけど、著作物のいうところの
芸術や思想の創作物ではないということ。でも、手間暇かけて作ったものに価値を
認めて取引する人がいるんだから、あなたも認めてねということでしょ。
これで、見出しにも創作性がある勘違いしてはいけませんね。ブログの人は大体
大丈夫みたいだけど。原告だけ勘違いしてそうなような。

ソフトウェアのライセンスなんかも、著作物への直接対価ではないですよね。プログラムの作用そのものは著作物ではないし、マニュアルやサポートなどの労働などを含めた契約に対する支払いです。サポートも著作物とはさすがに言わないでしょうね。


勝手にSKshow「横浜続投要請も岡田監督保留」 って 野球じゃないのね。

2005年10月09日 | skshow
横浜続投要請も岡田監督保留 (日刊スポーツ) - goo ニュース

プロ野球ファンには?????だよね。
最近、サッカーも競技名なしの記事が増えているということ。

[勝手にSKshow]見出し配信は無料?有料?

2005年10月07日 | skshow
ネット記事の見出し無断配信「違法」…初の司法判断 (読売新聞) - goo ニュース


コラム分析の小欄としてはちょっと気になったできごとなので、
かいてみました。私が書いている「今朝の産経抄」のBlogは産経新聞社の了解をとってリンクを張っていますのでご安心ください。

見出しに著作物としての権利を主張できるか、無断で使っているので対価を要求できるかということですね。

著作権に関しては、今回の争点の見出しは、著作物ではないと言っていてます。
というわけで、著作権を根拠に差し止めとか対価の要求はできないということなのですね。

しかし、不法行為による損害というのは認めたというのは、普通の物と同じの商品の取り引きに係わるものと考えてみて、
ちまたで、金銭的な価値を認めて取り引きされている現状があるので、君もお金を払いたまえというような感じでしょうか。

逆に、いままで見出しを無料で使っていた企業がいたとしたら、対価を得てよいよいものに払わないでいるのだから、寄付行為を受けていることにならないのかな。会社の取り引きで無料というのはあとで扱いが面倒になることが多いので、逆の意味で社会人としては心配。

桜の木の写真集の話というのを聞いたことがあり、みんながみられる場所にある私有の木を撮って写真集を作った。撮影料払ってよという話ですよね。みんながみられる場所においてあるのが悪いってことになった。
今回は桜の木のように、みんながみられる場所にあるかどうかは問題にされずに、お金を払っている人もいるんだから、そこにおいてあるからってただでもってっちゃだめよということのようですね。

著作権の切れた絵画が保護されるのも、著作権ではなく所有権によるものだっけ。写真を模写するのはOKということでしょうね。高価な絵は保護されるけど、その辺の古い絵は保護されない。

うっ、書いてて本当にわからなくなった。

いいたかったのは、著作物だからといって全てが「著作権」で対価を保証されるわけではなく、普通の「物」としての価値によって、取り引きされるならそれと同じような枠組みで考えましょう、それでおかしい商行為なら正しましょうということなんでしょう。

また、「違法」と「不法」別のことばのようで、
だから、違法という新聞記事はちょっと間違いで、不法行為があったので、損した分を償いなさいということだと思います。違うのかな。


あとは有識者のブログをせっせと検索するということで。

今朝の産経抄(9/23)「する前にやるべきこと」

2005年09月27日 | skshow
元記事はここ

前半で事例紹介として、NHKのドキュメンタリーが紹介されている。でも中身はドキュメンタリーの話ではなくNHKの経営問題に行くことは誰しも想像がつく、
NHKにとってみれば、こういう「といえば」構造の当事者なので問題はない。
ただし引き合いに出された「マッチャン」は、枕として使い捨てにされている。

石井タンがいなくなって、こういう使い捨ての引用が減ったのだが、また少し増えつつあるかもしれない。

この手の記事は書く側が背負っているバックグラウンドから完全にフリーになれないのが,つらい。民報はNHKが持っていない、新聞や雑誌といったペーパーを2つ持っているとか、フジはラジオ局を2つ持っていたとか、そういうことには触れない。
一記者が公平な立場で棚上げするのであれば良いのだが、我田引水になったら困りますね。問題の本質がどこにあるのかを論理的に構成することを期待する。

人の台所事情を詮索する前に
まずは、「観たら払う。観るかもしれないなら払う。」という、コンテンツの問題で繰り返されているテーマをここでも導出してほしい。
ちなみに、

システム化された課金システムが不要なNHKの課金モデルは実にうらやましい限りで、これがうまく行くのであれば、本当に安上がりなのにな。課金システムって作るのに本当にお金がかかる。多分NHKのようにサービスメニューが複雑なものをシステム化するとかなりの開発費が必要で、それでいて、視聴者のサービスに割引以外まったく変化がでない。
本当にそれがみんなの望みなのか。

新聞記事より

2005年09月25日 | skshow
ワゴン車の開けたドアに自転車が接触、男性死亡 (読売新聞) - goo ニュース

これって、自転車の進路妨害なの、それとも、自転車の前方不注意による追突なの。
自転車って車両だから、一定の運転の責任ってあるんだよね。
これが、バイクや車だったらどうなのかな。歩行者ならどうなのかな。


いずれにしても、他人事ではなく どうすれば防げるのでしょうね。


亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

わ、アクセス数0だ!

2005年09月25日 | skshow
ブログをはじめて一年半、それなりのキーワードもたまって、なんらか引っかかってくれる人も出てきているのだけど、昨日のアクセスカウントは0

0はワースト1 これより低いカウントは取りようがない。強いて言えば、自分が読んだ人のブログを費用としてマイナスカウントすれば、収支のようにマイナスというのもありえるかも知れない。

まあ、継続は力なりというけど、毎日書いてないしね。
でも、沢山コメント付いている人の内容が面白いかというとそんなでもないんだよね。ふしぎ

今朝の産経抄(9/20)「民主主義 と いえば」

2005年09月21日 | skshow
元記事はここ

構造的には、長いマクラがあって、といえばで得意の北朝鮮批判、
面白いのが、
「ここまで書いたところで、~ニュースが飛び込んできた。」な、わけないじゃないですか?
だとしたら、本当はどういう最終パラグラフを書きたかったのか非常に興味がわく。

第3と第4パラグラフをまとめて、
▼同じく日曜日に行われたドイツの総選挙では、社会民主党(SPD)党首メルケル氏は、キリスト教民主同盟(CDU)と両方が「勝利宣言」を行う異常事態の中で、アフガンの女性と同じように民主主義の生みの苦しみ、喜びを知りつくしていることだろう。

として、最後に、パラグラフに一つ余裕ができるので、今のような言い抜ける「さげ」のようなスタイルでなく、
日本の知識人やマスコミに対する苦言の一つもいれるとぐっと産経抄らしくなる。

何が産経抄らしいっていうと、引用している事例と言いたいことが実はあんまり関係ない主題へぐっと転換するところ、マスコミ苦言が得意なところです。

勝手にSKshow「体重の不思議」

2005年09月15日 | skshow
たべるとなぜ体重は減らないのか、この疑問に直面している。
決して、がっつりたべると言っているわけではない。

最近夜は、ごはんや油ものはたべない。妻に申し訳ないくらいだ。
自宅では、夕食はほとんどモヤシ炒めのみ。ごはんはたべないし、加工のフライパンを用いるので、油も最小。油を引かないとモヤシ自身の水分で加熱されるので、茹でモヤシのようで歯触りが確実に悪くなるんだがしょうがないとあきらめている。

それ以外に水を飲んだりするので、実際にはもっと質量をとっているのは確かなんだが、モヤシ自身はせいぜい200g位しかないはず。そのモヤシとて大半が水であり、水分以外の増加分などほんのわずかだと考えていた。

しかし、その食後の体重の落ち方は実に不思議。
本当に何もたべずに水類(アルコールもとらない)のみで夜を越すと、この季節柄
飲んだ水分位夜中で汗ででてしまい。夕食前とさほど体重が変わらない値に戻っている。しかし、200gのモヤシを摂取した日はなぜか、その水分も排出されずに高いレベル、日によっては、昨朝に比べ1kg近い増加分を維持してしまう。

もしかして、分解吸収する過程で、他の水分も巻き込まれて、取り込まれ、単純に排出とならないのだろうか。どこかに正解があると思うのだが。私固有のもんだいだろうか。

そんなわけで、この一ヶ月運動などをしても減らなかったのが、ここ2日間の夜の摂食を厳に慎んだら、目に見えて体重が減少した。あっというまである。

基本は夜食をしないというのはもっともなことだと実感した。
でも、その仕組みは謎だし、正直ちょっとつらいものがある。

モヤシで太るようだったらどうすればいいんだろうか。。。
天高く我肥ゆる秋、夜な夜な悩みの種である。



今朝の産経抄(9/15)「「」」

2005年09月15日 | skshow
元記事はここ

表題は、冗談ではなく、「」に閉じられたキーワードがこのコラムのキーと見た。
短い文章では、キャッチーな言葉を効果的に使うのが、理解が進むし、余計な説明をしないで済む。


「民意を尊重する」
「風見鶏」
「反党行為はできない」
「選挙の天才」
「刺客作戦」
「両雄並び立つ」
と会話も含め、6つのカギ括弧が並んでいる。
ついでに、冒頭の
君子は豹変(ひょうへん)するものである。
も「君子豹変(ひょうへん)せず」を暗に戴いている。

目に効果的に飛び込んできているのではないか。新聞で見るとまた少し違うかもしれないが。

内容は、こうしたカギ括弧で小泉首相を書いて、最後の2パラグラフで、反対派や民主党への奮起を期待している。
こういうコラムは石井タンの頃にはかんがえらなかった。

ある意味、産経らしからぬ出来


今朝の産経抄(9/12)「逆に逆に」

2005年09月12日 | skshow
新聞各紙、一斉に論陣を張っている。大勝利を予測した、産経、日経でさえもここまでの予想はし得なかったというレベルだろうか。こういう大きなイベントのときはあらかじめ、想定したシナリオで何本か社説やコラム、一面記事の準備をしておくはずだが、昨晩は脱稿までに慌てて書き直したことだろう。

さて、そんな今朝の産経抄だが、「大当たり」と自画礼賛するかと思えば、
そうではない。逆にというキーワードを2回用いて、新聞らしい建設的苦言を
呈するコラムになっている。石井タンのような、毒やひねりはないのはしょうがないが、ある種正統派の構造になっているのでは。
元記事はここ


最初に考察、これ自身にオリジナリティはほとんどない。
次に、「逆にだからこそ」と最初の考察をひねるフレーズが入ってくる。
「逆に」「だからこそ」というのは2重否定、逆というのは民主党の非難に対して、だからこそのいうのは、小泉戦略に対してであって、2重否定するからといって、素直に礼賛しているのではなく、否定の否定は角度を変えた考察となっている。
次ぎに、事例紹介。中間部に事例を入れるのはオーソドックス。
その例をそのまま「だから」とせず、5パラグラフで、「逆に」といって、イギリスと違う方向に進むことへの危惧を述べている。

単純反復型もいけいけでよいが、こういう逆説を重ねる文章は、読んでいて小気味よいものではないだろうか。


今朝の産経抄(9/9)「三分間の熱狂」

2005年09月09日 | skshow
元記事はここ

久々に産経抄をしてみたんだけど、

エッセイ型の域をでないコラム
せっかく、「三分間の熱狂」という、キャッチーなフレーズを提示しているにも関わらず、まったく活用していない。

番記者が「どこもすごい人出です」→「かぶりつき席」→。「三分間の熱狂」→「関西はネタにうるさい」
でおしまい。

後ろの2パラグラフが前段の前振りの展開とまったく独立してしまっている。

「ネタといえば、ネタはあっても盛りつけが地味なのが対する岡田さん」
とか
「三分間で盛り下がることもないが、なかなかかぶりつき熱狂にはいたらないようだ」
とか、
ちゃんと前のパラグラフを活かして、
「いきおいでネタバレ」と「人出はないがまじめ」をうまく比較して、
その最後に「郵政以外を熱狂しながらまじめにききたい」と
占めれば、前振りして、反対提示をして、両方をまとめてっていうコラムらしいまとまりが出てくるのに。
なんか、時間かけてないって感じがして残念




何がニュース価値を決めるのか(忌野氏の自転車)

2005年09月08日 | skshow
忌野清志郎さん、160万円の自転車盗難 (読売新聞) - goo ニュース

何で、これが一般紙のニュースになるのだろうか。
こういう記事にあてるのが、既存メディアのいうコンテンツ作製能力だとするとなんだかな。高いから?有名人だから? 一体何を伝えたくて記事にしたんだろうか。

盗難事件以前に駐車違反でないの? もちろん違反車両だからってもってっていいことにはならないけど。

普通は自転車の盗難なんて、届けを出すだけで、調べてなんかくれないよね。


大手町は路上禁煙なんだけど。。。

2005年09月07日 | skshow
昼食に行こうと、街角へでた。交差点の向こうにどこかでみた顔。おそらく、親会社からでてきたんだろうか。ふとみると白い筒をくわえている。たばこだ。

確か、いまは郊外の事業所に勤務しているはずだが、
彼も、かつてこの街で過ごしていたはずなので、この街が路上禁煙なのは知っているはずだ。

その郊外の事業所でも、バス停からの途中の集合住宅の掲示板に通勤途上の路上喫煙を注意する掲示が張られたことがあった。とても恥ずかしい掲示であった。

出てきたビルがわかれば、どこの社員かすぐわかるというもの。面と向かって避難したり注意したりする人はいないかも知れないが、それだけに、あそこの会社の人のモラルはあんなものなのかと思われたら結構迷惑で悲しい。

今、街中での禁煙地区は都内のあちこちに普及している。愛煙家にはしんどいことなのかも知れないが、吸殻のない街は確実にきれいになった。地域に根ざす企業人として、勤務先の環境維持は自分の家と同じ次元で考えたいものだ。