事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告株式会社クリスチャントゥデイに対し、130万円及びこれに対する平成20年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告高柳泉に対し、50万円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告矢田喬大に対し、30万円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告らに対し、インターネット上で被告が管理するウェブサイト「MAJORMAK'S DIARY」並びにアカウント名「ct-cult,newcollegiate」及び「dga」に記載された文言のうち、別紙主張整理表の各「該当箇所」欄掲記のブログ(以下、これらを併せて「本件ブログ」という。)における各「表現内容」欄に引用された文言を削除せよ。
5 被告は、原告らに対し、前記4項記載のサイト上に、別紙謝罪文記載の謝罪文を掲載せよ。
第2 事案の概要
1 本件は、原告らが、インターネット上で被告が管理する本件ブログにおける被告の書き込みによって名誉を毀損されたと主張し、被告に対し、①不法行為に基づく損害賠償請求として、原告株式会社クリスチャントゥデイ(以下「原告会社」という。)については130万円、原告高柳泉(以下「原告高柳」という。)については50万円、原告矢田喬大(以下「原告矢田」という。)については30万円並びにこれらに対する被告への訴状送達の日の翌日である平成20年4月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、②不法行為に基づく名誉回復請求として、本件ブログ上の名誉毀損表現の削除及び当該ブログ上に謝罪文を掲載することをそれぞれ求めた事案である。
2 前提事実(争いのない事実、並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨による認定事実)
(1)当事者
ア 原告会社は、主としてインターネット上のウェブサイトにおいてキリスト教に関する情報を提供することを業とする株式会社である。
原告高柳は、原告会社の設立時から平成23年7月まで、原告会社の代表取締役社長であった。原告矢田は、平成17年に原告会社に入社し、平成23年7月29日付けで代表取締役に就任した。(甲24,27)
イ 被告は、キリスト教会「救世軍」のメンバーであり、牧師、通訳、翻訳、神学校教師等を仕事としている。救世軍は、日本におけるキリスト教福音派の組織である日本福音同盟(JEA)に加入しているキリスト教会である。
(2)本件ブログへの投稿
被告は、平成18年2月16日、本件ブログ上において、原告会社についての書き込みを始め、別紙主張整理表の番号1から84までの「表現内容」欄記載の各表現を投稿した(以下、同各表現を併せて「本件各表現」という。)。
(3)原告会社と被告との交渉経緯
原告矢田は、平成18年10月3日から4日にかけて、計3回、被告に対して、電話で本件ブログの削除を求めた。その際、原告矢田は、被告に対し、「ブログを削除しなければ裁判に訴える」などと伝えた。
原告高柳は、被告に対して、「納得のいく回答が得られない場合は、…法的な処置をも検討します」と通告した。
原告会社は、被告に対し、電話で、本件ブログ上への原告会社に関する書き込みの削除を要求し、さらに、平成18年12月13日、救世軍本営を訪問し、被告及び被告の上司である太田晴久と面談し、本件ブログの削除を要求した。
原告高柳は、平成19年1月25日、太田晴久及び被告と会談し、本件ブログ上での原告会社に対する書き込みの削除を要求した(以下「高柳■■会談」という。)。
(4)通知書の発送
原告会社は、平成19年3月20日、被告に対し、同日付け内容証明郵便を送付し、誹謗中傷表現を削除すること、原告会社に対する謝罪と今後一切名誉毀損の言動をしないことを成約する書面の提出を求めた(甲2)。
被告は、削除に応じず、上記書面を提出しなかった上、上記内容証明郵便を本件ブログ上で公開した(甲3)。
(5)調停の申立て
原告会社は、平成19年4月9日、東京簡易裁判所に対し、本件ブログ上の原告会社を誹謗中傷する記述の削除及び損害賠償を求める調停を申し立てた(甲4)。
被告は、調停期日に欠席し、上記調停は、平成19年6月20日、不調に終わった(甲5)。
3 争点
(1)本件各表現の名誉毀損の成否
(2)損害及び謝罪広告の要否
(3)削除請求の可否
4 争点に対する当事者の主張
(1)原告の主張
ア 被告は、平成18年2月16日頃から本件ブログ上において原告会社に関する書き込みを開始し、その後、原告会社が統一教会と関係のあるカルトで反社会的行為をする集団であることをほのめかし、また原告会社のメディアとしての適性を疑わせるような記載を繰り返し行った。
また、被告は、本件ブログ上に、原告高柳及び原告矢田が、統一教会の元幹部であったダビデ張牧師のマインドコントロールを受けており、「パラノイド傾向と虚言性向」がある等と記載した。
これらの本件ブログへの記載における本件各表現は、原告らの社会的評価を低下させることが明らかである。
本件各表現についての原告らの具体的主張内容は、別紙主張整理表の「表現内容」欄及び「社会的評価を低下させる理由」欄記載のとおりである(なお、別紙主張整理表においては、原告会社のことを「CT」ないし「クリスチャントゥデイ」ということがある。)。
イ 原告に生じた損害及び謝罪広告の必要性
(ア) 被告が、本件各表現を不特定多数の者が閲覧できる本件ブログ上に掲載した結果、原告会社の社会的信用は著しく低下した。原告会社は、キリスト教関連の情報提供を主要な業務としており、その主な情報受領者はキリスト教の関係者であるところ、キリスト教界において統一教会は異端であり、問題のある団体であるという共通認識があり、本件各表現によって、原告会社の社会的名誉が毀損されたことは明らかである。原告会社が被った無形的損害は計り知れず、その損害額は、少なくとも100万円を下らない。また、原告会社は、本件訴訟を提起するにあたり、弁護士費用として30万円の支出を余儀なくされたことから、これも被告による名誉毀損と相当因果関係のある損害である。
また、原告高柳は、極めて悪質な本件各表現により、精神的損害を被り、その損害額は、少なくとも50万円を下らない。
同様に、原告矢田は、本件各表現により、精神的損害を被り、その損害額は、少なくとも30万円を下らない。
(イ)本件各表現によって原告らが被った社会的評価の低下を回復するには、被告に別紙謝罪文記載の文言及び方法で謝罪広告を行わせることが必要である。
ウ 削除請求
本件各表現は、極めて悪質な名誉毀損表現であり、削除されるまで表現がインターネット上に残存するというブログの特質から、本件各表現が削除されない限り、原告らに損害が生じ続けることは明らかである。
したがって、原告らの被った損害を補てんするためには本件各表現を本件ブログから削除することが必要である。
(2)被告の主張
ア 本件各表現には、原告らの社会的評価を低下させないものがある。また、仮に本件各表現が原告らの社会的評価を低下させるとしても、その表現内容は全て真実性、あるいは相当性が認められる。また、論評といえる表現内容については、論評としての相当性の範囲内であり、被告は名誉毀損の責任を負わない。
原告の主張に対する被告の反論は、別紙主張整理表の「被告の反論/抗弁」欄記載のとおりである。
イ 損害の有無及び謝罪広告の必要性
争う。
ウ 削除請求
争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え、掲記の証拠及び弁論の全趣旨からすると、次の事実が認められる。
(1)「張在享が来臨(再臨)のキリストである」との教義は、キリスト教においては異端的な教義である(弁論の全趣旨)。
(2)張在享の疑惑調査
ア 韓国基督教総連合会(以下「CCK」という。)は、同会の会員である大韓イエス教長老会合同福音総会長の張在享(同人は、「ダビデ張」、「張在洞」などと称される人物である。以下、同人物については「張在享」という。)について、統一教会に関係している疑惑があるとして、異端対策委員会を設置し、調査した。
上記調査が開始されたことは、韓国のオンライン新聞である「NewsNJoy」に掲載され、キリスト教界に知れ渡たることとなった。
日本におけるキリスト教福音派の組織である日本福音同盟(JEA)は、平成16年6月17日、その加盟団体に対し、原告会社についての調査結果として、韓国新聞社「韓国基督公報」による次の報告があった旨を通知し、原告会社による取材を一切受けないことを決定した。
「韓国クリスチャン新聞の常任理事、張在洞牧師は、統一教会の核心メンバーであることが判明。このことについての記事が韓国のオンライン新聞であるNewsNJoy(htp://www.newsnjoy.co.k)に出ている。基督公報の取材によれば、海外ネットワークとして日本と中国に力を入れているらしい。張在洞牧師は現在、合同福音教団の総会長ですが、韓国基督教総連合会から異端として調査中である。(クリスチャン新聞提供)」
これを受けて、救世軍は、同月18日、被告を含めた救世軍関係者に対して、「『クリスチャントゥディ』新聞の件」と題するファックスを送信し、上記日本福音同盟による調査結果を配布した。(乙1、84)
イ 張在享は、CCKの異端対策委員会に対し、統一教会関連団体で働いていたことがあり、これを深く悔い改めて懺悔する旨記載した「悔い改めの自筆覚書」を提出し、上記異端対策委員会は、8月12日に全体会議を開き、上記覚書の内容を公開した。
CCKの異端対策委員会は、平成17年9月6日、調査の結果、「張在享が1997年以降統一教会と関係をもった形跡はない」旨の声明を発表し、これは日本福音協会のホームページにも掲載された。(甲6、7、184)
(3)CCKの異端対策委員会は、平成21年及び平成22年に、張在享が自らを再臨主(世界の終末の日にキリストとして再びこの世に現れる者のこと。)とする疑惑について、調査及び再調査を行ったところ、「嫌疑なし」の結果となった。CCKは、平成23年、張在享の統一教会疑惑及び再臨主疑惑について、無嫌疑であり、問題は終結したことを公表した(甲8、17)。
正統派キリスト教徒の最大組織である世界福音同盟(WEA)は、同年その加盟団体である日本福音同盟に対して、張在享の疑惑は解消された旨を通知した(甲16,24)。
なお、CCKから分裂した韓国教会連合(CCIK)は、張在享の疑惑の追及を継続している(乙146,161)。
(4)張在享の経歴
ア 張在享は、昭和24年10月30日、大韓民国で出生し、昭和47年から昭和52年1月まで、統一教会の学生組織である原理研究会の新村学舎の責任者として活動し、昭和50年2月8日には統一教会の合同結婚式に参加していた。
張在享は、昭和57年3月、統一教会の学生組織である国際基督教学生連合会の事務局長に就任した。
統一教会は、昭和60年頃、成和神学校を設立し、同校を母体として鮮文大学を設立することを計画し、同大学の設立準備委員会を組成したところ、張在享は同委員会に参加した。
張在享は、昭和61年9月、成和神学校企画室学生担当に就任し、翌年3月、成和神学校企画室長に就任した。昭和63年9月1日、統一教会の神学校である統一神学校と成和神学校が合併し、平成元年、張在享は成和神学校学生部長兼教務課長に就任し、同校で神学の教授を担当するようになった。
平成3年3月4日、成和神学校が成和大学に改編されたところ、張在享は、神学教授として同大学に勤務し、平成5年12月29日、同大学が鮮文大学に改称した後も、平成10年1月まで同大学に勤務していた。(乙10,97,原告高柳p34,38~40)
イ 張在享は、大韓イエス教長老会国際合同総会の総務、大韓イエス教長老会合同福音の総会長、豪州サザンクロス神学校教授などを経て、イエス青年会、アポストロス・キャンパス・ミニストリー(ACM。以下「ACM」という。)を設立し、世界福音同盟(WEA)の北米支部理事を務めている(甲24,79,87,106)。
ウ 張在享は、アメリカのカルフォルニア州サンフランシスコ市のオリヴェット大学を創立し、その学長に就任していた(乙86)。
(5)各種団体及び人物の関係
ア 大韓イエス教長老会合同福音は、張在享が韓国において設立した教団であり、張在享が指導者として総会長を務めている(乙63,87,106,原告高柳p55)。
イ EAPCは、平成4年、若者への宣教運動を目的として、ACMの後援によって創立された団体であり、アメリカ等に多数の教会を設立している(乙89)。
ウ 東京ソフィア教会は、平成10年1月頃、大韓イエス教長老会合同福音の宣教師である安マルダこと安宣一以下「安マルダ」という。)が設立し、平成17年1月頃まで存続した教会である(原告高柳p21、原告矢田p44,46,乙22~40,80)。
東京ソフィア教会は、後に、日本キリスト教長老教会に所属することを明示するようになった(乙55~60)。
日本キリスト教長老教会は、大韓イエス教長老会合同福音により派遣された宣教師が組成した複数の教会の集まり(教団)であり、平成15年7月頃に日本キリスト教長老教会と称するようになった(乙20~60、原告矢田p45、46)。
安マルダは、平成15年4月又は5月頃、原告高柳を、大韓イエス教長老会合同福音の日本における代表者として日本代表使役者の地位に任命した(原告高柳p20~22)。
エ 日本キリスト教長老教会のホームページには、「青年宣教」として、ACMのホームページへのリンクが添付されているところ、同ホームページの画面の下には、「Copyright」として、EAPCの名称が記載されている(乙91、109,110)。
オ 東京ソフィア教会の所在地は、平成15年3月末までは①東京都文京区本郷2丁目26番8号ワカナビル3階であり、同年4月以降は、②東京都新宿区山吹町352番22グローサ・ユウ新宿ビル3階であった。上記①は、原告会社の設立当時の原告高柳の住所、株式会社ベレコム(以下「ベレコム」という。)の所在地と同一であり(乙19,22~40,64)、上記②は、原告会社設立当時の本店所在地と同一であり、原告高柳が同ビルの3,4階の賃貸借契約を締結した(乙19,41~60,原告高柳p1,2)。
原告会社は、設立時(平成15年5月15日)、上記②のビルの4階を本店所在地としていた(原告高柳p1)が、同年12月頃、東京都渋谷区神泉町18-8SHOTOビル204号に移転し、その後は、東京ソフィア教会が上記2のビルの3,4階を使用していた(乙21,原告高柳p3)。
平成19年(2007年)4月10日、韓国クリスチャントゥデイの住所は、原告会社の住所(東京都千代田区西神田2丁目7-6川合ビル3階33号)と同一であった(乙99~101)。
高柳■■会談の直前、原告名刺には、原告会社の住所地として韓国クリスチャントゥディの日本における連絡先が記載されていた(乙101、原告高柳p4)。
カ 東京ソフィア教会の電話番号(◆◆-◆◆◆◆-◆◆◆◆)の登録者は、安マルダであり、その後の東京ソフィア教会の電話番号(◆◆-◆◆◆◆-◆◆◆◆)の登録者は、原告高柳である。
また、ACM、東京ソフィア教会、原告高柳の電話番号として使用されていた電話番号(◆◆-◆◆◆◆-◆◆◆◆)の登録者は原告高柳である。
キ 原告会社は、設立時に、韓国クリスチャントゥディ及びクリスチャンポストから資金援助を受けた。また、活動資金がひっ迫した際に、韓国クリスチャントゥデイ及びベレコムから資金援助を受けた。(原告高柳p4,30,31)
ク 張在享は、平成12年、オリヴェット神学校(Olivet Theological College & Seminary。以下「OTCS」という。)を設立し、同校は、平成16年2月、オリヴェット大学(01ivet University。以下「OU」という。)に改編された。張在享は、平成18年7月頃まで、同大学の理事長であり、それ以降は総長の地位にある(乙86)。
OUは、そのホームページにおいて、宗派がEAPCである旨記載している(乙92)。
ケ 原告高柳は、UCLA在学中にACMの伝道を受け、OUの前身であるOTCSに入学し、平成15年3月23日に卒業して日本に帰国し、同年4月頃、大韓イエス教長老会合同福音の宣教師である安マルダから日本代表使役者に任命され、東京ソフィア教会の伝道師として活動していた(乙35~43,86,63・p3,7,原告高柳p24)。
原告高柳は、同年5月17日、大韓イエス教長老会合同福音において、張在享から牧師の按手を受け、同年秋頃まで東京ソフィア教会の牧師としての活動に従事していた(乙43~46、原告高柳p20~24)。
原告高柳は、同月15日、原告会社を設立し、代表取締役に就任した。
原告矢田は、株式会社ベレコムの取締役であり、東京ソフィア教会の第5回賛美礼拝における賛美リーダーであった者で、ACM千葉センター代表者、イエス青年会の会長でもあった。
原告会社の設立当初の住所地は、東京都新宿区山吹町352番22グローサ・ユウ新宿であり、ACMの本部も同所に所在した。
原告会社の記者である井手北斗(以下「井手」という。)は、東京ソフィア教会の信者であった。
(6)クリスチャントゥデイは、キリスト教メディアの世界的ネットワークとして、アメリカ、イギリス、日本、韓国等の世界各国の主要土地に記者を有し、新聞を発行している。原告会社は、上記ネットワークの一部として、日本において「クリスチャントゥデイ」という新聞を発行する組織である。(乙107,原告高柳p44,45)
(7)聖書講義ノート
ア ◆◆◆◆は、東京ソフィア教会の信徒であった平成14年頃、教会での講義内容を記載したノートを作成した。
上記ノートには、「イエスキリストではなく、来臨のキリスト」(乙114の6)などと記載されており、この記載は、「イエスキリスト」が再臨することを教義とするキリスト教とは異なり、異端的な教義に基づく記載である。被告は、◆◆◆◆の両親が◆◆◆◆のアパートで発見したノートの一部として、上記ノートを受領した(以下「本件ノート」という。(乙113~115の2,160,乙144,153,原告高柳、被告)
イ ◆◆◆◆は、原告会社の記者であり、編集長であった。
ウ この点、原告らは、本件ノートが◆◆◆◆によって作成されたか不明であり、形式的証拠力がない旨主張するが、原告会社が発行したインターネット新聞「クリスチャントゥデイ」において、◆◆◆◆が本件ノートを作成したと名乗り出た旨の記載があること(乙153,160)に加え、原告会社の記者である井手が作成した匿名のブログ「Sola Gratia」(以下「匿名ブログ」という。)において、被告が問題としているノートは所有者が◆◆◆◆であることを前提とした記載があること(乙144)、原告高柳は、◆◆◆◆と連絡が取れるにもかかわらず、全く本件ノートの作成経緯やその内容について◆◆◆◆に確認していないなどと供述していることにも照らせば、本件ノートそれ自体は、◆◆◆◆の所有物であり、同人が作成したものであると認めることができる。