海子の紹介する”わたしの憲法手帳”の説明に聞き入る陽子、空子
15周年記念発表会には「憲法」を朗読したいと言う陽子。
「憲法の初原の命を本土へさしむけるのである」という手帳のあとがきに
沖縄への取材旅行を思い立つ海子。
なぜ沖縄の人々が憲法を大切にするのか知りたい空子。

沖縄に一度も行ったことがない。一度行ってみたい。
楽園のイメージが強い沖縄だが、その裏にある大切なことを忘れないようにします。
マイナスな作業にふたをしないように。
15周年記念発表会には「憲法」を朗読したいと言う陽子。
「憲法の初原の命を本土へさしむけるのである」という手帳のあとがきに
沖縄への取材旅行を思い立つ海子。
なぜ沖縄の人々が憲法を大切にするのか知りたい空子。

沖縄に一度も行ったことがない。一度行ってみたい。
楽園のイメージが強い沖縄だが、その裏にある大切なことを忘れないようにします。
マイナスな作業にふたをしないように。
さとうきび畑のピアノ伴奏の中
平和のアピールを謳いあげる大原先生
沖縄戦の実相にふれるたびに 戦争というものは これほど残忍で
これほど汚辱にまみれたものはないと思うのです。
このなまなましい体験のまえでは
いかなる人でも戦争を肯定し美化することはできないはずです。

久しぶりに沖縄の風を感じたような気がしました。どうもありがとうございました。
沖縄の歴史に触れると、人間としての痛みを感じます。
深い感情の底から生まれた「祈り」を、私自身もあらためて平和祈念したいと思います。
平和のアピールを謳いあげる大原先生
沖縄戦の実相にふれるたびに 戦争というものは これほど残忍で
これほど汚辱にまみれたものはないと思うのです。
このなまなましい体験のまえでは
いかなる人でも戦争を肯定し美化することはできないはずです。

久しぶりに沖縄の風を感じたような気がしました。どうもありがとうございました。
沖縄の歴史に触れると、人間としての痛みを感じます。
深い感情の底から生まれた「祈り」を、私自身もあらためて平和祈念したいと思います。
あおい あおい 海でした
にじのように ひかる 海でした
おきなわのひとたちは、いつまで たっても、どんなことが あっても
あのせんそうのことを けっして わすれないでしょう

戦争は天災でなく人災です。天災は防ぐことが出来ませんが、戦争は防ぐことが出来ます。
家族、子ども、親しい人を大切にする心、命を大切にしたいと思う心が戦争反対の原点です。
にじのように ひかる 海でした
おきなわのひとたちは、いつまで たっても、どんなことが あっても
あのせんそうのことを けっして わすれないでしょう

戦争は天災でなく人災です。天災は防ぐことが出来ませんが、戦争は防ぐことが出来ます。
家族、子ども、親しい人を大切にする心、命を大切にしたいと思う心が戦争反対の原点です。
イクサユン シマチ、ミルクユン ヤガティ
ナギクナヨ シンカ、ヌチドゥ タカラ
もう、とってもタイミングよくサンシンの歌が鳴り響き、涙をこらえるのがたいへんでした!
サンシンと歌がすごく感情を表現していて良かった!
劇の中でサンシンを奏でながらの歌が、おじいさんの気持ちが胸にグッときました。
平和を訴え続けることの大切さが少しわかった気がします。
ナギクナヨ シンカ、ヌチドゥ タカラ



平和を訴え続けることの大切さが少しわかった気がします。
近衛文麿の即時講和を具申する意見
天皇は、「国体を護持するためには、もう一度戦火をあげてからでないと、
なかなか話は難しいと思う」と言って意見を退けた。

昨年、久しぶりに沖縄に行って、沖縄戦跡を訪れ、戦争の悲しみを深く感じました。
また沖縄の文化の多様さに感動しました。
今日の舞台では、沖縄の豊かさとその歴史に刻まれた悲しみが表され、
沖縄への思いを深く受け止めました。
同時に憲法を守ることの大切さを改めて感じました。
天皇は、「国体を護持するためには、もう一度戦火をあげてからでないと、
なかなか話は難しいと思う」と言って意見を退けた。

昨年、久しぶりに沖縄に行って、沖縄戦跡を訪れ、戦争の悲しみを深く感じました。
また沖縄の文化の多様さに感動しました。
今日の舞台では、沖縄の豊かさとその歴史に刻まれた悲しみが表され、
沖縄への思いを深く受け止めました。
同時に憲法を守ることの大切さを改めて感じました。
歴史は人の道 平和のためには戦争の真実をしらなくては
沖縄戦、それは日米最後にして最大の戦闘。
60年前、第二次世界大戦の末期、日本軍は「本土決戦」を前に、
アメリカ軍をできるだけ長く沖縄に引きつけておこうと作戦し、
沖縄を「捨て石」にしたのです。

ちょうど沖縄戦を撮影した本を読んでいるところで、内容もしっかり理解でき、
目頭が熱くなりました。
今度は若い人たちも引き連れてきたいです。
沖縄戦、それは日米最後にして最大の戦闘。
60年前、第二次世界大戦の末期、日本軍は「本土決戦」を前に、
アメリカ軍をできるだけ長く沖縄に引きつけておこうと作戦し、
沖縄を「捨て石」にしたのです。

ちょうど沖縄戦を撮影した本を読んでいるところで、内容もしっかり理解でき、
目頭が熱くなりました。
今度は若い人たちも引き連れてきたいです。
沖縄を返せ!
戦後の沖縄の歩みをたどってみたら「基地」と「日本国憲法」が見えてきました。
1947年5月3日に日本国憲法が施行されましたが、沖縄には適用されなかったのです。

戦争はいやだということ、九条は世界に誇れる条文だということが自然に胸に落ちました。
沖縄を選んだということが一番よかったことだと思いました。
戦後の沖縄の歩みをたどってみたら「基地」と「日本国憲法」が見えてきました。
1947年5月3日に日本国憲法が施行されましたが、沖縄には適用されなかったのです。

戦争はいやだということ、九条は世界に誇れる条文だということが自然に胸に落ちました。
沖縄を選んだということが一番よかったことだと思いました。
銃剣とブルトーザーで土地を奪う
1972年、本土復帰。やっと沖縄に「日本国憲法」が適用されることとなりました。
平和主義・国民主権・基本的人権の不可侵を柱とする憲法は、いわば沖縄の「バイブル」として、特別な思いを持って受け止められました。

書き下ろしとのことですが、近代沖縄史として、とても内容がわかりやすく、
広く若い人たちのも聞かせたいです。
文章を読み上げるだけでなく、メンバーが実際沖縄を訪れ、スライドを演出したりしたのも、
読み上げの言葉に重みを感じました。
1972年、本土復帰。やっと沖縄に「日本国憲法」が適用されることとなりました。
平和主義・国民主権・基本的人権の不可侵を柱とする憲法は、いわば沖縄の「バイブル」として、特別な思いを持って受け止められました。

書き下ろしとのことですが、近代沖縄史として、とても内容がわかりやすく、
広く若い人たちのも聞かせたいです。
文章を読み上げるだけでなく、メンバーが実際沖縄を訪れ、スライドを演出したりしたのも、
読み上げの言葉に重みを感じました。
平和を希求し、祖国への道を求めて
那覇市議会は、この県民の心情を率直に訴え、
日本国憲法の下で民主主義の基本理念を活かし、
市民の福祉増進を図ることを約し、
戦争のない平和な文化都市づくりのため、
市民と共に力強く邁進することを宣言する。

16年間頑張ってこられた皆さんのすがすがしい笑顔がまぶしかったです。
本当にいい勉強をしましたね。
これからこのポエムの力で、みんなに立ち止まって考える時を与えてください。
仲間と共に学び、訴えていくことのできるみなさん、いい今を生きていると思いました。
これからも頑張ってください。
那覇市議会は、この県民の心情を率直に訴え、
日本国憲法の下で民主主義の基本理念を活かし、
市民の福祉増進を図ることを約し、
戦争のない平和な文化都市づくりのため、
市民と共に力強く邁進することを宣言する。

16年間頑張ってこられた皆さんのすがすがしい笑顔がまぶしかったです。
本当にいい勉強をしましたね。
これからこのポエムの力で、みんなに立ち止まって考える時を与えてください。
仲間と共に学び、訴えていくことのできるみなさん、いい今を生きていると思いました。
これからも頑張ってください。
アメリカ軍の犯罪は復帰後27年で5000件
複数の米兵による少女暴行事件をきっかけに、
「強姦救援センタ-」が作られましたが、
今でも年間百件をこえる相談を受けています。

沖縄がここまで大変な思いをして、今も大変な思い(事件が後をたたない)
をしていたなんて知りませんでした。
日本のことだからもっとニュースにしてくれたらいいのに‥‥‥
私自身の視野を広げることもできたかなと思います。
複数の米兵による少女暴行事件をきっかけに、
「強姦救援センタ-」が作られましたが、
今でも年間百件をこえる相談を受けています。

沖縄がここまで大変な思いをして、今も大変な思い(事件が後をたたない)
をしていたなんて知りませんでした。
日本のことだからもっとニュースにしてくれたらいいのに‥‥‥
私自身の視野を広げることもできたかなと思います。
私たちに静かな沖縄を返してください
軍隊のない、悲劇のない平和な島を返してください
私は今、決してあきらめてはいけないと思います。
私たちがここであきらめてしまうことは、
次の悲しい出来事を生み出すことになるのですから。
いつまでも米兵に脅え、事故に脅え、危険にさらされながら
生活を続けていくことは、私は嫌です。
未来の自分の子供たちにも、そんな生活をさせたくありません。

沖縄のことは、新聞やTVである程度知っていましたが、
目の前でその出来事を朗読されるのを観て新たな感動がありました。
自然と涙があふれてきました。
もっとこの問題について深く考えてみようと思いました。
真剣で迫力のある舞台をみせていただきました。これからも頑張ってください。
軍隊のない、悲劇のない平和な島を返してください
私は今、決してあきらめてはいけないと思います。
私たちがここであきらめてしまうことは、
次の悲しい出来事を生み出すことになるのですから。
いつまでも米兵に脅え、事故に脅え、危険にさらされながら
生活を続けていくことは、私は嫌です。
未来の自分の子供たちにも、そんな生活をさせたくありません。

沖縄のことは、新聞やTVである程度知っていましたが、
目の前でその出来事を朗読されるのを観て新たな感動がありました。
自然と涙があふれてきました。
もっとこの問題について深く考えてみようと思いました。
真剣で迫力のある舞台をみせていただきました。これからも頑張ってください。
日本の基地の75%が沖縄に集中
宜野湾市の住宅密集地にある普天間基地は、世界一危険な飛行場と言われ、
1996年の日米首脳会談で、まっさきに返還が決まりました。
その移転先が名護市の海の上、新たな海上基地をつくるというので、
反対運動が起きています。

大変すばらしい朗読会でした。みんなが一つの課題に向かい、
多くの思いを、願いを、真実を抱きとめてこられた過程の重さ。
そうした願いの美しさに深く心を打たれました。
お仕事をお持ちで、これだけの現実を吸収なさり、これだけの表現を育て上げて
こられた熱情とご努力に感動いたしました。
宜野湾市の住宅密集地にある普天間基地は、世界一危険な飛行場と言われ、
1996年の日米首脳会談で、まっさきに返還が決まりました。
その移転先が名護市の海の上、新たな海上基地をつくるというので、
反対運動が起きています。

大変すばらしい朗読会でした。みんなが一つの課題に向かい、
多くの思いを、願いを、真実を抱きとめてこられた過程の重さ。
そうした願いの美しさに深く心を打たれました。
お仕事をお持ちで、これだけの現実を吸収なさり、これだけの表現を育て上げて
こられた熱情とご努力に感動いたしました。
日本国民は、恒久の平和を念願し
人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して
われらの安全と生存を保持しようと決意した

命は宝、まさにそのとおり。現在、命が軽んじられる今日この頃、
日本のために世界のために、この言葉を唱えていきたいと思いました。
またポエムのみなさんの息のあった朗読には、正直圧倒されました。
さすがに15~16年の歴史が感動を生む!の感がひしひしと‥‥です。
人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して
われらの安全と生存を保持しようと決意した

命は宝、まさにそのとおり。現在、命が軽んじられる今日この頃、
日本のために世界のために、この言葉を唱えていきたいと思いました。
またポエムのみなさんの息のあった朗読には、正直圧倒されました。
さすがに15~16年の歴史が感動を生む!の感がひしひしと‥‥です。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を
地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において
名誉ある地位を占めたいと思う

・憲法を改めて聞いて、自衛隊とか考えさせられました。沖縄に行ってみたいです。
・手作り風から抜け出したとても素敵な上演でした。みなさん、とても声が出ていて
いつもの職場の姿からは想像できないみなさんの姿でした。
・長い歴史と準備を経て、花開いた今日の舞台はとても素晴らしかった。
地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において
名誉ある地位を占めたいと思う

・憲法を改めて聞いて、自衛隊とか考えさせられました。沖縄に行ってみたいです。
・手作り風から抜け出したとても素敵な上演でした。みなさん、とても声が出ていて
いつもの職場の姿からは想像できないみなさんの姿でした。
・長い歴史と準備を経て、花開いた今日の舞台はとても素晴らしかった。