[地球を読む]「一帯一路」構想 理念逸脱 強まる覇権色…渡辺博史 国際通貨研究所理事長
<time datetime="2020-05-17T05:00">2020/05/17 05:00</time>
[読者会員限定]
<figure id="attachment_1224414" class="wp-caption none thumbnails-left thumbnails-prof">
<figcaption class="wp-caption-text">1949年生まれ。財務省国際局長、財務官、国際協力銀行総裁などを経て2016年10月から現職。経済に関する著作多数。</figcaption>
</figure>
中国が提唱する「一帯一路」構想を英語でどう表現するかご存じだろうか。英字メディアなどでは、「One Belt One Road Initiative」あるいは「The Belt and Road Initiative」と表記され、略語はそれぞれ「OBOR」と「BRI」である。いまだに一本化されていない。
公式には「帯」が陸路で「路」が海路とされるが、シルクロードの復権と称される陸路が「路」でなく、「帯」と呼ばれることも、日本人としては、何となくしっくりとこない。
その「一帯一路」は、習近平国家主席が描く「中国の夢」の実現に向けての重要な構成要素であり、かつ中国の覇権意欲の表れだと言えるだろう。
地政学的には関係国の警戒を呼びかねないアイデアではあるが、広大なユーラシア大陸を鉄道網の整備・活用によって連係させようという考え自体には、個人的に好意を持っていた。
世界の多くの運送行為が船舶による海運で行われる中で、海に面していない内陸国が多く存在するユーラシア大陸において鉄道を活用することは重要だ。
構想が提唱された2013年時点において、欧州と中国を結ぶ鉄道便は年間100本以下だったのに対して、今や年間1万本に迫る大動脈に育っている。また、これまで外国資金のみを使って開発しようともくろんでいた中国西部の地域振興について、多少なりとも自力で取り組もうとしていることは事実である。
だが、最近の動きを見ると、「一帯一路」の名の下に選ばれたプロジェクトの内容が、当初の説明から相当ずれてきて、交通とは全く無縁で、趣旨に合わない案件が多く含まれるようになってきている。
大陸各国間のコネクティビティー(連結性)を向上させるという本来の理念から大きく乖離していると言わざるを得ない。
中国側からは、アフリカの一部やさらに南米までもが「対象地域でありうる」という発言も飛び出すようになった。これは、対象を不明確にするだけでなく、「世界覇権構想」の色合いを強めている。
中国の公営金融機関やシルクロード基金、さらには中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)を含めた全体の資金量からみて、検討中の多数の巨大プロジェクトを遂行するにはもともと限界がある。
加えて、新型コロナウイルスの感染が最初に広がった中国の経済成長に急ブレーキがかかる中、需要の増加に対応した資金の確保が困難になるのは避け難い。これらを勘案すれば、ユーラシア大陸各地にプロジェクトが散発的に残るだけにとどまる懸念が強まっている。
参画案件 日本は吟味を
アジアインフラ投資銀行(AIIB)は2015年末に発足して活動を開始したものの、自力での案件審査は進んでいない。世界銀行、アジア開発銀行(ADB)、欧州復興開発銀行(EBRD)に相乗りする案件が主流となっている。
それでも、インフラ投資向けの「財布」が一つ増えたという点でマイナスではない。ユーラシア大陸のコネクティビティー(連結性)の向上という原点に回帰することが望ましい。
AIIBを率いる金立群総裁は、国際機関での経験や識見を活用し、規律ある国際機関としての運営を模索しているが、中国の経済成長の鈍化や取り巻く環境が悪化する中で苦労を余儀なくされている。
ただ、金氏の退任後は、中国の政治支配色が強まらないかと懸念されている。人民元ビジネスを取り込もうとする身勝手な理由で加わった英国に巻き込まれて加盟した欧州諸国も慎重な対応を取りつつある。
「一帯一路」への各国の対応を改めて見てみると、プロジェクトの対象地域になる可能性の高い中央アジア・西アジア諸国が引き続き支持を示す一方で、日本や欧州、北米の各国は構想が覇権色を強めていくことに警戒を強めている。
当初から対象地域とされていた南アジア諸国でも、姿勢に変化が見られる。既にいくつかのプロジェクトが実行されたが、計画の点検・審査が不十分だったために失敗した事案が出ており、実施のペースは低調になっている。
これは、プロジェクトの対象国が、外からの資金援助という「朗報」に接してややプランを拡大させ、無理な計画を遂行しようとしたことも要因だ。中国の提供資金のうち、低利・長期融資の部分が予想外に少なく、残額は中国の民間銀行からの融資に頼らざるを得なくなったため、金利負担が想定よりもかさんだことに起因している。
特に、インドは、自国の影響範囲と理解している近隣国のスリランカ、バングラデシュに一帯一路構想の一環として海路のプロジェクトが進められていることに警戒を隠さない。
もともとインドは、「ユーラシア大陸中央のシルクロードの存在は、歴史的に認めるが、インド洋を含めた海洋に中国を始点あるいは終点とする海路ネットワークがあったとは認められない」などと主張し、海路構想については批判的な立場を取っていた。
スリランカでは、計画がずさんだったハンバントタの港湾整備案件が早々に破綻した後、中国が返済不能に陥った債権の代償として99年にもわたる港湾利用権を取得した。インドは、この件に激しく反発している。「無理な計画で多額の貸し付けを実行し、その不履行を口実に大洋航海に必要な権益を取り込もうとしている」と指摘し、「債務の罠」と呼んで、最も強いトーンで非難した。
一方、警戒を強めていると先に書いた欧州諸国の中でも、財政的に大きな懸念を抱えているイタリアのような国は、「一帯一路」の対象国となって資金供与を受けるべく中国と協定を結んでいる。先に財政危機に陥ったギリシャも、中国からの資金供与に大きく依存している。これらに鑑みれば、欧州の源流ともいえるイタリア、ギリシャ両国が、先進国という地位を失い、「かつて先進国であった国」へと変容していると言えるかもしれない。
ユーラシア大陸全体とまでは言わないが、アジア諸国との協力や交易、協働が引き続き生命線となる日本としては、「一帯一路」が中国の覇権色を強める中では、あえて推進を支持する必要はない。
ただ、その構想の対象として選定された個別のプロジェクトが、対象国にとって有益で、近隣国との連結性の向上にも効果があり、かつ環境への負荷が増えない、という判断ができる場合は話が別である。
今なお課題を抱える中国の技術力と絶対的に不足する資金量を冷静に吟味しつつ、精緻な計画に基づく優良なプロジェクトに対しては、日本がその技術と資金をもって参画していくことは考えられてよい。
【独話回覧】一帯一路は“コロナ・ロード”か 習主席が救世主!?支援名目で恩を売る中国の欺瞞
<time datetime="2020-04-28">
2020.4.28 zakzak</time>
- <iframe frameborder="0" marginwidth="0" marginheight="0" scrolling="no"></iframe>
- トランプ米大統領は、「『私は中国に対して厳しいが、退屈なジョー・バイデン氏は弱腰だ』とし、バイデン氏の『中国ファースト、米国ラストの腐敗したたくらみ』に立ち向かおうと呼びかけた」(4月23日付、産経新聞デジタル版)と、民主党の大統領候補指名確実のバイデン元副大統領を非難している。中国・武漢発の新型コロナウイルス感染爆発を受けた米国の反中世論の高まりを背景に、「親中派バイデン」を印象づける作戦なのだが、確かにバイデン副大統領時代のオバマ政権は対中融和路線をとった。
中国の対米など対外経済攻勢は輸出や投資ばかりではない。「経済合作」という名目での建設プロジェクト受注で、建設労働者付きでの工事請け負いで、モノの輸出と同じく外貨、ドルの獲得が目的だ。合作による進出は2008年9月のリーマン・ショック以降、先進国、発展途上国を問わず契約を増やしてきた。合作による労務者など中国人の派遣数は年間100万人規模に上る。習近平国家主席が14年に打ち出した拡大中華経済圏構想「一帯一路」はその延長線上にある。
グラフを見ると、ばらつきはあるが、米国を筆頭に経済合作規模に応じてコロナ感染者の数が変動している印象を受ける。中国商務省統計によれば、合作プロジェクトの完工額は、18年米国が23・4億ドルで、中国の友好国イランの23・1億ドルを上回る。対欧州では英国、イタリア、スペイン向けに急増させてきた。それらの国は軒並み、新型コロナウイルス感染症で「医療崩壊」状態に追い込まれている。
<aside class="pr rectangle">
もちろん、コロナ感染は中国発とはいえ、各国でクラスターが発生し、拡大していったわけで、多くの場合経済合作プロジェクトとの因果関係があるわけではない。しかし、合作は人を通じた現地への食い込みである以上、合作規模が大きい国ほど感染者が多くなることは容易に推測できる。
</aside>
習政権にとっては相手国が一帯一路に公式参加しようと、しまいと、合作に応じる国や地域は一帯一路の沿線となる。イタリア、英国、スペイン、トルコ、ポルトガル、ギリシャ、米国の沿海部、中米は習政権の構想の中では一帯一路に組み込まれている。北海道もそうで、都道府県別では最初にコロナ感染で非常事態に陥った。そう考えると、一帯一路は「コロナ・ロード」とみなされてもおかしくない。
昨年3月、習主席は訪問先のローマでイタリアのコンテ首相と会談、一帯一路協力の覚書を交わし、主要先進7カ国(G7)のメンバーを初めて組み込んだ。中国資本はアドリア海に面するトリエステ港の機能強化に向け、ターミナルや周辺の鉄道網の整備を引き受ける。ジェノバ近郊では世界最大級のコンテナ船が入港できるターミナルの建設に着手済みだ。ミラノなどイタリア北部にはブランド物などの生産請け負いビジネスを見込んで数十万人もの中国人が住み着いている。スペインは一帯一路の参加国ではないが、イタリア同様、取り込まれている。
両国、さらに英国など欧州のコロナ蔓延(まんえん)国は、緊縮財政により医療支出を抑制してきた。リーマン・ショック後に悪化した財政収支改善に迫られたのだ。これらの国々は緊縮路線の中でローン、ヒト付きの中国からの投資を喜んで受け入れた。その結果がパンデミックだった。
3月18日にはドイツのメルケル首相が悲痛な声で「第二次大戦以来の試練」と述べ、19日にはイタリアの新型コロナによる死者がとうとう発生源中国を上回った。同日、習政権は勝ち誇るかのように湖北省の新規感染者の発生がゼロになったと発表した。その前には、イタリアやイランに医療支援団を派遣し、フランス、ギリシャ、セルビアなどに防疫物質の支援を約束した。習氏はスペインのサンチェス大統領と電話会談し、「力の及ぶ限り」の支援を表明した。
習氏の手にかかると、新型コロナウイルス・ショックの元凶が、瞬く間に救済主となる。今後、一帯一路に参加している東南アジア、ロシア、中央アジア、中近東、アフリカ、インド洋や太平洋の諸島、さらに中南米へと感染爆発が起きると、中国は「支援」の名のもとに相手国に恩を売り、影響力を増していくソフトパワー攻勢をかけるだろう。この欺瞞(ぎまん)を許してはならないが、日本の政財界やメディアは親中派が多数を占め、NHKや朝日新聞などは中国寄りの世界保健機関(WHO)への協力を催促し、WHO非難のトランプ氏を批判する始末だ。
■田村秀男(たむら・ひでお) 産経新聞社特別記者。1946年高知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後の70年日本経済新聞社入社。ワシントン特派員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級研究員、日経香港支局長などを経て2006年産経新聞社に移籍した。近著に『検証 米中貿易戦争』(ML新書)、『消費増税の黒いシナリオ デフレ脱却はなぜ挫折するのか』(幻冬舎ルネッサンス新書)など多数。