陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その71・報酬

2010-02-25 09:04:16 | 日記
 Fさんちでマキ窯焼成は体験できたが、若葉家の登り窯の完成はまだまだ先の話だった。オレは週末になると仲間とともに、つづら折りに曲がりくねった峠道をぬって、窯にかよった。そして火炎さんに率いられ、不屈の体力でもって窯を成長させた。
 季節は盛夏に突入していた。気象観測史上キロクテキ、とニュースが連日報道するほどの暑い夏だった。竹藪の草蒸す湿気の中での労働は、虫との戦いでもある。前夜に摂取した酒のコロンを発散するオレたちは、ヤブ蚊にとって格好の餌食だったにちがいない。山に踏み入るだけで、やつらはたちまち群れになって死角から接近し、皮膚のいちばん敏感なポイントを的確に狙撃してきた。蚊取り線香の煙にいぶされても、たくましい食欲に取り憑かれたヤブ蚊たちはまったく平気なそぶりで攻めたててくる。あまりのかゆさに仕事の手をとめると、足首や首筋などのむき出しな箇所に、火ぶくれのような虫さされの密集地帯が見つかった。呪わしい。血液くらいくれてやってもいいが、なぜやつらはかゆい物質を注入せずには食事がとれないのだろう?うまいものを頂戴しておきながら悪意の置き土産とは、盗人たけだけしいというものではないか。
ーやつらはかゆくなる物質でなく、気持ちよくなる物質を人間の体内に残していくような進化を遂げるべきだー
 そんな夢物語を思い描きながら、それでも一心にツルハシを振るった。
 また未踏の荒れ地を開拓していくと、ムカデなどの不気味な節足動物にもしょっちゅう遭遇した。それらはみなはち切れんばかりに肥え太り、しかもぎょっとするほど動きが速かった。精気のみなぎった顔でこちらを一瞥し、小バカにするように去っていく。そんなときオレは、この山が栄養そのものであることを知り、自分が手にする土の力を思った。
 穴を掘っては泥とレンガを積み上げていく地道な作業がつづいた。うだるような暑熱は、体力と気力をむしばんでいく。レンガを積む手元の継ぎ目だけを見つめていると、視野が狭窄し、朦朧として、果てしもない長城建設に駆りだされた奴隷人足の気分におちいりそうになった。しかし苛烈な陽射しがななめに傾き、山肌にやわらかい陰影をつける時刻になると、黙々と働きつづける奴隷たちは視線をあげた。そしてその日一日の労働が結構な質量をもって空間を埋め立てていることを知り、着実な成果に安堵した。薄暗がりに浮かぶ不細工な城をうっとりとながめる時間が、過酷な労働のなによりの報酬だった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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