陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その68・還元と酸化

2010-02-19 09:09:18 | 日記
 夜がふけて、炎は完全に根を張った。マキを飲みこむ窯の食欲がじょじょに加速していく。それにしたがって火力が増す。ほの暗かった炉内は、目を細めなければならないほどにまばゆく輝きはじめる。湿気を帯びてしょぼんとしていた窯が、はち切れんばかりに膨張していくようだ。
 炎はよどみなく行進し、焚き口からエントツへ向かってスムーズに流れていく。すべてが順調だ。しかし焼き物はこれだけではつまらない。試練を経ない器は素直に育ちすぎ、面白みのない子になってしまう。逆にいろんな質の炎と対決すれば、複雑で奥行きのある風貌を手に入れられる。そこで、窯内の温度が900度を超えるあたりから、単純な素通しになっていた焚き口からエントツまでの間に人為的な障害物を与える。人類が初めて土器をつくって以来15000年の間につちかった、炎の飼育法だ。
 たとえば、エントツの中途に細長い横穴をうがち、板を差しこんで、煙道を半分フタで閉じるようにする。ギロチンのような構造だ(この装置をダンパーという)。同時に、焚き口も鉄板でふさいでしまう。内部は半密封状態となる。するとマキを飲み込んだ炎は、行き場を失って太っていく。炉内圧が高まる、という状態だ。そこでこんな現象が起きる。窯内への空気の供給がストップしたため、燃焼を媒介する酸素が欠乏し、炎は壁のすき間というすき間から外に舌を伸ばして、空気を渇望しだす。不完全燃焼で、炎の色は怨念がこもったように鈍くにごる。それでも酸素が足りない。すると、進退極まった炎はなんと、作品の素地(土)から酸素を強奪しはじめるのだ。このかっぱぎにより、土はサビ(酸化)色を抜かれ、いい具合の肌に焼きあがる。簡単に言えば、作品から酸素をしぼり出す操作だ。この焚き方を「還元炎焼成」という。
 一方、焚き口をオープンにし、煙道もクリアにしてやると、エントツは窯内の熱い空気を素通しに外に吐き出す。エントツの太い引きは、焚き口からどんどん新鮮な酸素を窯内に取りこむ。早い循環で酸素がゆきわたった炎は、どんどんマキを食べてすくすくと育ち、透きとおって完全燃焼する。これが「酸化炎焼成」だ。
 この二種類の炎の質をコントロールして、陶芸家は自分の作品に好みの色や雰囲気、質感をつけるのだ。しかし人間が完全に自然を飼い慣らすことなどできない。完全に御しきったと思っても、窯出し時に予想だにできなかった状態が出現することもありうる。というよりも、ほとんどがそうだろう。炎のいたずらは人智を超える。それはうれしい結果かもしれないし、がっかりするような結果かもしれない。そうした意味でも、陶芸は自然とのケンカであり、共同作業ともいえるのだった。

図9・※1がダンパー。ダンパーの他に、ドラフト=通称「バカ穴」という装置もある(2)。これはエントツ付近に穴をうがって、レンガで閉じたり開けたりし、煙道に抜ける空気の引きの強さを調節する機能を担う。ストローの途中に穴を開けると吸えない現象を応用したもの。図は、マキ窯を後方から見たところ。3は焚き口。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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