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これはベトナムを舞台にした物語。フィクションではあるが、ベトナム戦争による傷跡が今なおベトナムの人々と国土を苦しめていることが伝わってくる。その元凶がアメリカという国家の横暴さであるのはもちろんだが、かといってアメリカ=悪、ベトナム=善、という単純な構図ではない。物事を単純化して捉えるのは時として有効な方法ではある。しかし、残念ながら現実は途轍もなく複雑で厄介で忌々しいものなのだ。
284ページから287ページにかけての会話の一部を引用させていただこう。
* * * * *
「歴史というものは突然変質するなんてことはありえない。かならず地下水脈がある。一見変化したように見えても、それは脈々とつづいて来たものが顕在化するだけだ。わたしたちはその水脈を意識的に見落としたり見逃したりして来た。つまりね、正義感や善意が歴史そのものを歪めてしまうんだよ」
「報道はビジネスだ。悲劇は大きければ大きいほど商品価値を持つ。<中略> そして、実際よりおおげさに伝えた悲劇は正義感や善意によって赦されると無意識に計算しているんだよ。<後略>」
* * * * *
結末では、崇高な使命感も職務への忠実さも一攫千金を狙う野心も、すべて水泡に帰す。圧倒的な権力に抗おうとする者たちは、歴史の闇へと追いやられていくのだ。そして、平和と言われる国家に住む僕らは、自らの存在意義を見直そうと自問自答することになる。『蝶舞う館』は、そうした力を持った小説である。
などと硬派っぽい感想を書いちゃったけど、冒険小説としても充分に楽しめます。まあ、気軽に読んでみてください。
船戸氏の代表作『山猫の夏』を僕が読んだのは確か1985年でした。それから20年。早いなぁ。ちょっと筆力の衰えを感じさせた時期もありました(って思いっきり偉そうに言ってみました)が、ここ数年は快調なペースで新作を発表されています。船戸さん、これからもお身体に気を付けて活躍してくださいませ。
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